[奇談綴り]何もしてあげられないよ
おかしな夢を見た。
闇の中、とても遠い位置に小さな赤い何かがある。
血のような暗い赤だ。
なんだろう、Tシャツかな?
手を伸ばすと、その何かがジリジリ近寄ってきた。
徐々に大きくなるそれは、Tシャツではなく、結い髪に刺してある櫛のように思われた。
なぜか拾ってみたいな、という気がして、さらに手をのばす。
ぼんやりと見えるそれは、黒髪と赤い櫛、そして布…のように見えるが、まだ具体的な姿が見えてこない。
もっと、と思った次の瞬間、いろいろなことが一度に起きた。
パ ア ン!! という物凄い破裂音。
視界を埋め尽くす白い閃光。
「何もしてあげられないよ?」という少女の声。
うわっ! と思ってガバっと起き上がる。
と、同時に、何かが弾け飛んだように足元から重さが消えた。
衝撃で息を切らしながら自分と部屋を見渡すが、特に異常はない。
ただ、直前までなにか重いものが膝下に乗っていたような感覚が残っていて気味が悪い。
異常を示すのは、その重さの名残だけ。
記憶に残る声は、私の地元の訛りとあどけなさの残る少女のような印象だった。
おかしな夢といえばそれまでだが、破裂音も閃光も少女の声も、あまりにも鮮やかだ。
はっきり見えなくてよかったのかもしれない。
櫛がついていたのは恐らく和風の結い髪で、ならば当然人が見えなければならないのに、他の部分は闇に沈んでいたのだから。
元旦からなんて夢だとは思ったが、その年は特におかしなことは起きなかった。
声の正体も、影がどうなってしまったのかも謎のままである。