[奇談綴り]菩提寺の桜
ある年の春。
珍しく桜の時期に帰省して、実家の菩提寺に参拝した時に、枝垂れ桜が満開だった。
エドヒガンという種類で、この北の地で樹齢200年を超すことは非常に珍しいということで、近年、県の天然記念物に指定され、手厚く保護されている。
実はこの桜、自分の子どもの頃に咲いているのを見たことがない。
身内に聞いても「なんの木だっけ?」というレベルで、初夏に青々と葉を茂らせ、秋に紅葉するだけの、地味な木と言う認識だった。
石の杭で囲われ、それなりに丁寧に扱われているのにその有様で、しかも幹の中央がだいぶ傷んで横に伸びており、子どもながらに心配していた木だった。
それが驚くほどの量で美しい花を咲かせており、よく見ると幹も手当てされていて、案内板も新しく整えられており、その全てが嬉しくて何枚も写真を撮った。
あまりに美しかったので、中でも写りの良いものを数枚、件の視える友人に送りつけた。
天気も良く、平日なこともあってか、境内にはほとんど人がいない。
ピカピカ光るように咲いている桜が綺麗で、とても気分良く堪能して、上機嫌で家に帰った。
翌日、視える友人からすごい剣幕で電話がかかってきた。
「ねえ、この桜、どうしたの?! 生きてるんだけど!!」
???
うん、生きてるから花が咲いてるよね。キレイでしょ!
樹齢300年近い枝垂れ桜なんだ!
「いや、そういうことじゃなくて、普通の桜じゃないよこれ!
わかんないの? 精霊というか、そんなのがいる桜なの。
ものすごい事だよ!」
精霊…うん、かなりの樹齢だから居てもおかしくない気がするけど、そんなにすごいの?
「こんな木見たことないよ! スゴすぎる!」
友人はとても興奮していたが、私にしてみれば昔から菩提寺に存在する馴染みのある「木」で、それほど特別感はない。
いや、天然記念物だからそりゃあ特別なんだけども。
電話が終わってからも友人の興奮っぷりがよく分からなかったのだが、後日、ふと思い出して調べてみたところ、それなりに伝説のある木だということが分かった。
この桜の木は昔から咲かない時期があったらしい。
ある時のご住職が「これほど咲かないのだから、もうだめなのだろう。いっそ切ってしまおう。」と決めたそうだ。
すると、ご住職は夢を見た。
桜の精だという人物が現れて「来年は必ず咲くから、お願いだから切らないでくれ」としきりに訴えるのだそうだ。
なるほど、それなら待とうか、と伐採は一旦見送られ、その翌春。
本当に美しく花が咲き誇ったのだそうだ。
この話は町の昔話として、図書館のサイトに収録されていた。
読んだ当時は昭和の話かと思ったが、他の話をよく見ると江戸時代頃の話である。
つまり、桜の話も江戸時代頃の話であり、昔から咲いたり咲かなかったりを繰り返しているらしい。
現在は樹医が手厚くメンテナンスをしており、その樹医によると樹齢は250年以上、もしかしたら300年に届こうかという古木であるという話だ。
県内にもほとんど無いほどの樹齢だとか。
友人が様々なものを視たり聞いたりすることを疑ったことはなかったが、来歴を調べる前に「精霊」ということばで表現したのには驚いた。
改めて友人を見直した出来事だった。
桜はまだ毎春、美しく咲いているらしい。
きちんと世話をされているので、しばらくは休まずに咲いてくれるだろう。