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[奇談綴り]鳴き声

※注意:ちょっとグロテスクな描写があります

実家のそばに、小さな沢が流れている場所があり、そこは以前田んぼだった。
高度成長期のさなかに地元のスーパーに場所を売ったらしく、スーパー建設地という話だけが先行し、そこそこ広いエリアがまるごと荒れ地として放置されるようになった。
もしかしたら相続に絡んで農家をやめたとか、そういう話だったのかもしれない。2本の沢に挟まれていたので住宅地にはできなかったようだ。

田んぼだった部分に土を盛った後は放置されていたので、雑草が生い茂る荒れ地として近所の子どもの遊び場になっていた。
私も当然そこでよく遊んだ。
沢に囲まれているせいか、春にはうっかりもののカエルがただの水たまりに産卵してしまい、おたまじゃくしを沢に逃がすために必死になったこともある。
公園ではないのでボール遊びも花火もやり放題で、いつもそれなりに子どもが居た。

そんな感じで荒れ地になって数年、最初は毎日のように通ってきた子どもたちも次第に育つ。
それぞれもっと面白い遊び場や新しい遊び仲間を見つけて卒業していっており、その頃は本当に人気のない、まごうことなき荒れ地として存在していた。

ある日、久しぶりに荒れ地を通りかかると、とても嫌なものが放置されている事に気づいた。
なんと猫の死体である。
おそらく事故に遭ったのであろう死体が、荒れ地のど真ん中に放置されていたのだ。
本来なら清掃局に連絡して回収してもらうのだろうが、当時の私は子ども過ぎてそういう知識がなく、なぜか朽ちたドラム缶の蓋をかぶせ、上から多少の土をかけて埋めた。
その時の自分が何を思っていたのかはよく覚えていないが、たぶん、隠したかったのだろう。死体は当然怖いし気持ち悪いし、葬られないで放置されていることも気の毒だったから。

埋めてしまうと気が済んで、でもそこに死体があることが少し怖くて、その場所を避けて過ごすようになった。

翌年。
そんな事をすっかり忘れた私は、飼い犬を連れてそこに散歩にでかけた。いつもはもっと遠い公園…というか里山まで行くのだけれど、その日は用事があったので近所で済ませようと思ったのだ。
リードを外すと雑草が多く生えている場所を選んで一心不乱に走っている。
他人が来たらすぐにリードがつけられるようにと離れずに居ると、急に猫の鳴き声がした。
うちの犬は猫が大嫌いで、散歩の途中で見かけようものなら大変な騒ぎになる。
案の定声を聞きつけて戻ってきた。

荒れ地とはいえ周辺は住宅地なので、飼い猫だったら一大事である。慌てて犬を呼び寄せながら周囲を見渡すのだが、猫が見えない。
威嚇というよりは呼び鳴きのような感じで、本当に直ぐ側で鳴いているようなのに、姿が見当たらないのだ。
犬はとても興奮してなかなか側に来ようとせず、猫の鳴き声の出どころを探して右往左往している。

何かがおかしい。
人間が猫の居場所を探し出せないならともかく、犬が探し出せていない。鳴き声はさっきから周囲をふんわり移動していて、しかも近い。
絶対その辺から聞こえる、と言う場所には姿がない。
犬はずっと興奮していて、地面を嗅いだり立ち上がって音の場所を確認したりしているが、どうやら臭いもしないらしく、闇雲に狭い範囲をウロウロするだけである。

ふっと昨年の事を思い出した。
見知らぬ猫を埋めたのはもう目と鼻の先である。今は雑草が生い茂っていて、ほんの少しだけ見える鉄くずが埋葬場所を示している。

「これはもしかして、めんどうくさいやつかもしれない」

悩んでいる間も犬は走り回り、猫の声は止まない。
猫に攻撃的な犬がこれほど走り回っている状況でこの鳴き声はやっぱりおかしい。とっくに威嚇の「シャー!」という声になっていて当然のはずだ。
猫の声の発生元は確実に外でこの周囲のはずなのに、平板な呼び鳴きがふわっと回るだけで、犬の耳と鼻ですら実体がつかめない。

結局、私は猫の所在を確認することを諦めた。
犬をリードでつなぎ、まだ探したいと暴れるのを引きずるようにして全く別の公園へ向かう。
犬はしばらく後ろを気にしていたが、どこへ向かうか気づいてからは気にしないようになった。

その空き地は翌年には工事が始まり、地元で一番大きいスーパーが建てられた。
自宅から一番近いスーパーなのでよく買い物にでかけたが、勝手に色々思い出して気持ち悪いような気がするだけで、それ以降怪異は起きていない。
まあそもそも怪異だったのか定かではないけれど。

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