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[奇談綴り]呼ばれた

まだ中学生の頃。

ある朝、ふと意識が戻った。
別に意識不明だったわけではない。要するに寝て起きたのだが、目を開けてもいないし、はっきり起きたともいい難い。
夢の中のような曖昧な感じでふぅっと意識が戻った。

目を閉じたまま、なぜこんな時間に目が覚めたのか考えてみる。
明るさや周囲の音から考えてまだ早朝、起きるには早い時間のようだ。
もう一眠りするか、と考え、本格的に寝ようとすると、遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。

かすかだがはっきりと、繰り返し名前を呼んでいる。
音量が小さいので、誰の声か分からない。
こんな早朝に誰だろう、と不審に思って耳をそばだてた。

声が徐々にはっきりしてきて、方向を確認できるようになった。
その方向は…。

次の瞬間、我ながら恐ろしい勢いで飛び起きて、隣の祖母の部屋に駆け込んだ。
祖母は内線の受話器を取り落した形でうつ伏せに倒れて、唸っていた。
「ばあちゃん!だいじょうぶか!!」と声をかけたが、うんうん唸るだけで要領を得ない。
階段を転げ落ちるようにして母屋の反対側にある両親の部屋へ駆け込んで祖母が倒れたと訴え、これもまた慌てた両親が救急車を呼び、祖母はそのまま入院した。

原因は不明だが血圧がとんでもない下がり方をしていて、気づけなかったら死んでいた可能性もあったらしい。
幸い2~3日の経過観察で退院できた。

祖母はその後大げさに「孫に助けられた」というようになり、実際に救急車を呼んだのが両親だったこともあって、言われるたびにバツの悪い思いをしたものだった。

だが実は、そこには別の理由があった。

何年かたった夏休みのある日。
当時流行していた「あなたの知らない世界」という心霊再現VTRの特番をみていた。
これは人気だった番組のコーナーが独立したもので、当の番組が終わってからもだいぶ長いこと、夏と冬に特番で放送されていた。
内容はいわゆる怪談で、視聴者の体験談を再現ドラマにしたものだった。
単に怖い話というよりは「幽霊に出会った体験談」を再現した内容が多かったように思う。

特に理由があったわけではなく、本当になんとなく観ていただけなのだが、祖母が急に「うまいこと作るもんだなぁ」という。
画面には白い霧の中を白装束の人達が歩くシーンが映っている。
目をパチクリさせている私に向かって、祖母がこんな話を始めた。

「だいぶ前、お前に助けられたことがあったろう。
あの時、まさにこういう景色の中を、白装束を着て進んでいたんだ。

どういう経緯でそうなったのかは覚えていない。
気がつくと白装束を着て、戸板のようなものに乗せられて、数人でその板を持ち上げて神輿のようにして、真っ白い霧のなかをどんどん進んでいった。

だいぶ進んだ所で急に『あなたはここから先に行く人ではない』と言われ、板ごとドーンと放り投げられた。

そうしたら、お前の呼ぶ声が聞こえたんだ。
お前が呼ばなかったら、あのまま進んで行ったし、そうなったら命はなかったろう。」

あまりの話にどう反応していいかわからず「そんなにソックリなの?」と聞くのが精一杯だった。
私が呼ばわったから彼岸に行かずに済んだ、と考えていたから「孫に助けられた」と言っていたのだと、この時気づいた。

祖母は「本当にソックリだ。どうやって作っているんだろうね。映像を作る仕事というのはすごいものだね。」と一人頷いていた。

この話のあと、もう一つ気づいたことがある。
祖母は私が駆け込んだ時はものが言えず、ただ唸るだけだった。
話の内容からするに、私が声をかけたあとに意識がはっきりして、呼びかけに反応出来るようになったものらしい。

それならば、早朝に私を呼んだあの声は、一体誰の声だったのだろう。

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