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「トウカイテイオーが来た!」1993有馬記念


現在は、ホープフルステークスの存在があり、年末最後の大一番、というイメージは薄れてはいるが、やはり年末は、有馬記念だ。
有馬記念で勝てればそれで良し、負けたら大晦日に寒風吹き荒む冬の大井競馬で一発逆転を狙うのも、馬券師の風物詩。
だが馬券師は知っている。
「有馬は、荒れる」

自分の有馬記念での最大の収益は、メジロデュレンが勝利した第32回になるが、これがまた、奥歯でアルミホイルを噛んだような後味の悪さ。
3番人気のメリーナイスがスタート直後に落馬、1番人気のサクラスターオーが競走中止になる特大波乱。特券枠連で勝ったとはいえ、そうじゃない感が満載の状況だった。
第33回はオグリキャップ、第34回はイナリワン。
第35回があのオグリコール。そして第36回が、これはびっくりダイユウサク。
第37回は大逃げメジロパーマー。
どうやって、勝てというんだという結果が続いていた。
そして迎えた第38回有馬記念。中山競馬場の空は晴れ。馬場は良と、競馬にはもってこいだが、騙されないぞ、という気分になる。

中山競馬場に限らず、千葉県内の大規模施設には近接の駅があるが、何せ万人が押し寄せるのだから、行きも帰りも地獄。コミケの1日分の来訪者が、一度に押し寄せる波を想像してもらえれば、わかりやすいか。
なので、千葉県内の施設には、如何に素早く楽に移動するかの個人的なルートを持つ者が勝つ。いくら駅が近くても、数時間も並んでは意味がない。ならば迂回した者が勝者だ。
自分はいつも某駅からのバスに乗り、20分程度の乗車時間で中山競馬場に向かっていた。来訪ルートからは外れるが、楽なのだ。これは現在の幕張メッセ等でも同じ。路線バスに詳しい者が、千葉では勝利する

さて第38回の有馬記念は、強馬が多い。1番人気のビワハヤヒデのオッズが早々に4倍を切ったが、これは自分からすると稀有な例に見えた。
有馬の1番人気は、4倍の中で推移するのが経験上多かったから。4.5倍とか、4.7倍とか。買われ過ぎているな、というのがパドックを見る前の印象。この段階で、自分は、2着はあるだろうが、ビワハヤヒデを本命に押すのは避けた。8枠というのも気になったし、何より同枠がメジロパーマー。この段階で、申し訳ないがパーマーは切った。
2番人気はレガシーワールド。勝ちきれない印象の馬だったが、この年は坂道を駆け上がり、JCを勝利しての、有馬記念。スタミナが残っているかはパドックで判断になると思った。

競馬新聞の予想はあくまでも参考。馬は生き物だから、あくまでも新聞は自分が予想する為に必要なデータ補強の扱いを自分はする。人間だって、顔色の悪さは誰だって瞬時に理解できるのだし。
牝馬のレースに抜群に強いホストがいたが、それはご愛敬。彼が述べた、馬も牝なら女だというのは名言だと思う。

他にも、ライスシャワーに、ベガに、チゲゾー、マチタンにネイチャ、キンイロリョテイと双璧のホワイトストーン、推薦馬も含めて、ツインターボのような存在は、皆無。そんな中に、3枠4番、トウカイテイオーが、いた。
一年振りのレースは、ミスターシービーの毎日王冠を思い出す。
パドック前で、トウカイテイオーを評価していた者は、現地では少なかったように記憶している。テイオーの馬券を購入していたのは、オグリキャップの幻影を、求めているようにも見えた。
自分はテイオーの馬券は、やはり姿を見てからだと、判断。
そしてパドックの時間になったのだが。

「あれ?」
「トウカイテイオー、良くないか?」
「レガシー、ちゃかってるな」(ちゃかちゃかしている)
「ビワは凄いな」
「ウイニングチケットは、強いけど、この面子では無理かな」

自分は全部の馬がパドックに出て流し見した瞬間に、長年の愛読紙である競馬エイトを右手に丸め、馬券売り場に走っていた。腹に少々の肉がある身体にはつらいが、仕方ない。
同じように、勢い良く走る者、数名。混雑度の少ない馬券売り場は、皆、知っている。
そこに向かい、何人もの馬券師が走るが、その真意に気付く者は、まだ少ない。
自分は売り場窓口に並ぶと、先客もいたが、口々に、皆が確認をする。

「トウカイテイオーの馬体、他と違い過ぎないかな」
「全然違う。まるで新馬戦前かと思う位だ」
「ビワは固い。だけどテイオーは、買わないと駄目だ」

それ程、トウカイテイオーの、状態が、良い意味で、凄かった。他の馬達は、当時のローテーションの厳しさにより、馬体の状態が、悪かった。おとなしいではなく、元気もなかった。その中、ビワハヤヒデが、圧倒的な強者のオーラを出していた。
名前も知らぬ、顔も初めて見た同士が、情報を交換し、互いに確認する。
一年間かけ、仕上がった、トウカイテイオーが、間違いなく、来ると。
自分は枠連4-8を特券で10枚、ライスを入れて枠連3-4と3-8を特券で一枚ずつ。ナイスネイチャは、流石に来ないと、この時は、踏んだ。

パドックから本馬場入場、本番までは、時間は少ない。
馬券は前日から買えるし、事前に買うからこそ、オッズが出る。当時はスマフォで購入できる筈もなし、電話投票はまだまだ黎明期だ。馬券を買うのは、場外馬券場か、現地で走るしかない。
そして続々と、窓口に、客が押し寄せ始めた。
その数が、どんどん、増える。皆の目が血走る。

「早くしろ!」
「間に合わないだろ!」

事前に馬券は購入しているが、皆、トウカイテイオー絡みの馬券を、追加購入しようとしていた。
自分は何とか脱出できた。

マークシートの導入から二年。まだ窓口購入する者が多い時代。
有馬記念の馬券締め切り時間が近付くにつれ、現地は阿鼻叫喚になった。
だが時間は非情だ。

「あああああ! 頼むよ! テイオーの単勝、前の奴、一本買ってくれ!」
「俺に、俺にテイオーの馬券を、買わせてくれええ!」

それらの声を、印象的に覚えている。

「トウカイテイオー、奇跡の復活!」
だが現地では、奇跡でも何でもなかった。トウカイテイオーが勝つ。レース発走前に、それは、確定していた
のだ。
自分の馬券の儲けは、町田の丸井でその日のうちに、当時にお付き合いしていた女性の服に化けた。



(終)

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