イ・チ・モ・ツ 第1話
【あらすじ】
ある朝平凡な独身サラリーマンの竹内伸一の身に異変が起きる。なんとイチモツが巨大化していたのである。イチモツは毎日毎日グングンと東シナ海を中国大陸に向けて伸び続け、日本と中国との領土問題へと発展する。
そしてもう一つ、国内で新たな問題が……。
イチモツが巨大化して以降、インポになった男性が急増し、妊娠件数が激減するという現象が起きていたのだ。
日本の世論は「このままイチモツを伸ばし続けるべきだ」というイチモツ支持派と「イチモツを切断するべきだ」という反イチモツ派の真二つに分かれ、ついには日本初の国民投票が行われることになる。
1、
なんだ? なんでこんところにスカイツリーが……?
寝ぼけ眼の伸一は巨大化した自らのイチモツを見てそうつぶやいた。
三十二歳、独身サラリーマンの竹内伸一のイチモツが突如として巨大化したのは五月二十一日の深夜から翌二十二日の朝にかけての事だった。
大量のサンマが砂浜に打ち上げられたり……湖が干上がったり……巨大な隕石が落ちてきたり……沖縄に雪が降ったり……。世の中には時として信じられないようなことが起こるものだ。そのことは理解していたつもりだったが、朝起きてみたら自分のイチモツが長さ三メートルほどに巨大化している――その事実をすんなり受け入れられるほど伸一の頭は柔軟ではなかった。
八畳ほどの広さしかないワンルームの天井に向かってスカイツリーのように伸びるその物体が自らのイチモツであるという事実を伸一の頭が把握するまでにはしばしの時間を要した。その物体は伸一の股間から垂直に白い天井に向かって伸びていた。
これはスカイツリーじゃない。俺のイチモツだ!
そう気付いて飛び起きた瞬間、鋭い痛みがイチモツに走った。あまりの痛みに伸一は、OH! とスライディングタックルを受けたサッカー選手のような声を上げ、股間を抑えながら何事かと天井を見上げた。
どうやら天井にまで達していたイチモツが急に飛び起きたせいで天井と摩擦を起こしたようだ。火花が散ったかどうかは分からないが、火傷をしたような痛みを感じた。
イッテー……。
イチモツを見上げると天井と擦れた部分が赤くなっている。
なんなんだよ、これは……。
普段は七~八センチ、勃起しても一五センチほどしかない決して巨根ではない自らのムスコが、はいていたチノパンの前のチャックの部分を突き破り、自分の身長をも遥かにしのぐ、三メートルくらいの長さに成長して窓の辺りまで伸びていた。
なんなんだ、これは……。
頭が混乱した伸一は110番に電話しようとした。
が、携帯を手に取ったところでやめた。
110番して一体何と説明すればいいのだろう……? イチモツが巨大化してしまったので助けてください! と110番したところで、ふざけるのはやめてくださいと言われて終わりだろう。
救急車を呼ぶか……? そうも考えたが、やっぱりやめた。
もしかしたらこの現象は単にいつもの朝勃ちが行き過ぎたもので、時間が経てばいつもの七~八センチのコンパクトサイズにおさまるのではないか……そう考えたからだ。イチモツが巨大化してしまったんです、助けてください! そう電話しておきながら救急車が到着した時にいつもの七~八センチのコンパクトサイズにおさまっていたのではどうにも言い訳の仕様がない。君の巨大化はその程度かい? そう救急隊員に言われ鼻で笑われるシーンを想像すると自分の自尊心が崩壊するような気がして救急車を呼ぶという選択肢を頭の中から消した。
いったいどうしたらいいのか……?
財布を拾ったら交番に届けましょう……イジメを受けたり目撃したりしたら親や先生に相談しましょう……学校ではいろんなことを教えてくれたがイチモツが巨大化したときの対処は教えてくれなかった。グーグルで検索してみるか? そう思ってスマホに向かって「オーケーグーグル、イチモツ 巨大化 どうすればいい」と話し掛けてみたが、出て来たのは「これで女房も大満足」という見出しとともにVサインを掲げるオジサンが載っている怪しげなサプリメントの広告と、「切らない安心」、「日帰りOK」とかいう長径手術の宣伝をするクリニックの広告ばかりだった。
「朝起きたらイチモツが巨大化していたのですがどうしたらいいでしょう?」とヤフー知恵袋で質問してみることも考えたが、どうせそんなこと真剣に受け止める人はいなくて「うらやましい」とか「良かったね」とか役に立たないコメントしか返ってこないことは容易に想像できたので諦めた。
しかし、いったいなぜこんなことになったのだろう……?
巨大化した自らのイチモツを眺めながら伸一は昨晩のことを思い出してみた。
昨日の夜に限って何か特別なことがあった訳ではない。
昨日はいつものように仕事を終えてから渋谷の「のんべい横丁」で会社の同僚と串焼きを食べた。ビールと日本酒を飲んだ。程良く酔っ払ったところで渋谷駅に向かい井の頭線に乗った。電車内はそこそこ混雑していて下北沢の駅で乗ってきた2人組のギャルの白いピッタリしたニットのワンピースを着た女の子の胸の谷間が気になって、中刷りの「東洋経済」の広告を見ているふりをしながらチラチラと谷間を覗いてちょっともっこりしたままアパートのある井の頭公園の駅で降りた。セブンイレブンでお気に入りのセクシー女優のグラビアが載っている週刊ポストとプリンアラモードを買った。アパートに戻りテレビをつけ、あー疲れたわ、と言ってニトリで買ったカジュアルソファに横になった。「明日開業記念日を迎えるここ東京スカイツリータウンでは様々なイベントが企画されていて、展望台の入場券を購入するお客さんたちの長い長―い行列が出来ています――」テレビでは清楚な雰囲気にもかかわらず隠れ巨乳だと噂の台場テレビの吉村佳織アナがスカイツリーを見上げながらリポートしていた。一度でいいから吉村佳織と一発やってみたいなあ……、もしも吉村佳織がテレビで「わたしと一発やりたい人、明日スカイツリーに集合!」って言ったらどれぐらいの行列が出来んのかなあ……、俺は絶対行くし、多分うちの会社の奴らは全員並ぶだろうな、そしたら会社休みだな……、もしかしたらうちの親父とかも行列の中にいたりして……、ばったり会ったら気まずいだろうなー……、高校の時の担任の先生とかもいるかもしれないよな、意外と国会議員とかもいたりして、真面目な顔して池上彰とかが並んでたらウケるよな……。そんなことをぼんやりと考えているうちに眠りに落ちた。いつもと変わらない夜だった。そしていつもと変わらぬ朝が来るはずだった――。
しかし、しかし今伸一の目にしている朝は、間違いなくいつもとは違う朝だった。
目の前には己のイチモツがスカイツリーのようにそびえ立っている。
さあ、どうする……?
巨大化した自らのイチモツを見上げながら伸一は考えた。
とりあえずまだ朝の五時だ。出社するまでにはまだ時間がある。それまでになんとか元のコンパクトサイズに戻ってくれれば……。そう思っていた伸一だったが時刻が五時になった瞬間まずいことが起きた。
台場テレビの朝のニュース「さわやかモーニング」が始まり、伸一が吉村佳織アナの次に好きな進藤えみこアナが画面に登場したのである。進藤えみこは笑顔でおはようございます! と言ってお辞儀をし、その際水玉のワンピースのたるみからほんの僅かにのぞいた胸の谷間に伸一のイチモツは敏感に反応してしまい、ニョキニョキっと大蛇が天井を這うようにさらに伸びてしまった。
イカンイカン、イカンぞ伸一!
反省した伸一は自分自身と自分のムスコにそう言い聞かせ、小学生の時に飼っていた愛犬のぺルが死んだ時のことや、大好きだったお婆ちゃんが死んだ時のことなど、ありとあらゆる悲しい思い出を頭に浮かべてなんとかイチモツをコンパクトサイズにおさめよう、おさめよう、と努力したがイチモツはまったく言うことを聞かず巨大化したままだった。
うーん、どうするか……?
考えているうちに強烈な尿意が襲ってきた。
あ、そうだ! もしかしたらこの巨大なイチモツの中身はほとんど水分で出来ていておしっこをすればいつも見慣れたコンパクトサイズにもどるかもしれない!
そう思った伸一はおしっこをしようとトイレに行こうとしたのだが、狭いワンルームの中でどんな体勢をとってみても直径三メートルの巨大化したイチモツをトイレの便器の中におさめることは出来なかった。そんなことをしているうちにも尿意は高まってくる。
しょうがない、これは外にするしかない。
そう判断した伸一は窓からイチモツを突き出して隣の家の庭にある大きな樫の木に向かっておしっこを噴射した。
直径三メートルの巨大化したイチモツから放たれたおしっこはまるでケルヒャーの高圧洗浄機のようなもの凄い水圧で飛んでいき、樫の木の枝にとまっていた小鳥たちが驚いて一斉に羽ばたいていった。
はあ……。気持ちよかった。
溜まっていたおしっこをほぼ出し終えホッと一息つく。
すると、突然通りの方からけたたましい犬の鳴き声が聞こえてきた。
何事だろう? と思い窓から顔を出してのぞいてみると、小さな柴犬が窓から突き出した伸一の巨大なイチモツに向かって吠え立てており、その飼い主とみられる八十歳くらいのお爺さんが口を開け唖然とした表情でこちらを見ていた。
マズイ!
慌ててイチモツを窓から引っ込めるとイチモツの先からまだ少し残っていたションベンの残りがポタポタと部屋の中のソファやテレビの上にたれてしまった。
あーあーあーまったく……。
雑巾もタオルも見当たらなかったので仕方なく近くに脱ぎ捨ててあったTシャツでたれたションベンを拭きながら伸一は考えた。あの爺さんは警察に通報したりするだろうか? そしたら俺は捕まるのか? 一体何の罪で……公然わいせつ罪か? でも俺は別に何か悪いことをしたわけじゃない。朝起きたらイチモツが巨大化していただけだ。隣の庭にションベンをしたのは悪いことかもしれないがそれだって巨大化したイチモツがトイレに入らないから仕方なくやっただけの事だ。俺はまったく悪くない。そうだ。堂々としていればいいんだ。俺は悪くない……。
そう自分に言い聞かせた伸一だったが、目の前のこれ以上ないくらい堂々とそびえ立つ自分のイチモツを見ると心が萎んできた。
お前は堂々としなくていいんだよ……。
ションベンで濡れたTシャツをハンガーにかけ窓際に干す。これだけの動作をするにもイチモツの先端までの距離感がつかめないためイチモツを部屋のあちこちにぶつけ、本棚に並べていたCDや雑誌が散乱してしまうは、イチモツの先端が誤ってエアコンの暖房スイッチを押してしまい五月下旬だというのに温風が吹き付けてしまうわ、不自由なことこの上ない。
汗だくになって必死に手を伸ばしエアコンの「切」スイッチを押しながら伸一は思った。もしもこのまま警察に連行されたらいったいどんなことになるのだろう? ちょっとした騒ぎになって、アパートの前にはきっとたくさんの野次馬が集まるだろう。近所のおばさんたち、アパートの大家さん、いつも行くセブンイレブンのちょっと可愛いバイトの女の子……。そんな野次馬たちが見つめる中を巨大化した三メートルのイチモツを放り出したまま警察に連行される自分……。きっとパトカーにはこのイチモツは入らないからトラックの荷台かなんかに積まれて移送されることになるのかもしれない……。
おい、マジかよ、そんな辱めってあるか? 江戸時代の市中引き回しよりひどいんじゃないか? 俺はそんな屈辱に耐えられるだろうか? きっとみんな珍しがって写メに撮って「笑撃のイチモツ画像」とかいうタイトルをつけてツイッタ―やTIKTOKに投稿したりするのだろう。その画像や動画はきっとオモシロ動画やビックリ映像として世界中に広まるはずだ。
「違う違うそんなふうに僕は、打ちのめされるために生きてきた訳じゃない」――大好きな浜田省吾の曲『遠くへ』のフレーズが浮かんできて、なんだか涙がこみ上げてきた。
そんなご主人の気分とは裏腹に、伸一のイチモツはまだ元気いっぱい、巨大なままで上を向いていた。
よし、仕方ない、このまま会社に行こう!
時刻が六時を過ぎた時、伸一はそう決心した。
会社を休む、という選択肢もチラッと頭をよぎった。が、しかし、今日は絶対に休む訳にいかなかった。今日は伸一のサラリーマン人生を掛けた、といったら大袈裟だが、それくらいの思いでここ数カ月取り組んできた企画のプレゼンが予定されているのだ。
伸一が勤めるFLYING FLOGSという会社はスマートフォン向けのゲームやアプリを開発している会社で、今伸一が企画しているのは、自分の顔写真、体型、キャラクター、季節、シチュエーション、予算などいくつかの項目を設定すればそれにぴったりの洋服のコーディネートを画面上に提示してくれて、クリック一つでその洋服を購入出来る「おしゃナビ」というアプリだった。今日は社長をはじめとする会社の幹部たちにこのアプリの企画をプレゼンする大事な日なのだ。
FLYING FLOGSの社長、西條博子は日本で最初にブログサービス事業を始め大成功を収めた人物としてIT業界では知らぬ人がいないというぐらいのカリスマ的存在で、「女織田信長」とも評される合理主義者だ。十年前に数人の仲間と共にこの会社を立ち上げて以来、西條は年功序列、新卒一括採用などという日本特有の古臭いシステムは全て排除して、男だろうが女だろうが大卒だろうが高卒だろうが、優秀な者は評価されたっぷりボーナスをもらいどんどん昇進していき、そうでない者はいつまでたっても昇進できないという分かりやすい評価システムによって社員の競争心を煽り、FLYING FLOGSを急成長させてきた。この人事評価システムのシビアさを伸一は身をもって体験している。
半年前、いつもはパッとしないゲームおたくでゲームに詳しい以外は何のとりえもない同期の岡山剛志という奴が、自ら企画・制作した「お料理番長」というゲームを大ヒットさせたことが評価され二千万円近いボーナスをもらい、企画部長に抜擢された。この人事には社内中が大騒ぎになり、伸一は予想だにしなかった同期の二段三段飛ばしの昇進劇に気が狂うほどの嫉妬を覚え、ワールドカップ出場目前のところでゴールを奪われたドーハの悲劇のサッカー日本代表の選手たちのようにひざから崩れ落ちるほどの挫折感を味わった。あの岡山が……俺の上司になるってか……。普段岡山が男のくせに色白で、なで肩で、料理好きで女性誌のお料理コーナーを読んでいたりすることをからかったりバカにしていたことを伸一は心から後悔した。
「おめでとう! やったじゃん!」岡山にそう声をかけながら、次は俺だ! 俺も二千万円のボーナス貰ってやる! 伸一は心の中でそう思っていた。
それまで、なんとなく与えられた仕事をこなし、週末になると気晴らしにキャバクラに行く――そんなノホホンとした緊張感のないサラリーマン生活を送っていた伸一の生活は一変した。
決して口には出さなかったが、高田馬場の家賃七万のワンルームから自由が丘の2LDKのマンションに引っ越した岡山に対し伸一は半端ないジェラシーを抱き、メラメラとライバル心を燃やした。あの「なで肩野郎」に出来るんだったら俺にだって出来ないはずはない、いつか自分だって……。そう思い一獲千金を狙って日々新しいアプリのアイデアを練り、ない知恵を振り絞り、ようやく生み出したのがファッションコーディネートゲームと洋服の通販をコラボさせたアプリ「おしゃナビ」だった。
実は厳密に言うとこれは伸一のオリジナルアイデアではなく、伸一が毎週通っている吉祥寺のキャバクラ「セクシーゴールド」のジャスミンちゃんが「こういうアプリあったらよくなーい? お店でカワイイと思って買ったのに一回も着てない服とかたくさんあるしー、こういうのあったらジャスミン絶対ダウンロードするんだけどー」と茶色いクルッとウェーブした髪をいじりながら喋っていたアイデアをパクッたものだったがそんなことは関係ない。
もしもこのアプリ「おしゃナビ」が大ヒットしたら自分だってあの「なで肩野郎」の岡山みたいに二千万円のボーナスを手にすることだって可能だし、企画部長代理ぐらいにはなれるかもしれないし、そしたらジャスミンちゃんが欲しいと言っていた二十二万もするプラダの新作のバッグも買ってあげられるし、そしたらジャスミンちゃんも、やだーうれしーありがとーとか言って一回ぐらいやらせてくれるかもしれない。つまり、今日のプレゼンはそれだけ伸一にとって重要なものなのだ。
しかしどうしよう……?
このままイチモツを放り出したまま外出する訳にはいかない。会社にたどり着く前に公然わいせつ罪で捕まってしまうかもしれない。
さあ、どうする……?
考えた末に伸一は押し入れからニトリで買った青いシーツを二枚取り出して、その端と端をホチキスで留め繋ぎ合わせ、四メートルほどの長さになったそのシーツを床に寝そべった状態でフワッとイチモツの先端に向かって投げ、上手いことそれをイチモツにかぶせようとした。
フワーッ、スルッ、フワーッ、スルルル……。シーツはなかなか上手いことイチモツの先端に掛かってくれない。しかし十三回目のトライでようやくいい具合にシーツがイチモツの半分くらいを覆い、伸一は上半身を起こした状態で両手をいっぱいに伸ばしシーツの橋と端を結んで、とりあえずの間に合わせではあるがイチモツのカバーを作った。よし、これならいけるかもしれない。一見、スキー板のような大きい荷物を抱えているような感じだ。
幸いなことに昨日の夜は酔っぱらって着替えずにそのまま寝てしまっていた。ちょっとシワになっているが履いているチノパンはこのままでいいだろう。イチモツを部屋のあちこちにぶつけ手古摺りながらも、伸一はタンスからYシャツを出して上半身だけ着替え、キッチンのシンクでパチャパチャと顔を洗い、冷蔵庫の牛乳をパックから直接がぶ飲みし、テーブルに置いてあったバナナを食べて家を出た。
三メートルを超える長さのイチモツを抱えて他人に迷惑を掛けずに歩くのはなかなか難しい作業だった。
駅の階段では前を歩いていたOLのスカートの裾にイチモツの先が引っ掛かって痴漢呼ばわりされてしまい、キオスクで新聞を買って振り返った時ムチのようにしなったイチモツで隣で缶コーヒーを飲んでいたオジサンをなぎ倒してしまい、更に「すいません」と謝った時にそのオジサンの頭を上からイチモツで叩きつけてしまった。これは思った以上に大変だなぁ、ホントに会社までたどり着けんのかな? と思いながらホームで電車を待っているとホームから線路にはみ出したイチモツのせいで渋谷行きの急行電車を緊急停止させてしまい、「あなた何やってんですか!」と走って来た駅員さんに向かって「どうもすいません!」と謝りながら再び彼の頭を上からイチモツで叩きつけてしまった。。
電車に乗り込んでからも大変だ。七人掛けの椅子に座っている手前の四人の乗客にスイマセンスイマセン、と言いながら立ってもらい、とりあえずそこにイチモツを寝かせイチモツを座布団替わりにしてその上に座ってもらったのだが、イチモツの上にお尻を乗っけられるとその刺激によってイチモツはさらに巨大化し、久我山駅を過ぎた頃には五人目の乗客にも一旦立ってイチモツの上に座ってもらい、高井戸で乗って来たちょっと綺麗なOLさんが少し恥じらいながら、失礼します……と、か細い声で断りながらイチモツの上に腰掛けた時には不覚にも大興奮してしまいイチモツはニョキニョキとさらに伸びてしまい、伸一はあまりの恥ずかしさに汗をダラダラ流しながら、スイマセーン、もう少し伸びまーす! スイマセーン、と叫んで七人掛けの椅子の六人目、七人目の乗客にも協力を呼びかけた。
伸一の後方にいた女子高生たちが背伸びしてその様子を見ながら、ありえなくなーい! と笑いながら話しているのが聞こえ、一つ向うのドア付近にいるランドセルを背負った小学生たちは、うわっこっちまで伸びて来るよ、やべーよ、やべーよ、と大はしゃぎしていた。こんな恥ずかしい経験は生まれて初めてだ。
しかも明大前駅で乗ってきた白髪頭で杖をついた老人が、ほーどうしたのこれ? と余計なことを根掘り葉掘り聞いてくるものだから、いや朝起きたらこうなってまして、いや、普段はこんなに大きくないです、はい、コンパクトサイズです、などと答える度に周りの乗客がクスクス笑うのが聞こえ、恥ずかしさが極限に達すると恥ずかしい方に意識が集中してイチモツの感覚もなくなってきて、池ノ上を過ぎた辺りでさっきの小学生たちに、シーツを繋ぎ合せて作ったカバーの隙間から覗くイチモツの先っぽに黒いマジックで落書きされていたことにも気付かずに、伸一は終点の渋谷駅で降り、巨大なイチモツを抱えて宮益坂を上り、会社に向かった。
2、
竹内伸一のプレゼン中、岡山剛志は社長の西條博子の横顔をハラハラしながら見つめていた。
「なんなのこれは! 私はねこんなイタズラに付き合っている暇はないのよ!」
今からちょうど三〇分前のことである。会議室に入るなり社長の西條はそう言い放った。
普段温厚で冷静な西條があんなヒステリックな声を出すのは珍しい。しかし無理もない。会議室の中央、円形に並べられた机の真ん中のスペースには、今日プレゼンを行う竹内伸一の巨大化したイチモツがデンと鎮座していたのである。
イチモツには伸一が自分で作ったというカバーが掛けられていてむき出しにはなっていなかったものの、こんなシュールなシチュエーション、事前に説明がなければ誰だって質の悪いイタズラだと思うだろう。
あのバカめっ! 剛志は社長の隣で申し訳なさそうな顔でこちらを見ている社長秘書の安西優子を睨みつけた。ここに来る前に社長にはちゃんと説明しとけって言っておいたのに……。剛志に睨みつけられた安西優子は、ちょっと頬を膨らませ、だってしょうがなかったんですよ! とでも言いたげな顔をしていて、その態度に剛志はますます腹が立った。
が、とにかく今はそんなことに腹を立てている場合じゃない。一刻も早く社長に事情を説明して、気を落ち着かせてもらわねばならない。そうでないとせっかくの伸一の素晴らしい企画がオジャンになってしまう。
そう思って、剛志は大慌てで社長の西條のもとに駆け寄り、これには事情がありまして……、原因不明の異常現象で……、決して竹内君に非はなく……、素晴らしい企画ですから……、見た目ではなくプレゼンの中身でご判断を……と、必死の思いで社長を説得し何とか席についてもらった。
「ちょっと大変なことになっちゃってさ……」
剛志のもとに竹内伸一から電話があったのは、今朝六時をまわった頃だった。
「イチモツが巨大化しちゃったんだよ」
そう言われた時には何を言っているのかさっぱり理解出来なかったが、七時過ぎ、巨大なイチモツを抱え、えっちらおっちらバランスを取るのに苦労しながら渋谷の宮益坂を歩く竹内伸一の後ろ姿を見た時、剛志は初めて事態を把握した。
剛志はゲイだった。そして同期の竹内伸一に入社以来ずっと想いを寄せていた。
伸一から「お前ホント色白だよな」とほっぺたをチョンチョンと触られた時にはそのほっぺたがポット赤くなり、「お前なで肩だよな、もっと鍛えた方がいいんじゃないか」と言われ肩の辺りをモミモミされた時には身体が熱くなり、会社のみんなでスキー旅行に行って一緒に温泉に入った時には伸一のあそこをガン見してしまい、思わずもっこりしてしまった自分のあそこを必死で隠した。
以前、会社のみんなと飲みに行った帰り、終電が無くなって帰れなくなった伸一が、今日お前んとこ泊めてくんない? と言って高田馬場にある剛志のアパートに泊まりに来たことがあった。あの夜のことは今でも忘れられない。
「岡山さ、お前彼女とかいんの?」白いソファに寝そべってなんとか46とかいうアイドルグループが出ている深夜のテレビ番組を観ながら伸一は聞いてきた。「いや」と剛志が応えると伸一は「ふーん」と言って天井を見つめながら「お前うちの会社の中で気になってる子いる?」と続けて聞いてきた。
「あなたです」と言う訳にもいかず、剛志が答えに窮していると、
「俺さ、営業の渋井さんっているじゃん、オッパイ大きい、俺あの子狙ってんだよね」ソファのクッションを抱き抱えながら伸一は「渋井さんと一発やりて―な」、「あのオッパイ触りてーなぁー」、「やりてーなぁー」、「一回でいいから……」と繰り返した後いびきをかいて寝てしまった。
その夜剛志は伸一の寝顔を見ながら営業の渋井真紀に対する燃えるような嫉妬心と闘った。もし自分がデスノートを持っていたら間違いなく「渋井真紀」の名をもの凄い筆圧で書いていただろう。そしてもしも自分が豊胸手術をしたら伸一はチラチラ自分の胸を見てくれるだろうか? 触ってくれるだろうか? という妄想に駆られ、豊胸手術を行っているクリニックを朝まで検索してしまった。
そして緑色のカーテンが朝日に照らされうっすら輝き始め、カァーカァーとカラスの鳴き声が遠くで響き始めた頃、伸一の毛布が伸一のあそこの朝勃ちによって徐々にもっこりと膨らみ出したのを見た時には、毛布を引っ剥がして勃起した伸一のあそこにしゃぶり付きたい衝動に何度も駆られたが、なんとか思いとどまった。今思えばもったいないことをしたと思う。タイムマシンがあるなら迷わずあの夜に戻ってしゃぶり付くだろう。
剛志が「お料理番長」というゲームアプリを開発したのも伸一が忘年会の二次会で、「俺どんなブスでも料理とフェラが上手かったらオチちゃうかもしんねーわ」と言うのを聞いたのがきっかけだった。
その日から剛志は毎晩会社から帰宅した後、クックパッドに載ってるレシピを見ながら夕飯を自炊して料理の腕を磨き、毎朝バナナを食べる時に伸一のことを想像しながらフェラチオの練習をした。そしてある晩、「鶏手羽の甘辛さっぱり煮」のレシピを見ながら計量カップでみりんの量を計っている時にふと、今の自分のように、好きな男のために料理が上手くなりたいという気持ちの女の子を主人公にしたゲームを作ってみたら面白いんじゃないか――そう思いついて誕生したのが「お料理番長」だった。
「お料理番長」はすぐに商品化が決定し、若い女子の間で大人気となりその年の流行語大賞にノミネートされるほどの大ヒットとなり、剛志と伸一の勤める会社、FLYING FLOGSを代表するアプリとなった。
「良かったな、やったじゃん」、「お料理番長」が大ヒットした時伸一は剛志のなで肩を触りながらそう言ってくれた。うん、と頷きながら太一は心の中で、あなたのおかげだから……そうつぶやき、お礼に伸一のあそこをフェラチオしてあげている自分の姿を想像しているうちに勃起してしまってA4の書類で前を隠しながらオフィスを出てトイレに駆け込んだ。
伸一のことが好きで好きでたまらなかった。いつも伸一のことを見ていた。
毎朝眠そうな顔で出社してくるところも、昼休み牛丼を食べる時ボロボロとご飯をこぼしてシャツに染みをつけたりするところも、仕事中こっそりヤングマガジンのグラビアを食い入るように見ているのを上司に怒られたりするところも、可愛くてしょうがなかった。
伸一には全くゲイの気がないし剛志の想いにも全く気付いていない。ここ最近は吉祥寺のキャバクラのジャスミンという娘とどうやったら一発出来るかという話を剛志や他の同僚の前でよくしていた。それでも良かった。自分には全く興味がない彼を秘かにひたすら想っている自分――そんな構図がさらに剛志の恋心を熱く燃やしていた。
しかし、そんな剛志と伸一の関係に大きな変化が訪れた。
剛志が「お料理番長」をヒットさせたことが高く評価され企画部長に抜擢され、伸一の上司になってしまったからだ。
「おめでとう!」と伸一は笑顔で祝いの言葉を掛けてくれたが、それ以来伸一は明らかに自分に対して距離を置くようになった。昼休みに一緒に牛丼を食べに行くことも、仕事帰りに飲みに行くことも、お前なで肩だよなと肩の辺りをモミモミされる事もなくなってしまった。ついこの間まで同期の仲間だった人間がいきなり自分の上司になったのだから、どう接していいのか戸惑うのは当然だろう。
でも剛志はそれが寂しくてしょうがなかった。
もう一度、伸一と牛丼を食べに行ったり、飲みに行ったり、肩をモミモミされる仲に戻りたい。そんな思いが日に日に強くなった。
かといって自分が企画部長の座を捨てて伸一と同じポジションに下りるという選択肢はあり得ない。自分だってクリエーターだ。ゲームおたくの自分にとって、自分が開発したゲームが評価されることはこの上なく嬉しいしことだし、FLYING FLOGSのような完全実力主義の会社にあって昇進のチャンスを自分から断るなんていうのは自ら会社の中で死を選ぶのと同じようなものだ。
だから、剛志は伸一に自分のポジションまで上がって来て欲しい――そう願った。
ひとつでいい。何かひとつでいい。伸一が頑張って自分と同じように面白いアプリやゲームを開発して成功を収めてくれれば、自分が社長に推薦して企画部長代理ぐらいのポジションを与えることは出来る。そうすれば自分との距離も縮まるはずだ。伸一はちょっとだらしないところはある。だけど話は面白いし、いいセンスは持っている。彼はいざやる気になれば凄い能力を発揮するはずだ。ただ入社以来「いざ」という時が来ていないだけだ。剛志はそう信じていた。頑張って! あなたなら出来るはずよ! そう思いながら毎日遠くから伸一の事を見つめてきた。
だから伸一が「おしゃナビ」というアプリの企画を持って来た時には涙が出るほど嬉しかった。
やっぱりあなたは私が見込んだだけあるわ。そう言って伸一を抱き締めておちんちんをしゃぶってあげたい気持ちになったがそこはぐっとこらえた。絶対にこの企画を成功させてあげたい、いや、成功させなければならない、剛志はそう思い、さりげなく伸一に助言を送り、社長が直々に参加するプレゼンまでセッティングした。伸一は素直に剛志の助言を受け入れ何度もプレゼンの練習をし、完璧な資料を揃え、印象を良くするためにメンズエステのフェイシャル体験コースにまで行ったらしい。二人で力を合わせ同じ目標に向かって走っている感じがしてとても幸せを感じた。二人で過ごす時間が愛おしかった。
プレゼンの成功はほぼ間違いない、剛志はそう確信していた。
それなのに……。
なのに神様はなぜこんな仕打ちを与えるのだろう? まさか、伸一のイチモツが巨大化するなんて……しかもよりによってプレゼンの当日に……。
お前ちょっと見てくんない? と今朝会議室で伸一に巨大化したイチモツを見せられた時剛志は、この大事なプレゼンの日になんでこんな一大事を起こしてくれたんだ! と神を恨むと同時に、目の前の巨大化した伸一のイチモツを見ているうちに身体が熱くなってきて思わずジーンズの前がもっこりふくらんでしまい、何故だか分からないがやっぱりこの人はタダ者じゃなかった、私が見込んだだけの男だわ! という非論理的、かつ巨根のない、いや、根拠のない確信をもった。
今、会議室では「おしゃナビ」に関する伸一のプレゼンが続いている。
剛志はさっきからチラチラと社長の西條博子の表情を伺っているのだが、西條は目の前に突き付けられた伸一のイチモツは全く目に入っていないかの様子で、普段の会議の時と変わらず、プレゼンターである伸一の説明に頷いてみたり、伸一が時折放つジョークに微笑んでみせたり、企画書にメモしたりしている。
さすがは西條博子だ、剛志は感心した。
三〇分前、初めて伸一のイチモツを目撃した時こそ「なんなのこれは!」とヒステリックな声を出して取り乱した西條だったが、プレゼンが始まるとすっかりその内容に集中していた。きっと彼女の頭の中ではCPUがフル稼働し、この企画の独創性は? 話題性は? どことコラボ出来るか? その実現性は? どの程度の利益を生み出すか? などなど、緻密でクールな計算が行われているはずだ。
そういうところが西條博子が「女織田信長」と評される所以なのだろう。男だろうが女だろうが、大卒だろうが高卒だろうが、茶髪だろうが金髪だろうが、ピアスを開けていようがいまいが、企画者のイチモツが巨大化していようがいまいが、そんなことは全く関係ない。優秀な者は評価する、優秀な企画は評価する。その徹底した合理主義によって西條はここまでこのFLYING FLOGSを成長させてきた。そう、彼女にとって一にも二にも重要なのは企画の中身なのである。
そんな西條の姿勢を見習うように、今この会議室にいる全員が普段と同じようにプレゼンに集中している。目の前にドーンと鎮座する巨大化したイチモツが、プレゼンターである伸一が興奮気味に喋る度に小刻みに上下する――こんな超シュールなシチュエーションにもかかわらず、である。なんて素晴らしい組織なんだ……。剛志は感動を覚えた。
会議が始まる前なんとかイチモツを元のサイズに収めることは出来ないだろうかと氷で冷やしてみたり、薬局で買ってきたコールドスプレーを掛けてみたり、スマホで「男性器、巨大化、治療法」と検索してイチモツを縮小させる情報を探してみたりしたが、そんなことは必要なかったのかもしれない。
プレゼンは最終段階に入った。必死にプレゼンする伸一の額から汗が垂れている。
大丈夫。きっと上手くいく。きっと成功する……。
心の中でそうつぶやきながら剛志は愛する伸一の巨大化したイチモツを見つめ、ジーンズの前を少しふくらませながらその目を潤ませた。
3、
竹内伸一のプレゼンは続いていた。
ここまでのところ彼のプレゼンは美しいほどに完璧だった。それは間違いない。A4の用紙二枚にまとめた企画書はシンプルに要点だけが書かれていてとても分かりやすく出来ていたし、パワー・ポイントを使って紹介したマーケティング・データは非常に説得力のあるものだった。
伸一は彼が尊敬するあのスティーブ・ジョブズのプレゼンの仕方を真似て常に笑顔を絶やさず、時にユーモアを交え、時に情熱的に身振り手振りを交えて、この「おしゃナビ」というアプリがいかに画期的で時代にマッチした魅力的な商品かということを訴えた。企画の中身もその伝え方もパーフェクト、もしこの場にスティーブ・ジョブズがいたならブラボーと叫んでいたに違いない。
それくらい素晴らしい竹内伸一のプレゼンだったのだが、唯一の問題点――そしてこれが致命的な問題であったのだが――は、この部屋にいる全ての者が伸一のその巨大化したイチモツに気を取られ、彼のプレゼンの内容を聞いている者は一人もいなかったことである。
社長の西條博子もその例外ではなかった。
竹内伸一という社員のプレゼンはなかなか素晴らしかった。「おしゃナビ」というファッションコーディネートゲームと洋服の通販をコラボさせたアプリはそのアイデア自体がとてもユニークだったし、それを分かりやすく説明するテクニック、抑揚をつけた喋り方、表現力、資料を持ち出すタイミング……、全て完璧なプレゼンだった。
しかし、プレゼンが始まって以来ずっと博子の頭には全くその内容がインプットされてこなかった。先程来、博子の頭にインプットされ続けているのは、目の前に突き付けられた竹内伸一の巨大化したイチモツの視覚情報のみだった。
実は博子はここ最近、夫とのセックスレスに悩んでいた。
出版社で働く夫は博子より五つ年上で、博子が『女信長・西條博子』というタイトルの自伝を出版した時、彼が担当の編集者だったことがきっかけで付き合いが始まり五年前に結婚した。
編集者としては次々とヒット作を飛ばす有能な夫だったが、二年前ぐらいからベッドの上では役立たずになる事が増え、キスをすることも少なくなり、最近はスキンシップも減ってきた。
もう五十になる博子は子供を作ることは諦めていたが、女性としての快楽はまだまだ欲しかったし、自分で言うのもなんだが同じ五十歳の他の女性たちと比べれば自分は毎日仕事で人前に出る機会が多いのでまだまだ若く見えるし、メイクや髪形やファッション、美容には気を使っているし、お金も掛けているので女としては見た目も結構イケテル方だと思うし、地下鉄に乗れば向かいの席に座ったおじさんたちがチラチラ視線を送ってくることも多かったので、夫のアレが立たないのは私のせいじゃなく、絶対夫の肉体の方に何か問題があるのだろうと考えて夫にスッポンエキスを飲ませてみたり、サプリメントや漢方も試してみたが夫の能力は一向に改善せず、その間溜まりに溜まった自分の性欲を処理するために仕方がないのでネットでアダルト動画をダウンロードして夫が留守の時こっそりそのHな動画を見ながらひとりエッチをするという、まるで男子高校生のような生活を送っていた。
ネットでダウンロード出来る動画は過激なものも多く、無修正でモザイクのかかっていないAV男優の逞しい夫の倍くらいある大きなアレでガンガン突かれて悶えている女優の姿を見ていると、自分もあんなふうに突かれたい……、あんな大きなアレでメチャクチャにされたい……、毎日そんな風に思うようになり、博子の溜まりに溜まった性欲は日に日に増幅していき、もう我慢出来ないと思った博子は昨日の夜、夕食の後リビングでテレビを観てくつろいでいた夫に、ねえ一度EDの専門外来を受診してみたらどう? と思い切って切り出してみた。
そんなことがあった翌日である。会議室にこの巨大なイチモツが横たわっていたのは……。
だから博子はその巨大なイチモツを見た瞬間、それとは対極にある夫の役立たずな萎れたペニスを思い出してしまい、続いて頭の中に昨日観たアダルト動画に出演していたAV男優の逞しいイチモツの映像が蘇り、それと同時にもしかしたら社員の誰かに私たち夫婦のセックスレスのことがバレているんじゃないか……? 夫のEDがバレてるんじゃないか……? 欲求不満になった自分がアダルト動画を大量にダウンロードしている事実がみんなに知られているんじゃないか……? このイチモツはその秘密を知っている社員たちが仕掛けたイタズラなんじゃないか……? そんな疑念が次々と頭を駆け巡ってしまったものだから「こんなイタズラに付き合ってる暇はないのよ!」と思わず自分でもびっくりするくらいのヒステリックな大声を出してしまった。
マズイ……。
凍りついた会議室の空気を感じて博子は動揺した。普段冷静で温厚な性格の自分がそんなヒステリックな声を出すのは珍しいものだからみんな驚いてしまったようだ。
博子自身も自分がこんなに気を取り乱したことに驚いて、その場にいるのが気まずくなってしまい会議室を去ろうとしたのだが、企画部長の岡山と今日のプレゼンの担当者で巨大化したイチモツを抱えた当の本人――竹内伸一という社員が必死な表情で、いやこれには事情がありまして……、原因不明の現象で……、見掛けはこんなふざけた格好をしていますがプレゼンの中身で判断して下さい……、竹内君の人生を掛けた企画なんです是非聞いてやって下さい……、と必死の形相で言うものだから、博子はその気迫に押され渋々席に座った。
会社を設立して以来、自分は「女織田信長」とも評されるほどの徹底した合理主義を貫いてここまでこの会社を成長させてきた。男だろうが女だろうが、大卒だろうが高卒だろうが、優秀な者は評価する、優秀なアイデアは評価する。その姿勢でやってきた。その観点から言えば確かに企画部長の岡山が言うように、たとえ巨大化したイチモツを放り出していようがいまいがプレゼンの内容をしっかりと見定めるべきであろう。そう自分に言い聞かせ席に着いた博子だったが、プレゼンが始まってからずっといつものように冷静に聞いているフリはしていたものの、その内容は全く入ってこなかった。博子の心は完全に目の前にある巨大なイチモツにもっていかれていた。
「ファッションにさほど興味のない層は潜在的に多いはず」、「そのニーズを掘り起こせば爆発的なヒットが期待出来ます!」プレゼンターの竹内伸一が熱を込めて喋るたびに目の前のイチモツがブルンブルンと上下する。
凄い。凄い存在感だ。そのイチモツは博子に数年前夫と一緒に旅行した時に見た諏訪大社の御柱祭の御柱を思い起こさせた。さっきから博子の頭の中には、あの御柱祭で目にしたふんどし姿の男たちの映像や、斜面をもの凄いスピードで進んでいく御柱の姿や、そしてなぜかその先に十字架にはりつけにされて巨大な御柱で突かれて悶えている自分の姿が浮かんできて思わずアソコが濡れてきてしまった。
マズイ……、私ったら何考えているのかしら……。
マズイマズイ、そう思って博子はちょっと腰を浮かして足を組み直しペットボトルのお茶を飲んで顔を上げた時、ハッとその視線に気付いた。
企画部長の岡山が自分を見つめていた。
その目はちょっと潤んでいるようにも見えるし、その表情はちょっと微笑んでいるようにも見える。
もしかしてやっぱりバレてる……?
まさか……。そんなはずはない。夫がEDでセックスレスで悩んでいるなんてことは会社の誰にも話していないはず……いや、違う、一度だけ、一度だけ秘書の安西優子にお酒の席でちょっとだけ話したことがあった。
「最近夫がね元気ないのよ」、「どこかお悪いんですか?」、「フフッ、そうじゃなくて、アッチの話よ」――そんな会話をしたことがあった。
もしやその話が岡山に伝わって……?
そういえば会議が始まる前、安西と岡山の二人が何やら話していたのを見た気がする。
あの子だ! あの子が夫のEDの話を誰かに面白おかしく話して、夫のアソコは萎んだままなのに夫のアソコの噂は社員の間で膨らんで大きくなってそれでみんなでふざけてこんなイチモツ巨大化というイタズラを仕掛けたに違いない。きっとそうだ。博子は確信した。大体冷静になって考えてみればイチモツがこんなに巨大化する現象なんてある訳がない。
フーッ。
こみ上げる怒りを押さえる為に博子はひとつ溜め息をついて目を閉じた。
最近ちょっと社内の空気が緩み過ぎているのかもしれない。博子はこの頃そう感じていた。確かに社員たちには常日頃から自由であれ! ユニークであれ! ユーモアを持て! と言っている。そうした自由な空気やセンスを育むためにも、社内の皆が仮装して仕事するハロウィンデーや役員たちがサンタやトナカイの格好をして社員たちにプレゼントを配るクリスマスパーティーやバレンタインデーや、七夕や、夏祭りなど……様々なサプライズイベント、社内行事を奨励してきた。そうした自由な空気は面白いアイデアやイノベーションを生み出すのに欠かせないと博子は考えていたからだ。
しかし、しかしである……。自由なのはいい。ユニークなのもいい。ユーモアがあるのも結構だ。でも……このイチモツはやり過ぎだ……。
博子が目を閉じてそんな思いを巡らせていた時、会議室では大きな変化が起きていた。
プレゼンが終盤に差し掛かり、この「おしゃナビ」は絶対に成功するはずです! とプレゼンターの竹内伸一が興奮気味に力説していたその時である。いささか興奮し過ぎたせいだろうか、イチモツがさらに太く大きく膨張し始め、その先端がニョキニョキッと伸び始めた。
伸びたイチモツの先端はその正面に目を閉じて座っていた博子の鼻先五十センチほどのところまで伸びていき、プレゼンの参加者全員が、うわっ、ヤバイ! このままじゃ社長の顔にぶつかっちゃうよ、と思っていたのだが、いずれの者もこんな光景に出くわすのは初めての事だったので思わずその不思議な現象に見とれてしまい言葉が出てこなかった。
「ぜひ、この、おしゃナビで勝負させて下さい!」
伸一が興奮気味にそう言い放った次の瞬間、その事態が起きた。
まず伸一のイチモツがあまりに膨張したためにそれを覆っていたカバー(二枚のシーツ繋ぎ合せただけのもの)の繋ぎ目の部分のホチキスがプチっと音を立てて外れた。そしてカバーがずり落ちてイチモツそのものがむき出しの状態になったのと、それを見た企画部長の岡山が「あ!」と声を上げたのと、その声に反応した博子が目を開けたのはほぼ同時だった。
むき出しになったイチモツは博子の目前、三十センチほどにまで迫っていた。しかもそこに「デカちん」という黒いマジックで書かれた落書きが現れた。通勤中の電車内で伸一が知らぬ間に小学生たちによって書かれたものである。落書きは一文字一文字がイチモツの膨張に伴って十センチ四方くらいに拡大され、その視覚情報は甚だ大きなインパクトを持って博子の網膜に焼き付き、脳の視覚野に送られた。
そして次の瞬間――
バカにするのもいい加減にしなさい! しなさい……なさい……さい……
裏返った博子の大声はイチモツにぶつかって反射して、不思議な反響音を会議室に奏でた。
4、
ちくしょー……。
児童館の隣にある公園のベンチに座って空を見上げながら伸一はつぶやいた。
伸一の心とは裏腹に空は雲ひとつなく晴れ渡っている。伸一の心は萎んでいるのに伸一のイチモツは巨大化したまま膨らんでいた。空に突き立ち、四メートル近く伸びたイチモツの先端にはムクドリやヒヨドリたちが止まって楽しそうにさえずっていた。
プレゼンは完璧だったはずなのに。なんでよりによってこんな日に……。
バカにするのもいい加減にしなさい!
伸一がサラリーマン人生を掛けたプレゼンは社長のその一言で打ち切られた。そりゃ怒るよな……。伸一自身は全く気付かなかったのだが、イチモツの先っぽに「デカちん」という落書きがあったらしい。社長が怒るのも無理ない。むしろよくあそこまで聞いてくれたと感謝すべきなのかもしれない。
しかし伸一はあんなに一生懸命準備したのに、プレゼンの出来不出来とは一切関係ないこのイチモツのせいでチャンスを逃したことが不本意でならなかった。
また必ずチャンスは来るよ、友人であり今では伸一の上司である岡山はイチモツの先っぽの落書きを濡れたタオルでこすって消しながら慰めてくれた。あいつはいい奴だな。ああいう友達こそ大切にしなきゃいけないんだろうなー。伸一は今まで岡山の事を「なで肩野郎」とか「色白男子」とか言ってバカにしてきたことを悪く思った。
でもよー、チャンスが来るとか来ないとかいう前に、どうすんだよこのイチモツ……。青空に突き立ったイチモツを見上げながら伸一はつぶやいた。
わー! なんだあれ! 公園を走る園児が伸一のイチモツを指差し、それを母親が、たっくんダメ、指差しちゃ! と叱っている。いったい俺はいつまでこんな状態でいなきゃならないんだろう……。
とりあえず今日は疲れた。まず家に帰って寝よう。一晩寝たらまた元通りになっているかもしれない。それで明日になってもこのままだったら医者に行ってみるか……。でも何科に行けばいいんだ? 整形外科か……? 予約取る時何て言えばいいんだろう……? まあいいか……。
根が楽観的な伸一は心のどこかで明日になればイチモツはまた元通りになるはずだ、明日がダメでも明後日には……なんとなくそんなふうに考えていた。まさかこの巨大化した自分自身のイチモツが、日本社会を揺るがすような事態を起こすことになるなんて予想だにしていなかった。
明日があるーさ明日があるー……。
落ち込んでいる自分自身を慰めようと、伸一は『明日があるさ』を口ずさみながら巨大なイチモツを抱えて渋谷駅に向かって歩き出した。