【短編】日本アンドロイド計画
《あらすじ》
少子高齢化が進み、働き手不足が深刻になった日本。この状況を何とかしようと考えた日本政府は本物の人間そっくりのアンドロイドを極秘裏に社会に投入する「日本アンドロイド計画」の実行を博士に依頼する。
失敗を重ねながらも博士は日本人アンドロイドの開発に成功。1千万体のアンドロイドが極秘裏に日本社会に投入され、働き手不足は解消。日本経済は劇的に復活した。
「あなたは人類史上最高の科学者だ」総理からそう称賛された博士。
しかし一年後、完璧と思われたアンドロイドのある欠陥から「日本アンドロイド計画」の全貌が国民にバレてしまう。
【起】
博士は苦悩していた。
人間を造る――というこれまで博士が取り組んで来た中で最も難しいその課題にである。
今から一年前、国の借金が千五百兆円を超え、人口減少、超高齢化という難題を抱え、財政破綻の危機に直面していた日本政府は、人口を増やす以外にもはや解決策はないという結論に達した。当初政府は移民を受け入れる法案を国会に提出したが、移民によるテロや犯罪の増加を懸念する野党と国民の猛反発を受け、法案はあえなく否決された。
いったいどうすればいいのか……? 悩みに悩んだ末、政府はある奇策を思いついた。
人間を造る――ことである。
受精卵から造るいわゆるクローン人間ではない。赤ん坊の出生を増やしたところでその赤ん坊が成人になって働いて日本経済に貢献して年金や税金を納めるまでには二十年以上かかる。そんな悠長なことはしていられない。人口減少による生産力の低下、増え続ける老人たちの社会保障費、これらの問題を解決するためには今すぐ働き盛りの二〇代、三〇代の若者が約一千万人必要で、この必要な一千万の人間を人工的に造り出そう、という結論に至ったのである。
早速政府は日本で最も優秀な科学者である博士を呼びだした。そして博士に極秘のプロジェクト――「日本アンドロイド計画」を命じた。
【承】
政府の依頼を受けた博士は早速アンドロイドの制作に取り掛かった。まずアンドロイドの動力源として心臓部に最先端の蓄電池を埋め込んだ。蓄電池の寿命は四十年。アンドロイドの年齢は二十五歳に設定したのでこれで定年まで働き続けることが出来る。
そしてアンドロイドの頭にはAIを搭載し、流暢な日本語を喋れるようにプログラミングし、なおかつAIにバグが発生した場合に備え遠隔操作で常にAIをアップデート出来るようにした。
これでアンドロイドの基礎は完成した。日本で最も優秀な科学者である博士にとってここまでは簡単な作業だった。しかし難しいのはここからだった。
移民の受け入れさえも許さない排他的な日本人が、ロボット感丸出しのアンドロイドを社会の一員として受け入れるはずがない。よって博士に求められたのは見た目も心も本物の日本人と変わりない完璧な日本人アンドロイドを造ることだったのである。
日本人らしいみずみずしい肌の質感と弾力性。これが無いと完璧な日本人アンドロイドとは言えない。これを再現するのは非常に困難を極めたが、博士は最先端のウレタン樹脂とシリコンを使うことでなんとかクリアした。
そして毎日少しずつ伸びる黒い髪の毛と爪。社会に出たアンドロイドが毎日ぴっちり同じ髪型だったらやっぱり不自然だ。これも難しい課題だったが、小さな電極を全ての髪の毛と爪に埋め込み、毎日午前零時から六時の間に髪の毛は0.3ミリ、爪は0.1ミリ伸ばす信号を脳から送るようにプログラミングした。
またサラリーマンになったアンドロイドが同僚らと忘年会で大量のお酒を飲んだ時、一人だけ全く呂律が回らなくなったりすることもなく顔が赤くなることもなければ、やっぱり不自然だ。だから血中アルコール濃度が0.03%を超えた場合、喋る速度を20%遅くし、「サ行」と「ラ行」の発音が「ハ行」に近付くように設定し、(例えば「先輩、これからは先輩が率先してリーダーになって下さい」というセリフは「へんぱい、これからは、へんぱいが、ほっへんひて、ひーだーになってくだはい」と変換するようにした)なおかつ人工血管に赤い液体を流しほんのり顔が赤くなるように設定した。
完璧な日本人アンドロイドに求められるのはこうした物理的な特徴だけではない。精神面はもっと重要であった。
人間界に送りだすアンドロイドは決して目立つ存在であってはならない。もちろん博士は完璧な人間そっくりの日本人アンドロイドを造るつもりだった。だがしかし、もしかしたら何かしらのミスがあってアンドロイドとバレることだってあるかもしれない。その場合、アンドロイドは四六時中みんなに注目されるような存在であっては困るのである。もしも目立ちたがり屋のアンドロイドがみんなの人気者になってアイドルになったり、総理大臣になったりでもしたら大変だ。ごくごくフツ―の目立たない存在であれば、こっそり回収すればいいが、芸能界のトップスターや総理大臣をある日突然回収する訳にはいかないからだ。
そうしたリスクを避ける為、博士はビッグデータをAIに解析させ、芸能界のトップスターや総理大臣などになる心配のない、ごくごくフツ―の平凡な日本人アンドロイドを造ることを目指した。
フツ―の日本人に必要な要素とは何か? AIは明快な答えを示してくれた。
年上の人間を敬う年功序列精神。何事もマニュアル通り行うマニュアル精神。自分が所属する組織内で決められたルールは絶対に守る正義感。こうした精神は重要な要素だ。
さらに、みんなで中華店に行って本当はジャージャー麺が食べたかったのにみんなが味噌ラーメンを注文しているのを見て「わたしも味噌ラーメンで……」と言ってしまう横並び精神。「そのアジェンダについてはしっかりマイルストーンを設定してペンディングすることなしにスキームをドラスティックに進めていこうと考えます」というように、覚えたてのカタカナ語を使いたがるミーハー精神。こうした要素も追加されアンドロイドの脳にプログラミングされた。
こうした苦難を乗り越え、今、遂に完璧な日本人アンドロイドが完成し、第一弾として試験的に100体のアンドロイドが人間界に送り出されることになった。
もちろん国民には極秘裏にである。
新年度を明日に控えた三月三十一日の夜、100体のアンドロイドを乗せた一台の10トントラックが埼玉県にあるアンドロイド製造工場をこっそりと出発し、100体のアンドロイドは東京の郊外に政府が用意したアンドロイド専用団地にこっそり納品された。
そして翌日、新生活が始まる四月一日から100体のアンドロイドたちはそれぞれ新社員や新入りのアルバイトとして人間社会に紛れ込み活動を始めた。
あるアンドロイドはコンビニで働きテキパキとレジ作業をこなし、あるアンドロイドは人手不足が深刻な運送業界に就職し10トントラックの運転手となって毎日東京―大阪間を往復し、またあるアンドロイドは美容師になって「かゆいところはございませんか?」と言って客の頭をシャンプーしたりした。
第一弾の100体のアンドロイドたちは順調に社会生活を送っていた。しかし、新しい試みにチャレンジした時に想定外のことが起きるのはつきものである。一カ月後、ある事件が起きた。
ある朝、JR山手線沿いの建設中のビルから鉄骨が落下し、それが通勤通学の客で超満員状態の山手線の外回り電車に直撃し、百人以上の死傷者が出るという事故が起きた。問題はその車両にたまたまスーツを着た通勤途中のアンドロイドが乗り合わせていたことだった。アンドロイドには痛覚というものがなかったため、ガラスの破片が顔に刺さり鉄のポールが頭に刺さった状態のアンドロイドは顔中血まみれになりながらも他の車両の客と一緒に次の駅まで避難し、そのまま何事もなかったように「おはようございます!」と会社に出勤してしまったのである。
これはマズイ。監視カメラでアンドロイドの生活を逐一監視していた博士は慌てて遠隔操作によりアンドロイドの脳をアップデートさせ、アンドロイドに「痛覚」をプログラミングし、顔にガラスの破片が刺さったり、頭に鉄のポールが刺さった時には「うー、痛い痛い、もうダメだー」と言って倒れ込むよう設定した。
これでもう大丈夫。そう思った博士であったが、半年後、また新たな事件が起こった。
この冬、新型インフルエンザが大流行して、アンドロイドたちが活動している職場でも、同僚の多くが新型インフルエンザに感染した。
横並び精神をインプットされたアンドロイドたちは、自分がインフルエンザにかからないことに困惑した。困惑したアンドロイドたちは自分も高熱を出さなければいけないと思い込み、自分の手で頭や身体をこすり摩擦熱を発生させようとした。
「なんか最近うちの同僚が変なんだけど……」、「うちの近くのコンビニの店員さん、なんかいっつもおでこ手でこすっててウケるw」――こういった書き込みや、四六時中おでこをこすっているコンビニ店員(正体はアンドロイド)を撮影した動画がSNSで出回り、拡散され、国民の間で話題となった。
全く世話の焼けるアンドロイドだ。そうつぶやきながら博士はアンドロイドを遠隔操作し、インフルエンザに関しては横並び精神は無用であることを認識させ、手で頭や身体をこすりつける行動を禁止させた。
「もしかしてあの自分のおでこや身体をこすり続けている変な奴らは人間じゃないんじゃないか……?」、「ひょっとしてアンドロイドなんじゃないか……?」――そんな噂が広まることを博士は懸念したが、幸運にもある専門家がテレビのワイドショーで「あれは、抗インフルエンザ薬を飲んだ際に起きる奇行の一種ではないか?」と発言し、その見方が一般に広まりアンドロイドの正体がバレることはなかった。
こうして一年の試験期間が過ぎ、多少のトラブルはあったもののその都度アンドロイドの脳をアップデートさせ、「もうこれで大丈夫」ということになり、いよいよ本格的に一千万体のアンドロイドが投入されることとなった。
一千万体のアンドロイド投入は日本経済を劇的に変えた。
長年の日本経済の課題であった少子高齢化と人手不足は解消し、「貯蓄する」という概念を持たないアンドロイドたちがバンバン金を使うことで日本経済は回り出し、現役世代が増え税収が増えたことで破綻確実と言われていた社会保障制度も安定し将来への不安が解消し、消費が増え企業もリスクを取った事業に乗り出すようになり、そこからイノベーションが起こり、それによって働く人の給料が上がりさらに税収が増え、増えた税収で更に社会保障制度が安定し消費が増え……という好循環が生まれるようになった。
経済が好転したことで内閣の支持率は八十%を超えた。喜んだ総理は博士を称賛し、官邸の機密費から十億円のボーナスを博士に与えた。
博士は満足だった。ボーナスの額にではない。自分が完璧なアンドロイドを造り出したことにである。自分はあのレオナルド・ダ・ヴィンチをも超えた、人類史上最高の科学者になったのだ。博士はそう思った。
この「日本アンドロイド計画」は極秘のプロジェクトであるから、自分が生きている内はこの計画の詳細や私の名が公表されることはないだろう。しかし百年後、きっと人類は私のことを人類史上最も優れた科学者として称えるであろう。
博士は夢想した。この国を財政破綻の危機から救った男として自分の銅像が国会議事堂の前に建てられることを。自分の名前と写真が世界中の歴史教科書に載ることを。その夢想はどんなチョコレートより甘く、どんなクラシック音楽より豊潤だった。
しかし、この博士の夢想が実現することはなかった――。
【転】
極秘裏にそして順調に進められていた「日本アンドロイド計画」であったが、計画開始から三年がたったある日、ある事件がきっかけで全国民の知るところとなった。
事件を起こしたのは焼肉チェーンでアルバイトをしていたアンドロイドだった。
この焼き肉チェーンはこの三カ月前に食べ残った食材の使い回しをしていたことが発覚し、マスコミや消費者から厳しい批判を受け倒産の危機に見舞われていた。そこで社長が二度とこういう過ちを起こさないようにと、全店舗で開店前の朝礼でスタッフ達に「お客様ファースト十カ条」なるものを唱和することを命じた。
「一つ! 私達はお客様の満足を第一に考えます!」店長が大きな声で言うと、
「一つ! 私達はお客様の満足を第一に考えます!」アルバイトのアンドロイドを含めたスタッフ全員がそれに続いた。
「一つ、お客様への感謝の気持ちを忘れません」、「一つ、店はいつも清潔に保ちます」
唱和が続く。
問題は「お客様ファースト十カ条」の七番目の一文だった。
「一つ! 隠し事は悪です。なんでも正直に報告しましょう!」
「一つ! 隠し事は悪です。なんでも正直に報告しましょう!」
「自分が所属する組織内で決められたルールは絶対に守る正義感」をプログラミングされていたアンドロイドはこの朝礼の直後、「店長、わたしはアンドロイドです。埼玉県の工場からやってきました!」と大きな声で店長に真実を報告してしまった。そしてなんとも運が悪かったのは、この日この店には民放のテレビ局、Nテレビのニュース番組が、倒産の危機から立ち直ろうとしているこの焼肉チェーンの姿を取材に来ていたことだった。
取材に来ていたNテレビのディレクターはこのアンドロイドの告白を面白がってアンドロイドに「君は何のために作られたアンドロイドなの?」、「君の他にアンドロイドは何人いるの?」――など、カメラを回しながら次々質問をすると、アンドロイドは「日本の人口減少を食い止める為です」、「私を含めて一千万体のアンドロイドがいます」と全ての質問に正直に答えてしまい、最初は冗談だと思っていたディレクターも、アンドロイドの答えがあまりにも具体的で説得力があるものだったので、これは大変なスクープかもしれないと思い、すぐに本社に報告し、報告を受けたNテレビ報道部が埼玉県にあったアンドロイド製造工場の関係者と総理官邸と博士が研究を行っていたT大学の研究室の関係者を半年にわたって取材した結果、「日本アンドロイド計画」の全容がほぼ明らかとなり、Nテレビはゴールデンタイムの緊急特別番組でこのスクープを放送し、それ以降、他のマスコミもこの報道に追従し「日本アンドロイド計画」は全ての国民の知るところとなってしまった。
真実を知った国民の怒りは激しかった。
「国民をだました総理は即刻辞任すべきだ!」国会前では連日デモが行われ、総理大臣は記者会見を開き全てを洗いざらい告白し、辞任することを発表し、内閣は総辞職することになった。
「日本アンドロイド計画」の遂行責任者であり、官邸機密費から十億円のボーナスを貰っていたことが明らかになった博士も連日マスコミに追われ、「この非国民が!」、「税金返せ!」と国民から罵倒される日々が続いた。
自分たちの社会に一千万ものアンドロイドが混じっていた、というこの前代未聞の事件は国民に大きな動揺を与え、その余波は日本全国に及んだ。
ちょっとでも不自然な行動をとる人がいると「もしかしてあいつアンドロイドなんじゃないか?」と疑いの目をかけられ集団で暴行を加えられる「アンドロイド狩り」と呼ばれる事件が全国で頻発した。
国会では新しい内閣の元、アンドロイド廃止法案が成立し、博士が人間界に送りだした一千万体のアンドロイドは全て殺処分されることが決定した。
一千万体のアンドロイドが回収され、トラックで運ばれ東京湾の埋め立て地に次々と捨てられてゆく映像は衝撃的だった。
こうして「日本アンドロイド計画」は失敗に終わった。
「日本アンドロイド計画」というこの前代未聞の非人道的な国家プロジェクトの首謀者であった責任を問われ、博士はT大学の名誉教授、日本科学者会議の委員長、官邸の特別顧問……等々、全ての地位と名誉を失うことになった。
それだけではない。博士は新内閣の元発足した「日本アンドロイド事件真相究明委員会」に事実上身柄を拘束され、連日厳しい取り調べを受けることになった。
長い長い事情聴取からようやく解放された夜、博士は久々に自宅に戻り久々に妻の手料理を食べ、久々に好きな白ワインを飲みながら愚痴をこぼした。
「完璧な人間を造るなんてそもそも無理だったんだ、そんなバカな計画に乗り出したワシがバカだったんだ……」
テレビや新聞の報道によると、どうやら博士は「日本アンドロイド計画」の失敗により十兆円以上の税金を無駄にし、アンドロイドを作り人間界に紛れ込ませるという人道に反した行為を行った罪で逮捕される可能性が高いということだった。
「お前にも迷惑掛けるな、すまないな……」博士は妻に言った。
「仕方ないわよ、この国を良くしようと思ってやったんだもの、あなたは悪くない、あなたは悪くないわ」そう言って博士の妻は博士の肩を抱きしめた。
博士は妻の胸にしがみつき子供のようにわんわんと泣いた。「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」そう言って妻は博士の頭を優しくなでてくれた。
多分妻は分かっていない。博士は思った。博士が泣いていたのは、地位や名誉を失ったからではなく、「税金返せ!」と国民から罵倒されたからでもなく、逮捕されるのが怖いからでもなく、完璧な人間を造ることが出来なかったという、科学者としての悔しさからだった。自分はレオナルド・ダ・ヴィンチになれなかった……、人類史上最高の科学者になることが出来なかった……。そんな無念さからだった。
それでも博士は妻の慰めが心地よかった。ほのかに漂う石鹸の香り。柔らかい胸の感触。心地よい温もり。これはやっぱりアンドロイドにはないものだ。そう思うと悔しさが込み上げてきた。チクショー、これが、これが俺が造り出せなかった本物の人間というものなんだ……。すると悔しさと共に、博士の身体の中から忘れかけていた欲望がムクムクと湧き出して来た。
「あ、あなた……」
博士は妻の身体を床に押し倒した……。
【結】
それから十ヶ月後。
博士は国家反逆罪の罪で逮捕され刑務所の中にいた。
「三十六番!」看守の声がして博士は「はい」と答えた。
番号で呼ばれることにもすっかり慣れた。懲役十年。この生活が後十年続く。
「手紙だ」そう言って看守が博士に封筒を手渡した。
封筒を開ける――。
フッ……。封筒の中身を見て博士は微笑んだ。
世界は原子の集まりで出来ている。原子の中にはマイナスの電気を持った電子とプラスの電気を持った陽子が同じ数だけあって、プラマイゼロになっている。
なるほど、そういうもんか、世界は……。わるいこともあればいいこともある。
封筒の中には一枚の写真が入っていた。
そこには博士の妻と生まれたばかりの赤ん坊が映っていた。
《完》