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雷もん太、歌います。
2024年4月28日、浅草東洋館
《登場人物 & キャスト》
・雷もん太(50)浅草最後の流し。 ふじきイェイ!イェイ!
・さちこ(22) もん太の娘。 稗田英里奈
・ママ(55) スナック「喜八」のママ。 福田久美子
・宝川夢子(45)もん太の別れた妻。 まなてぃ
・宝川幸次(55)夢子の夫。 ノン老いる小林
・花川(60) 花川建設社長 トリトン海野
・あさこ(30) 花川建設社員 KEIKO
【あらすじ】
浅草最後の流し、雷もん太(50)は娘のさちこ(22)と貧乏暮らしをしているのだが、ある日、もん太がインチキな投資話に引っ掛かりさちこがダンス留学のために貯めていた金をすべて失っていたことが発覚する。
そんなタイミングでもん太の別れた妻、夢子(45)が訪ねて来る。
「あたしはさちこに引き取りに来たんだよ」
金持ちの男と再婚し札幌で裕福な生活を送る夢子はそう言い出す……
スナック「さくら」。
ママ(55)、客の花川(60)、あさこ(30)、座って酒を飲んで
いる。
ギターを持った雷もん太(50)、やって来る。
花川「お、来た来た! もんちゃん、待ってました!」
もん太「みなさんようこそ浅草へ、わたくし今やこの浅草でたった一人とな
った流しの雷もん太でございます。リクエストがあったらなんなりと」
あさこ「じゃあ、あいみょん!」
もん太「ああ……あいみょん……あいみょんちょっと今日はインフルエンザで
お休みでございまして……」
あさこ「えー、じゃあ、YOASOBIの『アイドル』!」
もん太「ああ、残念! 夜遊びし過ぎて寝込んでまして」
花川「おい、あさこちゃん、もうちょっと空気読まなきゃ、浅草の流しだ
よ、大体どういう曲歌えそうか分かるでしょ」
もん太「社長、お気遣いありがとうございます」
花川「じゃあ、パフュームのチョコレートディスコで」
もん太「社長! 頼みますよ」
花川「(笑)分かった分かった、じゃあ、千昌夫! 北国の春!」
もん太「承知いたしました、それでは雷もん太歌います、北国の春!」
音楽IN。
暗転。
明転。
音楽OUT。
スナック「さくら」。
接客しているママ。
座って酒を飲んでる花川。
もん太、走ってやって来て隠れる(ソファの裏とか)。
花川「ああ、もんちゃん、ご苦労さん、って何してんだよ?」
もん太「ママ、ちょっとかくまって」
ママ「何よ、何? どうしたのよ?」
さちこの声「ママー!」
ママ「あれ? さっちゃんの声……」
SE(ドアを激しく叩く音)。
もん太、ママに向かって「俺はいないって言って」というゼスチャー。
ママ、下手に去る(ドアを開けに行く)。
ママ「はーい(ドア開ける音)、あら、さっちゃんどうしたの?」
さちこ(22)、入って来る。
さちこ「お父ちゃん来なかった?」
ママ「もんちゃん? いや、来てないわよ」
さちこ「(花川を見て)ホントに?」
花川「あ、ああ……」
さちこ「あの野郎、殺してやる」
ママ「どうしたのよ」
さちこ「あいつ、あたいがダンス留学するために貯めてたお金使いやがった
のよ」
ママ「もんちゃんが?」
さちこ「(頷く)ようやく30万貯まったのに」
花川「なんかの間違いじゃないの?」
さちこ「(首振り)なんか最近帰り遅いし、多分女に貢いでんのよ、いい年
こいてあのクソおやじ、殺してやる」
ママ「まあまあ、さっちゃん、とにかくちょっと落ち着いて、もしもんちゃ
んが来たら電話するから、ね」
さちこ「絶対だよ」
ママ「うん、絶対、だからおうちに帰ってな」
さちこ「(頷く)」
さちこ、下手へ去って行く。
もん太、こっそり顔を出す。
もん太「帰った?」
ママ「(頷き)もう、もんちゃん、ホントなの? さっちゃんの貯金使っち
ゃったって」
もん太「いや、使ったって言うかね、色々訳があんのよ」
ママ「まったくしょうがないわねー」
さちこの声「花川さーん、花川さん私の電話番号知ってたっけ?」
さちこ、下手から戻って来る。
花川、慌ててもん太を隠す(突き飛ばすとかコミカルに)。
花川「あ、ああ、知ってるよ」
さちこ「うん、じゃあ、もし見つけたら電話頂戴ね」
花川「ああ、もちろん」
さちこ「じゃあ、ママ頼むね」
さちこ、去って行く。
もん太、こっそり顔を出す。
ママ「(もん太に)ホラ、行ったわよ」
もん太「イテ―ッ……」
さちこの声「あ、そうだママー、もう一つ忘れてた」
ママ「何よ、何忘れたの?(下手へ向かう)」
花川、もん太をさらに強く突き飛ばし隠す(コミカルに)。
もん太、痛がりながら隠れている。
さちこ、上手からやって来る。
さちこ、もん太に近付き背後から殴る(ハリセンで)。
さちこ「やっぱりここにいやがったなこのクソおやじ!」
もん太「痛ッ! 何だよオメー、父親に向かってこの野郎」
さちこ「そんなの関係あるか! テメー、金返せ、この野郎」
さちこ、もん太にプロレス技をかける。
悶絶するもん太。
ママ、2人を引き離そうとする。
ママ「ちょっとちょっと、さっちゃん!」
もん太「(逃げてロープにつかまる仕草)ロープ、ロープ!(ママの後ろに
避難)」
さちこ「テメー、どうせどっかのバカな女に貢いだんだろ!(もん太に殴り
かかる)」
もん太「待てっ! 待てっ! ちげーんだよ、だから何回も言ってんだろ、
30万くらいじゃ足りねーだろ? だから俺はもっと増やしてやろうと思
って……」
ママ「増やしてやろうと思ってどうしたのよ?」
もん太「いや、そのよー、板橋区民の慈朗さん(他の方の名前でもOK)が
いい投資話があるって言うからよー、ちょっと話に乗ってみたらよ」
ママ「お金貸しちゃったの!? 慈朗さんに!?」
もん太「ああ」
花川「バカだねー、一番信用しちゃいけない奴じゃねーか」
もん太「いや、だって半年で倍になるって言うからよー」
さちこ「そんな上手い話あるわけねーだろバーカ!」
ママ「で、慈朗さんと連絡は?」
もん太「いや、3日前から音信不通だ」
花川「あーダメだこりゃ」
さちこ「ああ、もう私のお金がー」
もん太「いや、ちょっと旅行行ってるだけかもしれねーだろ?」
花川「無理無理絶対戻ってこないから、○○さんも、××(適当な芸人さんの
名前をあげる)さんもおんなじパターンで騙されてるから」
さちこ「あーもうー(泣く)」
もん太「…………さちこ、お父ちゃんが悪かったこの通りだ、許してくれ(土
下座する)」
さちこ「許す訳ねーだろ! このクソオヤジ!(殴りかかる)」
ママ「ちょっとさっちゃん!(必死にとめる)」
もん太「父ちゃん頑張って稼ぐから、な」
さちこ「……」
花川「ああ、それでか……」
ママ・さちこ「?」
花川「あ、いや、何でもない……まあ、さっちゃんさ、ホントどうしようも
ない親父だけどさ、悪気はなかったんだから、とりあえず今日のとこは許
してあげなよ」
ママ「私からもお願い、ね?」
さちこ「……(渋々頷く)」
もん太「ありがと、ありがと、さちこ、ママ、社長、ありがとう!」
ママ「ホラ、じゃあ、もう今日は遅いからおうち帰んな」
もん太「ああ、じゃあママ、明日のパチンコ代5千円だけ貸してもらえるか
な?」
ママ「テメーこの野郎! 全然反省してねーじゃねーか!」
ママ、もん太にプロレス技をかける。
悶絶するもん太。
暗転。
明転。
ママとさちこ、座っている。
ママ「いやー、まったくどうしようもないお父ちゃんだわ、もんちゃんは」
さちこ「でしょー、ホント嫌になっちゃう」
ママ「そういやこの前言ってたじゃない、もんちゃんに女が出来たとかなん
とか、あれはホントなの?」
さちこ「ホント! 絶対! いや……多分ホント、前はさ、流しの仕事終わ
って夜中に帰って来てたのが、最近朝8時ごろじゃないと帰って来ないの
よ、怪しくない?」
ママ「……まあ、ちょっと怪しいわね」
さちこ「でしょ! まあ、あいつが女作ろうが別にどうでもいいんだけど
さ、ちゃんと生活費くらい入れろってのよ……」
ママ「さっちゃんも苦労するわね」
さちこ「(頷く)」
SE(ドアのベル)。
夢子、やって来る(高級なコートとかジュエリーとかまとっている)。
ママ「あ、すいませーん、まだ準備中ですけど……あら! 夢子ちゃん!
どうしたの」
夢子「ママ、久しぶり」
さちこ「(夢子を見て立ち上がり)お母ちゃん……?」
ママ「夢ちゃん、札幌に住んでたんじゃ?」
夢子「うん、ちょっとね用があって久しぶりに東京に来たから、寄ってみよ
うと思って……」
夢子、しばしさちこを見つめる。
夢子「さちこ、大きくなったね……」
さちこ「……フンッ、男作って出てった女が今さら何の用さ」
ママ「ちょっとさっちゃん、せっかく久しぶりに会ったんだからさ」
さちこ「金持ちと結婚していいご身分だよね、お召し物も立派だわ、貧乏暮
らしのあたいたちとは大違いだ」
ママ「もう、さっちゃん」
夢子「(ママに)いいのよ、確かにこの子の言う通り、私は駄目な母親だっ
たから、でもね、さちこ、お母ちゃんあんたのことはずっと心配してた
よ」
さちこ「……」
夢子「ダンスやってんだって?」
さちこ「?」
夢子「アメリカ行きたいんだって? ダンスの勉強しに?」
さちこ「フン、誰に聞いたんだよそんなこと?(ママを見る)」
ママ「(手を振り「私は言ってないよ」)」
夢子「(微笑)これ見たのよ(スマホを見せて)」
さちこ「?」
夢子「あんたのSNS、あのバカ親父があんたの貯金使っちゃったんだっ
て?」
ママ「そうなのよ、変な投資話に引っかかっちゃってさ、板橋区民の慈朗さ
んて、夢ちゃんも知ってるでしょ? あの人にお金貸しちゃったのよ」
夢子「板橋区民の慈朗さん!? 一番信用しちゃいけないロクデナシじゃな
い!」
ママ「そうなのよ、ホントもんちゃん駄目なんだから……」
しばしの間。
夢子「さちこ、今更こんなこと言うのもなんだけど、お母ちゃんのとこに来
ないかい?」
さちこ「え……?」
夢子「そんなこと突然言われても困るよね、そりゃ分かってるんだけどさ、
うちに来ればもっといい服だって買ってあげられるし、ダンス留学だって
させてあげられるから」
さちこ「何だよ急にいい母親ぶって、気持ちわりーな……」
夢子「別にいいんだよ、私のこと許してくれなくても、母親だと思わなくて
も、軽い気持ちでさ、下宿するつもりでいいから……うちに来ないか
い?」
さちこ「…………」
ママ「まあ、悪い話じゃないかもね、もんちゃんには悪いけどさ、辛いもん
ね貧乏は」
夢子「そうだよ人生短いんだから、利用出来るもんは利用しなきゃ」
さちこ「そんなこと急に言われてもさ……」
さちこ、しばし考えていると――
もん太の声「おーい、ママー、いるかい?」
ママ「やだ! もんちゃんだ! やばいわ、夢ちゃん、ちょっと隠れて!」
夢子「え!?」
ママ「さっちゃん引き取りに来たなんてバレたら大変よ」
さちこ「ああ、確かに、お父ちゃん気狂っちゃうかも」
夢子「そうね」
夢子、隠れる。
ママ、下手へドアを開けに行く。
ママ「もんちゃん、ちょっとそこで待ってて今着替えてるからー」
もんたの声「はーい、待ってるよー」
夢子、こっそり下手の様子を伺う。
もん太、上手からやって来る。
もん太「ハハハ―、裏開いてたから入って来ちゃったよ、いいじゃねーか別
に着替えくらい見られたって、お、何だ、さちこ、来てたのか」
さちこ「(振り返り)わ!」
もん太「あ? 誰だ? そちらは(夢子の後ろ姿を見て)?」
夢子、ゆっくり振り返る。
もん太「……」
夢子「……」
もん太「なんだテメー、何しに来やがった」
夢子「何しに来ようがあたいの勝手だろ」
もん太「何だとこの野郎!」
ママ「いや、夢子ちゃんね、たまたま東京に来たんで寄ってみたんだって」
夢子「いいのよ、ママ、ホントのこと言っちゃって」
もん太「あ? 何だよホントのことって?」
夢子「あたしゃね、さちこを引き取りに来たんだよ」
もん太「引き取る? 何言ってんだ馬鹿野郎」
夢子「馬鹿野郎はどっちだよ! あんたせっかくさちこが貯めてたお金、使
っちまったんだって?」
もん太「あ? 何で知ってんだそんなこと(さちことママを見る)」
さちこ・ママ「(目をそらす)」
夢子「あたしゃね、そんな奴にさちこを任せとく訳にはいかないからね、う
ちに来れば、もっといい生活させてやれると思って来たんだよ、文句あっ
かい!」
もん太「あるに決まってんだろ! 男作って勝手に出てくような母親にさち
こを任せられっかい!」
夢子「あたしが出てったのはあんたのせいだろ! 稼ぎもないのに昼間っか
ら酒飲んであたしが稼いだ金全部使い果たして」
もん太「そりゃ昔の話だろ、こっちは今じゃ立派な父親やってらぁ、なあ、
さちこ!」
さちこ「……(首を傾げる)」
もん太「オイ、さちこ……」
夢子「(笑)ホラ、首傾げてんじゃないか」
もん太「うるせー! 大体、さちこ、オメーもオメーだ、俺に隠れて2人で
会いやがって、コソコソしてんのはオメーの方じゃねーか」
さちこ「あー? コソコソなんかしてねーよ、今日はホントに偶然会ったん
だよ」
もん太「ウソつけこの野郎! おりゃーな、どんなバカより嘘つきが一番き
れーなんだ」
さちこ「お前、娘の言うこと信じられねーのかよ」
もん太「ああ、信じられっかバカ野郎!」
さちこ「あーもう頭きた! もうこんな奴と一緒になんか暮らせないわ(出
て行く)」
ママ「ちょっとさっちゃん」
夢子、「さちこ!(追い駆ける)」
もん太「ああ、テメーなんか何処へでも行きやがれ二度と帰ってくんな!」
ママ「もんちゃん、ちょっと言い過ぎなんじゃないの? あんな言い方した
らさっちゃんホントに夢子ちゃんとこ行っちゃうよ」
もん太「うるせー」
暗転。
明転。
ママとさちこ、やって来る。
さちこの手には大きなバッグ。
さちこ「おじゃましまーす」
ママ「いらっしゃい、そこ座ってて」
さちこ「ママ、という訳でしばらくお世話になります(お辞儀)」
ママ「いいのいいの、上の部屋空いてるから、その代わりお店手伝ってね」
さちこ「はい!(敬礼のポーズ)」
ママ「ご飯食べた?」
さちこ「(首振り)まだ、お腹ペコペコ」
ママ「じゃあ、一緒に食べよ、ハンバーグ作ってあるから」
さちこ「わー大好き」
ママ「じゃあ、ちょっと待ってて」
もん太の声「ママーママー!」
さちこ「!」
ママ「やだ、もんちゃん?」
さちこ、隠れる。
もん太、やって来る。
もん太「ママ! さちこ来なかったか?」
ママ「いや、来てないけど、どうしたの?」
もん太「あいつこんなもん置いて出てっちまったんだよ(さちこの書き置き
を見せる)」
ママ「(書き置きを手に取り読む)しばらく家を出ます。探すんじゃねーぞ
クソ親父」
もん太「あいつの友達んとこも行ってみたんだけどよ、どこにもいねーんだ
よ」
ママ「そう……まあ、でもそんな心配しなくても大丈夫じゃないの、さっち
ゃんだって、もう子供じゃないんだからさ」
もん太「いや、あいつ結構バカだぞ、変なおっさんに『お姉ちゃん泊めてや
るよ』なんて言われて付いてってやられちまうなんてことも」
ママ「もんちゃん、それAVの見過ぎ! 大丈夫よ、うちの常連さんだって
さっちゃんのことはよく知ってるしさ、多分浅草の誰かん家でお世話にな
ってんのよ」
もん太「じゃあ、○○さんとこか(実在の人の名前出す)! ○○さんにやら
れちゃってるってことか! それとも××さんか! それとも○○と××の
両方にか! あのクソジジイ!(出て行こうとする)」
ママ「(もん太を引き止めて)もんちゃん、だからAVの見過ぎ! 落ち着
いて、大丈夫よ、私も色々当たってみるし、何か分かったらすぐ知らせる
から」
もん太「あ、ああ……(座って溜め息)」
ママ「(微笑)お前なんか出てけーって言ったくせに……やっぱり心配なの
ね」
もん太「当たりめーだ」
ママ「さっちゃんにも見せてやりたいわこの顔」
さちこ「(身を隠しながら)……」
ママ「今まで通り、一緒に暮らしていたいんでしょ?」
もん太「ああ、そりゃそうだけどよ……」
ママ「けど、何よ……?」
もん太「……けどな……あいつにとっては……あっちの方がいいのかもしれねー
なと思ってな」
ママ「え?」
もん太「お洒落な服だって買ってあげられねーし、ダンス留学だってさせて
あげられねー、そんな父親より、金持ちの家の娘になった方が、幸せだ
ろ」
ママ「……」
もん太「あいつが中学校一年の時よ、たまたま友達と一緒に学校から帰って
くるとこ見かけたんだよ。そしたらよ、みんな新品の綺麗なバッグ持って
んだよ、新入生だからよー、でも、あいつだけ薄汚れた汚ねーバッグ持っ
てんだよ、ホラ、花川さんの娘さんが使ってたの譲ってもらったからよ、
あいつだけおさがりなんだよ、それ見た時俺、申し訳なくってな……なの
によ、中学校三年間あいつひとっ言も文句言わなかったんだぜ」
ママ「もんちゃん……」
もん太「ここは俺が引いた方がいいのかもなって思ってな……」
さちこ「(身を隠しながら)……」
もん太「ま、こんな貧乏暮らしにこれまで付き合ってくれただけでも感謝し
ねーとな……(立ち上がり)じゃあ、ママ、何かあったら連絡頼むわ」
ママ「あ、ああ」
もん太「俺仕事の時間だからよ」
ママ「あれ? 今日月曜日だから流しの仕事お休みじゃないの?」
もん太「いや、ちょっとな、最近別んとこで働いてんだ」
ママ「別んとこ?」
もん太「ああ、ちょっとな(去って行く)」
ママ「ちょっと、もんちゃん!」
さちこ、立ち上がり、もん太の去った後を見つめる。
暗転。
明転。
建設現場。SE(工事の音)。
上手、さちことママ、花川に連れられてやって来る。
花川「いやね、もんちゃんからさっちゃんやママさんには内緒にしといてく
れって言われてたんだけどさ」
さちこ「いつから働いてるんですか? お父ちゃん」
花川「今月の初めかな、さっちゃんの留学費用稼がなきゃなんねーからって
言ってね、まあ、うちもちょうど夜勤の仕事が人手足りなかったから良か
ったんだけどね……あ、いたいた! あそこあそこ(下手を指す)」
下手、もん太、作業着を着て重い荷物を担いで現れる(重さを大げさに
表現)。息を切らしている。
さちこ、ママ、もん太に見つからないように身を隠す。
あさこ、やって来てもん太を見て、
あさこ「ねえ、ちょっともん太さん! それそっちじゃないでしょ、あっち
だよあっち(上手を指す)」
もん太「あ! あっちですか? あ、すいません」
もん太、下手に向かう。
あさこ「そっちじゃねーよ(ハリセンで頭をはたく)」
もん太「すいません! (つぶやく)ちくしょー偉そうに……」
あさこ「何か言った?」
もん太「いえ、何でもありません! 喜んで!」
花川、もん太に近寄り、
花川「おう、もんちゃん、頑張ってるね」
もん太「あ、どーも」
花川「(あさこに)あさちゃん、もんちゃんまだ慣れてないから優しくして
やってよ」
あさこ「はい、でもミスばっかなんですよ、このおじさん」
花川「まあ、まあ、大目に見てやってよ」
もん太「すいません、頑張ります!」
もん太、フラフラしながら荷物担いで歩く。途中、つまずいて荷物を落
としそうになる。
花川、あさこ、さちこ、ママ、それを見て「危ない!」って表情。
花川「おう、大丈夫もんちゃん?」
もん太「はい、大丈夫です! すいません」
もん太、再び歩き出し、下手に去って行く。
さちこ「お父ちゃん……」
ママ、さちこの肩にそっと手を置く。
暗転。
明転。
スナック「さくら」。
ママとさちこ、座っている。
さちこの手にはスマホ。足元には家出した時に持ってきたバッグ。
ママ「私がかけようか?」
さちこ「……(首を振る)」
さちこ、意を決し電話をかける。
下手、夢子、現れ電話を取る。
さちこ「もしもしお母ちゃん?」
夢子「ああ、さちこ、元気かい?」
さちこ「うん……」
夢子「そっか、良かった」
さちこ「お母ちゃん、あの件なんだけど……」
夢子「ああ……考えてくれたかい?」
さちこ「うん……わたし……やっぱりお父ちゃんと一緒に暮らすわ」
夢子「…………」
さちこ「お母ちゃん……聞いてる?」
夢子「うん、そっか、分かった」
さちこ「お母ちゃんの気持ちはホントありがたいんだけど……わたしやっぱ
り、ホントどうしようもない人だけど、お父ちゃんのことほっとけなく
て」
夢子「そっか……優しい子だね、さちこは」
さちこ「……ごめん……」
夢子「謝んないの! お父ちゃんのことよろしくね」
さちこ「うん」
夢子「それから困ったことがあったらいつでも頼るんだよ、離れて暮らして
てもお母ちゃんはいつまでもあんたのお母ちゃんだからね」
さちこ「うん、ありがとう」
夢子「それじゃあ、元気でね」
さちこ「うん」
さちこ、電話を切る。
夢子、下手に去る。
ママ「よく言えたね(さちこの頭を撫でる)」
さちこ、泣きながら頷く。
ママ、さちこの頭をよしよしと撫でる。
もん太、やって来る。
もん太「おい、ママ! さちこは!」
ママ「(微笑み、あごでさちこを指す)」
もん太「(泣いてるさちこを見て)何だオメー、何処行ってたんだ」
さちこ「(涙を拭いて立ち上がり)オイ、クソオヤジ! ションベンすると
きは座ってしろよ! 掃除すんの大変なんだからな、それから部屋に靴下
脱ぎっぱなしにしてたら許さねーかんな!」
もん太「お、おう……」
さちこ「ちゃんとやんないとボコボコにすっからな!」
さちこ、バッグを持って去る。
ママ「(微笑)さっちゃん、あんたと一緒に暮らすことにしたんだって」
もん太「!」
ママ「偉いよね。さっき自分で夢子ちゃんに電話して伝えてたのよ」
もん太「そっか……」
もん太、しばし泣く。
ママ「良かったわね(もん太の肩を叩く)」
もん太「うん……ママ!(ママに抱き着く)」
ママ「ちょっと抱き着かないでよ」
もん太「ママ!」
ママ「ちょっと! やめてって」
ママ、逃げる。
もん太、追い駆ける。
暗転。
明転。
スナック「さくら」の20周年記念パーティーの準備をするママとさち
こ。
もん太、座って競馬新聞とか読んでる。
さちこ「ママ、これこっちでいいの?」
ママ「うんオーケー、ねーホラ、もんちゃんも手伝ってよ」
もん太「あ? おりゃ今ちょっと忙しいんだよ」
さちこ「忙しいって競馬の予想してるだけでしょーが」
もん太「当たったら今日の分全部俺が奢ってやっからよ」
ママ「けっこうです、期待してませんから」
花川、あさこ、手土産を持ってやって来る。
花川・あさこ「こんにちはー」
ママ「あ、花川さん、あさこちゃん」
花川「ママ、20周年おめでとう(手土産渡す)」
あさこ「おめでとうございます!」
ママ「(手土産受け取り)ありがとう」
さちこ「(花川に)うちのダメ親父がいつもご迷惑かけてすいません」
花川「いやー、俺じゃなくて、こちらのあさこちゃんがお父さんの教育係だ
から」
あさこ「お父さん家で私の悪口言ってない?」
もん太「そんなこと言う訳ないじゃないですか」
さちこ「言ってます」
あさこ「やっぱり(笑)」
もん太「(さちこに)お前そういうことバラすなよ」
あさこ「ホラ、やっぱり言ってるんだ(拳を握ってみせる)」
もん太「いや、だから、そうじゃなくて……(しどろもどろに)」
さちこ「(もん太を押さえて)どうぞぶん殴ってください」
ママ・花川「(笑って見ている)」
SE(ドアのベル)。
ママ「あれ? 誰だろ? はーい、どうぞー」
宝川幸次(55)、やって来る。
宝川「あのー、失礼いたします、スナック喜八というのはこちらでよろしい
でしょうか?」
ママ「はい」
宝川「あなたがママさん?」
ママ「ええ、そうですけど、何か?」
宝川「あの、わたくし、夢子の夫の宝川と申します」
さちこ「え! お母ちゃんの!?」
もん太「!」
宝川「(さちこに)失礼ですがあなたが?」
さちこ「はい、さちこです、で、こっちがお父ちゃん(もん太を指す)」
宝川「もん太さん」
もん太「ああ、どーも」
宝川「妻からお二人のお話は伺っておりました、そうですかー、あなた
が……」
もん太「なんだよ、そんなジロジロ見んなよ」
宝川「あ、すいません」
もん太「で、今日は何の用だい……?」
宝川「はい……あの……実は先月、妻の夢子が亡くなりまして」
もん太ら一同「え……」
ママ「ウソ……あんな元気だったのに」
宝川「半年前にガンが見つかりまして、乳ガンでした。見つかった時にはも
う手遅れで、医者からは余命3か月と言われて」
ママ「もしかして、それで夢ちゃん、さっちゃんを引き取りに?」
宝川「はい。一番気がかりだったのがさちこさんのことだったようで、オシ
ャレな服買ってやりたい、ダンス留学もさせてあげたい、そう言ってまし
て」
さちこ「お母ちゃん……」
もん太「……」
ママ「夢ちゃんらしわね、病気のことはひとっ言も言わないでさ……(涙を
拭く)」
宝川「それから……(風呂敷を取り出し)、さちこさんに渡したいもの
が……」
宝川、風呂敷をさちこに渡す。
さちこ、受け取り、風呂敷を開けると、額縁が出てくる。
さちこ、額縁に入った絵を見て驚き、泣き出す。
額縁の中には幼い頃さちこが描いた夢子の似顔絵が。
ママ「どうしたのさっちゃん?(さちこの後ろから絵を見て)これ…………」
もん太「(さちこから絵を受け取り、見て)
これ! これさちこが母の日に書いたやつじゃねーか」
ママ「私も覚えてる! (もん太から絵を受け取り)夢ちゃんこの絵見せに
来たのよ、さちこが幼稚園で私の似顔絵描いたんだって、嬉しそうにさ」
宝川「私と結婚してからもずっとリビングに飾ってありました……私にとっ
てはゴッホやピカソの絵より価値があるって……この絵は絶対さちこさん
に届けなきゃいけないと思いまして」
もん太「すまなかったな、わざわざ遠いとこ」
宝川「(首を振る)」
花川「……夢ちゃん、さっちゃんのことずっと思ってたんだな」
ママ、泣きながら絵をさちこに渡す。
さちこ「(絵を受け取り)……お母ちゃん(しゃがみこみ泣く)」
もん太、上手に向かい歩いて「あの馬鹿野郎……」と言って泣く。
夢子(幽霊)、下手に現れる。
夢子「誰が馬鹿野郎よ、あんたに言われたかないわ」
もん太「(夢子を見て驚き)わー! なんだよお前成仏してねーのか」
夢子「大丈夫よ、これから成仏するから、この絵がどうなったか見に来たの
よ」
もん太「(さちこらに)おい、あそこ(夢子を指差す)」
さちこら「(無反応)」
夢子「(笑)あんたにしか見えてないみたいだね」
もん太「そっか……ありがとな、さちこの絵、大事に取っといてくれて」
夢子「あんたに貰ったもんはぜーんぶ捨てちまったけどね(笑)」
もん太「余計なこと言わなくていいんだよ馬鹿野郎」
夢子「(笑)あんたね、さちこを不幸にさせたらホントに化けて出てやるか
らね、覚えときなよ」
もん太「ああ、分かってるよ」
夢子「じゃあね」
もん太「ああ」
夢子、去ろうとして、立ち止まり、
夢子「あ、そうだ、あの世に行く前にさ、一曲リクエストしていいかい?」
もん太「あ? 幽霊のリクエストか?」
夢子「いいだろ? これが最後なんだから」
もん太「しょうがねーな、何の曲だ?」
夢子「決まってんだろ(笑)あたいが一番好きだった曲だよ」
もん太、微笑み小さく頷く。
もん太「ちょっと一曲歌うわ(ギターを持つ)」
花川「え? 何だよ急に」
もん太「今あいつからリクエストあったんだ」
さちこ「え?」
ママ「もんちゃん、大丈夫?」
もん太「(天に向かい)夢子、聴いとけよ!」
夢子「あいよ!」
もん太「雷もん太、歌います! 上を向いて歩こう」
音楽『上を向いて歩こう』IN。
もん太、歌う。
全員、一緒に歌う。
《完》
『雷もん太、歌います。』のテーマソング
歌:ふじきイェイ!イェイ!
作詞作曲:ダイ☆キチ