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【脚本】佐藤の陰謀

 【あらすじ】

「そんなに多いですか? 佐藤って? 田中の方が多くないですか?」
テレビ番組でそんな発言をしたお笑い芸人、田中太郎(30)が殺害された。しかし警察は自殺と判断。そんな中、○○テレビの記者兼キャスターの鈴木さやか(35)の元に一通のメールが届く。「田中太郎の件、あれは自殺なんかじゃない、佐藤の陰謀だ……」
 苗字研究家の大学教授、高橋誠(60)とともに「佐藤の陰謀」について調べ始めるさやか。その直後から、さやかとその周辺に次々と事件が起こる・・・


【登場人物】

 鈴木さやか(35)    ○○テレビの記者兼キャスター(元女子アナ)

 篠原令子(49)     ○○テレビ報道部部長

 高橋誠(60)      ○○大学教授、苗字研究家

 鈴木よしえ(29)    さやかの妹

 田中太郎(30)     お笑い芸人

 堂河内三枝子(62)   元大学教授で服役囚

 男A・B・C      闇の組織の使者たち

 女A

 鈴木健司(65)         ○○テレビの社長
 




○ ○○テレビ・スタジオ

   テレビのクイズ番組の収録現場。

アナウンサー「問題です、日本で一番多い苗字は?」

   「ワー、これ、チャンス問題や」などの出演者たちの声。
   答えるお笑い芸人、田中太郎(30)。

太郎「田中!」

   ブーという音とともに、太郎の頭の上から水が掛けられる。

アナウンサー「正解は、佐藤でーす」

   共演者たちから「お前、何してんねん!」などの声、ブーイング。

太郎「えー! でもそんなに多いですか? 佐藤って? 皆さんの周り、田 
 中さんの方が多くないですか?」

   その発言にピクッと反応する観覧者A、アシスタントディレクター
   A、音声スタッフA。

出演者A「そりゃお前が田中だからやろ!」

太郎「いえ、違いますって! 絶対田中の方が多いですって」

   笑う出演者、観覧者たち。
   観覧者A、アシスタントディレクターA、音声スタッフA、それぞれ
   のスマホを取り出し太郎の顔を撮影する。

 

〇 同・編集室

   ディレクターA、太郎の顔を写メに撮りメールで送信する。メールの
   件名には「危険人物」の文字。

 

〇 マンション・外階段(夜)

   怯えた表情で後ろを振り返りながら階段を駆け上がる太郎。

 

〇 同・屋上(夜)

   息を切らしやって来る太郎。
   追って来る男A・B・C。
   怯えた表情で後ろを振り返る太郎。

太郎「おいやめろよ、何なんだよお前ら、オイ、嘘だろ(震える声)」

   太郎に近寄る男A・B・C。
   屋上の隅まで追い詰められる太郎。
   闇に響く太郎の叫び声。
   ドサッという音(太郎が地面に落ちた音)。
   太郎が落ちたことを確かめる男A・B・Cの後ろ姿。

 

〇 タイトル『佐藤の陰謀』

 

〇 ○○テレビ・スタジオ

   ニュースを読む鈴木さやか(35)。
   ワイプ画面には田中太郎の顔写真。

さやか「昨日の夜、人気お笑いタレントの田中太郎さんが自宅マンションの
 近くで血を流して倒れているのを同じマンションの住民が発見し警察に通
 報……」

 

〇 マンション

   自殺現場の映像。
   道路に置かれた花束。

声(さやか)「田中さんは病院に運ばれましたが死亡が確認されました。警
 察では自殺とみて調べを進めています」

 

〇 同・スタジオ~廊下

   番組が終わりスタッフと挨拶を交わしながらスタジオから出て来るさ
   やか。

さやか「お疲れ様でーす」

   さやか、廊下の自販機の前で立ち止まり、瓶入りのコーヒー牛乳を買
   う。
   腰に手を当てて、コーヒー牛乳を飲むさやか。

さやか「あー、美味い!」

   報道部・部長の篠原令子(49)がやって来る。呆れた様子でさやかを
   見て、

令子「あーじゃないわよ! 風呂上りのおっさんか! 腰に手当てちゃって
 あんたホント色気ないわね、一応元女子アナなんだからさ、タピオカとか
 飲まなの?」

さやか「いやー、だって美味しいじゃないですか、やっぱコーヒー牛乳は瓶
 入りですよね最近なかなか売ってないんですもん、部長も飲みます?」

令子「いいわよ」

さやか「一口飲んでみてくださいって、美味しいから!」

   さやか、令子に無理矢理コーヒー牛乳を押し付ける

令子「え? (一口飲んで)あー、なかなか美味しいね」

さやか「でしょ!」

声(健司)「おいおい、あーってなんだよ2人ともそれじゃ風呂上がりのおっさんじゃないか」

   社長の鈴木健司(65)がやって来る。

令子「あ、社長、お疲れ様です」

さやか「お疲れ様です」

健司「報道部に入るとやっぱり男っぽくなっちゃうのかな?」

さやか「(笑)ええ、そうかもしれません」

健司「女子アナから自分で取材もする記者兼キャスターに、もう慣れたかな?」

さやか「ええ、令子さんにビシビシ鍛えられてますから」

令子「その分色気は無くなってるけどね(笑)」

さやか「もともとないんです!(笑)」

健司「自分で取材もして社会問題をバッサリ斬る女性キャスターって今ほとんどいないから、期待してるよ」

さやか「はい、頑張ります」

令子「社長報道部出身だから、報道には力入ってんのよ、私も昔は随分鍛えられたから」

健司「俺は優しくていい上司だったろ?」

令子「いやいや、私がおっさん化しちゃったのは社長の責任ですからね」

健司「(笑)」

令子「どうです? 社長も?」

   令子、健司にコーヒー牛乳の瓶を渡す。

健司「え? いいよ俺は」

さやか「けっこういけますよ」

   健司、受け取り腰に手を当て飲み干す。

健司「あー」

   健司を見つめる令子、さやか(あんたも風呂上がりのおっさんじゃね
   ーかって感じで)。
   二人の視線に気付く健司。

健司「俺はいいんだよ、おっさんだから!」

 

〇 同・報道部

   やって来るさやか。

さやか「お疲れ様でーす」

   さやか、自分のデスクに座り、パソコンを開くと、一件の奇妙なメー
   ルに気付く。件名には「田中太郎の死について」とある。

さやか「なんだこれ?」

   メールを開くさやか。
   メールには「田中太郎の件、あれは自殺なんかじゃない、佐藤の陰
   謀だ」と書かれている。

さやか「さとうのいんぼう……? なにそれ……?」

   ちょっと首を傾げパソコンを閉じて次の仕事に向かうさやか。

 

〇 さやかの自宅マンション・外観

 

〇 同・さやかの部屋・玄関

   帰って来るさやか。

さやか「ただいまー」

   玄関に脱ぎ散らかされた妹の鈴木よしえ(29)の靴を揃えるさやか。

 

〇 同・同・リビング~ダイニングキッチン

   リビングにやって来るさやか。
   風呂から上がったよしえがバスローブ姿でやって来る。

よしえ「あー、おねーちゃんお帰り」

さやか「お帰りーじゃないわよ、あんた人のうち泊まらせてもらってるんだからちゃんと片付けくらいしなさいよ、あーもーだらしない」

   さやか、テレビの上に散らかした雑誌を片付けたり、リモコンの向き
   を綺麗に揃えたりする。

よしえ「いいじゃないそんなリモコンの向きぐらい……お姉ちゃんそうやって几帳面過ぎるから結婚出来ないのよ」

よしえ「あんたがだらしなさすぎんのよ! 何よこれ!」

   さやか、よしえが床に脱ぎ捨てていた下着をつまみ上げる。

さやか「何でここで脱ぐかな? 男の人が見たら幻滅よ」

   パンティを奪い取るよしえ。

よしえ「お母さんも心配してたよ、そろそろ結婚させないとって。大体お姉ちゃん一応女子アナなんだからさ、合コンとかお誘いないの?」

さやか「女子アナはもう卒業したの、今は記者兼キャスター。ニッコリしてるだけでチヤホヤされる女子アナとは違うのよ私は。自分で取材もして企画も出すんだから」

よしえ「なんだかよく分かんないけど、ルックスじゃ勝負できないってことよね」

さやか「うるさいわね」

   よしえにクッションを叩きつけるさやか。それを笑って受け止めるよ
   しえ。
   テレビではバラエティ番組が放送されている。

司会者「問題です、日本で一番多い苗字は?」

   「ワー、これ、チャンス問題や」などの出演者たちの声。
   答えるお笑い芸人、田中太郎。
   画面にテロップ「この番組は〇月×日に収録されたものです」。

太郎「田中!」

   ブーという音とともに、太郎の頭の上から水が掛けられる。

アナウンサー「正解は、佐藤でーす」

   共演者たちから「お前、何してんねん!」などの声、ブーイング。

太郎「えー! でもそんなに多いですか? 佐藤って? 皆さんの周り、田中さんの方が多くないですか?」

   アイスを食べながらテレビを見るよしえ。

よしえ「あー、この人自殺しちゃった人だよね」

   キッチンで片付けをしながらテレビを観るさやか。

さやか「ああ、ホントだ、多分編集間に合わなかったんだね」

   と、テーブルの上に置かれたさやかのスマホにメールが届く。
   メールには「見ただろ奴は今のコメントで殺されたんだ」というメッ
   セージ。
   メールを見つめるさやか。
   テレビでは太郎が悔しがる姿。

太郎「だってそんなにいませんやん、佐藤って……」

   けらけら笑いながら番組を見ているよしえ。
   スマホをテーブルに置くさやか。
   メールには「次に狙われるのはこいつらだ」というメッセージ。そし
   て名前のリスト。「○○大学教授・高橋誠(苗字研究家)、××大学准
   教授、伊藤幸次郎(日本文化人類学)……」

 

〇 ○○テレビ・会議室(日替わり)

   番組の企画会議が行われている。
   さやか、会議に参加している。

ディレクターA「えーっと、来週の特集は新しい大学入試制度の問題点について地方の受験生の声を聞くってことでロケ行ってもらうから」

スタッフA「はい、ロケは伊豆大島でいいですかね?」

ディレクターA「うん、OK、OK。よし、じゃあ、これで今日は終わりにするか」

   書類を片付けて立ち上がる出席者たち。

さやか「あの、ちょっといいですかね?」

   手を上げて立ち上がるさやか。

 

〇 同・同・前の廊下

   会議室から響く大きな笑い声。

 

〇 同・同・内

   大笑いするディレクターたち。

ディレクターA「お前なんだよそれ! 佐藤の陰謀って(笑)」

放送作家A「そんなの真に受けんなよ、イタズラに決まってんだろ」

さやか「そ、そうですよね、私もそう思ったんですけど(苦笑)」

 

〇 同・同・前の廊下

   さやか、会議室から出て来てふと溜息を吐く。

さやか「やっぱそうだよな……」

   歩いて行くさやか。
   去って行くさやかをスマホで撮影する女A。

 

〇 同・報道部

   パソコンで「次に狙われるのはこいつらだ」というメッセージに載っ
   ていた名前を検索するさやか。
   「高橋誠」に関する情報がヒットする。
   画面にはウィキペディアの「〇〇大学教授、苗字研究家、高橋誠」の
   プロフィール。

さやか「へぇー、苗字研究家なんているんだ」

   さやか、検索結果一覧のページにあった高橋誠のユーチューブ動画を
   クリックする。
   カメラの前で一人喋る高橋誠(60)。ボサボサの白髪頭で白衣を着
   て、牛乳瓶の底みたいな度の強い黒縁眼鏡をかけ、いかにも気難しい
   研究者というルックス。

高橋「このように、私が調査した結果全国に205万人いるといわれる佐藤さんですが、実際は大幅に少なく、鈴木さんや高橋さんや田中さんに次ぐ第四位の苗字だということが分かりました、なぜこんなことになっているのか総務省に問い合わせてみましたが回答はなく……」

   高橋の動画をじっくりと観るさやか。

高橋「そこで私はテレビ局の知り合いにある番組企画を提案しました、それがこれ、ジャン! 『ホントに佐藤が一番か?』、この番組企画が通りまして近々番組の収録が行われる予定です」

さやか「なにこれ、うちの局じゃない! へぇ、面白そう……」

   さやかの後ろから令子が話しかける。

令子「何やってんの?」

さやか「あ、部長、いや、ちょっとすいません」

   慌ててノートパソコンを閉じるさやか。
   さやかが閉じたノートパソコンを開く令子、画面を見ながら、

令子「あんた会議でまたおかしな提案したんだって?」

さやか「ああ、すいません。ちょっと変なメールが来たもんで」

   さやか、ノートパソコンでメールを開き令子に見せる。

令子「佐藤の陰謀……? (笑)何これ?」

さやか「ちょっと気になっちゃって」

   仕方ないわねって感じで笑う令子。

令子「まあいいわ、気になったことは調べてみる、それがジャーナリズムの基本だからね、でもちゃんと与えられた仕事もやんなきゃだめよ」

   ポンとさやかの肩をたたき去って行く令子。
   さやか、立ち上がってお辞儀。

さやか「はい、ありがとうございます」

 

〇 ○○大学・正門(日替わり)

   やって来るさやか。門の前で一度立ち止まり、校舎を見上げキャンパ
   スに入って行く。

 

〇 同・受付

   受付で待つさやかのもとに高橋のゼミの学生(女子)が近寄って来
   る。

学生「高橋先生にご面会の方ですね?」

さやか「はい」

学生「こちらへどうぞ」

 

〇 同・廊下

   廊下を並んで歩くさやかと学生。

さやか「あなたは高橋先生のゼミの生徒さん?」

学生「はい」

さやか「(ちょっと声を潜め)高橋先生ってどんな人? 写真見るとなんかちょっと怖い感じしたんだけど」

学生「いえ、怖くはないですよ。ただ……」

さやか「ただ……?」

学生「苗字に関しては相当マニアックで、ちょっと変わった方なんで……多分最初にテストされると思います」

さやか「テスト?」

学生「(ニヤッと頷く)」

 

〇 同・高橋の研究室

   入って来るさやか。

さやか「失礼いたしまーす? こんにちは」

   さやか、部屋を見渡すが誰もいない。
   と、さやかの背後に突然現れる高橋。

高橋「珍名さんを教えてください」

さやか「キャッ! ……え?」

高橋「珍名さん! 変わった名前だよ、あんたの周りにいる珍名さんを教えてくれてそれが面白かったら取材に応じてもいい」

さやか「あ……えーと……同じ職場に『ひぐれざと』さんって人がいます、日暮里って書いて。でもその人田端に住んでるんです」

高橋「ダメダメそんなんじゃ、もっと!」

さやか「えーっと……小学生の時のクラスメイトに瀬戸際くんって男の子がいました。テストの点数が悪いたんびに、先生から『瀬戸際! お前文字通り瀬戸際だぞ』って言われてました」

高橋「(ちょっと鼻で笑って)もっともっと! 名前に関する面白エピソードをもっと! なんでもいいから」

さやか「昔、香(かおり)ちゃんて友達がいてその子が付き合ってた彼氏の苗字が脇さんで、どうしよう私結婚したら脇香(わきかおり)になっちゃうって相談されました」

   高橋、しばし沈黙の後、突然爆笑。

高橋「よし、合格だ!」

             ×   ×   ×

   机の上に置かれた分厚い人名辞典。

高橋「佐藤の陰謀……?」

さやか「はい」

   突然大笑いし始める高橋。

さやか「あ、あの、おかしなこと言ってるのは分かってます。でもなんだか気になってお話を伺えたらと」

高橋「そりゃワシは確かに佐藤は一番多い苗字じゃないって公言してるが、それで何で命まで狙われなきゃいけないんだ?」

さやか「それはまあそうなんですけど……事実このお笑いタレントの田中太郎さんは亡くなってるし、これ見てください。次に狙われるのはこいつだって」

   さやか、スマホを取り出し、高橋に「次に狙われるのはこいつらだ」  
   と書かれたメールを見せる。

高橋「(メールをチラッと見て)フンッ、単なるイタズラだろ」

さやか「だったらいいんですけど……」

高橋「ちょっと待て」

   と、突然立ち上がり、さやかの方に近付いて来る高橋。

さやか「え……? なんですか……?」

高橋「いた! ゴキブリ!」

   手にしていたゴキブリ駆除スプレーを噴射する高橋。

さやか「キャー!」

高橋「ちくしょー、全然効かねーじゃねーかよ(スプレーを見て)」

さやか「ビックリさせないでくださいよ、もー」

高橋「(椅子に座り)で?」

さやか「え?」

高橋「他に質問は?」

さやか「ああ、はい……あの、そもそも先生が佐藤が日本で一番多い苗字なのか? って疑問を持ったきっかけは何だったんですか?」

高橋「そんなもん、ワシから言わせりゃ疑問を持たない方がおかしいわ、小学校でも中学校でも同級生では佐藤君より田中君や鈴木君の方がよっぽど多かった」

さやか「それで大学教授になってからご自分で実際に調べてみたんですよね?」

高橋「ああ、北は北海道、南は沖縄まで一万件以上の佐藤さんのお宅を訪ねてみた。その結果は……」

さやか「その結果は……?」

高橋「驚くべきことに一万件のうち4千6百53件の佐藤さんの家は実在しなかった」

さやか「それってどういうことなんですか?」

高橋「それがどういうことか……?」

   高橋、名探偵のように立ち上がり何歩か歩き回って、

高橋「そんなことはワシゃ知らん」

   ずっこけるさやか。

高橋「誰かが統計をミスってそのままにしてるだけかもしれんし、もしかしたら何か意図があるのかもしれんけど、大体日本で一番の苗字になったからって何の得がある?」

さやか「まあ、確かに……」

高橋「煩わしいだけだろ日本一多い苗字なんて……病院や銀行で名前呼ばれる時もフルネームじゃないと自分かどうか分からんし……」

さやか「ウーバーイーツのデリバリーとかアマゾンの宅配の誤配達だって多いはずですもんね」

高橋「そうじゃ、格好悪いぞHなDVD買ってお隣に届いたりしたら」

   笑う高橋とさやか。

高橋「だからまあ、そのメールもきっとイタズラだろ」

さやか「うーん、ですかね……でも先生一応気を付けてくださいね。これ私の名刺です。何かあったらここに連絡下さい」

   机に名刺を置き、出て行くさやか。
   手を振りさやかを見送る高橋。

 

〇 同・校門の前

   キャンパスから歩いて来るさやか。立ち止まってキャンパスを振り返
   る。

さやか「やっぱりイタズラなのかな?」

   さやか、再び歩き出す。
   物陰からこっそりさやかを見張る男Aの姿。

 

〇 道路(夜)

   歩いてる高橋。肩からバッグを下げている。
   その高橋を背後から尾行する男A。
   ナイフを持った男A、歩いている高橋を背後から襲う。ブスッとナイ
   フが刺さる音。
   驚く高橋、咄嗟にバッグからゴキブリ駆除スプレーを取り出し男Aに
   向け噴射。
   ワーと叫び目を押さえる男A。
   タカハシ、男Aの股間を蹴っ飛ばす。
   倒れる男A、うめきながら立ち上がり逃げて行く。
   高橋、荒い息を吐きながら手に持ったスプレー缶を見つめる。

高橋「効いたな……イテテテ……」

   腰を押さえる高橋、バッグの中から何やら取り出す。出てきたのはナ
   イフが切り裂いた人名辞典。

 

〇 テレビ局

   エレベーターに乗り込むさやか。
   ドアが閉まる瞬間、男の手がドアの間に。驚いてキャッと声を上げる
   さやか。
   ドアが開く。と、現れたのは高橋の姿。

さやか「先生!」

高橋「(息を切らしている)」

 

〇 同・食堂

   腰に手を当て瓶入りのコーヒー牛乳を飲み干す高橋。

高橋「あー」

   高橋、心配そうに見つめるさやかにシャツの裾をまくって腰のあたり
   を見せる。そこには大きな絆創膏が貼られて血がにじんでいる。

高橋「これ持ってなきゃ死んどった」

   切り裂かれた人名事典をポンとテーブルに置く。

さやか「大丈夫だったんですか?」

高橋「ああ、なんとかな」

さやか「私に送られてきたメールの通り『ホントに佐藤が一番か?』の番組出演者のうち田中太郎さんと高橋先生が狙われた。こりは絶対偶然なんかじゃないはずです」

高橋「ああ(頷く)」

さやか「犯人は佐藤が日本一多い苗字じゃないっていう真実を絶対に世間に知られたくないってことですよね……でもなんでだろう……どう思います先生は? ……ん? あれ?」

   さやか、高橋に問いかけるが隣に高橋がいない。
   ふと見上げると食堂にあるテレビをじっと観ている高橋。
   テレビではニュースが放送されている。

アナウンサー「今朝未明、静岡県熱海市の海岸で大学教授、伊藤幸次郎さんが遺体で発見されました」

   現場の映像と伊藤幸次郎(70)の顔写真。

アナウンサー「近くには伊藤さんの物と思われる釣り道具が見つかっており、警察では伊藤さんが釣りの最中に足を滑らせ海に転落した可能性が高いとみて調べています……」

   テレビのニュースを呆然とした表情で観る高橋。

さやか「あ、伊藤さんってもしかして!」

   スマホで以前送られてきたメールをチェックするさやか。

高橋「『佐藤はホントに一番なのか?』のパネリストだよ」

   バッグから番組の企画書を出す高橋。
   「パネリスト」の欄に伊藤の顔写真。
   顔を見合わせるさやかと高橋。

 

〇 ○○テレビ・会議室・前

   廊下に響くさやかの声。

声(さやか)「これは偶然なんかじゃありませんこれらは全て……」

 

〇 同・同・内

   プレゼンしているさやか、机を叩いて力説。

さやか「佐藤の陰謀なんです!」

   難しい顔をしたディレクター、スタッフたち。

ディレクターA「確かにこの番組にかかわる人間が次々と襲われているってのはちょっと怪しいけどなぁ……でも、佐藤の陰謀ってのがどうもなぁ」

さやか「絶対誰かが動いてますよ、番組で特集させて下さい!」

ディレクターB「そうはいっても、この証拠だけで放送する訳にはな」

ディレクターA「最近はコンプライアンスうるさいしなぁ」

ディレクターB「全国の佐藤さんからクレーム来たらどうすんだよ、全国の佐藤さんがスポンサーの商品の不買運動なんか始めたらうちの番組なんかすぐ終わっちゃうぞ」

さやか「……」

 

〇 会議室前の廊下

   さやか、会議室から出てきて壁に背をもたれ溜息をつく。
   スマホを取り出し高橋に電話するさやか。

さやか「あ、先生すいません、やっぱり佐藤の陰謀についてはまだ放送出来ないみたいです……ホントすいません、先生、くれぐれも気を付けて、はい、じゃあ」

   電話を切り歩いて行くさやか。
   去って行くさやかをじっと見つめる女Aの後ろ姿。

 

〇 道路(夜)

   歩いているさやか。
   靴紐がほどけているのに気付く。
   紐を結ぼうとしゃがんだ瞬間、頭上でカキーンと大きな音が。
   さやか、驚いて見上げるとすぐ横にオートバイに二人乗りした男Aと
   男Bの姿が。後部座席に乗った男Aが振り下ろした金属バットがガー
   ドミラーのポール部分にめり込んでいる。
   「きゃー」と叫んで逃げるさやか。
   追って来る男Aと男Bのバイク。

 

〇 路地

   路地に逃げ込んで来るさやか。
   バイクから降りて追って来る男B。

 

〇 路地2

   さやか、走って来て、マンションのゴミ置き場に身を隠す。
   その前を走り去る男B。
   さやか、男Bが走り去ったのを確認し逆の方向へ逃げる。

 

〇 さやかの自宅マンション・前

   走って来るさやか。

 

〇 同・部屋

   鍵を開けて部屋に入るさやか。息を切らしている。
   と、異変に気付く(テーブルの上に置いてあるリモコンの角度が微妙
   に違う。タンスから少しだけタオルがはみ出している・・・など)。

さやか「(驚きと恐怖の表情)誰か来てた……」

   部屋を見まわすさやか。

 

〇 よしえのアパート

   散らかり放題の部屋を片付けるさやか。パンパンになったゴミ袋がひ
   とつ。
   風呂上がりのよしえが部屋に入って来る。

よしえ「うわーすっごい片付いたありがとう!」

さやか「あんたよくこんな部屋で暮らしてるわね、まったく同じ姉妹とは思えない」

よしえ「なによあんたの部屋なんか絶対泊まりたくない、とか言ってたくせに」

さやか「いや、なんかおかしいのよ、リモコンの角度とか洋服ダンスとか……絶対誰か入ったと思う……」

よしえ「気のせいじゃないの?」

   テレビをつけるよしえ。
   テレビではニュースが。

アナウンサー「今夜東京港区のマンションの一室から大きな爆発音とともに火が出ているとの通報がありました……」

よしえ「やだこれ! お姉ちゃんのマンションじゃない?」

   テレビの画面に目をやるさやか。
   
アナウンサー「消防によりますとこの部屋に住む30代の女性の行方が分かっていないということです……」

   その場にしゃがみ込み震えるさやか。
   テレビの画面には燃え盛る炎の映像。

よしえ「お姉ちゃん大丈夫? お姉ちゃん!」

   震えるさやかの肩を抱くよしえ。

 

〇 ○○テレビ・報道部

   さやかの自宅が火事、というニュースを受けて混乱した様子のオフィ
   ス。
   火事の様子を伝えるテレビのニュース。それを見ている令子。
   スマホを持って寄って来る職員A。

職員A「部長、ダメですさやかと連絡とれません」

令子「実家の方は?」

職員A「(首を振る)」

令子「……」

   令子、呆然とテレビ画面を見つめる。火事の様子を伝えるテレビのニ
   ュース。
   燃え盛る炎。

 

〇 ショッピングセンター(日替わり)

 

〇 フードコート

   ニット帽をかぶり眼鏡をかけ変装したさやかが歩いている。 
   コーヒーを買って席に座るさやか。
   ファストフードのトレイを持った一人の男がやって来てさやかの後ろ
   の席に座る。

男の声「つけられてないか?」

さやか「ええ、多分」

   男の正体は高橋。頷く高橋。
   背中合わせで喋るさやかと高橋。

高橋「色々大変だったみたいだな?」

さやか「まあね。何とか生きてます。先生は?」

高橋「ワシも自宅は引き払って毎日都内のホテルを転々としてるよ。また襲われちゃたまんねーからな」

   頷きコーヒーを飲むさやか。

さやか「で、今日会いに行く人っていうのは?」

高橋「ワシなんか叶わないくらい日本人の名前の歴史に詳しい奴だ。覚悟しとけよ、ちょっと危ない奴だ、まぁ変人だな」

さやか「先生も十分変人だと思うけど」

高橋「いやいやワシよりもっとだ」

さやか「で、その人何処にいるの?」

   高橋、立ち上がり、

高橋「塀の中だ」

 

〇 ○○刑務所・外観

 

○ 同・面会室

   面会する相手を待つさやかと高橋。
   刑務官に連れられ元大学教授で服役囚の堂河内三枝子(62)が入って
   来る。
   腰まで伸びた白髪。山姥のような姿。
   さやかと高橋をいぶかしげに眺める三枝子。

三枝子「高橋か……」

高橋「久しぶりだな婆さん」

三枝子「何しに来た」

高橋「ちょっと佐藤の陰謀のことで聞きたいことがあってな」

   ギラっと光る三枝子の目。

三枝子「そっちは誰だい?」

高橋「ワシと一緒に佐藤に関する謎を追ってるテレビ局のキャスターだ」

さやか「どーも、初めまして」

   さやかをチラッと見る三枝子。

三枝子「どーでもいいけど、わたしゃただじゃ話さないよ」

高橋「分かってる分かってる」

   一万円札を一枚見せる高橋。
   三枝子、無反応。
   一万円札をもう一枚見せる高橋。
   三枝子、チラッと視線だけ向ける。
   一万円札をもう一枚見せる高橋。
   三枝子、ニヤッと微笑む。
   椅子に座りさやかと高橋と喋っている三枝子。

三枝子「そーかい、あんたたちも狙われたかい……」

   ヒヒヒッと笑い出す三枝子。
   三枝子、立ち上がり突然服を脱ぎ出す。
   驚くさやかと高橋。
   くるっと振り返り背中を見せる三枝子。背中には大きな傷が。

三枝子「私もやられたからね、佐藤の謎を追ってた時に……でも3人も殺すとはね、佐藤も追い詰められてきたってことだわね(笑)」

さやか「もしかしてそれで刑務所に?」

三枝子「ああ、ここにいれば安全だからね」

高橋「賽銭泥棒を百回以上繰り返したんだよな」

   ヒヒヒッと笑う三枝子。

さやか「堂河内さんはいつから佐藤の陰謀を疑い始めたんですか?」

三枝子「そりゃあんた名前を研究してるもんなら誰だって疑問に思うでしょ? 本当に佐藤ってそんなに多いかって?」

さやか「でもいったいどうして佐藤さんたちはそんなにまでして1位にこだわる必要があるんですか?」

   不敵な笑みを浮かべる三枝子。

三枝子「統計では佐藤の人数は日本全国に205万5千人。でももしこれが実際は100万人だったらどうする……?」

 

〇 イラスト

   三枝子の説明をグラフやイラストで分かり易く表示。
   幽霊の格好をした大勢の佐藤さんたちがお金を受け取る様子。

声(三枝子)「年金、生活保護、児童手当、本当は存在しない100万人の佐藤なんとかさんたちがそれらの金をもらってたとしたら?」

   幽霊の格好をした佐藤さんたちからお金を受け取る実在の佐藤さんた
   ち。

声(三枝子)「そして存在しない佐藤さんの元に振り込まれた毎月何十万円っていう社会保険料を実際に存在する佐藤さんたちが山分けしていたとすれば……」

 

〇 ○○刑務所・面会室

   さやか、高橋驚きの表情。

さやか「じゃあ、佐藤さんたちは本来貰えるより倍の社会保険料を貰うために世の中に一番多い苗字は佐藤さんだと国民に思い込ませているってことですか?」

三枝子「そういうことだ」

さやか「じゃあ、今回鈴木さんを殺したのは?」

三枝子「そう、全国に百万人以上いる佐藤さん全てが容疑者ってことだ」

さやか「そんな、まさか……」

三枝子「気を付けろそこにあるカメラで監視しているやつも佐藤かもしれないし、扉の向こうにいつ刑務官だって佐藤かもしれない」

    三枝子、ヒヒヒッと笑う。

さやか「でもきっとその中にも中心的な役割を果たしている佐藤がいるはずだと思うんですよ」

高橋「ああ、婆さん、その人物に心当たりはないか?」

三枝子「(高橋を睨み)おい、高橋」

高橋「ん?」

三枝子「お前はバカだねー……あたしがただ単に賽銭泥棒を繰り返してたと思うかい?」

高橋「……?」

三枝子「リストがある」

さやか「リスト?」

三枝子「(頷く)あんたら佐藤家の祖先を知ってるかい?」

 

〇 イラスト

    三枝子の説明を分かりやすくイラスト使って表す。

声(三枝子)「佐藤家の始まりは、昔々平将門が関東で乱を起こした時、見事将門を討ち取ったのが藤原公清という人物、この藤原公清が後に左衛門尉(さえもんのじょう)という役職に就く。左衛門尉の藤原。ここから頭の一文字ずつを取って佐藤という名前が誕生した。これが佐藤のルーツじゃ」

 

〇 栃木県のある街(以降三枝子の回想)

   歩く三枝子。

声(三枝子)「この初代佐藤の直系の子孫が今も栃木県辺りに住んでいる」

声(さやか)「栃木県……」

声(高橋)「そこが全国の佐藤の総本山ってことか」

声(三枝子)「ああ」

 

〇 民家・前

   三枝子、メモを片手に住民に聞き込み調査を行っている。

声(三枝子)「そこら辺りの住民に聞き込み調査をしている最中に……」

 

〇 道

   歩いている三枝子。
   その後ろから釜を持った男Cが近付いて来る。
   男C、三枝子の背中に釜を振り下ろす。

声(三枝子)「わしゃ何者かに襲われた」

 

〇 神社

   傷を負ってフラフラ歩いて来る三枝子、神社の前に立つ。

声(三枝子)「こりゃ危ないと思ってな……」

 

〇 同・社殿・内

   三枝子、はがした床の中にリストを隠す。

声(三枝子)「ある神社の境内にそのリストを隠しておいた……」

 

〇 刑務所・面会室(回想戻り)

   三枝子の話を聞くさやかと高橋。

さやか「その神社は何処に?」

三枝子「知りたいか?」

さやか「もちろん。お願いします」

   横目で高橋を見て、手を差し出す三枝子。

高橋「ああ、もうしょーがねーな」

   高橋、3枚の一万円札を面会室を仕切るアクリル板の隙間に差し込
   む。
   三枝子、金を受け取り、さやかと高橋に、耳をこっちに寄せろ、とい
   う仕草。
   さやかと高橋に囁く三枝子。
   部屋の隅、その様子を記録する監視カメラ。

 

○ 電車

   向かい合って座る高橋とさやか。
   高橋は駅弁を食べている。
   窓の外を眺めるさやか。

 

○ 刑務所

   椅子に拘束され拷問(電気ショック)を受ける三枝子。

刑務官A「はいたか?」

刑務官B「いや、このババア、しぶとくて」

   ヒヒヒッと笑う三枝子。

刑務官A「変われ」

刑務官B「はい」

   刑務官A、電流を最大にする。
   苦しみもだえる三枝子。

 

○ 神社・前

   スマホの地図を見ながらやって来るさやかと高橋。立ち止まり、顔を
   見合わせ頷く。

 

○ 同・社殿・内

   はがした床の中からリストを取り出す高橋。
   その様子を後ろで見つめるさやか。
   リストに目を通す高橋、読み終えたリストをさやかに渡す。
   さやか、受け取ったリストに目を通す。

高橋「『本当に佐藤が一番か?』あの番組企画は限られた人間しか知らなかったはずだ。もしかしたらこのリストの中にお前さんの知ってる名前があるかもしれない。○○テレビの者、制作会社、放送作家、どうだ? 知ってる名前はないか?」

さやか「いや……ないです」

高橋「そうか」

さやか「あ!」

   リストのある名前を見て驚くさやか。

高橋「どうした?」

さやか「もしかして……まさか……?」

   と、背後で扉の開く音が。

声「あのすいません」

   ハッと驚き振り返るさやかと高橋。
   制服を着た警察官が一人立っている。

警察官「えーっと、あのニュース出てる方ですよね、あのなんだっけ、何とかさやかさん」

さやか「はい、そうです」

警察官「そちらは?」

さやか「大学教授の高橋先生です」

警察官「ああ、良かった良かった、ちょうどね探してたんですよ、お二人を」

   突然、拳銃を構える警察官。

高橋「よけろ!」

   さやかを突き飛ばし、床に転がる高橋。
   警察官が発砲。銃弾が神棚に当たる。
   警察官、床に転んださやかに向かって銃を向ける。
   と、高橋がゴキブリ駆除スプレーを警察官に向かって発射。
   「わー」と目を押さえる警察官。
   銃を奪おうと警察官と揉み合う高橋。

高橋「逃げろ! 今のうちに、それ持って佐藤の陰謀を暴け! ここは何とかする」

さやか「でも……」

高橋「急げ!」

   頷き、駆け出すさやか。

 

○ 神社・前

   階段を駆け降りて来るさやか。
   響く一発の銃声。
   立ち止まり振り返るさやか。再び駆け出す。

 

〇 東京の風景

 

〇 ○○テレビ・外観

 

〇 同・報道部・部長室

   部屋に入って来る令子。
   ハンディ掃除機で掃除している清掃のおばさん。

令子「あ、お疲れ様です」

   デスクの書類の整理をする令子。
   掃除機の音が止む。

清掃のおばさん「お掃除終了いたしました」

令子「あ、ありがと……」

   清掃のおばさんの顔を見て驚く令子。
   マスクを外した清掃のおばさんの正体は、さやか。

さやか「お久しぶりです」

令子「さやかちゃん! どうしたのそんな格好して! あなた大丈夫だったの? 自宅が火事にあって行方不明で……みんな心配してたのよ」

さやか「ええ、おかげさまで何とか死なずに生きてます、篠原部長、いや……旧姓、佐藤令子さん……」

令子「……」

   しばし睨み合う令子とさやか。
   リストを見せるさやか。

さやか「佐藤の会のリストの中にあなたの名前、旧姓・佐藤玲子が載っていました。あなただったんですね、『本当に佐藤が一番か?』あの番組を潰すために動いていたのは?」

   しばし睨み合うさやかと令子。

令子「(笑)とうとう辿り着いついちゃったか……まあ座りなさい」

   さやか、動かず立ったままでいる。

さやか「いったいいつから始まったんですか? 佐藤の陰謀は?」

令子「はっきりしたことは私もよくわからないわ……けどうちのお爺さんから聞いた話では今から150年前、明治2年の頃と聞いてるわ……」

 

○ 教科書

   社会の教科書。明治維新を紹介するページ。写真など。

声(令子)「明治の世が始まり武士はそれまで藩から貰っていた扶持を無くされ職を失った。当然生活が困窮する。ある者たちは反乱を起こし、政府に鎮圧された」

   西南戦争や佐賀の乱を伝えるページ。

声(令子)「武力で訴えても現状は変えられない。そこで我々佐藤一族の先祖が考えたのが架空の人物を住民基本台帳に登録することだった……」

 

○ ○○テレビ・報道部・部長室

   令子と対峙するさやか。

さやか「本当は存在しない佐藤さんたちをいっぱい誕生させ、その佐藤さんたちに給付される年金や保険料をみんなで分かち合っていたんですね」

令子「(微笑み頷く)最初はごく一部の町でやってただけだったらしいわ、でもそれが余りにも上手くいったんで佐藤一族の間で噂が広まってうちでもやろう、よしうちでも! ってことになって……」

さやか「全国に広がった」

令子「(微笑み頷く)それだけじゃないわ。他にもうま味がいっぱいあったのよこのシステムには」

さやか「他にも?」

令子「一票の格差の話は知ってるでしょ?」

さやか「ええ」

令子「佐藤一族は実在しない人の分まで投票用紙がもらえる訳、一人で2回も3回も投票出来る訳、だから佐藤の票は他の人の票より重いのよ」

さやか「それが150年続いてきた……」

令子「笑っちゃうでしょ、この日本っていう世界第三位の経済大国でそんなインチキがずっとまかり通ってたなんて」

さやか「田中太郎さんを殺害した件には局長は絡んでるんですか?」

令子「あれは私じゃないわよ。やったのは他の佐藤さんで私はそれが誰かも知らないわ。私はただこの人たちがちょっと佐藤の陰謀を暴こうとしている危険人物ですよーって情報を上げただけ」

さやか「私や高橋先生を襲わせたのもあなたですね」

令子「そりゃしょうがないじゃない、あなたがあんまりウロチョロ嗅ぎまわるから」

さやか「(令子を睨む)……告発します」

令子「(笑)私を? 何の罪で? 私はあくまで情報担当よ、殺人には関与してないし、法的に何の罪も犯してない」

   胸ポケットからスマホを取り出す掲げて見せるさやか。外面には「R
   EC」の表示。

令子「フンッ、あなたバカねぇー。音声を録音したってね、警察にも検察にも政界にも佐藤はいっぱいいるのよ、いくらだってもみ消すことは出来るし、録音データを改竄することだって出来るわ(笑)」

   さやか、しばし令子を睨みつけ、突然にやっと笑う。

さやか「部長、部長もバカですねー」

令子「!」

さやか「録音じゃないんですよ」

   令子に近寄って行くさやか、スマホの画面をスクロールし、令子の机
   の上にスマホを置く。

さやか「録音じゃなくて、今この部屋の映像と音声が生配信されてます」

令子「!」

   スマホには部屋の状況が映し出されている。

さやか「これがカメラです」

   さやか、ハンディ掃除機に仕込まれた隠しカメラを指差す。

 

○ 街

   繁華街のビルの大きなビジョンにさやかと令子のやり取りが生配信さ
   れている。
   足を止め、さやかと令子のやり取りを視聴する通行人たち。

 

○ 電車・車内

   スマホで生配信を視聴する人々。

 

○ スマホの画面

   SNSの書き込み。 
   「まじかよ」、「佐藤ヤバすぎ」、「どおりで佐藤ってそんなにいな
   いと思ったわ」……等。

 

○ ○○テレビ・報道部・部長室

   スマホを持って微笑むさやか。

さやか「日本中の人たちが今この映像を見ています」

   隠しカメラを奪い取ろうとする令子。
   腕に包帯を巻いた高橋とカメラマンが入って来る。

高橋「はいはいそこまでそこまで、おい、いい映像撮れちゃったな、これワシのユーチューブで使わせてもらうよ」

さやか「警察の方たちもお見えです」

   扉の横に並んだ刑事A・B・C。
   刑事A、警察手帳を見せる。

刑事A「署までご同行お願いいたします」

令子「……」

 

○ 同・前

   刑事A・Bと一緒に警察の車に乗り込む令子。
   車を囲む大勢の報道陣。

記者A「旧姓が佐藤だというのは本当でしょうか?」

記者B「佐藤の陰謀とはいったいどういうことなんですか?」

   令子を乗せた車、発進する。
   去って行く車を並んで見つめるさやかと高橋。

 

○ 検察庁・前(日替わり)

   マイクを持ってレポートするさやか。

さやか「限られた社会保障費を多く受け取るために全国の佐藤姓の人々が不正に加担していたという、驚くべき今回の事件、いったい首謀者は誰なのか? 司法は誰をどう裁くのかが注目されます」

 

○ 定食屋

   テレビには検察庁の前からレポートするさやかの姿が映っている。
   定食を食べながらテレビを観る高橋。

高橋「フン、張り切ってんな(微笑)」

 

○ ○○テレビ・外観

 

○ 同・社長室・前

   歩いて来るさやか。
   さやか、扉をノックする。

声「入りなさい」

さやか「失礼いたします」

   扉を開けるさやか。

 

○ 同・同・内

   椅子に座っている健司。
   その前に立つさやか。

健司「今回はよくやってくれたな」

さやか「いえ、私が動いたきっかけは社長が送ってくださったあのメールですから」

           ×   ×   ×

(フラッシュ)

「田中太郎の事件、あれは自殺なんかじゃない、佐藤の陰謀だ」というパソコンに送られてきたメールを開くさやか。

           ×   ×   ×

   健司、微笑み頷く。

健司「以前にも本当に佐藤は一番多い苗字なのか? って特集をやろうとしたことが何度かあったんだ、しかしそのたびにスポンサーからクレームがついたり、他に大きなニュースが入ったりって理由で延期になってた」

さやか「全部篠原部長が潰してたんですね」

健司「(頷く)まさか黒幕がこんなに近くにいるとは俺も気付かなかった」

   立ち上がる健司。窓の外に広がる東京の景色を眺める。

健司「しかしまあ、これで、佐藤の時代は終わった……これからは……(さやかの方を振り向き)鈴木の時代だ」

さやか「はい(微笑)」

   健司の机には「社長・鈴木健司」のネームプレート。

健司「期待してるぞ」

さやか「はい。頑張ります」

   一礼して部屋を出るさやか。

 

○ 同・同・前の廊下

   廊下を歩くさやか。
   さやかの胸の社員証。「鈴木さやか」の文字。

 

                      《完》

 

 

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