BIM活用から考える美しい建築の作り方
現在いい年しながら学生という非常に贅沢な時間を楽しんでいる関係上、実務家だったら「とりあえず目の前の仕事をやれ」と言われてしまいそうなテーマを深掘りすることができるわけです。
ちなみにここでいう建築とは、お洒落な大規模建築ではなくて、一般の住宅建築、しかも木造建築に限ります。
美しい建築とは?
美しいと感じる建築っていうのをそれなりに見てきたものの、正直なぜそれを美しいと感じるのかはまだ自分の中で言語化できていなかったりします。
しかも設計、いわゆる作る側から携わると、見た目は良いけど、作り方がよくない部分も見えたりして、より美しさの定義が難しい。作り方が良くないと結果としてメンテナンスがしにくかったり、コスト高になったりで、時間軸が長期に渡るので評価が一義には決まらない。
また部分として美しくても、全体としてみたときにそうでもなかったり、使用者立場から考えると使いにくさが目立ったり。
この辺の落としどころを考えると、美しい建築というのは難しいのだと常々感じるわけです。
美しさを定義するにはある程度の制約が必要
何事にも適度な制約条件が必要というのはどこの世界にもある話なんですが、上述したような様々な要素の制約でいいところを突いたものが、いわゆる美しい建築なのではと思うのです。
この辺はまだまだ自分の中で漠然としているものの、美しさには理由があるという前提に立てば、理由=制約ってことに他ならないからって思うわけです。ここはこういう理由(制約)のために、こうなっていますと説明されると納得するのです。
BIMを使うと建築は変わるか?
さてここまで一度もBIMって言葉を出してこなかったんですが、つまるところ「BIMを使うとより美しい建物が世の中に増えるんではないか」という仮説です。
別にBIMはツールであって、それ以上でもそれ以下でもないわけの言うまでもないのですが、仕組み・過程が変われば結果は変わるというのは思うところです。というよりも、結果を目的にしたところで、それは達成できない。
「美しい建物を建てる」といったってそれだけじゃ建たない。どうするかを考える必要があって、そこには仕組みが必要というわけです。
BIMはデータをまとめたり、手戻りを減らしたりするツールなのであれば、絶対にその労力の分だけ建物がすっきりするはずだって、何かやっていてちょっと失敗したとき、面倒だからこのままでいいやって先に進んでしまう経験は誰にでもあると思うんです(自分だけ?)。それがなくなるってことは、洗練していくと言い換えてもいいんじゃないって。
BIMを使って何を変えるか?
これは結構シンプルだと思っていて、一言でいえば見える化。しかも制約(ルール)の見える化。
基本的にある情報が可視化されれば、あとは改善するという、いやむしろ改善したいという気持ちが各自に湧いてくるものと信じてます。
そしてこの見えるという状況を、単に「この図面のこの寸法をxxxにしました」ではなくて、データベースとして過去のデータと容易に比較できるとか、同じ建物群の同じ部材の寸法を俯瞰して見れるとか、様々な角度から見るということができると、それら制約のいい感じの落とし所みたいなのが見えてくるのでは思うのです。
なので、何を見せるかと、どう見せるかを発展させることにBIMの活用する意味があるのではないかというのが、とりあえず本日の結論です。
まぁ明日には変わるかもだけど。