変化球の感性評価に関する予備的検討
こんにちは、ご無沙汰しております。以前にこのようなアンケートを実施したことがあります。
随分経ってしまいましたが、ぼちぼち分析をしてみたので結果をご紹介したいと思います。
感性評価とは
近年、製品やサービスがもつ、洗練された印象や親しみやすさなどといった感性価値が購買に際して重要な要素であることが認識されています。消費者の、あいまいで複雑な感性を定量的・定性的に分析し、製品やサービスの設計に活かすためのデータを得るための手法が感性評価です。 (構造計画研究所Webサイトより)
もともと私は、ファンが見ていて気持ちいいとか美しいと思う配球の条件ってなんだろうな、という疑問を持っていました。そういう美的感覚のようなあいまいな評価が野球の分析に持ち込まれたケースはあまりないと思うのですが、もしある程度野球を見た/プレイした経験がある人が似たような評価をするのであれば、球種選択などに無意識的に反映されることもあるだろうな、とぼんやり考えています。
予備調査 ――個別の変化球の感性評価
上のような関心に基づいて、なにか簡単なことからやってみようと思い、いくつか投球の動画をサンプルしてそれをネット上で募集した野球ファンに評価してもらうことにしました。
評価方法:SD法
感性評価によく使われる方法として、オスグッド[1]らによるSD法(Semantic Differential法)があります。今回はこれを使ってみます。この方法では、ある刺激に対して[良いー悪い]、[速いー遅い]、[激しいー落ち着いた]などの形容詞の対による評価を被験者にやってもらい、その刺激に対する評価を定量的に行おうという方法です。(例えばこちらを参照)
[1]Osgood, C. E., Suci, G. J., & Tannenbaum, P. H. (1957). The measurement of meaning. Univer. Illinois Press.
評価してもらった動画
変化球の動画として、Seth Lugo投手の動画を評定してもらいました。右打者+ストライクゾーンの見逃しという条件で動画を統一し、フォーシーム(FF)、ツーシーム(FT)、カーブ(CV)、スライダー(SL)の四種類を、それぞれ2動画ずつ用意しました。被験者はランダムに二群に分けて、一人の被験者はそれぞれの球種に対して1動画を評定してもらいました。
上からFF、FT、CV、SLです。(今日は炎上してしまいましたが、Lugo投手はほんとうにいい投手です)
使用した形容詞
本来のSD方であれば形容詞対を使用するのですが、今回はスマホで回答する人が多いと考え、質問のレイアウトの都合で以下の12項目に対して、まったくそうおもわない〜とてもそう思うの4段階で評定してもらいました。
[速い。][生き生きとした感じがする。] [安定している感じがする。] [破壊的である。] [大きい感じがする。] [余裕がある。] [派手だ。] [重い感じがする。] [意志を持った感じがする。] [熱い感じがする。] [鋭い。] [生物的だ。]
SD法を用いた研究では、各項目(形容詞対)に対して得られた評定を因子分析にかけ、そのような評定結果を生んだ背後にある潜在的な因子を特定します。よく言われるのは、評価(良いか悪いか)、力量(強いか弱いか)、活動(速いか遅いか)、という三次元に大抵の評価が分かれるということです。今回、上の形容詞には、あまり良いか悪いかに関する項目がありませんが、これはそもそもストライクゾーンに決まった投球に低評価は現れにくいだろうと感じてのことです。こうしたことで、力量あるいは活動の次元がさらに別れてくれたら面白いなと思っています。
分析
今回は全部で47人の方に答えていただけました。皆様本当にありがとうございました。
こちらが各項目の相関です。
スクリープロットによって3因子構造が妥当であることを特定した後、因子分析(斜行回転)にかけました。
こういう数値をみて、それっぽい名前をつけるのがこの方法のやり方のようなので、名付けてみます。因子1は力強さでよいでしょうか。因子2、3はそれぞれ派手さ、落ち着きといってみたのですがいかがでしょう?(この辺の流儀はあんまり自信ないです)先行研究でいう力量と活動は同じ次元に来ましたね。これは速い投球は力強いという当然の直感を反映しているのでしょう。
では、被験者のレーティングをこの3因子の軸にプロットしてみましょう。
力強さではファストボールとブレーキングボール、派手さではフォーシーム&カーブとツーシーム&スライダーが別れました。落ち着きでは、フォーシームが一番高く、それ以降はスライダー→カーブ→ツーシームという順になりました。因子1は当然として、因子2でフォーシーム&カーブという古典的な球種と、ツーシーム&スライダーという現代的な球種に分かれたことは面白いと思いました。
被験者のみなさまの評価を三次元にプロットしたものが以下になります。(楕円は誤差棒を見ながら手動で書き入れたものです、ご容赦ください)
今後の検討
今後は、上の因子空間の中をどのような順で移動すると「美しい」配球になるのかという条件をみていきたいと思っています。
打者の反応とかも統制する必要があるのでかなりたくさんのデータがいると思います。配球を見て評価してもらうというよりは、美しい三振のとり方をPitch Sequenceとしてプロットしてください、という感じで実際に配球を作ってもらうという実験方法を考えています。この段階では、評定者の個人差も計算に入れてモデル化したいなあと思っています。
結論
SD法+因子分析で変化球の感性評価を行う予備的検討を行いました。その結果、球速だけではなく、古典的な球種と現代的な球種というクラスタに分かれることがわかりました。今後はもっといろいろな投手、球種で同じことを試しつつ、Pitch Sequenceに対する評価も検討することで、「美しい配球」というものは存在するのか、するとしたらどんなものか、また、評定者のどんな趣味(球種の趣味や、好きな投手のタイプ)によってその美しいと感じるパターンが変わるのかというところも見ていきたいです。