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ニンジャラクシー・ウォーズ【フォー・ア・フュー・スクリューズ・モア】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。
本テキストは70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」とサイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


 雲のない空の下に、乾いた荒野が広がっていた。地平線の向こうに低く折り重なった山々を、空気遠近法が黄土色から青へのグラデーションに染め上げる。ここは第15太陽系、第1惑星シータの西部開拓ゾーン。かつて宇宙レアメタルの宝庫として束の間の活況を呈し、夢破れた者達に見捨てられた一帯だ。

 風は凪ぎ、宇宙タンブルウィードすら転がらぬ中、三つの人影が黙々と歩き続ける。ジュー・ウェア風ジャケットの逞しい男、カーキ色のポンチョを纏うスマートな青年、そして身長7フィート超の宇宙猿人・デーラ人。彼らの遥か後方には武骨な戦闘宇宙船が横たわり、地表に長々と不時着跡を晒していた。

【フォー・ア・フュー・スクリューズ・モア】


◆#1◆

 ガゴン! 内側から扉を押さえていた木棚が倒れ、埃がもうもうと舞い上がった。そこに陽光が差し込み、光の帯を幾筋も浮かび上がらせる。「COUGH! COUGH! GROUGH!」逆光の宇宙猿人が、咳き込みながら暗がりに踏み込んだ。残る二人が後に続き、機械油が臭う室内を見回す。

「苦労して来てみりゃ、何だいこりゃア」ジュー・ウェア男は足元の工具キャビネットを蹴飛ばした。窓の鎧戸は固く閉ざされ、大小様々な工作機械が手入れする者もなく錆を浮かせている。「その男、ホントに頼りになンのか? ハヤト=サン」男は青年に尋ねた。「ダンテ=サンだかタロス=サンだか……」

「メロス=サンだよ! GRRRR」宇宙猿人が長身を震わせた。「シータ星きっての暴れ者さ。俺ァあいつと一度大ゲンカしてよ、危うくバラバラにされかけて……」「昔の話だろ、バルー=サン」ハヤト青年は宥めるように言った。「今は凄腕の機械職人ギアスミスで、三人の子供の父親なんだ。きっとリュウ=サンも気に入るよ」

「その職人の工房がこの有様じゃ、会ったところでムダかもわからんぜ」リュウと呼ばれた男はぼやきながら、ジュー・ウェアの懐から金属片を取り出した。掌上で光るそれは、バラバラに砕けた極めて複雑な形状のネジだった。「コイツの代わりを調達できなけりゃ、リアベ号はシータで立往生だってのによォ」

 ……時間は数日前に遡る!

 BEEEAM! BEEEEAM! ガバナス・ニンジャアーミーの主力戦闘機「シュート・ガバナス」の3機編隊が、シータ上空の宇宙貨物船に破壊ビームを浴びせた。KABOOM! 民生仕様の偏向シールドはたやすく突破され、積載タンクの一つに大穴が開いた。SPLAAAASH! 噴き出す飛沫が高空に虹をかける。

「水だ!」戦闘宇宙船リアベ号の副操縦席で、ハヤトが望遠モニタを指差した。「妙だな。砂漠以外は水源の豊富なシータに、なんでまた水の輸送船が……」BEEPBEEP! 宇宙猿人バルーの呟きを無線着信音が遮った。『ザリザリ……こちらは輸送船ウォーター=マル! 貴船はそれ以上近付くな!』

「バッカヤロー!」リュウがマイクを掴んで叫んだ。「テメェらのSOSを受信したからすっ飛んで来たンだろうが! 待ってろ! いま助けに……」『残念ながら、本船はもう手遅れだ』ノイズ混じりの通信音声には、死を覚悟した者の冷静さがあった。『救難信号を出した理由は別にある』

『ガバナスが撤退したら、本船の残骸からタンクを回収してくれ。そして一つでも多く西部の銅山コロニーに届けてほしい。あの町は今……グワーッ!』通信はそれきり途絶した。ZZOOOOM……モニタ内のウォーター=マルが、ブリッジから火を噴きながら堕ちてゆく。

 BEEEAM! BEEEEAM! シュート・ガバナス編隊はその周囲を旋回し、念入りにタンクの破壊を続けた。瀕死の獲物を弄ぶ宇宙オルカの群れめいて。KABOOOM! ついに輸送船は爆発四散を遂げた。百数十トン超の水がむなしく霧散するさまに、「クソッ!」「GRRRR……!」ハヤトとバルーは歯噛みした。

 リュウは振り返って叫んだ。「トント!」『ヤメトケ』万能ドロイド・トントが球形の頭部でかぶりを振った。『イマカラ、ハッシン、シテモ、マニアワ、ナイ』サイバーサングラスめいた顔面プレートに「TOOLATE」の文字が灯る。「うるせェ! このままクソ野郎どもの好きにさせてたまるか!」

「行くぜ、ハヤト=サン!」「ハイ!」操縦室を飛び出したリュウとハヤトは「山」「空」「海」のショドーが掲げられた中央キャビンで二手に分かれ、左右のパイロットシートに滑り込んだ。ガゴンプシュー……トントの直結操作で、リアベ号の係留アームが翼めいて開く。その先端には2機の小型宇宙戦闘機。

 KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトの炸裂が、二人の乗る機体を弾丸めいて撃ち出した。ZOOOM! リュウ機はすかさずイオン・エンジンを最大噴射!『モタモタすンな!』「わかってるよ!」ハヤトは懸命に愛機を操り、殺人的加速に追いすがる! ZOOOOM!

「「イヤーッ!」」ZAPZAPZAP! 敵編隊を射程内に捉え、リュウとハヤトはパルスレーザー機銃を斉射した。KABOOM! シュート・ガバナス1機が爆発四散! 残る2機は高速ループで攻撃を回避し、リアベ号へ舵を切る!「クソッ、速ェなアイツら!」『新型かも!』「とにかくブッ殺せ!」

 BEEAM! BEEEAM! シュート・ガバナスの破壊ビームが、リアベ号の偏向シールドを容赦なくスパークさせた。KBAM! KBAM! 小爆発を起こす船内コンソールに、トントが消火剤を噴射して回る。『フネガ、モタナイ、ゾ』「どうにかしろポンコツ!」バルーは操縦桿を握りながら叫んだ。

「リュウ達がガバナスを墜とすまでの辛抱だ!」だがその時、ギギギガガガ! 突如計器が激しいノイズを発し、船体が異常回転!「アイエッ!?」『ピガッ!?』制御不能に陥ったリアベ号は、シータの大地めがけて真っ逆さまに落下を始めた!『ピガーッ! ドウニカ、シロ!』「ARRRRGH!」

「やべえ!」リュウは愛機を急反転させた。『リアベ号に戻るぞ!』「アッハイ!」ハヤトは瞬時に察した。違法改造めいた船体構造上、彼らの機体は飛行中にしか再合体できないのだ。垂直降下コースを取った2機は、リアベ号を追い越してドッキングポジションへ。地表がみるみる眼前に迫る!

『ビビるなよ! ビビったら死ぬぞ!』「クソッ!」ハヤトは歯を食い縛った。かつて地球連盟の植民惑星では、若いエネルギーを持て余した宇宙暴走族が手製の宇宙高速艇ハンドメイド・スピーダーを駆り、地表めがけて急降下するチキン・ラン・ゲームに命を燃やしていたという。この状況こそまさにそれであろう!

 ガゴンプシュー……展開する係留アームのジョイントめがけて、リュウとハヤトは急減速をかけた。KRAAASH!「「グワーッ!」」ドッキングの衝撃が追突事故めいて二人を襲う。アームが閉じるや否や、「イヤーッ!」リュウは色付きの風となって垂直の船内を駆け、主操縦席に飛び込んだ。

 宇宙ニンジャアドレナリンによって引き延ばされた主観時間。その一瞬でリュウは計器類に目を走らせ、状況判断した。「イヤーッ!」宇宙ニンジャ敏捷性をタイプ速度に変え、UNIX航法システムをシャットダウン!「イヤーッ!」操縦桿を掴み、自動制御を失った船体を無理やりに持ち上げる!

 ZZZOOOOM! 地上に激突するコンマゼロゼロ数秒前、リアベ号はV字回復グラフめいた軌道で急上昇した。KABOOOM! 追撃するシュート・ガバナス1機は間に合わず、そのまま墜落して砕け散った。チキン・ラン敗者の末路だ。残る1機は爆炎を抜け、なおもリアベ号に食らいつく。ZZOOOM!

 中央船室のレーザー銃座で敵機に狙いをつけるハヤト。しかし完全マニュアル飛行の船体は激しく揺れ、照準がまるで定まらぬ。「クソッ、だったら……!」ハヤトはこめかみに指を当て、ニューロンを極限まで研ぎ澄ませた。己の裡に眠る謎めいた超感覚を呼び起こすために!

 無限に折り重なる未来のビジョンが情報の奔流となってニューロンに流れ込み、若き宇宙ニンジャの精神を苛む。「イ……イヤーッ!」ハヤトはそれに耐え、BRATATATA! 鼻血を流しながらレーザーを連射した。コンマ数秒先の敵機存在可能性めがけて! BRATATATA! BRATATATATA!

 KABOOM! 射線に吸い込まれるように、最後のガバナス機が爆発四散した。「踏ん張れテメェら!」リュウが叫んだ瞬間、地面に突っ込んだリアベ号は水切り石めいてバウンドしながら砂塵を巻き上げた。ZOOOM!「「グワーッ!」」ZOOOOM!「ARRRRGH!」『ピガーッ!』ZZOOOOM……!

 ……しばしの後。傾いたリアベ号の船内で、宇宙の男達が顔を突き合わせていた。「で? 故障個所は」リュウが尋ねた。トントはヤットコめいたマニピュレーターを掲げ、その先に摘んだネジの破片を見せた。『ウチュウ、ジャイロ、スコープノ、チョウセイ、ネジガ、バラ、バラ』

「エッ、それマズいよね?」とハヤト。「わかってンじゃねェか」リュウは親指を地面に向けた。「宇宙ジャイロがイカレちまったら、航法UNIXは一番近い重力源……つまりこのシータに激突するコースしか取れねえ。だからってマニュアル操縦だけでヨタヨタ宇宙に上がってみろ。たちまちガバナスの餌食だぜ」

『ネジノ、スペアハ、ナイゾ』「来るべき時が来たか」バルーが溜息をついた。謎の宇宙美女・ソフィアから授かったこのリアベ号を構成するパーツは、全てが数百年前の年式だった。ロストテクノロジーの塊。宇宙を飛ぶオーパーツ。レア部品枯渇のリスクは、いずれ必ず顕在化する運命にあったのだ。

「そうだ!」ハヤトの顔がパッと明るくなった。「シータの銅山コロニーにはメロス=サンの工房がある!」「メロス=サンだと?」バルーは目を剥いた。「やめとこうや。何もあんな奴に頼らんでも、職人なら他に……」「こんな高精度のネジを作れるのはメロス=サンしかいないよ!」

「そいつの腕、確かなんだろうな」「モチロン」ハヤトはリュウに請け合った。「ゲンニンジャ・クランは代々、地球との超光速ホットラインを管理してたんだ。予備の精密パーツが足りなくなるたびにDIYしてくれたのがメロス=サンさ」「ほほう」「待てよ相棒!」バルーが慌てる。

「あきらめな」リュウは笑って宇宙猿人の背中を叩いた。「荒野のド真ん中でヒモノになる前に、俺達ゃリアベ号を飛ばさなきゃならねェ。ツテがあるなら真っ先に当たるのが筋ってモンだ」「気が進まんなあ……GRRRR」バルーは唸った。「あのメロス=サンが所帯持ちだなんて、俺にゃ想像もつかんよ」

◆#2◆

 そして、時間は再び現在へ。

 丸太で組まれたゲートを潜り、リュウ、ハヤト、バルーの三人は銅山コロニーのメインストリートに足を踏み入れた。通りの両脇に立ち並ぶ木造建築は、旧世紀ウエスタン様式の忠実なレプリカだ。かつてこの地に降り立った移民団が、古き良き地球のフロンティアスピリットを町作りに反映させたのだという。

 宇宙クォーターホースに曳かれた幌馬車が砂煙をあげて行き交う。サルーンのテラスには、所在なげにたむろする鉱夫とガンマン。中年女性の一団が道端に固まり、チラチラとこちらに視線を投げる。彼らの表情は一様に暗く、周囲には重苦しい沈黙が立ち込めていた。

「デカい割にシケた町だぜ。どいつもこいつもオツヤ帰りみてえなツラしやがってよォ」リュウはしかめ面で腕組みした。「それより妙だと思わんか」バルーが辺りを見回して訝しむ。「真っ昼間の大通りに、子供の姿が一人も見当たらん。どういうこったい……」

 風に運ばれた紙片が、カサカサとハヤトの足元に絡みついた。「ン?」何気なく拾い上げたそれは、ガバナス政府発行の指名手配書だった。口髭を蓄えた屈強な男の人相書。その下に記された賞金額……5000ガバナスポンド! 生死を問わず!「バカな!」ハヤトは驚愕した。「メロス=サンが賞金首だなんて!」

 その時。ウーウーウーウー……空襲警報めいたサイレンが響き渡り、サルーンの男達が一斉に立ち上がった。「配給が来たぞ!」「急げ!」どやどやと駆け出す彼らの背後で、「待てお前ら!」サルーン店主がスイングドアから飛び出した。「俺に先を譲れ! 水無しじゃ店を開けられんのだぞ!」

「「ハァーッ、ハァーッ!」」「「ハァーッ、ハァーッ!」」スカートをあられもなく持ち上げてバタバタと駆ける中年女性の後に、幌馬車を乗り捨てた御者が続く。ポリタンク、一斗缶、寸胴鍋、マス・ボックスメジャー……およそ考えられる限りの液体容器を手に、人々はコロニーの中心部を目指していた。

 ウーウーウーウー……電子サイレン音の主は、コロニー中央広場に陣取る漆黒の給水タンク車だった。「見ろよ」物陰からバルーが指差すタンク側面には、ナムサン! ガバナス帝国の禍々しき紋章がペイントされている!「チッ……西部も連中の手に落ちたか」リュウの目が鋭さを増した。

 調教された家畜めいて列を成す人々の間を、一般兵・ニンジャトルーパーが巡回する。フルフェイスメンポと宇宙マシンガンが威圧的だ。「列を乱すな! 手元に市民IDを用意しろ!」角付きヘルムとマント姿の非宇宙ニンジャ下士官が叫んだ。「反抗的な者は市民スコアを減点するぞ!」

「マイナス1点で、ンー、そうだな……配給量を1ガバナスガロン削減だ!」「「「アイエッ……!」」」人々が身を震わせるさまに、下士官は満面の笑みを浮かべた。「ようし、本日の配給を開始せよ!」「ヨロコンデー」トルーパーが給水車のバルブを捻ると、軍用宇宙ヒシャクに清冽な水飛沫が……「ARRRGH!」

「オイ戻れ相棒!」「バルー=サン!」衝動的に飛び出したバルーの耳に、二人の声はもはや届かない。「WRAAAAGH! 水をくれーッ! こちとら昨日から一滴も口にしちゃいねえんだ!」空の革袋を振りかざす宇宙猿人の前に、トルーパーの一団が立ちはだかった。「止まれ!」「市民IDを提示せよ!」

「ンなモン知るか! いいから水をよこせガバナス野郎!」「市民IDを持たぬ者に受給資格はない!」先頭のトルーパーが叫び返した。「まず銅山で50日以上の労働実績を積み、然る後にC級市民権申請書を」「ARRRGH!」「グワーッ!」毛むくじゃらの鉄拳がフルフェイスメンポを粉砕! 昏倒!

「抵抗するな!」「市民スコアを下げるぞ!」宇宙マシンガンを構えて後ずさるトルーパー達。「いや待て」その一人が当惑した。「ID非所持者にはそもそもスコアデータがない」「それでは減点不可能だ」「どうする」自我希薄なトルーパーは、論理バグめいた状態で互いに顔を見合わせた。

「何をモメている! 不審者はさっさと逮捕せよ……ン?」割り込んだ下士官がバルーに目を留めた。屈強な五体を品定めするように睨め回す。「フーム……貴様、宇宙の流れ者だな。いい体格をしている。栄養状態も悪くない」「それがどうした! GRRRRR」「落ち着け、デーラ人」下士官は手を上げて制した。

「我々も判ってはいるのだ。帝国の植民地統治法には重大な瑕疵があるとな」訳知り顔で頷く下士官。「配給なしで50日の労働実績など到底不可能だ。ガバナス市民権への門戸が斯様に狭き門であってはならぬ……そこでだ」掌がくるりと上を向いた。「マージンを払え。私の権限で配給権を付与してやる」「何?」

「1日につき100……いや、50ガバナスポンドでいい。値引き分は銅山の労働ノルマに積み増しだ。ハゲミナサイヨ」下士官は恩着せがましく笑った。「帝国通貨がなければ、貴金属か宝石でも構わんぞ。流れ者ならその程度の持ち合わせは」「ARRRGH!」「グワーッ!」毛むくじゃらの鉄拳が下士官の鼻骨を粉砕!

「フザケルナ!」バルーは牙を剥いて吠えた。「水は命の源だ! それに法外な値段をつけ、あまつさえ支配の道具にするとは何事だ!」「グワーッ!」下士官は血塗れの顔を押さえてのたうち回った。「クソッ! その猿を殺せ! コロセー!」「「「アッハイ!」」」上官の命令で我に返るトルーパー達!

「バルー=サン!」ハヤトが飛び出しかけた時、ダカダッ、ダカダッ、ダカダッ……彼の宇宙ニンジャ聴力は近づいてくる蹄の音を捉えた。振り向いた先には、少年と共に白馬に跨る人相書の男!「あれは!?」「賞金首のお出ましか」リュウは片手をひさしにニヤリと笑った。「面白くなってきたぜェ」

「メロス=サンだ!」「アイエエエ指名手配犯!」銃口を向けるトルーパーの顔面に、SPANG! メロスは宇宙ヤギ胃袋の水筒を叩きつけた。「グワーッ!」昏倒!「さあ、ジャック」馬を降りて息子を抱き下ろすメロス。拳銃とカタナを腰に帯びた一挙手一投足には油断ならぬ殺気が漲り、周囲を威圧する。

「水を貰うぞ」「「「アイエッ……」」」竦み上がるトルーパーを横目にメロスはバルブを捻り、噴き出す水でバシャバシャと顔を洗った。ジャックが水筒を拾い上げ、頭を上げる父と入れ替わりに飛沫の下へかざす。「存分に汲め」メロスが微笑んだその時、BLAM! 赤い光弾が水筒を撃ち抜いた。

「メロス。貴様に与える水は一滴もない」黒ずくめの宇宙ガンマンが、レーザー拳銃をホルスターに収めた。「ランプか」男の胸に光る星形のバッジをメロスは冷たく一瞥した。「ガバナスの靴を舐めて得た地位がそれか」「何とでも言え。いまや俺はシェリフ、貴様は獲物めいて追われる賞金首というわけだ」

「いつまでも意地を張るな、メロス」ランプは肩を竦めた。「息子に水を与えたくば、ガバナスについて俺の下で働け」「お前達の奴隷になるなら死んだ方がマシだ」「タイタン長官も言っておられたぞ。貴様なら優遇するとな」「お断りだ。俺も息子も他人の支配は受けん!」「バカめ……ならば死ね!」

 二者の間の空気が陽炎めいて滲んだ。「決闘だ!」「メロスとランプの決闘が始まるぞーッ!」蜘蛛の子を散らすように逃げる町人には、しかし奇妙に場慣れしたアトモスフィアがあった。「アイエエエ狂犬めが!」「こちらへ!」ボタボタと鼻血を垂らす下士官にトルーパー達が肩を貸す。

 広場の真ん中で対峙する二人の宇宙ガンマンを、ハヤト達は固唾を呑んで見守った。「……」「……」太く吊り上がった眉の下でメロスの目が、カウボーイハットの鍔越しにランプの目が光る。ホルスターの上に構えられた両者の利き腕が微かに動く。獲物に飛び掛かる寸前の宇宙ガラガラヘビめいて。

 一秒が一時間にも思われる、殺気に満ちた沈黙の果て……BLAM!「グワーッ!」レーザー光弾がランプの手から拳銃を弾き飛ばした。流れるようなガンスピンで、メロスは愛銃をホルスターに収めた。「なぜ殺さん!」痺れる手首を掴みながらランプが叫ぶ。「そうやってまた俺をコケにするのか!」

「今更お前を殺して何になる」言い捨てて踵を返すメロスの行く手を、ならず者の一団が塞いだ。全員が宇宙ライフルや宇宙ショットガンで武装している。「本当にいいんですね、ランプの旦那ァ!」頭目らしき男が叫んだ。「構わん! 手筈通りに殺れ!」ランプが叫び返した。「賞金は貴様らにくれてやる!」

「ガッテンでさあ!」「ようやくお許しが出たぜ」「一斉に仕掛けるぞ。賞金は山分けだ」「ア? 一人で殺る自信がねえのかよ」「てめえはあンのかよ、メロス=サン相手によォ」「へッへへへ」下卑た会話を交わしながら、男達がじりじりと迫る。「……」メロスの目がカミソリめいて細まった。

 銃殺刑めいて横一列に得物を構えるならず者達。「「「くたばれ、メロス=サン!」」」だが彼らがトリガーに指をかけた瞬間、FIZZ! メロスの姿はその視界から消失した。「「「アイエッ!?」」」狼狽する彼らをよそに、ハヤトとリュウの宇宙ニンジャ動体視力はその行方を捕えていた。下だ!

 BLAM! 仰向けに倒れざま、メロスは頭目の心臓を一発で撃ち抜いた。「アバーッ!」「「アイエエエ!」」BLAMN! BLAMN! 恐慌状態で撃ちまくる男達の銃撃をゴロゴロと転がって躱し、レーザー拳銃をファニング連射! BLAMBLAMBLAMBLAM!「「「アババババーッ!」」」

 ならず者の死体がたちまち地面に折り重なった。「父さん!」「ウム」物陰から駆け寄るジャック少年に、メロスは手を差し伸べかけ……BLAM! 背中越しに撃った。「グワーッ!」最後の一人がライフルを取り落とし、バルコニーから墜落した。地面に激突した頭蓋が砕ける!「アバーッ!」

 ガタン! ブルルルル……エンジン音にメロスが目を向けると、ガバナス給水車がタイヤを空回りさせながら急発進しつつあった。運転席でハンドルを握るのは、恐怖に顔を引きつらせた鼻血下士官。「お待ちを!」「アイエエエ!」トルーパーがわらわらと側面にしがみつく。ランプの姿は既にない。

 給水車が去り、住民が戻り始める中、バルーは恐る恐る歩み出した。「アー……よう、メロス=サン」「バルー=サンか! 久しいな」メロスが破顔した。「こんな田舎に何の用だ。ケンカ相手なら間に合っているぞ」「こっちの台詞だぜ。GRRRR……」年を経て円熟した様子の旧友に、バルーは内心胸を撫で下ろした。

「ドーモ、はじめまして。リュウです」「ゲン・シンの息子、ハヤトです」「覚えているとも。立派に成長したものだ」メロスの分厚い手が若き宇宙ニンジャの両肩を叩いた。「ゲン・シン=サンは息災か」「いえ」ハヤトの顔が曇った。「ガバナスの侵略が始まったあの日、母や妹と一緒に……」

「そうか……惜しい男を亡くした」メロスは瞑目した。「それ以来、僕は仲間達と一緒にガバナスと戦っています。だけど宇宙船が故障して……修理用のネジを作ってもらいに来たんです」頭を下げるハヤトに、「それはできん」メロスはかぶりを振った。「せっかくだが、職人稼業はもう辞めたのだ」「エッ?」

「待ってくれ」バルーが食い下がる。「ハヤト=サンは未熟だが、真の宇宙の男だ。ひとつ手を貸してやっちゃくれんか。昔みたいに若い衆の面倒を見るつもりで……」「俺はもう二度と他人を助けん。他人の助けも求めん」メロスは表情を硬くした。「息子と共に、荒野に骨を埋めると決めたのだ!」

 重苦しい空気が流れた。「エット……僕のこと覚えてる? ジャック=サン」場を和らげようと差し出したハヤトの手を、ジャック少年は乱暴に振り払った。「西部の勇者は、死を分かち合う友としか握手はしないんだ!」メロスは息子を抱え上げ、馬の背に乗せた。「行くぞ。もうここに用はない」

「待ってくれ! せめて教えてくれ!」ハヤトが駆け寄った。「一体何があったんだ! 奥さんと二人の娘さんはどこへ……」「ヤメロ!」馬上のメロスは声を荒げて遮った。「今更何をしたところで、妻と娘は蘇りはしない!」「エッ……!?」ハヤトは言葉を失った。

 その時。「や……やい、メロス=サン!」空のバケツを手にした宇宙テンガロンハットの中年男が、白馬の前に立った。「アンタのせいでまた配給がお預けだ! うちの女房とババアを干からびさせるつもりか! 人でなし! バカ!」震え声で罵る男を、メロスが怒りの籠った目で見下ろす。

「連れてかれたガキ共も戻って来ねえ! この町はすっかりジゴクになっちまった! それもこれも、ア、アンタが大人しくガバナスに従わねえから」BLAMBLAM! メロスのレーザー拳銃が火を噴き、穴の開いたバケツとハットが地面に転がった。「アイエエエ……!」男はへたり込んで失禁した。

「この町をジゴクに変えたのは、お前達自身だ!」メロスは吠え、憤怒のままに手綱を打ち付けた。ダカダッ、ダカダッ、ダカダッ……! 親子を乗せた白馬がみるみる遠ざかってゆく。それを見送りながら、「メロス=サン……」ハヤトは呆然と呟いた。

「教えて下さい! メロス=サンの一家に起きた事を!」「頼む、話してくれ!」必死に呼びかけるハヤトとバルーの声から逃げるように、コロニーの住人がメインストリートを足早に行き交う。リュウは腕組みして建物の壁にもたれ、苦い顔でその様子を見ていた。(この町の連中、何をやらかしやがった)

「どけ!」「道を開けろ市民!」ニンジャトルーパーが掻き分けた群衆の間から、ランプの乗馬が現れた。「メロスの秘密を知ろうとするな、流れ者ども。さもなくば死ぬ事になるぞ」挑発的なランプの言葉に、ハヤトとバルーが気色ばむ。「どういう意味だ!」「ケンカなら買うぜ! WRAAAGH!」

「ン? 待てよ……貴様らは」ランプはふと思い当たり、彼らの顔を馬上からまじまじと見た。端正な顔立ちの青年、屈強なデーラ人、そしてジュー・ウェア風ジャケットの男……記憶の中の人相書が目の前の三人に重なる。「帰還するぞ、急げ!」ランプは慌ただしく馬首を巡らせ、駆け出した。

「アイエッ!?」「お待ちを!」取り残されたトルーパーが後を追う。「なんだありゃ」呟くリュウのジャケットの裾を何者かが引いた。怯えた顔の老主婦だ。「ア、アノ」「よう、おばさん。俺達になんか用かい」リュウはつとめて穏やかに答えた。「会わせたい人がございます……こちらへ」

 コロニー行政センター執務室。その壁一面を占めるホロスクリーンに、ニンジャアーミーのコーガー団長とイーガー副長が実物大で映し出されている。ZMZMZM……スクリーンの出力が上がり、二人はほとんど実体に等しい存在感で室内に立った。彼らの足元でドゲザするタイタン長官は本物だ。

『銅山の採掘量が目標値に程遠いのは、一体どういうわけだ』イーガーは威圧的にサイバネ義手の拳を握った。「私も遺憾に存じております」長官は顔を上げ、芝居じみた渋面を作った。「コロニーの住人は度し難き怠け者ばかり。私の辣腕をもってしても、これ以上の生産性向上は到底……」

『ダマラッシェー!』コーガーの怒声に漲るカラテは回線越しでも凄まじい。タイタンは辛うじて失禁を堪えた。『左様な言い訳が通用すると思うたか、無能者!』タイタンの喉元に3Dニンジャソードが突き付けられる。「アイエエエエ!」『ノルマ達成か素っ首差し出すか、貴様の道は二つに一つぞ!』

「お慈悲を! 今しばらくのご猶予を!」哀願むなしく、ZMZMZM……二人はスクリーン内へ戻っていった。通信終了。「なんたる事だ」暗転した壁の前でタイタン長官は座り込み、うなだれた。辺境コロニーの監督官として生涯甘い汁を吸い続けるキャリアプランは水泡に帰し、いまや生命の崖っぷちだ。

「長官!」バタム! 執務室のドアを乱暴に開けてランプが入室した。「皇帝直々の勅命手配書はどこです」「電送コピーが机の上にある。ワシゃそれどころではないわい!」頭を抱えるタイタンに構わず、ランプはデスクを引っ掻き回し、3枚のプリントアウトを掴み出した。「間違いない、こいつらだ!」

 ゲン・ハヤト、リュウ、バルー。ドットインパクトプリンタが出力した鉛筆画めいた人相書を覗き込み、タイタンは目を剝いた。「これは……第1級テロリスト『ベイン・オブ・ガバナス』の一味ではないか!」「そうです」ランプはニヤリと笑った。「その特大のキンボシが、今まさに俺達のシマをうろついてるんですよ」


◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆


◆#3◆

 小さな教会に案内されたハヤト達は、薄暗い礼拝堂の長卓を挟み、今や名ばかりのコロニー町長と会見していた。「コップ一杯の水と一切れのパンで、住民は奴隷のように働かされております。井戸は全てガバナスに管理され、水一滴とて自由にはなりませぬ」俯く町長の頭は心労で真っ白だ。

「近くに大きな川があった筈ですが」ハヤトは訝しんだ。「ガバナスの手で銅山の鉱毒が流されております」「クソッ! どこまで罰当たりな奴らだ」バルーが牙を剥き出す。「なのにどうして、メロス=サンはガバナスに立ち向かおうとしないんですか」「遺恨があるのです」町長は訥々と語り始めた。

「ガバナスがこの地に侵攻して来た時、町民を率いて最も勇敢に戦い、最後まで頑強に抵抗したつわものこそメロスその人でした。彼の妻子はこの教会に隠れ、人々も密かに水や食料を持ち寄り、陰ながらメロス一家を支援しておりました。しかし……」町長の顔に苦渋の色が浮かぶ。

「タイタン長官は町の子供達を捕え、その命と引き換えにメロスの妻子を売るよう、脅迫をかけてきましたんじゃ」「何ですって!?」ハヤトが叫んだ。「ガバナスに寝返ったならず者、ランプめの入れ知恵です」瞑目する町長の瞼の裏に、あの日の悲劇がありありと蘇った。

 表情を殺した町の男達が、メロスの妻と二人の娘を引っ立てる。(((アイエエエ!)))(放して!)(父さん! ジャック!)絶叫する彼女らを住民は遠巻きに見守るばかり。(よォく見ておけ腰抜けども!)レーザー拳銃を手に、ランプは群衆を睨み渡した。(これで貴様らも俺と同じ、ガバナスの犬だ!)

(((アイエエエエ!)))地面に投げ出された母娘が、よろめきながら廃線の上を駆けてゆく。(長官はガキ共をどうぞ。女は俺が)(ウム)ハンティングツアーガイドめいて囁くランプに頷きながら、タイタンは宇宙マシンガンを構えた。遠ざかる背中に二つの銃口が狙いを定め……BLAMBLAM! BRATATATATA!

(((ンアーッ!)))メロスの妻子はスローモーションめいてキリキリと旋回し、血飛沫を撒いて倒れ伏した……。「たまたまメロスに同行していたジャックだけが助かりました」回想を終えた町長が目をしばたたく。「しかしそれ以来メロスはすっかり人間不信に陥り、町を捨てて荒野暮らしを続けておるのです」

「そんな悲しい事が……」「オノレ、ガバナスの悪党ども!」ハヤトとバルーはそれぞれに悼み、憤った。「そのガバナスからコロニーを解放するには、ぜひともメロスの力が必要なのじゃ」町長が深々と頭を下げた。「ハヤト=サン! 貴方のお力で、彼の心の目を覚まさせてやってはくれまいか!」

「気に入らねェな」ハヤトより先に、腕組み姿勢で黙っていたリュウが口を開いた。「話を聞いてみりゃ、そもそもアンタらがメロス=サンを裏切ったのが悪いンだろうが。インガオホーだぜ」「そんな! ヒドイよリュウ=サン! 町の人だって好きでやった訳じゃ」「ンなこたァわかってら!」

「テメェみてえにホイホイ他人のケツを持ってたらなァ、命が幾つあっても足りやしねえンだよ!」「だからってほっとけないだろ!」「待て待て」言い争う二人をバルーが引き離した。「なあ町長さん。もしかして、メロス=サンの女房ってのは」「ハイ」町長は沈痛な面持ちで頷いた。「私の娘です」

「そして……一緒に殺された子供達は、私のカワイイ孫でした」上等な背広の肩が震える。「そうか。アンタそれで」得心するリュウの足元に、町長は身を投げ出すようにドゲザした。「このままでは死んだ娘達に顔向けできませぬ! どうか! どうかメロスとジャックをお救いくだされ! オネガイシマス!」

 ゴトンゴトン、ゴトンゴトン……マグロ目の鉱夫を満載したトロッコが列を成し、怪物の口めいて暗く開いた坑道に飲み込まれてゆく。労働者の安全を祈願すべく入口ゲートに飾られていた宇宙シメナワはガバナスの手で無造作に取り捨てられ、いまや見る影もなく路傍で朽ち果てつつあった。

 鉱山の休憩所だった木造小屋の屋根には「第539小国民教育センター」の金属カンバン。「お兄ちゃん!」「パパ!」窓の鉄格子を掴んで子供達が叫ぶ。「大丈夫か!」「パパはここに」「イヤーッ!」「グワーッ!」トロッコから身を乗り出す鉱夫らを、随行トルーパーが宇宙マシンガンの銃床で殴り倒した。

「労働者と生徒は会話禁止だ! 教育に悪い! イヤーッ!」「「グワーッ!」」「「「アアーン!」」」泣き叫ぶ子供達に、「辛抱しろ!」鉱夫の一人が鼻血を流しながら呼びかけた。「大人しく従っていれば、そのうちきっと帰れる!」「会話禁止! イヤーッ!」「グワーッ!」

「許さん! ARRRGH!」「待て!」茂みの陰から飛び出しかけたバルーの首根を掴み、リュウは宇宙ニンジャ筋力で引き戻した。「止めるな相棒!」「見ろよ」指差す先には、足音高く巡回するトルーパー小隊。「奴ら、ああやって睨みを利かせてやがンだ。妙な真似をしたら即座にガキ共をブッ殺すってな」

「まずは人質のガキ共を取り返さにゃ始まらねェ。戻って策を練ろうや」リュウは宥めるようにバルーの肩を叩いた。「GRRRR……わかったよ」バルーが不承不承頷く。「ハヤト=サンがメロス=サンを連れ帰るまでに、俺達が和睦のテーブルを整えておかんとな」「アー……ウン」リュウは歯切れ悪く答えた。

 荒野のどこかに隠れ住むメロスを探し出し、コロニー住民との和解を促す。そう意気込むハヤトを送り出しはしたものの、リュウにとってその案はプランBでしかない。彼の狙いは住民の一斉蜂起。子供達の解放はあくまでその下準備であり……「ン?」リュウは手をひさしにして、遠方に目をすがめた。

 近付いてくる兵員輸送車の助手席には、先刻の下士官が鼻ギプス姿で座っていた。停車と同時に小隊長が駆け寄り、下士官と二言三言会話を交わす。小隊長のハンドサインで巡回トルーパーがセンター内へ突入し、ほどなくして……「「「アイエエエ!」」」子供達が泣き叫びながら次々とまろび出た。

「モタモタするな小国民!」「泣く暇があったら歩け!」「「「アイエエエ……」」」トルーパーの罵声が飛ぶ中、宇宙マシンガンで追い立てられた子供達が輸送車のカーゴに押し込まれてゆく。屠殺場へ送られる家畜めいて。「……」「……」リュウとバルーは鋭い目を見交わし、走り出す輸送車の後を追った。

 コロニー郊外を流れる川辺に屈み込み、ジャック少年は水流にヒシャクを差し入れた。濁った汚染水を汲み上げ、砂、小石、活性炭を何重にも敷き詰めた水槽に注ぎ込む。濾過層に染み通り、静かに排水口から漏れ出した水流は、たったいま岩の間から湧き出したかのように清冽だった。

「この水が自由に飲めたら、町のみんなも助かるのになあ」グラスに汲んだ浄化水を太陽に透かしてひとりごちるジャック。その背後に何者かが立った。「父さん?」振り向いた先にはニンジャトルーパーを引き連れたランプの姿!「よう坊主。サバイバルごっこは楽しいか」「アイエエエ!」

(アイエエエ!)「ジャック!?」洞窟で昼食の支度をしていたメロスが、弾かれたように立ち上がった。引っくり返った鍋がもうもうと煙をあげる。「ジャック、どこだ! ジャーック!」駆けつけた川辺に人影は既になく、破壊された濾過装置の残骸だけが残されていた。「……!」メロスは拳を震わせた。

 川向こうの砂地にガバナス意匠の装飾柱群が円状に打ち込まれ、自らの存在を誇示するようにそびえ立つ。その中心、チャブめいた拷問台の上には……おお、ナムサン……意識を失ったジャックが上半身を裸に剥かれ、手足を放射状に拘束されていた。古代の八つ裂き刑めいて。

「アイエエエ……」朦朧と身悶える少年を冷たく見下ろすランプ。背後に控えるトルーパーは直立不動。「ジャーック!」怒りの形相で駆けてくるメロスの姿を認め、ランプは口元に残忍な笑みを浮かべた。「遅かったな。わざわざ目印まで用意してやったのに」背後の装飾柱を親指で示す。

「息子を返せ!」「俺の命令に従うならな」「断る! 俺はもう誰の指図も受けん!」「いつまで駄々をこねる気だ、クソが」ランプはジャックの喉元を指差した。濡れた革紐の首輪がきつく食い込んでいる。「ならば見ろ。ガキをこのまま日照りに放置する。革は肉を斬り、骨を砕くぞ」

「アイエエエ……!」乾いて縮む革紐がジャックの首を締め上げる。「ヤメロ―ッ!」BRATATATA! トルーパーの宇宙マシンガンが火を噴き、駆け寄るメロスの足元に土煙を立てた。「無駄な抵抗はよせ。それとも今すぐガキを始末してやろうか? ン?」ランプはジャックの頭にレーザー拳銃を押し当てた。

「殺るなら俺を殺れ! それがお前の望みだった筈だ!」「事情が変わったんだよ」ランプが手配書を放ってよこす。アスキーアート人相書を広げたメロスは目を剥いた。「バカな! ハヤト=サンが賞金首だと!?」「知らなかったのか。奴は『ベイン・オブ・ガバナス』の異名をとるテロリストの一員だ」

 ランプの目が細まった。「連中を殺せ。貴様が相手なら油断するだろう」「カネが目当てか」メロスが睨み返す。「そうとも、悪いか? 奴等の賞金額は貴様など比べものにならん。そのカネでタイタンから監督官の地位を買い取って、俺がコロニーの支配者になるのさ」

「シェリフのポストは貴様にくれてやる。家族を売ったクソ野郎どもを、思う存分いたぶってやるがいい」「黙れ!」叫ぶメロスに取り合わず、ランプは背を向けた。「ガキの命は保ってあと5時間だ。それまでに奴等の首を取って来い。急げよ」「ヌゥーッ……!」

 一方その頃。メロスとランプの遥か上空に停泊する宇宙帆船のコントロールルームでは、彼らのやり取りの一部始終がモニタに映し出されていた。ブロンドの宇宙美女が眉を顰め、細い指を電子ピアノめいたコンソールに走らせる。ポロンポロンポロン……切り替わった画面には、荒野を駆けるハヤトの姿があった。

「ハァーッ! ハァーッ!」灼熱の太陽の下で、ハヤトの宇宙ニンジャ持久力は急激に消耗しつつあった。走れども走れどもメロス親子の痕跡すら発見できず、いたずらに時間だけが過ぎてゆく……だがその時。崖の上に現れた屈強な人影に気付き、ハヤトは土煙をあげて急停止した。「メロス=サン!」

 笑顔で手を振るハヤトに応える事なく、メロスは無言で崖を滑り降り、彼の前に立った。「良かった! 探してたんだよ」「ネジ作りはやめたと言った筈だ」その表情は依然として険しい。「……頼みがあるんだ」ハヤトは意を決し、改まった口調で切り出した。「町の皆と仲直りして、ガバナスと戦って欲しい」

「……」「町長さんから事情は聞いたよ。でも、悲しみに閉じこもっていたって何の解決にもならないぜ」懸命に訴えるハヤトに、メロスはにべもなく答えた。「俺達の悲しみは俺達だけのものだ」「それは違うよ! だって……」「ハヤト=サン! 俺を説得するのはよせ。俺はもう誰も信用しない!」

「そして……故あって、俺はお前を斬らねばならん」メロスは腰のカタナを抜き、ハヤトに突き付けた。「勝負しろ!」「待ってくれ! 友となるべき者同士がなぜ戦わなければならないんだ!」「問答無用! イヤーッ!」裂帛のキアイで斬り下ろすメロス!「イヤーッ!」ハヤトはバック転回避!

 一瞬前までハヤトのいた空間をカタナが断ち割り、地面に転がる丸太が真っ二つに両断された。年輪!「同志に裏切られた者の苦しみ、お前に判ってたまるか! イヤーッ!」横薙ぎで襲い来る刃を、ハヤトは辛うじてシラハ・ドリで止めた。「違う! 悪いのはガバナスだ!」刀身を挟んで睨み合う二人!

「皆と力を合わせるんだ、もう一度!」「黙れ! イヤーッ!」メロスは膂力に任せ、ハヤトもろともカタナを跳ね上げた。「イヤーッ!」空中のハヤトは回転ジャンプで体勢を立て直し、宇宙タタミ10枚の距離に着地した。右手にはジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀……一瞬後、両者は互いの得物を構えて突進した!

「「イイイイヤアアアーーーッ!」」激突! 鍔迫り合いに押されながら、ハヤトは伸縮刀にカラテを注ぎ込んだ。チュイイイイン! スティック状の刀身が超振動の火花を散らす。だが刀身を削り折られるより遥かに速く、メロスの巨体がハヤトを圧し拉ぐ!「やらせはせん! イヤーッ!」「グワーッ!」

 その時。「ヌゥッ!?」突如メロスの身体が硬直した。「イヤーッ!……アレッ?」その機に乗じて反射的に逃れようとしたハヤトもまた、五体の自由が利かぬ事に気付いた。両者の周囲にはいつのまにか黄金のパーティクルが渦巻き、不可思議な力場となって二人を拘束していたのだ!

『おやめなさい』地上に投射されたブロンド宇宙美女のホロ映像が、神秘的な声を放つ。「何者だ!」「ソフィア=サンだよ!」叫ぶメロスにハヤトが答えた。上向きで固まった彼の視界は、覆い被さるメロスの肩越しに上空の宇宙帆船を捉えていた。「僕らは何度もそのひとに助けられたんだ!」

『ドーモ、はじめましてメロス=サン。ソフィアです』ホロ映像がオジギした。『貴方はハヤト=サンと協力して、まず息子を救う事を考えるのです』「エッ?」ハヤトは訝しんだ。「ジャック=サンに何かあったの?」『彼はガバナスの人質となっています。このままではあと数時間の命』「そんな!」

「ナンデ教えてくれなかったんだ!」「教えて何になる!」ハヤトとメロスは身動きならぬまま言い争った。「お前も所詮は他人だ! 俺を裏切った奴らと何も変わらん!」「フザケルナ!」ハヤトの双眸が怒りに燃えた。「僕だってガバナスに両親と妹を殺された! 同じ目に遭った町の人も、きっと沢山いる!」

「その苦しみを! 僕らは! 分かち合える筈なんだ!」ハヤトはありったけの宇宙ニンジャ筋力を伸縮刀に込めた。「イイイヤアアアーッ!」カタナが少しずつ押し返されるにつれ、パーティクルが激しく渦巻きながら明滅する。「ヌウウウ―ッ!」メロスの全身の筋肉がパンプアップ!

「イイイイヤアアアーッ!」「ヌウオオオオーッ!」ハヤトが叫び、メロスが吠える。せめぎ合う両者の力に耐え兼ね、KABOOM! 拘束パーティクルはついに爆発四散めいて飛び散り、消滅した。「「グワーッ!」」二人は反対方向に吹き飛ばされ、ゴロゴロと地を転がった。

 ……しばしの後、メロスはよろめきながら立ち上がった。十数メートルの向こうに、大の字に倒れたハヤトが荒い息をついている。ソフィアと宇宙帆船の姿は既になく、乾いた風だけが二人の間を吹き抜けていた。「……」メロスはカタナを拾い上げ、ゆっくりとハヤトに歩み寄った。

 ハヤトは倒れたまま、首だけを傾けてメロスを見上げた。長い沈黙が流れ……「やめだ」メロスは小さくかぶりを振り、カタナを収めて右手を差し出した。「ハヤト=サン。この勝負、俺が預かる」「エッ、なにそれ!?」ハヤトは思わず身を起こして吹き出した。「何がおかしい」「だって!」

「自分で言い出した勝負を自分で預かるなんて、ズルいよ!」「ム、そうか……すまん」生真面目に謝るメロスには、曰く言い難い生来の愛嬌が戻っていた。ハヤトは笑ってメロスの右手を掴み、立ち上がった。握った掌は分厚く、暖かい。「行こう、ジャック=サンを助けに」「ウム」二人は頷き合った。

◆#4◆

 ジャックが拘束された拷問台の周囲は、いまや騒然たる様相であった。

 横一列に植え替えられたガバナス様式の装飾柱に、教育センターの子供達が拘束されている。「ウッ……ウウッ」「グスン」「アイエエエ……」すすり泣く彼らの前にはニンジャトルーパー小隊が整列し、宇宙マシンガンの狙いをつけていた。ジャックは首をねじ向けて呻いた。「みんな……!」

 次々と到着する軍用トラック。その荷台に満載されていたコロニー住人が、トルーパーに追い立てられながら降車した。「オイ、あれを見ろ!」「ナンデうちの子が!」「どうなってる!」処刑場めいた光景に浮き足立つ群衆!「静まれ市民!」BRATATATA! 小隊長が空へ威嚇射撃!「「「アイエエエエ!」」」

「どけ、どけーッ!」「通してください!」人々を掻き分け、メロスとハヤトがその場にエントリーした。「これは何の真似だ、ランプ!」「保険だよ」タイタンの傍らに立つランプが振り返った。「貴様が命令に背いた時のな……そしたら案の定だ。まさか、殺せと命じた相手を連れてノコノコ戻って来るとは」

「貴様は昔からそうだ、メロス」ランプの声音に怒りが籠り始めた。「その場のノリで勝手放題したあげく、周りの俺達にケツを拭かせて気にも留めやしない。自分だけはいつまでもヤンチャが許されると思ってやがる! 町の大人どもに甘やかされて、図体だけデカくなったクソガキが貴様だ!」

「その貴様が所帯を持って、町長の義理の息子だと? フザケルナ!」自らの言葉に激高したランプは、血走った目で群衆を見回した。「聞け、クソ市民共! 極悪指名手配犯ゲン・ハヤトとメロスの身代わりに、貴様らのガキをこの場で処刑する!」「「「アイエエエエ!」」」泣き叫ぶ人々!

「助ける手段はただ一つ! 貴様らがこの場でメロスを殺すのだ!」ランプが片手を差し上げる。それを合図に、傍らのトルーパーがガラガラと地面に放り出したのは……ナムサン! ピッチフォーク、シャベル、大鎌、ハンマー……かつての反ガバナス抵抗運動において、住民が武器として用いた農具の数々!

「……」「……」人々は恐怖と憔悴の目を見交わし、そして……一人、また一人とそれらの得物を拾い上げ始めた。「卑怯だぞランプ=サン!」憤るハヤトを押しのけ、メロスはカタナに手をかけた。「かかって来い、ろくでなし共! 貴様らはそうやって俺の妻と娘を殺し、今度は俺を殺す気か!」

「すまねえ、メロス=サン」宇宙テンガロンハット男が、顔を歪めてピッチフォークを構えた。「ガキ共のために、シ、死んでくれ」「立派な墓を建ててやる。センコと供え物も欠かさん」「ナムアミダブツ……」後に続く人々が幽鬼の如くブツブツと呟く。「オノレ―ッ!」メロスが抜刀して吼えた、その時!

「お父さん!」

 血を吐くようなジャックの絶叫に、大人達は水を打ったように静まり返った。「町の人と戦うのはヤメテ! 僕はまた友達と遊びたいんだ!」少年の両目から涙が溢れた。「お父さんは西部の勇者だ! 悪い奴を倒して平和を取り戻すのが、勇者の使命じゃないか!」「ジャック……!」

「父ちゃん、母ちゃん! メロス=サンを殺さないで!」「お願い!」装飾柱に縛り付けられた子供達もまた、口々に訴え始めた。「メロス=サンは僕達の英雄なんだ!」「メロス=サンを殺したら、僕らは一生パパとママを許さないぞ!」「そうよ、許さない!」「「「許さないぞーッ!」」」

「お父さん!」喉も裂けよとジャックは叫んだ。「僕は死んでもいい! 町の人達と力を合わせて、ガバナスをやっつけてくれーッ!」「オネガイシマス!」「戦って!」「ガンバレーッ!」子供達が叫ぶ中、立ち尽くすメロスの肩をハヤトが掴んだ。「あの声を聞いてくれ、メロス=サン!」

「子供達ですら本当の敵を知ってるじゃないか! 一度は僕を斬ろうとした今のメロス=サンならわかる筈だ。悪の力であんたを裏切らざるを得なかった、町の人達の辛さが!」「その通りじゃ!」町長が息を切らせて駆け込んだ。「悲しみはお前一人だけのものではない! わかってくれ、メロス!」ドゲザ!

「何だ、この茶番は」タイタンが鼻白んだ。「市民とメロス=サンが殺し合うさまを見物できると言うから、私はわざわざ出張って来たのだぞ」「申し訳ありません。奴等の惰弱さを過小評価していました……ですが、まだ手はあります」ランプは小隊長に号令した。「見せしめだ! 直ちにガキ共を処刑しろ!」

「待て!」歩み出るハヤト。「お前達の狙いは僕だろう! 僕の命と引き換えに、子供達を助けてやってくれ!」「よかろう」期待通りの反応にランプはほくそ笑んだ。「武器を捨ててこっちへ来い、賞金首」「……わかった」ハヤトはグリップ状に縮めた伸縮刀を懐から取り出し、足元に投げ捨てた。

「メロス=サン……あの子達なら、きっと立派な戦士になるだろう。僕はそれを信じる」ハヤトはゆっくりと歩き始めた。刑場に向かう死刑囚めいて。「町の人達と仲直りして、ガバナスと戦ってくれ。頼むぞ」「ハヤト=サン、俺は……!」メロスは言葉に詰まった。

「そうだ……それともう一つ」ハヤトは足を止めて振り返った。「この町が平和を取り戻したら、僕の代わりにリアベ号に乗って欲しいんだ。ジャック=サンと二人で」ハヤトの微笑みは、既にアノヨの住人めいて透徹していた。「ソフィア=サンがくれたスゴイ船なんだ。戦闘機もついてる。きっと気に入るよ」「……!」

「お父さん!」「メロス=サン!」「パパ、ママ!」ジャックと子供達が口々に叫ぶ。「みんなで一緒に戦って!」「僕らの事は構わなくていい!」懸命に訴える彼らの声は、いつしか一つのシュプレヒコールへと収束していった。「「「メーロース! メーロース! メーロース! メーロース!」」」

「「「メーロース! メーロース! メーロース! メーロース!」」」固く結ばれたメロスの唇がわなわなと震え出した。「「「メーロース! メーロース! メーロース! メーロース!」」」遠ざかるハヤトの背中が滲む。日に灼けたメロスの頬に、熱い涙が滂沱と流れた。そして……!

「待て、ハヤト=サン! 死ぬのは俺だァーッ!」

 メロスが絶叫した瞬間、「イヤーッ!」何者かの投擲した宇宙スリケンが銃殺トルーパー達の手首に次々と突き立った。「「「グワーッ!」」」地面に落ちる宇宙マシンガン! 彼らの頭上を高々と飛び越え、「イヤーッ!」真紅装束の宇宙ニンジャが力強い回転ジャンプエントリーを果たす!

「銀河の果てからやって来た、正義の味方。ドーモ、ナガレボシです!」「ナガレボシ=サン!」伸縮刀を拾い上げてハヤトが叫んだ。「もう来ないかと思ったよ!」「ナメんな」宇宙ゴーグルに素顔を隠したリュウは片頬で笑った。「テメェごときに俺のアンブッシュを気取られてたまるか!」

「反ガバナス宇宙ニンジャテロリストだ! 殺せ! コロセーッ!」タイタンがヒステリックに叫んだ。「「「ヨロコンデー!」」」殺到するトルーパー小隊に、BLAMBLAM! メロスがレーザー拳銃を連射!「お前達の好きにはさせん!」BLAMBLAMBLAM!「「「グワーッ!」」」バタバタと倒れるトルーパー!

「メロス!」ランプが構えた拳銃の射線を、KILLIN! 飛び来たる投げナイフが弾き逸らした。「WRAHAHAHA!」岩の上で飛び跳ねるバルーのハチマキには、弾帯めいて予備のナイフが並ぶ。「もう一発どうだシェリフ野郎! それとも俺のヒサツ・ワザを食らうかよ!」「クソが!」ランプの顔が怒りに歪んだ。

 その機を逃さず、「「イヤーッ!」」ハヤトとメロスは残る小隊トルーパーに襲いかかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」軍用ニンジャソードをシラハドリで捕え、捻り倒してキドニーに拳を叩き込むハヤト!「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」縦横にカタナを振るい、手足を斬り飛ばすメロス!

「イヤーッ!」ナガレボシは伸縮刀を手に色付きの風と化し、ジャックと子供達の間を駆け抜けた。たちまち斬り払われる拘束ロープ!「逃げろテメェら!」「「「ハイ!」」」子供達は一斉に走り出した。男子の幾人かがジャックに肩を貸して立ち上がる。「ア、アリガト……」「水臭いぞジャック!」「急げ!」

「小国民が敵前逃亡! ただちに処刑を……グワーッ!」トルーパーの胸からピッチフォークの先端が突き出した。「ガキ共に、テ、手を出すな!」脂汗を流しながらフォークを捩り込む宇宙テンガロンハット男!「何をするか市民! イヤーッ!」その背中を別トルーパーが斬りつける!「アバーッ!」

「お父さん!」「お母さァーん!」駆け寄った子供達をそれぞれの親が抱き止める。入れ替わりに飛び出した鉱夫が、三流ガンマンが、サルーン店主が、その他諸々の血気盛んな者達が……ヤバレカバレの覚悟を決めて、ニンジャトルーパーの一団に雪崩を打った!「「「ザッケンナコラーッ!」」」暴動!

「鎮圧! イヤーッ!」「「アバーッ!」」住民を斬殺するトルーパー。だが斬り捨てられるそばから新たな群衆が湧き出し、小隊を押し返し始める。「「グワーッ!」」「無駄な抵抗はやめろ! 市民スコアを下げアバーッ!?」叫ぶトルーパーのヘルメットを貫通し、大鎌の刃が脳天に突き立った。

「アンタらのナントカ点数はもう沢山なんだよ、畜生!」緑色の返り血に塗れた老婆が、宇宙ハンニャの形相で鎌をねじり込む。「アバババーッ!」圧政に抑えつけられた人々の怒りが極限状況下でついに閾値を超え、地下のマグマめいて噴出したのだ。「「「「「ウオオオオーッ!」」」」」吠える群衆!

「堪忍袋が爆発したぜ!」「俺達はメロス=サンにつく!」「どうせ死ぬならお前らも道連れだ!」「覚悟おし!」「「「グワーッ!」」」自我希薄なニンジャトルーパーは想定外の事態を前に思考停止に陥り、群衆に押し流されてゆく!「対処不能!」「指示を下さい!」「「「アイエエエエ!」」」

「散開せよ! 距離を取り各個射撃で……」「させるか! WRAAAGH!」号令する小隊長トルーパーを背後から担ぎ上げ、バルーは竜巻めいて身体を高速回転させた。「グワーッ!」跳び上がった竜巻は空中で上下反転して、小隊の只中に突っ込んだ!「サル・マワシ!」KRAAAASH!「「「アバババーッ!」」」

 猿人カラテのヒサツ・ワザが、ミキサーの如くトルーパーの四肢を撒き散らした。「チッ。ここらが潮時か」舌打ちして身を翻すランプの前に、「どこへ行くランプ=サン!」軍用サーベルを手にしたタイタンが立ちはだかった。「貴様には上官の私を守る義務がある。敵前逃亡は許さんぞ!」

「……」ほんの数瞬思考を巡らせ、ランプはレーザー拳銃を抜いた。「アイエッ!? 血迷ったか!」「状況判断だよ」狼狽するタイタンに、銃口で周囲の様子を示す。隊長を失ったトルーパー小隊は烏合の衆と化し、いまや全滅寸前だ。「噂のガバナス帝国がこの程度とはな。俺は降りる。アンタは好きにするがいい」

「バカな! 貴様、帝国への忠誠を何だと思って……」BLAM! タイタンの足元で光弾が土煙をあげた。「アイエエエ!」「アンタには随分世話になったが……それ以上グダグダ言うなら、殺すぜ?」「オノレ!」睨み合う二人の頭上を、「イヤーッ!」何者かの影が飛び越えた。

 白銀装束の宇宙ニンジャが華麗な回転ジャンプエントリーを果たす!「変幻自在に悪を討つ、平和の使者。ドーモ、マボロシです!」宇宙ゴーグルに素顔を隠したハヤトはヒロイックなアイサツを決めた。ハヤガワリ・プロトコルを順守した者の正体は99.99%秘匿される。

「タイタン! ランプ!」追いついたメロスがカタナを構えた。「今日こそは妻と娘の恨み、町の人々の恨みを晴らしてくれるぞ!」「ほざくな!」銃口を向けるランプの横合いから、「WRAAAGH!」宇宙ストーンアックスを振り上げたバルーが襲いかかる!「また貴様かクソ猿!」 BLAMBLAM!

「WRAAAGH!」ランプの放つ光弾を、バルーはストーンアックスの石刃で弾き返した。「今だ、メロス=サン!」ナガレボシが叫ぶ。しかしランプはタイタンの背後に身を隠しざま、BLAM! その心臓を撃ち抜いた。「アバーッ!」「悪いな長官殿! イヤーッ!」メロスめがけて蹴り飛ばす!

「イヤーッ!」SLASH! 行く手を塞ぐタイタンの死体をメロスが両断した時、ランプの姿は既に馬上にあった。「アバヨ!」急加速!「奴を追え、メロス=サン!」「あとは僕達に任せて!」「WRAAAGH!」ナガレボシ、マボロシ、バルーの三人が、群衆に加勢すべく踵を返した。「……すまん!」メロスは愛馬の元へ!

「ハァーッ、ハァーッ……!」黒馬を走らせるランプの左右を、コロニー外縁部のゴーストタウン化した風景が高速で流れ去る。極限状態で狭窄した視野の遥か先端、道の真ん中に屈強な人影が立っていた。それが何者か認識した瞬間、ランプは反射的に手綱を引き、棹立ちの馬から飛び降りた。「メロス、貴様……!」

「お前なら必ずここを通ると思った」メロスが言った。「くだらん悪事で町を追われるたび、お前はこの道から荒野へ逃れて、ほとぼりが冷めるまで姿をくらませていたな」「ガバナスが来るまでの話さ。奴らに取り入ったおかげで、町の鼻つまみ者がシェリフにまでなれた」ランプの目が細まる。

「ようやく運が向いてきたってのに、貴様らがトチ狂ったせいでこのザマだ!」ランプはメロスに指を突きつけた。「どいつもこいつもクソ野郎だ! 貴様も! コロニーの連中も! 町長も! 貴様のガキ共も!」「……」ランプの激昂が収まるまで、メロスは沈黙して待った。

 そして……「もっと早くこうするべきだったのだ、俺達は」メロスはレーザー拳銃からエネルギーマガジンを抜き出し、目の前に放った。銃身側面の残弾カウンターを示す。セグメントLEDの数字は本体チャージ分の「1」。「そうか」ランプが呟いた。「ようやく俺と殺し合う気になったか、メロスよ」

 ランプもまた己の銃を抜き、弾倉を捨てた。カウンターが同じく「1」を示す。「弾は互いに1発。10歩離れ、振り向いて撃つ」メロスが口にしたのは、この銀河宇宙にあまねく伝わる由緒正しき決闘プロトコルだ。頷くランプ。二人はホルスターに銃を収め、背中合わせに立った。

 1歩。2歩。3歩。ランプとメロスは決闘者の歩調で歩き始めた。ゴーストタウンの廃屋の屋根には、いつの間にか真紅と白銀の宇宙ニンジャが膝をつき、決闘の行方を見守っていた。タチアイニンめいて。4歩。5歩。6歩。離れゆく二人のガンマンの間を風が吹き抜け、宇宙タンブルウィードが転がる。7歩。

 8歩目を踏み出すと同時に「……ッ!」ランプは身を翻しざま銃に手を伸ばした。その瞬間、「ランプ!」メロスの叫びに彼の全身が凍り付いた。広い背中の左脇から覗く銃口は、既にランプの心臓に狙いをつけている。だが、振り向くことなくメロスは言った。「俺は撃たん」

「このままお前を撃てば、俺は一生後悔するだろう……そんなのは二度とごめんだ」メロスの口調は静かで、穏やかですらあった。「お前はどうだ、ランプ。8歩目で俺を撃って、お前は後悔しないのか。それでお前の中でカタが付くのか」「オ、俺は」ランプは嗄れ声で答えかけ、唾を呑んだ。

 長い沈黙の後、「……俺も同じだ」ランプはゆっくりとホルスターから手を引っ込め、前を向いた。メロスは小さく頷き、銃を収めた。9歩……10歩。歩みを終えた二人は互いに振り返り、決闘の作法に従い、20歩の距離を隔てて対峙した。「フゥーッ……」目を閉じたランプが、深く、長く、息を吐いた。

 再び目を開いたランプの表情からは、憎悪、怨嗟、執着、妬心……長年積み重なったそれらの感情が全て洗い流され、眼前の相手に対する純粋な殺意のみがあった。「そうだ」メロスが言った。「それでいい」二人の宇宙ガンマンは両足を肩幅に開いて立ち、両腕を軽く垂らし、全身の力を抜いた。

 殺気に満ちる空気の中、第15太陽グローラーは耐えがたい遅さでじりじりと天球を這った。最後の瞬間に向けてメロスとランプのニューロンが研ぎ澄まされるにつれ、彼らの視界からは周囲の風景が溶け去り、互いの双眸だけが大写しになっていった。

 いつしか二人の脳裏には、かつての同じ日、同じ時の光景が蘇っていた。ソーマト・リコールにも似て。

 花嫁の細い腰を掴んで頭上に掲げ、若きメロスは満面の笑みでクルクルと回った。悪友の一団が振る舞い酒を手に囃し立てる。分別ある大人は遠巻きに苦笑しながら、性根の優しい暴れ者の前途に幸あれかしと祈った。子供達は婚礼の意味もよく解らぬまま駆け回り、無邪気な歓声を振り撒いていた。

 悪友達にもみくちゃにされながら、メロスは一瞬だけランプを見やった。

 ランプはひとり宴を離れて立ち、建物が作る日陰の中で目を光らせ、輝くような花嫁の笑顔を網膜に焼き付けていた。これから先、未来永劫消えぬであろう怒りの炎の燃料とするために。そしていつの日か必ず、この光景を形作る全てをぶち壊し、ジゴクの底へと撒き散らすために。

 BBLAMMNN……!

 ほとんど一つの銃声がゴーストタウンに響き渡った。静寂が戻った時、メロスは引き金を引いた姿勢のまま身じろぎもせず、ザンシンめいて立っていた。弾が掠めた左肩から血が流れ、指先から滴る。メロスは視線を逸らすことなく、低く、宿敵の名を呼んだ。「ランプよ」

 ランプは最後に口元を僅かに歪め、笑おうとした。銃を取り落とすと同時に、彼の身体はゆっくりと前のめりに倒れ、土煙をあげた。撃ち抜かれた心臓から血潮が溢れ出し、地面に染み込んでゆく。そのさまをメロスはしばし無言で見つめていた。

 ……やがて銃を収めたメロスは、旧友の愛馬の轡を引いて歩き出した。そのまま己の白馬に跨り、コロニーへの帰路に就く。「ゴウランガ」遠ざかる偉丈夫の背中を見送りながら、ナガレボシは屋根の上でひとりごちた。地上では乾いた風が砂塵を巻き上げ、早くもランプの亡骸を薄く覆い始めていた。

 それから十日余り。町は急速にかつての賑わいを取り戻しつつあった。「隣町からの積荷だぜェ!」幌馬車の御者が呼ばわる声に、道端の中年女性が笑い合う。「ようやく市場が開くわ」「よかったわねェー」サルーンの男達はジョッキを掲げ、「「「イヤッハー!」」」もはや何度目かわからぬ祝杯をあげた。

 町外れの墓場では、子供達が新たな墓標群に手を合わせていた。「父ちゃん……」涙声で俯く宇宙テンガロンハットの少年。「アリガトゴザイマシタ!」「アリガトゴザイマシタ!」周囲の友達は彼を鼓舞するように声を張り上げ、墓標にオジギした。そのひとつは宇宙貨物船の外殻パネル製だった。

 メロスの工房には群衆が詰めかけ、宇宙旋盤に屈み込んだ彼の手元を凝視していた。既に工房は人々の手で隅々まで掃き清められ、念入りに磨き込まれた工作機械も新品同様だ。左肩に包帯を巻いたメロスは太い指を驚くべき繊細さで動かし、複雑極まりない形状のネジを削り出してゆく。

「フゥーッ……」メロスは額の汗を拭い、完成したネジをハヤトに手渡した。「試してみろ。うまくいったら何本かスペアを作る」「わかった」ハヤトは特殊精密ドライバーを握り、卓上に置かれた宇宙ジャイロにネジを組み込む作業に取り掛かった。「……」無言でその様子を見つめるジャック。

 作業を終え、ハヤトが顔を上げた。「ヨロシク、トント=サン」『ガッテン』リアベ号からジャイロを持参した万能ドロイド・トントは、既に自身を装置に直結していた。テストプログラム起動。ルルルルル……サイコロめいたメインフレームの中で四次元ホイールが回転を始める。一同は固唾を呑んで見守った。

 ルルルル。ルル。ルルルル……ピボッ。ホイールを停止させたトントは、球形の頭部を180度回転させた。サイバーサングラスめいた顔面LEDプレートに流れる文字列は……「SYSTEMALLGREEN」!『ナオッタ、ゾ』その場の全員が鬨の声をあげた。「「「「「ヤッターーー!」」」」」

「WRAAAAGH!」バルーは巨体をピョンピョンと飛び跳ねさせながら、周囲の誰彼構わず抱擁を交わした。「俺達の恩人だよ、アンタは」「お互い様だ」リュウとメロスが拳を合わせる。人々の間に次々と回されるグラスには、清らかさを取り戻した川の水が満たされていた。

 グラスを掲げて一同が叫んだ。「「「「「カンパーーーイ!」」」」」笑顔と喧騒の中、ハヤトのシャツの裾を何者かが引いた。振り向くと、ジャックが厳粛な表情で右手を差し出していた。「西部の勇者よ、和解の握手を」「……ヨロコンデ」ハヤトは微笑み、少年の手を強く握り返した。


【フォー・ア・フュー・スクリューズ・モア】終わり

マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第19話「起て! 荒野の勇者」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

ロケ地:本エピソードのエンドクレジットには「協力 奈良ドリームランド」の表記がある。ジェネリックディズニーランドめいた和製テーマパーク(今では廃墟として有名になってしまったが)の、西部開拓時代を模したエリアで撮影が行われたらしい。戦隊やライダーが映画村にタイムスリップするみたいに、おもしろロケ地ありきで毛色の違う話が突然POPした形だが、そういうの嫌いじゃないです。

楽曲の流用:特撮TVショウが別番組の劇伴を流用する行為は、1970年代においてはままある事だった。本エピソードでは「仮面ライダー」の挿入歌「悪魔のショッカー」インストバージョンがメロスの登場シーンに使用されている。なかなか大胆な選曲だが、エレキギターの歪んだ音色がマカロニ・ウエスタン・アトモスフィアと噛み合った結果、そこはかとなくモリコーネみを醸し出しており大変良い。

最後の決闘:めちゃくちゃクラシックな決闘スタイルは、映画版「宇宙からのメッセージ」でゼネラル・ガルダが戦った時のもの。ガバナス皇帝が提案してくるぐらいだから、この銀河宇宙ではメジャーなルールなのだろう。(メタ的な話をすると「大いなる西部(1958)」が元ネタなんじゃないかと思います。決闘の顛末も似てるし)
 なお、オリジナルのランプとタイタンはメロス達にまとめて斬り捨てられて速攻でカタが付いてしまい、最後に一対一で決闘するシーン自体が存在しません。まるごと捏造です。やりたかったので悔いはない!


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