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《分割版#5》ニンジャラクシー・ウォーズ【ストレンジ・アイデンティティ・オブ・ザ・ストレンジャーズ・エンペラー】

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【#4】←

◆#5◆

『コレカラ、ドウスル』「GRRR……俺に聞くなよ」

 バルーは火掻き棒で焚火をつついた。ハヤトがいずこかへ走り去ってから、何度も繰り返されたやりとりだ。口の端に咥えた宇宙葉巻から紫煙が立ち昇り、星空へ消えてゆく。

 どれほど時間が経過しただろう……やがて、紫煙とすれ違うように一筋の白いガス体が上空より降り来たり、バルーの背後の暗闇にわだかまった。彼らの死角を縫って地を這い、パイロットトルーパーのアンダーメンポ呼吸口に音もなく滑り込む。トルーパーの身体がびくりと痙攣した。

 ピボッ。トントがマニピュレータで頭上を指した。『アレハ、ナンダ』「ア?」バルーは目を眇めた。星空の中、せわしなく瞬く光点あり。赤、緑、赤、緑。「さあなァ……何かの信号か、合図か」「そう、合図さ」第三の声!「アイエッ!?」バルーは弾かれたように振り向いた。

「ナガレボシ=サンの処刑準備が整った合図だよ」拘束トルーパーがいつの間にか上半身を起こし、アンダーメンポ越しにこちらを見ていた。「処刑だと? どういう事だ!」バルーがトルーパーの胸倉を掴んだ瞬間、その全身からもうもうと白煙が噴き出した。「アイエッ!?」

 尻餅をついたバルーの眼前でトルーパーが立ち上がった。「フッフフフ」拘束ロープがブチブチと足元に散らばり、五体に纏わりつく煙が新たな装束を形成する。「ドーモ。ガバナスニンジャオフィサー・ケムリビトです」鈍色の宇宙ニンジャは慇懃にオジギした。

「ナ、ナ、何者だ貴様!」「だから今アイサツしただろう。宇宙猿人の低知能ぶりには辟易するな」オジギから頭を上げると同時に、チョンマゲめいた頭部ノズルからガスが噴出した。「AAARGH麻痺毒!」引っくり返ったバルーの巻き添えを食い、倒れたトントの頭部が地面に激突!『ピガーッ!』

「包囲せよ」「「「ヨロコンデー!」」」ケムリビトの命に応じ、岩陰から次々と現れるニンジャトルーパー。およそ一個分隊が円陣を組み、グルグルと二人を取り囲む。「GRRRR……貴様らの思い通りにはならんぞ!」バルーは無理矢理に立ち上がり、痺れる手で宇宙ストーンアックスを構えた。

「やめておきたまえ」ケムリビトはサイバー双眼鏡を投げ渡し、頭上の星空を指差した。「アイエッ⁉」双眼鏡を覗くバルーが叫んだ。電子拡大された宇宙空間を飛び回るシュート・ガバナス。獲物めいて漂うカプセルの中には……「ナガレボシ=サン!」

「この状況、君の頭脳でも理解できると思うがね」「GRRRR!」KRACK! バルーの手の中で双眼鏡が潰れた。「作戦は最終フェイズに入る。カカレ!」「「「ヨロコンデー!」」」ケムリビトの命令一下、無線起爆装置付き宇宙C4爆弾を手にしたニンジャトルーパー部隊がリアベ号のタラップを駆け登る!

「ヤメロクソ野郎ども!」『ユルサ、ナイゾ( \ / )』なす術なきバルーとトントをよそに、爆弾設置作業は着々と進んでいった。「コックピット設置完了!」「中央船室設置完了!」「エンジンルーム設置完了!」「格納庫設置完了!」「WRAAAGH! ヤメローッ!」『ピガーッ!』

「ハァーッ、ハァーッ!」星空よりなお暗い荒野をハヤトは駆け続けた。「リュウ=サン! どこだよリュウ=サン!」無駄と知りつつ叫ばずにいられない。「リュウ=サ……アイエッ⁉」突如視界が白く吹き飛んだ。ギャリギャリギャリ! 宇宙ブーツが急ブレーキめいて土煙をあげる。

「ハァーッ、ハァーッ……」急停止したハヤトは荒い息を鎮めつつ、降り注ぐ白光の源に手を翳した。静寂の中、眩い光子セイルの宇宙帆船が上空に停泊していた。その優美なフォルムは、地球連盟とガバナス帝国いずれの文明圏にも属さぬテクノロジーの産物であり……彼には馴染み深い存在だ。

 船底から地上へ、スポットライトめいて一筋の光が差した。その中に実体化した人影はストレートブロンドの宇宙美女。純白のドレスが逆光に透け、滑らかなプロポーションを浮かび上がらせる。「ドーモ、ハヤト=サン。ソフィアです」

「ド、ドーモ、ソフィア=サン! ゲン・ハヤトです!」ハヤトは食い気味にアイサツを返した。宇宙美女ソフィアは時間と空間を超越して出没し、リアベ号の乗組員に超自然的救済をもたらす守護女神めいた存在だ。「会えてよかった! いまリュウ=サンが大変で……」「リアベ号に危機が迫っています」

「エッ?」ハヤトは虚を突かれた。「貴方がリアベ号を離れてすぐ、ニンジャアーミー部隊が襲ってきたのです。彼らは今まさに船体の爆破準備を進めています」「何だって! じゃあバルー=サンとトント=サンは」「囚われの身です」「アーッ!」頭を抱える!「僕のせいだ! 僕が軽率に船を離れたから!」

「悔いる必要はありません。引き換えに貴方は奇襲の好機を得たのです」ソフィアはハヤトの足元に手を翳した。光のパーティクルが凝集して、四角く畳まれた白銀の衣装に変じた。ブレーサー、レガース、ベルト、頭巾、ゴーグル……まっさらな宇宙ニンジャ装束一式が次々と実体化してゆく。

「アイエエエ!」ハヤトは悲鳴をあげて飛び退いた。それはナガレボシの雄姿を胸に、仲間の目を盗んでコツコツと作り上げたDIY装束。いわば憧れの具現化だ。「ナンデ? ナンデこれをソフィア=サンが?」クローゼットに隠したコス・プレイ衣装を母親に発見されたかの如き羞恥心が彼を苛む。

「私は未来を見ます。あまり遠くまでは見えませんが」ソフィアは言った。「貴方はこの装束を纏い、ガバナスを退けてリアベ号を救うのです。すぐ先の未来で」「無理だよ!」火を噴くような顔でかぶりを振るハヤト。「ナガレボシ=サンに見られたら絶対笑われる!」

「彼は来ません」ソフィアは白い指で星空を指し示した。「エッ」見上げたハヤトの視界に飛び込む赤緑の点滅。ドクン! 心臓が強く打ち、彼の謎めいた超時空認知力が発現した。空間を跳躍した視覚が、軌道上の宇宙カプセル内に真紅の宇宙ニンジャの姿を見出す。「ナガレボシ=サン!」

「ガバナスの母艦に侵入して捕えられたのです」「ナンデ!? 母艦に行ったのはリュウ=サンの筈……」ハヤトの言葉が止まった。リュウがガバナスへ潜入してナガレボシが囚われた……過去のある時はナガレボシが姿を消し、直後にリュウが現れ……またある時は……記憶の断片が結びついてゆく。ハヤガワリ・プロトコルの隠蔽効果を凌ぐ強度で!

「まさか」「そうです」ソフィアは頷いた。「彼はリュウ=サンです」「そんな!」平時のハヤトなら躍り上がって喜んだであろう。憧れの宇宙ニンジャとセンセイが同一人物と知れたのだから。だが今、彼の全身は小刻みに震え始めていた。額に冷たい汗が流れる。

「彼は私が救出します。貴方はリアベ号を」「無理だってば!」ハヤトは再びかぶりを振った。「リュウ=サンもナガレボシ=サンも助けに来てくれないんだよ!」「貴方自身の可能性を信じるのです。さもなければ」ソフィアの声音が厳しさを帯びた。「リアベ号が再び飛び立つ時は来ないでしょう」

「そんな……」ニューロンに冷水を浴びせられた思いで、ハヤトは立ち尽くした。女神にも等しいソフィアの力をもってすれば、軌道上の窮地からをもリュウを救い得よう。だがその時、リアベ号が失われていたら……自分は生涯、彼と仲間達に顔向けできないだろう。

 気が付けば、ソフィアと帆船は消え失せていた。闇の中に取り残されたハヤトは拳を握り、震えを抑えつけた。「……やるんだ」歯を食い縛る。恐怖と不安と羞恥心を、もろともに嚙み砕かんとして。「やるんだ……僕が!」星々の輝きのもと、ハヤトは己の装束に手を伸ばし……掴んだ!

「爆破準備完了!」「ウム」上級トルーパーの報告にケムリビトは頷き、懐から取り出したリモコン起爆装置のアンテナを伸ばした。「ヤメロ! ヤメローッ!」『ピガーッ!』バルーとトントの叫びが空しく響く。「君達はそこで見届けるがいい。ベイン・オブ・ガバナスの最期をな」

「10、9、8、7」ケムリビトは淡々とカウントダウンを開始した。「6、5、4、3」爆破スイッチに指がかかる。「2、1」「WRAAAAGH!」『ピガガーッ!』その時!「イヤーッ!」どこからかヤジリ状の宇宙スリケンが飛び来たり、ケムリビトの手首に突き立った。「グワーッ!」リモコンが地に転がる。

「イイイイヤアアアアーーーーッ!」

 新たな宇宙ニンジャが流麗なる回転ジャンプエントリーを果たした。大岩の上に降り立つ姿を、その場の全員が仰ぎ見た。白銀の宇宙ニンジャ装束。両手両足にはブレーサーとレガース。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾とゴーグルに隠され、人相は判然としない。

「その姿は……ナガレボシ=サン!?」思わず口走るケムリビトに「違う!」白銀の宇宙ニンジャが叫んだ。「僕はナガレボシ=サンの右腕! つまりサイドキックだ!」カラテを構え、決断的アイサツを繰り出す!

「ドーモ、はじめまして! 今の僕はマボロシです!」

「マボロシ!?」「マボロシだと!?」「何者だ!?」「ナガレボシ=サンではないのか!?」どよめき立つニンジャトルーパー部隊!「ナガレボシ=サンに弟分? 初耳だぜ」バルーは目を丸くした。『デモ、ソックリ、ダ( Λ Λ )』トントの頭部UNIXランプが電子的興奮で激しく点滅する。

(ゲンは……まぼ、ろし……)亡父ゲン・シンの声が、マボロシの……ハヤトのニューロンに木霊した。(ゲン、は……みなもと……)

 それは家族が皆殺しにされたあの日、腕の中で死にゆく父が遺した言葉。デス・ハイクとも暗号ともつかぬ謎のフレーズ。真の意味は未だ謎の中だ。だが今、その言葉は天啓めいて、ハヤトに新たな宇宙ニンジャネームを名乗らしめたのである!

「イヤーッ!」マボロシは飛び降りざまに宇宙ニンジャ伸縮刀を振り下ろした。キュイイイイ……カラテを注ぎ込まれた刀身が超振動を放ち、トルーパーの一人を脳天から両断!「アバーッ!」マボロシは左右に割れた身体の間を走り抜け、「イヤーッ!」「イヤーッ!」ケムリビトと鍔迫り合う!

「「「ケムリビト=サン!」」」「バカめ! 私を助ける暇があったら起爆装置を回収しろ!」「アッハイ!」「「ヨロコンデー!」」リモコンめがけて殺到するトルーパー。「そうはいかねえ!」立ち塞がるバルーの全身を宇宙猿人アドレナリンが駆け巡り、麻痺毒を押し流す!

「AAAARGH!」バルーは先頭トルーパーの頭部を掴み、地面に叩き付けるや否や踏み砕いた。「アバーッ! サヨナラ!」爆発四散!『トントモ、ヤルゾ』POW! ドロイドの胸部から射出されたマイクロミサイルが放物線を描き、バルーの頭上を越えて着弾! KABOOOM!「「「グワーッ!」」」

「危ねえだろうがポンコツ!」クロスガードで爆風を防いだバルーが叫ぶ。『ツギモ、ウマク、ヨケロ』「オイ待て……」POW! KABOOOOM!「「「グワーッ!」」」緑色異星血肉の欠片が降り注ぐ中、「AAARGH畜生!」バルーは匍匐前進で起爆装置を掴んだ。「もういい! お前はコレ持って逃げろ!」投げ渡す!

『ガッテン』キュラキュラキュラ……トントは最短コースで予測落下地点へ車輪走行し、起爆装置を正確にヤットコアームでキャッチした。『アトハ、マカセタ』最大速度のままリアベ号へ。実際、内蔵ミサイルは今の2発でアウト・オブ・アモーだ。降りたままのタラップを駆け上がる。

「起爆装置回収!」「回収ーッ!」追いすがろうとするトルーパー達の襟首を掴み、「WRAAAGH!」バルーは宇宙猿人膂力にまかせて放り投げた。「「グワーッ!」」同僚達に激突したトルーパーは、宇宙ボウリングのピンめいてもろともに地面を転がった。「「「「「グワーッ!」」」」」

「シューッ……」マボロシと鍔迫り合うケムリビトのフルフェイスメンポから、排気めいて白煙が漏れた。チュイイイ……超振動の火花散る伸縮刀を少しずつ押し返し、一瞬の体勢の乱れにトラースキックを叩き込む。「イヤーッ!」「グワーッ!」くの字に吹き飛ぶマボロシは、連続バック転に繋いで距離を取った。

 宇宙ニンジャ装束に潜在能力を引き出されてもなお、ニンジャオフィサーとのイクサは互角とはいかぬ。「ドーモ、ケムリビトです。状況を理解しているのかね君は」ケムリビトがようやくにアイサツを返す。「軌道上のナガレボシ=サンを処刑しても構わないと?」

 ピボボボ、ピボボボ……リアベ号後部の格納庫から、電子音とともに円盤型のスペースクラフトが浮上した。トントのDIYスクラップの完成形である。「逃がさん! イヤーッ!」上級トルーパーが部下の肩を踏み台にして二段ジャンプ、球形のボディにしがみついた。

『ウットウ、シイナ( ─ ─ )』上昇しながら機体がぐるりと360度回転し、上級トルーパーはあえなく滑り落ちた。「アイエエエアバーッ!」墜落死! ルルルルル……スペースクラフトはエンジンの唸りを高め、星空の彼方へ飛び去ってゆく。

「なるほど」ケムリビトの声が一段低くなった。「船と引き換えに協力者を見捨てるか。さすが反乱テロリスト、血も涙もないな。感服したよ」フルフェイスメンポの耳元に手をやり、内蔵IRC通信機を操作する。「クノーイ=サン、応答せよ。ただちにナガレボシ=サンの処刑を……」

「させるか! イヤーッ!」マボロシは宇宙スリケンを投擲! KILLIN! ケムリビトがソードで斬り払う一瞬で距離を詰め、「イヤーッ!」手首ごとソードを斬り飛ばす!「グワーッ!」「バルー=サン! ここは僕に任せてリアベ号で……エット、ナガレボシ=サンを!」

「すまねえ、マボロシ=サンとやら!」片手拝みで駈け出すバルー。それを追うトルーパー達の背中に「イヤーッ! イヤーッ!」マボロシの宇宙スリケンが次々と突き立つ。「「「グワーッ!」」」「やめたまえ! イヤーッ!」ケムリビトのトビゲリを紙一重でスウェー回避!「イヤーッ!」

「虫が良すぎるとは思わんかね、君達」ケムリビトは緑の鮮血ほとばしるケジメ痕を突き出した。存在しない人差し指を突きつけるが如く。「この期に及んでナガレボシ=サンまで助け出そうとは……オット」上半身がぐらりと傾いた。「血が流れすぎたか。そろそろ乗り換えるとしよう」

 ケムリビトの身体が宇宙ジョルリめいてくずおれた。「エッ?」訝しむマボロシの目の前で、鈍色の宇宙ニンジャ装束が雲散霧消した。その下から現れたのはパイロットトルーパーのアンダースーツ死体。呼吸口から白いガス体が流れ出し、宇宙スネークめいた速度で足の間をすり抜ける。

「アイエッ!」マボロシは反射的に振り向いた。ガス体が背後の下級トルーパーの身体を這い登り、フルフェイスメンポの呼吸口からするりと侵入した。「アバッ! アババババーッ!」わななくトルーパーの全身に大気が凝り、鈍色の装束が形成されてゆく。

「ンンッフウーッ……」痙攣が収まった時……ナムサン! そこには新たなケムリビトが立っていた。「アイエエエ!?」叫ぶマボロシの鳩尾に「イヤーッ!」無慈悲なミドルキックが叩き込まれた。「グワーッ!」地に転がる背中を踏みつけるケムリビト。

「グワーッ!」「ンンー……この身体、下級トルーパーにしてはカラテを積んだ方だな」踵を抉り込みながら、ケムリビトは再びIRCコールを飛ばした。「モシモシ、クノーイ=サン」『何があったのケムリビト=サン? さっきの通信途絶は?』「気にするな。君は直ちにナガレボシ=サンの処刑を……」

 BRATATATA!「イヤーッ!」ケムリビトはリアベ号のレーザー機銃掃射を側転回避した。ゴンゴンゴン……上昇するコックピットにはバルーの姿。下級トルーパーの返り討ち撲殺死体をラグドールめいて吐き出しながら、タラップが閉じてゆく。マボロシは立ち上がって叫んだ。「行け、バルー=サン! ナガレボシ=サンを救え!」

『取り込み中のようね』「いいから処刑を急ぎたまえ。リアベ号がそちらに向かったぞ」『ハ? 話が違うじゃない。貴方まさかしくじったんじゃ』ブツン。通信を切り、ケムリビトはマボロシに向き直った。「これでナガレボシ=サンの死は確定した。君にも後を追わせてやろう、サイドキック君」

「死ぬもんか! 僕らの誰も、こんな所で死にやしない!」決死の思いで伸縮刀を構え直すマボロシ。「フン。格好だけのカラテ弱者がイキがるさまは見るに耐えんな」新たな身体でソードを抜き放つケムリビト。対峙する両者の遥か頭上に、緑色のビームが閃き始めた。

【#6へ続く】

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