ニンジャラクシー・ウォーズ【プリンセス・クエスト・アット・ザ・ミスティック・ニンジャ・タワー】
【承前】←
◆#1◆
「グワァァァーッ!」「WRAAAAGH! リュウーッ!」
ミツカゲビトにザイルを切られたリュウは、ゴースト山脈の大絶壁を真っ逆さまに落ちていった。宇宙猿人バルーの絶叫がたちまち遠ざかり、鋭い岩肌が幾度も身体を掠める。接触した瞬間ネギトロ必至。さりとてこのまま地面に激突すれば、五体はトーフめいて粉々に砕け散るであろう!
宇宙ニンジャアドレナリンが過剰分泌され、リュウの主観時間は泥めいて鈍化した。空中で身を捻って姿勢を制御。頭を上、足を下に。開いた両腕に力を籠め、宇宙ニンジャ動体視力を真下に凝らす。「イイイイイ……」突き出した岩塊が眼前を通り過ぎる瞬間、「イヤァァーッ!」リュウは渾身の力で十指を突き立てた!
ガグン! 両腕を引き抜かれそうな衝撃に宇宙ニンジャ筋力が抗う。リュウは束の間、五体がまだ落ち続けているかのような錯覚を覚えた。「フゥーッ」主観時間が元に戻る中、全身からどっと汗が噴き出す。「危ねェ危ねェ……いくら不死身のリュウ様でも、ここから落ちたンじゃ一巻の終わりよ」
岩塊をよじ登り、リュウは再びゴースト山脈の斜面に取り付いた。「ン? 何だこりゃァ」目の前に小さな石扉があった。古代戦士らしきレリーフの額には宝石が嵌め込まれ、パイロットランプめいて赤く瞬いている。そのレリーフがモンゴー王国の紋章であることを、リュウは知る由もない。
宝石に触れると、石扉は自動ドアめいてガリガリと開いた。「オーイ! 誰かいるか?」リュウは首を突っ込んで叫んだ。反応なし。点々と照明された通路に、己の声が木霊するだけだ。「ま、行かざァなるまい……アイエッ?」歩き始めるリュウの首筋に水滴が落ちた。「ンだよ、気持ち悪ィな」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「待って! 僕の話を聞いてくれよ!」モンゴー王国衛兵隊が繰り出す槍の刺突をスウェー回避しつつ、ハヤトは必死に訴えた。「耳を貸してはならん!」目を剥いて叫ぶ鉤鼻の男は宰相グモ。「もはや詮議の余地すらない程にこやつの罪状は明白ぞ! コロセー! コロセー!」
「クッ……!」後ずさるハヤトの背中が岩壁にぶつかった。この兵士達に罪はない。忠誠心ゆえ、奸臣のスカム命令を疑うすべを持たぬだけなのだ。だが……(モハヤコレマデ!)ハヤトは悲痛な表情で宇宙ニンジャ伸縮刀を構えた。果たして何人の命を奪わずに済ませられるだろうか。
その時。突如岩壁がぐるりと回転して、ハヤトの姿を掻き消した。入れ替わりに現れたのはジュー・ウェア姿の屈強な男。「「「アイエッ⁉」」」一瞬のフリーズ後、槍を構え直す兵士達。「マッタ、マッタ!」リュウは両手を突き出した。「何だテメェら、その物騒な獲物はよォ! しまえ、しまえ!」
通路の行き止まりに突き当たったリュウが、隠されたドンデンガエシ隔壁を偶然作動させたのだった。「いきなり現れおって、何者だ貴様!」戸惑う兵士達を掻き分け、グモが指を突き付けた。「ア? いきなりはお互い様じゃねェの? 何者だか知らねえオッサン」リュウはどこ吹く風だ。「ヌゥーッ……!」
「まァいいやな。俺ァ人を探してンのよ。こう、ヒョロっとした青臭ェ優男で……」身振り手振りで語るリュウの背後でドンデンガエシが逆回転し、「リュウ=サン!?」ハヤトが顔を出した。「アレッ? 何だテメェ、ここにいたのかよ!」「こっちのセリフだよ! よくこんな所まで」「迎えに行くッつったろ!」
肩を叩いて笑い合う宇宙ニンジャ達を唖然と見るグモのこめかみに、みるみる青筋が立った。「ええい、何をしておる! こ奴こそ王女誘拐の主犯に相違なし! コロセー!」「ほう」振り向くリュウの手には、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀が握られていた。「聞き捨てならねェな。ケンカなら買うぜ?」
「ソコマデ!」張り詰めるアトモスフィアを、威厳ある声が制した。歩み出たのは地底王国の老王カンとケン王子。「皆の者、槍を収めよ」「「「ハハーッ!」」」兵士達は一斉にドゲザした。「お言葉ですが陛下!」濡れ衣行為を阻止されたグモが駆け寄る。「王女誘拐犯に情状酌量の余地などありませぬ!」
「ヒミメ王女を拉致したのはガバナス帝国の手の者じゃ」カン王は言下に否定した。「彼奴ら、余の暗殺まで図りおったわ」「ハヤト=サンはそのガバナスと戦ってるんだ。姉上を攫うはずはない!」ケン王子が小さな胸を張る。「ハ……ハハッ」グモは苦虫顔を伏せて押し黙った。
「イイ事言うじゃねェか坊主。アンタの孫かい、爺さん」「リュウ=サン! 言葉に気を付けて」ハヤトが慌ててジュー・ウェアの裾を掴んだ。「地底王国の王様と王子様だよ!」「地底王国? へーェ、ここが」「ドーモ。モンゴー王国のカン王である」「ケン王子です!」老爺と少年がオジギした。
「ドーモ、リュウです。……なァ王様、ひとつ聞いてもいいかい」「だからもっと丁寧に!」「ちょっと黙ってろ」リュウはハヤトの手を振り払った。「坊主の攫われた姉上ってのは、王国のオヒメサマじゃねェか? 白いドレスで黒髪のよォ」「姉上を知ってるの?」ケン王子が息を吞んだ。
ゴウンゴウンゴウン……惑星ベルダの空を覆い隠すように、ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」の巨体が航行する。その中枢、薄暗いブリッジの最深部にヒミメ王女は立ち、凛とした視線で壁面の黄金ドクロレリーフを見上げていた。仄白い燐光を放つ妖精めいて。
「皇帝陛下! ベルダの地底王国より、ヒミメ王女をお連れ致しましてございます!」ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーがマントを翻してドゲザした。『ムッハハハハ! よくぞ参った』黄金ドクロは両眼をUNIX点滅させながら通信音声を放った。『ドーモ。ガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世である』
「……」「アイサツせよ、無礼な」コーガーの傍らに控える弟・イーガー副長が小声で叱責した。「無礼はそちらです」ヒミメ王女はぴしゃりと返した。「いやしくも星間国家の君主が、他国の王族に対して顔も見せずアイサツとは。恥を知りなさい」「なッ……言葉が過ぎるぞ娘!」
「そもそも私は拉致されてこの場にいるのです。それに対する謝罪も弁明もないのですか。ガバナス帝国とやらの品格が知れようというもの」「貴様ァ―ッ!」『控えよ。無粋であるぞ』ロクセイアの通信音声に打たれたように、イーガーはドゲザして失禁を堪えた。「ハ、ハハーッ……!」
『ヒミメ王女よ、オヌシが受け継いだ宇宙エメラルドの星はどこにある。ンン?』「無礼な質問に答える言葉はありません」「正直に言った方が身のためよ」ニンジャアーミー諜報部の女宇宙ニンジャ・クノーイが、王女の白い腕を掴んだ。『ムッハハハ! 気に入った』黄金ドクロの両眼がねっとりと明滅した。
『どうじゃ、余の側女にならぬか。全銀河宇宙の支配者の寵愛を受ける栄誉を、オヌシに与えてやろうぞ』「お言葉ですが」ヒミメ王女は黄金ドクロに皮肉な笑みを返した。「私の未来の伴侶は、白馬に乗ったスマートでハンサムな星の王子様と決めておりますの」
「お黙り小娘」クノーイのこめかみに青筋が立った。「畏れ多くも陛下に対して愚にもつかぬ妄想を……」『よいよい。もう下がってよい』通信音声から微かな苛立ちを感じ取り、「ハハァーッ!」コーガーは大仰な再ドゲザで場を収めた。ドクロの目から光が消えた。通信終了。
「王女を連行せよ、クノーイ=サン」コーガーは立ち上がった。「傷つけてはならぬぞ。宇宙エメラルドとの交換が成立するまでは貴重な人質だ」「ハッ」クノーイはヒミメ王女に顎をしゃくった。「ついて来なさい」「それが王族を案内する態度ですか」王女は一瞥すらしない。「このッ……!」
「クノーイ=サン!」コーガーの叱声に、クノーイは怒りに震える手刀を下ろした。「……シツレイ、致しました」オジギする女宇宙ニンジャのキリングオーラを間近で浴びてなお、ヒミメ王女は悠然と微笑んだ。「クルシュナイ」「ハッ。こちらへ」
「じゃじゃ馬めが」去り行く王女の背中に苦虫顔で吐き捨てるイーガー。「オヌシは地底王国へ通告せよ。王女の命が惜しくば降伏せよとな」コーガーが言った。「面白い。俺が直接出向いて、モグラどもの吠え面をとっくり拝んで来るぜ」「好きにせい」
◆#2◆
「何? ガバナス帝国の使者が余に目通りを」「ハッ。ニンジャアーミーの副長なる者が謁見を求めております」
モンゴー王国謁見の間、跪くグモの前でカン王が思案する。「いずれ正式な使者が来ると思うてはおったが……そも、彼奴らは如何にして王国の所在を」「ケン殿下のお遊びが過ぎたようでございますな」グモは嫌味たらしく言った。「ああも度々地上へ出られては、その隙を突いて宇宙ニンジャが潜入するのも無理からぬ事」
「何か知っておるような口ぶりだな」カン王は眉を顰めた。「ならば申せ。王子の落ち度であっても遠慮は無用じゃ」「あいや、お気になさらず!」政治的生存本能の命ずるまま、グモは即座にドゲザした。「単なる状況判断にございます。宇宙ニンジャの動向など、このグモめが知ろう筈もございませぬ!」
二人のやり取りを聞きながら、広間の片隅でハヤトが囁く。(イーガー=サンが来るってさ。捕まえよう、リュウ=サン)(やめとけ。ンな事したって王女は戻らねェ)(人質交換ができるぜ……痛ッ)(甘いな)リュウに頭を張られ、ハヤトは口を尖らせた。
(ニンジャアーミーはイーガー=サンを見殺しにしてオシマイさ。コーガー団長ってのはそういう奴よ。クソ野郎だが、ボンクラの弟とは格が違うぜ……オット)リュウはハヤトを促して柱の陰に隠れた。イーガー副長が護衛トルーパーを従えて現れ、謁見の間に足を踏み入れる。
「ドーモ。ガバナス帝国皇帝ロクセイア13世の使者、ニン・イーガーです」尊大なアイサツに、リュウが物陰で嘔吐の仕草をした。(カーッ! 見ろよあのツラ。タイガーの皮を被るジャッカルってのはこの事だぜ)「ドーモ。モンゴー王国のカン王です」老王は威厳をもって使者を迎えた。「話を聞こう」
「ヒミメ王女は我々の手中にあり。貴国が無条件降伏してガバナスの属領となるならば、彼女の生命は保証する」イーガーは胸をそびやかした。「降伏の証として、王国に伝わる宇宙エメラルドの星を献上してもらおう」カン王が口を開くより早く、たまりかねたケン王子が飛び出した。「卑怯者! 姉上を返せ!」
「殿下の仰る通りだ! 汚いやり口を恥じよ!」追従めいて叫ぶグモを、ニンジャアーミー副長の視線が射抜いた。「ヒッ」腰を抜かしかける鷲鼻の男にイーガーは鼻を鳴らした。(ミツカゲビトの報告にあった内通者か。こいつの肝がもう少し据わっていれば、王女もろともエメラルドを奪取できたものを)
「返答の期限は二日後の夕刻。第15太陽グローラーがゴースト山脈に沈む時」「よかろう」カン王は頷いた。「人の命は何より大事。良き御返事を待ちますぞ」踵を返すイーガーに、「「「オノレ!」」」衛兵たちは殺気を露わにした。護衛トルーパーがソードに手をかけ、アトモスフィアが張り詰める。
「堪えよ! 王女の命が懸っておるのだぞ!」忠義顔で制するグモの心中をソンタクし、「ハッ…」「ハハーッ……」衛兵はそれぞれに跪いて落涙した。柱の陰から姿を現したリュウが、イーガーの背中に中指を立てた。「人の命は何より大事ねェ……どの口が言いやがンだか」「許せないよ」ハヤトが拳を握る。
「で、宇宙エメラルドの星ってのは何だい」リュウはカン王に尋ねた。「歴代の王女が受け継いできた国宝、神秘の力を秘めたオーブじゃ。いずれ来たりし災厄よりベルダの全人民を救うと言い伝えられておる」「アノ、もしやこれが」ハヤトは懐から首飾りを取り出した。「王女が拉致された現場に落ちてたんです」
「おお」カン王が瞠目した。「それはまさしく、ヒミメが肌身離さず身に着けていた品」「あの皇帝が宝石なんぞをご所望とはねェ」卵大のオーブを覗き込み、リュウは首を傾げた。かつて彼が謁見したロクセイア13世は実体も定かならぬ宇宙的恐怖存在であり、世俗の宝に興味を示すようには見えなかったが……。
「王女は僕達が助け出します。必ず!」エメラルドの星を老王に手渡し、ハヤトは決断的に宣言した。「一緒に行ってくれるよね、リュウ=サン!」「あッたり前だ。お前だけにナイトを気取らせてたまるかよ」「ナイト?」ニヤニヤと脇腹を小突くリュウ。ハヤトは訝しんだ。「僕も行く!」ケン王子が意気込む。
「否! 同行するのはこのグモにございます」宰相が胸を張った。「引退の身とはいえ、ワシはモンゴー王国戦闘士随一の勇者でありますぞ!」「ウム。頼んだぞ」頷くカン王の表情には隠し切れぬ憂色があった。「あと二日……それまでに王女を救い出さねば」「ハハーッ!」グモはことさら大仰にドゲザした。
「秘密の探索行ゆえ手勢は無用! こ奴ら地上人どもを率いて、必ずや! 王女を連れ帰って御覧に入れましょうぞーッ!」ますます芝居がかるグモの口上に、二人の宇宙ニンジャはうんざりと顔を見合わせた。(オイ、何なんだこのオッサン)(最初からずっとこうさ)(……フーン)リュウは目を細めた。
「相棒ーッ!」『ハヤト、リュウ、ドコダ』「WRAAAAGH! 生きてたら返事してくれーッ!」
ゴースト山脈の麓、リュウが落下したとおぼしき地点を、バルーはあてどもなく彷徨っていた。キュラキュラキュラ……万能ドロイド・トントが車輪走行で付き従う。『フタリトモ、イナク、ナッタ。ドウシヨウ』サイバーサングラスめいた顔面LEDプレートに「TT」のアスキー文字が灯った。
「もっと本気で探せ、このクズ鉄!」『イッショニ、イナガラ、タスケラレ、ナカッタ。クズハ、オマエダ( \ / )』「やかましい!」バルーは宇宙ストーンアックスを逆ギレめいて振りかざした。「この場でスクラップにされたいか!」『ウワーッ! ホントニ、オコッタ』「WRAAAGH!」
その時。「オーイ相棒!」「タダイマ!」霧の向こう、岩山から駆け降りる二つの人影あり。「リュウ! ハヤト=サン! 無事だったか!」バルーが叫んだ。「この通り、ユーレイじゃねェよ」リュウは逞しい腕で、自らの脚をバルーに叩いてみせた。『バンザイ、バンザイ』トントがマニピュレータを天に突き上げる。
「だが喜ぶのは早ェぞ」リュウが言った。「ゴースト山脈の向こうで、俺達ゃオヒメサマ救出クエストを授かって来たんだ。責任重大だぜ」「この人がクエストの仲間さ」ハヤトは振り向き、背後の大岩に腰掛ける鷲鼻の男を指差した。「ドーモ。モンゴー地底王国宰相にして最強の勇者、グモじゃ」
「ほほう」バルーは宰相の顔をまじまじと見た。「人相は悪いが、まァ勇者なら歓迎するわさ」握手を求める毛むくじゃらの手を、「馴れ馴れしいぞ、デーラ人!」グモはしかめ面で払いのけた。「オヌシらは王女救出部隊としてワシの指揮下に入るのだ!」「何だと? GRRRR!」
「グズグズしている暇はない、行くぞ!」牙を剥くバルーを意に介さず、グモはふんぞり返って歩き出した。「これよりワシの命令には絶対服従! ハゲミナサイヨ!」「……オイ相棒。何なんだアイツは」バルーがリュウに囁く。「ありゃどう見ても真の男じゃねえ。ただの威張りくさった腰抜けだ」
「人間色々さ。大人しく従っとこうや。今はな」リュウは目くばせしてバルーの肩を叩き、「オーイ、オッサン!」グモに駆け寄った。「一旦俺達の船に寄ってこうや!」「ワシに命令するでない!」「意見具申だよ宰相殿。なンせ重大任務だ、準備は大事だぜ」「フム、一理あるが」「だろ?……」
二人に続いて去ってゆくバルー、ハヤト、車輪走行のトント。周囲に静寂が戻り……程なくして岩陰から姿を見せたのは、青と白で左右分割された異相の男であった。ガバナスニンジャオフィサー・ミツカゲビトだ。「見たか。ホシカゲビト、ツキカゲビト」「「ウム」」頭部の左右に貼り付いた二つの顔が目を開く。
「リュウ=サンは連中のリーダー格」「生きていたとなれば少々面倒だぞ」「案ずるな」中央の顔、ヒカゲビトはニヤリと笑った。「あの宰相が我等と通じている以上、彼奴らのクエストは必ず失敗する。二日後、カン王はなす術もなくエメラルドの星を差し出し、新王グモ率いる傀儡政権が誕生する筋書きよ」
「何だこの船は!」陽光を鈍く反射する無骨な船体に、グモは目を剥いた。「俺達の守り神さ」リュウが笑って胸を張る。ベイン・オブ・ガバナスの異名で帝国に恐れられる戦闘宇宙船リアベ号は、二機の小型宇宙戦闘機と自在に分離合体可能であり……「アッ!」ハヤトが素っ頓狂な叫びをあげて船体を指さした。
「見て! ゴースト山脈の向こうに不時着してそのまま置いて来た筈の僕の戦闘機が!」何事もなかったかの如く係留アームに接続されたハヤト機に、リュウは目を眇めた。「ナルホド。こいつァ不思議だ」機体の周囲に黄金色のパーティクルが漂っている。「こんな芸当ができるのは、銀河宇宙広しといえども……」
「ビンゴだぜ相棒。ソフィア=サンだ」バルーが手をひさしにして、青空の向こうに去り行く白銀の宇宙帆船を見やった。超常の力でリアベ号の一行にしばしば救いの手を差し伸べる宇宙美女・ソフィアの乗船である。「アリガトゴザイマス」ハヤトは小さくなる船影にオジギした。
「説明せよ! ワシには何が何やら」「ンなこたァ後だ後」わめき立てるグモに、リュウはひらひらと手を振った。「それより腹が減っちまったぜ」「バルーも同感だわい。どれ、メシの支度をするか」二人が頷き合う。「バカな! 王女を放っておくのか! 時間がないのだぞ!」
「GRRR……まあ落ち着け。空きっ腹でイクサすれば必ず負けるというぞ」「地上のコトワザだ。覚えときなオッサン」青筋立てる宰相に取り合わず、バルーとリュウはてんでに歩み去った。「ヌゥーッ!」グモは地団太を踏み、二人の背中を睨みつけた。「あとで吠え面かくがいいわ!」
『シュッパツ、ジュンビ、デキテル、ゾ』「おう、ご苦労さん」リアベ号のコックピットに入ったリュウは、ドロイドの頭部を軽く叩いた。「またちょいと留守にするからな。船を頼むぜ」「エッ?」計器をチェックする手を止め、ハヤトが訝しむ。「リアベ号で惑星アナリスの皇帝宮殿に行くんじゃないの?」
「お前でも思いつくような場所に大事な人質を置くモンかよ。そもそもベルダの外じゃ交渉に都合が悪ィだろうが」「じゃあ、奴らの母艦はどう?」「一旦は連れてって皇帝に目通りさせるかもだがな」リュウは悪戯っぽく笑い、自身を親指で示した。「ナガレボシ=サンの侵入を許したザル船だぜ?」
「だったら一体、ヒミメ王女はどこにいるのさ」「ア? 知らねェ」「そんな!」食ってかかるハヤトに、リュウは意味ありげな笑いを返した。「そうカッカしなさンな。あのオッサンと一緒にいりゃ、そのうちどうにかなるだろうよ」「ナンデ?」「なんでもだ」
「いいから晩メシにしようぜ」タラップを降りるリュウ。「こちとら山登りでハラペコなんだよ。地底王国で美味いモン食ってたお前と違ってな」「ちょっと、リュウ=サン!」広い背中にハヤトは空しく呼びかけ……「チェッ」膨れっ面で計器チェックを再開した。ピボッ。トントが無言で頭部を回転させた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
鎖付きトゲ鉄球の振り子運動。ニードルブレードを突き出して回転する木人。火渡り修行めいて床から吹き出す炎。タタミ百畳近いフロアにひしめく致命的ギミックをギリギリのムーブで躱しつつ、「「「イヤーッ!」」」ニンジャトルーパー達は一斉にクナイ・ダートを投擲した。カカカカカ。人型ターゲットボードに次々と突き立つ。
「まあ!」トルーパーの修行風景に、ヒミメ王女は目を丸くした。ここはガバナス帝国の軍事施設、ニンジャタワーのドージョー・フロアである。「あの者たちは何をしているのですか、クノーイ=サン?」王族としての政治的アティチュードから解放された彼女は、年相応の無邪気な振る舞いを取り戻していた。
「カラテを鍛えているのよ。次のイクサに備えてね」女宇宙ニンジャがそっけなく答える。「面白いものですね」宇宙ニンジャならぬ彼女の目に映るトルーパーの動きは、コマ落としめいてコミカルですらあった。「面白い? 王侯貴族の見世物と一緒にしないで」クノーイは足音高く階段を登った。「おいで、早く!」
階上へ去る二人と入れ替わりにミツカゲビトが現れた。「者共! 今宵は貴様らに一働きしてもらうぞ!」「「「ハイ!」」」号令一下、フロアの全トルーパーがコマ落とし整列!「反逆者一味をイチモ・ダジンにして、ガバナスの歴史に残るキンボシをあげるのだ!」「「「ヨロコンデー!」」」
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆#3◆
時はウシミツ・アワー。チロチロと燃える焚き火の周囲で、リュウ、ハヤト、バルー、グモの四人は思い思いの姿勢で横たわっていた。夕食を終えたリュウはハヤトと何事か話したのち、出立時刻を仮眠後の夜明け前と宣言したのだ。意外にもグモが異を唱えることはなかった。
リュウとハヤトが寝返りを打ち、宇宙寝袋に潜り込む。「WRAAAGH!」突如バルーが身を起こし、「何が勇者だクソ野郎め!……ウーン」バタリと倒れて高鼾を再開した。ひとりグモだけが仰臥したままギョロリと目を見開き、周囲の様子を伺っていた。やがて音もなく寝床を抜け出し、歩き出す。
十分に距離を置き、グモはノロシ発炎筒の眩い炎をグルグルと回した。合図に応えて岩山の中腹に姿を現すニンジャトルーパーの一団。「猿は生かしておけ」「「「ハッ」」」ミツカゲビトの命令でトルーパー達は斜面を駆け降り、「「「イヤーッ!」」」二つの寝袋にソードを突き立てた! ナムアミダブツ!
「起きろデーラ人!」「アイエッ!?」脇腹を蹴られたバルーが跳ね起き、寝ぼけ眼で周囲を見回した。「GRRR……まだ真っ暗じゃねえか。もう少し寝かせろよ」「よく見ろバカめ」半月刀めいたカタナの刀身で、グモはバルーの頬をピタピタと叩いた。「オヌシの仲間は既に殺されておるぞ!」「何ッ?」
だが次の瞬間「宰相! これはどういう事だ!」ミツカゲビトがもぬけの殻の宇宙寝袋を蹴飛ばした。グモの笑いが強張る。「し、知らん! ワシはただオヌシらの指示通りに」「何だとテメェ!」バルーはグモの胸倉を掴んだ。「俺達をガバナスに売ったのか!」「アイエエエ!」
ZZOOOOMM!「「「「「グワーッ!」」」」」突如熱風が吹き荒れ、地上の全員を薙ぎ倒した。垂直上昇するリアベ号のイオン・エンジン噴射だ。ゴンゴンゴンゴン……航法UNIXを直結操作しつつ、トントがコックピットでひとり頭部を回転させる。『イマニ、ミテイロ。オドロク、ゾ』
「オノレ宇宙ニンジャ共!」周囲へのアピールめいてグモが叫んだ。「よもや仲間を見捨てて逃亡するとは! 勇者たるワシが予想できぬのも無理はない!」「GRRRR……敵に魂を売ったクソ野郎が何を抜かす!」「黙れデーラ人!」バルーの鼻先に指を突きつける。「オヌシを生かすも殺すも、いまやワシの胸ひとつぞ!」
「もういい! 捕虜をニンジャタワーに連行せよ」歩き出すミツカゲビトにグモが追いすがった。幇間めいたその姿を、側面の顔がじろりと睨む。「貴殿のおかげで手間が増えたぞ」「相済まぬ、ミツカゲビト=サン。ところでニンジャタワーとは何じゃ」「我らアーミーの拠点だ。そこであの猿めを尋問する」
「して、ヒミメ王女は」「タワー上層に幽閉してある。逃げ出す事も、他の者が近づく事もできぬわ」「それで安心致した」「手前勝手なことだ」ミツカゲビトは吐き捨て、肩越しに叫んだ。「急げよ貴様ら!」「「「ハイヨロコンデー!」」」背後のトルーパーが数人がかりでバルーの巨体を担ぎ上げた。
一行が闇の中に消え、周囲に静寂が戻り、程なくして……「プハーッ!」地中から姿を見せたのは、ドトン・ジツで身を隠していたリュウであった。上半身だけ露出させてじたばたともがくハヤトの片手を掴み、「よッと」地上に引きずり出す。「アリガト、リュウ=サン。ゲホッ……」「シャキッとしろシャキッと」
リュウはバルーが連れ去られた方向へ片手拝みした。「すまねェ相棒。ASAPで何とかすッからよ」「グモ=サンが裏切り者だったのか」呟くハヤト。「言った通りだろ? ま、これでようやく俺もオヒメサマのお姿を拝めるってワケだ」ジュー・ウェアの土埃を払い、リュウが立ち上がった。「奴らを追うぜ」「ハイ!」
全高百メートル近いその塔はゴースト山脈からやや遠く、岩山に紛れるように聳え立っていた。宇宙サーベルタイガーの犬歯めいた四本の構造物を左右に広げる外観は、さながら複腕を広げる不条理抽象生命体の如し。その上層階、仄暗い拷問フロアの中央では、今まさに凄惨なインタビューが進行中であった。
ZZZZT!「アバーッ!」「どうだ苦しかろうデーラ人!」「アバババーッ!」「吐け! 宇宙船で逃げた貴様の仲間はどこへ向かった!」「アバッ……知るか! 知ってたとしても白状するバルー様かよ!」「どこまで辛抱できるかのう。もっと責めよミツカゲビト=サン!」「貴殿は口を挟むな!」ZZZZZT!
「アババババーッ!」鉄製ベッドに拘束されたバルーの頭部をヤットコマニピュレーターが締め付け、眉間で電極がスパークする。ZZZZZZT!「アバババババーッ!」拷問マシンがニューロンに苦痛パルスを流し込むたびに7フィート超の長身が痙攣し、口角から泡を撒き散らす。周囲のトルーパーは彫像めいて直立不動。
「まだ吐かないの?」女宇宙ニンジャの目は汚物を見るかのようだ。「見ての通りだ、クノーイ=サンとやら。大分しぶとい奴でな」顎髭を撫でるグモ。「デーラ人のニューロンはよほど頑強と見える」ミツカゲビトは呟きながら、天井から吊り下がる拷問マシンのダイヤルを調整した。ZZZZZZZT!
「アバッ! アバババッ! アバババババ―ッ!」「見るに堪えないわね」クノーイは苦々しげに踵を返した。「終わるか死ぬかしたら呼んでちょうだい、ミツカゲビト=サン」階段を登り、独房フロアの鉄扉を開ける。石造りの室内には、粗末な腰掛けに座るヒミメ王女。
囚われてなお凛としたその佇まいが、クノーイのニューロンを逆撫でした。「もう誰も助けには来ないようね、王女様」「必ず来ます。私がどこにいようとも」いたぶるような女宇宙ニンジャの視線を、ヒミメ王女は臆せず受け止めた。「王族の振る舞いには相応しくないですが……賭けてもいいですよ?」
「フン。ケチな地底国家の王位継承権しか取り柄のない小娘ひとり、誰が助けに来るものですか」「他人を信じられない貴女は、不幸な人ですね」「お黙り」クノーイの表情が険しさを増した。「宇宙では誰かをあてにした奴から死んでいくのよ。自分自身を最優先するのがサヴァイヴの鉄則」
「それでも私は待ちます」ヒミメ王女は静かな眼差しを返した。「私は今も幸せです。命を懸けて信じられるひとがいるんですもの」「……チッ」目を逸らすクノーイに「アババババーッ!」階下からの絶叫が追い討ちをかけた。「ええい耳障りな!」
ZZZZZZT!「アババババーッ!」バルーが白目を剥き、打ち上げられた宇宙マグロめいてのたうつ。「いつまで粘る気だデーラ人! このままではオヌシの命、あと一分と保たぬぞ!」拘束ベッドに屈み込んでグモが叫んだ。「己を見捨てた仲間に義理立てして何になる! 早く吐けーッ!」「アバババババーッ!」
その時。KBAM! 突如拷問マシンが小爆発を起こした。「グワーッ!」尻餅をつくグモ。ミツカゲビトは反射的に手を伸ばし、マシンに撃ち込まれた金属片を掴み取った……ヤジリ状の宇宙スリケンを!「これは!」振り向いた瞬間、眼前に真紅装束の宇宙ニンジャが降り立つ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」真紅の宇宙ニンジャは回し蹴りでミツカゲビトを吹き飛ばし、ジュッテめいた伸縮刀で拘束鎖を切り払った。「銀河の果てからやってきた正義の味方。ドーモ、ナガレボシです」ヒロイックなアイサツを繰り出す背後で、バルーがベッドから飛び降りた。
「GRRRR……てめえまた俺をダシにしやがって」「元気そうじゃねェか。あと一分遅くても良かったな」「この野郎」バルーは毛むくじゃらの手でナガレボシの背中をどやした。「ドーモ。ミツカゲビトです」三面宇宙ニンジャがアイサツした。「どうやってこの場所を突き止めたかは知らんが、生きては帰さんぞ!」
ブガーブガーブガー! 警報が鳴り響く。拷問フロアに殺到したトルーパーの一団が、たちまちナガレボシとバルーを取り囲んだ。階段の途中でその様子を伺うクノーイ。「……厄介な奴が現れたわね」取って返し、独房のヒミメ王女にツカツカと歩み寄る。「何をする気です」王女は訝しんだ。
「イーガー副長のご命令。万一の時は王女を始末しろとね」「……!」息を呑む王女の喉元にクナイ・ダガーが光る。「安心おし。苦しめずに一瞬で殺してあげる。醜い死に様を見るのは好きじゃないの」女宇宙ニンジャは赤い唇を歪めて笑った。「サヨナラ、オヒメサマ」
クノーイが王女の喉を掻き切ろうとした瞬間、「イヤーッ!」「ンアーッ!」どこからか飛来したヤジリ状の宇宙スリケンが手首に突き立った。チュイイイン! 窓の鉄格子が火花を上げて切断された。室内に飛び込む人影!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」回転跳躍で斬りかかるクノーイのクナイ・ダガーを、ジュッテめいた伸縮刀が弾き返した。着地した青年が纏うは白銀の装束、目元を隠すゴーグル、クーフィーヤめいた頭巾。謎めいた宇宙ニンジャは王女を庇うように立ち、ヒロイックなアイサツを繰り出した。
「変幻自在に悪を討つ、平和の使者。ドーモ、マボロシです!」
「マボロシ=サン……?」ヒミメ王女は戸惑った。初めて聞く宇宙ニンジャネーム。しかしその声音、横顔、目の前の背中が、デジャヴめいて胸をざわめかせた。「ドーモ、クノーイです。ニュービー風情がナイト気取り? 笑わないで」「黙れ!」対峙する二人の宇宙ニンジャの間に、アトモスフィアが張り詰める。
「敵襲だ、クノーイ=サン!」ドタドタと足音高く、宰相グモが独房に乱入した。「奴らに奪われる前に王女を始末せねば……アイエッ⁉」室内を満たす殺気にぎくりと立ち止まる。「グモ! なぜお前がここに」王女が目を見開いた。「それに今の言葉は何です。私をどうすると?」
「あいや、ワシは、その」「……そうでしたか」ヒミメ王女は察した。「お前がガバナスと通じ、王国に宇宙ニンジャを引き入れたのですね」「それは誤解でございます! 彼奴らが勝手にワシの元へ押しかけて」「この期に及んで申し開きなど無用です! この不忠者!」王女が柳眉を逆立てた。「アイエエエ!」
王族の威厳ある叱声に打たれ、グモはほとんど四つん這いで階段を駆け降りた。その前に立ちはだかるバルー!「GRRRR……裏切りのオトシマエをつけさせてもらうぜ、グモ=サン!」いかつい拳が鷲鼻の先に突きつけられる。「俺は最初からその悪人ヅラが気に食わなかったんだ!」「アイエエエエ!」
踵を返しかけたグモが凍り付く。頭上の踊り場では、二人の宇宙ニンジャが一触即発のアトモスフィアを放っていた。踏み込めば死あるのみ。下方からは宇宙猿人がじりじりと迫る。「GRRRR……」「ヤ……ヤメロ」「GRRAAAGH!」「ヤメロ―ッ! アアアアーッ!」グモは絶叫し、腰の宝剣をヤバレカバレに振り回した。
「AAAAGH!」切っ先がバルーの腕を浅く斬り、7フィート超の身体がよろめいた隙に、「アアアアアーッ!」グモは叫びながらその脇を駆け降りた。「WRAAAAGH! 待ちやがれ!」宰相を追うバルーが場を離れた瞬間、ゾーン・オブ・コントロールが消失! マボロシとクノーイのカラテ均衡が乱れる!
「「イヤーッ!」」二人は同時に動いた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」チュイン! チュイン! 斬り結ぶたびに伸縮刀の超振動が火花を上げ、クノーイのダガーを削り取ってゆく。「コシャクな!」女宇宙ニンジャは歯噛みした。今のマボロシが振るうカラテは明らかに実力以上だ。
「マボロシ=サン!」ヒミメ王女が叫んだ。「下がって! キミには指一本触れさせない! イヤーッ!」マボロシはその場から一歩も退かず、クノーイの斬撃を捌き続けた。「イヤーッ! イヤーッ!」チュイイイン! 火花がひときわ激しく散り、超振動がクノーイの腕をビリビリと痺れさせる。「チッ……!」
「ナイトごっこに付き合ってる暇はないのよ! イヤーッ!」「待て!」階下へ飛び降りたクノーイをマボロシが追った。「……」ひとり残されたヒミメ王女は脚を震わせ、よろめく身体を石壁で支えた。激しく胸を打つ鼓動は、宇宙ニンジャの凄まじきイクサを間近にしたが故であろうか。あるいは……。
◆#4◆
いまや拷問フロアは乱戦の只中にあった。
「WRAAAGH!」「グワーッ!」バルーがニンジャトルーパーAの顔面に鉄拳を叩き込めば、「イヤーッ!」「グワーッ!」マボロシは伸縮刀でトルーパーBに斬りつける。「イヤーッ!」拘束ベッドを飛び越えざまにナガレボシが回し蹴りを放ち、「アバーッ!」トルーパーCの首が360度回転!
「カカレ! カカレ―ッ!」宰相グモがわめき散らす中、マボロシは高々と跳躍した。「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」トビゲリでイチモ・ダジンにトルーパーを吹き飛ばす!「イヤーッ! イヤーッ!」「「グワーッ!」」ナガレボシが伸縮刀を振るうたび、緑色の血飛沫をあげてトルーパーが倒れ伏す!
「ええい不甲斐ない! ガバナス兵は揃いも揃って腰抜けか……アイエッ!?」グモの視界を7フィート超の長身が遮った。「WRAAAGH!」バルーは両手を鉤爪のように強張らせ、野獣めいた叫び声をあげた。その体内に宇宙猿人アドレナリンが駆け巡り、充血した目を爛々と輝かせる!
「アイエエエ!」グモのヤバレカバレ斬撃がバルーの肩に食い込んだ。パンプアップした三角筋が刀身を挟み込む。押すも引くもならず!「GRRRR!」「アイエッ!?」驚愕する宰相の身体を担ぎ上げ、バルーはエアプレーンスピンめいて猛然と回転を始めた!「WRAAAAGH!」「グワーッ!」
「宰相を救出せよ! いま奴に死なれては都合が悪い!」ミツカゲビトが叫んだ。「「「ハイヨロコンデー!」」」ニンジャトルーパーが殺到するも、「WRAAAAAGH!」色付きの竜巻と化したバルーにはもはや触れることすら不可能!「「「グワーッ!」」」弾き飛ばされるトルーパー達!
「アバーッ!」凄まじい遠心力がグモの目、鼻、口から鮮血を絞り出し、スプリンクラーめいて周囲に振り撒き始めた。KILLIN! バルーの肩から宝剣が抜け、石壁にぶつかって真っ二つに折れた。「アバババーッ!」回転速度が極限に達した瞬間!「WRAAAAAAGH!」竜巻は跳び上がり、天地逆となって拘束ベッドに激突した! ヒサツ・ワザ!
「サル・マワシ!」KRAAAAASH!
「アババババーーーッ!」回転エネルギーの全てを叩き込まれたグモの身体は拘束ベッドもろとも粉砕され、血肉と骨と金属のネギトロと化した。石造りの床に放射状のヒビが広がる!「「「グワーッ!」」」激しい揺れにトルーパー達がよろめく中、ナガレボシとマボロシがアイコンタクトを交わす!
「「イイイイイヤアアアーッ!」」KRAAAAAASH! 二人の宇宙ニンジャは呼吸を合わせ、渾身のカワラ割りパンチを足元に叩き込んだ。その一撃で石床は完全に破壊され、ZOOOOM!「「「「「グワーッ!」」」」」全トルーパーを巻き込んで階下へ崩れ落ちていった。ZZOOOOOM……!
「アバッ……」「アババッ……」石材に埋もれた下層フロアのそこかしこで、トルーパーの断末魔が漏れ聞こえる。「WRAAAGH!」砕けた石塊を跳ね除けて立ち上がるバルー。その両脇にナガレボシとマボロシが着地した。薄れゆく粉塵の向こうには憤怒のミツカゲビト。クノーイの姿は既にない。危険を察して離脱したか。
「ハヤト=サン!」マボロシの頭上、途切れた階段の中途でヒミメ王女が叫んだ。「貴方はハヤト=サン……そうでしょう?」「エッ」ぎくりと見上げるマボロシの脇腹をナガレボシが小突く。(オイ、テメェまさか)(誤解だよ! 言ってないし、バレるような事もしてない!)
ハヤガワリ・プロトコルを順守した者の正体は99.99%秘匿される。だが……極限状況下で研ぎ澄まされた思春期の少女の感性が、残る0.01%を見通したのであろうか。熱っぽい視線を受け止め、マボロシは口角を上げて微かに頷いた。今はこれが精一杯だ。「ああ!」王女が己の胸を抱きしめる。
ミツカゲビトは王女の言葉を黙殺した。彼の耳には単なる世迷言だ。「反逆宇宙ニンジャども! 惑星ゲバで育ちし我等が、貴様らに引導を渡してやろう!」肥大した頭蓋骨に青筋を立て、人差し指を突きつける。「我等だって? どういう意味だ!」マボロシが伸縮刀を構えた。
「ミツカゲビトの真の姿、その目に焼き付けて死ね! カーッ!」宇宙ニンジャは胸の前でニンジャサインを組み、エテルの霧を吐き出した。頭部の左右にオメーンめいて貼り付く第二第三の顔が、逆観音開きめいて正面を向いた。凝固した霧が二人分の胴体を形成!
「ドーモ、ヒカゲビトです!」「ツキカゲビトです!」「ホシカゲビトです!」三人にブンシンした宇宙ニンジャが、それぞれにアイサツを繰り出した。青白二色面のヒカゲビトはカラテ、青面のツキカゲビトはブーメラン、白面のホシカゲビトは短槍を構える。
「GRRRR」バルーは腰の宇宙ストーンアックスを抜き放った。キュイィィィ……マボロシとナガレボシのカラテがそれぞれの宇宙ニンジャ伸縮刀に注ぎ込まれ、スティック状の刀身が超振動の唸りをあげる。階下の空気が殺気に澱む中、ヒミメ王女は祈るように目を閉じた……そして!
「「「「「イイイヤアアアーッ!」」」」」「WRAAAAAAGH!」
五人の宇宙ニンジャと宇宙猿人が激突した。「イヤーッ!」ホシカゲビトの短槍とマボロシの伸縮刀が噛み合う!「イヤーッ!」ナガレボシは三日月状のブーメランをブリッジ回避!「ARRRRGH!」「イヤーッ!」ヒカゲビトは高速で拳を振るい、バルーのストーンアックス連撃を弾き返す!
ギャルルルル! ホシカゲビトの短槍、そのけら首に鍔めいて備わった五芒星型のブレードが五つの頂点からジェット火花を噴き出して回転、伸縮刀ごとマボロシの右腕を巻き込まんとする!「イヤーッ!」マボロシはあえて回転に身を任せて関節破壊を防ぎ、ギリギリのジャンプ回避へ繋ぐ!
「イヤッ! イヤーッ!」抜かりなく着地点に連続刺突するホシカゲビト! マボロシは回避に徹さざるを得ない。ギャルルルルル! 五芒星ブレードの撒き散らす渦状の火花が、燃える円盾めいて攻撃を阻んでいるからだ!「ハハハハハ! どうした! 避けてばかりで勝てるか!」ホシカゲビトが白面を歪めて笑う!
「クソッ……イヤーッ!」マボロシは火花の向こうへ強引に伸縮刀を突き入れ、次の瞬間「グワーッ!」悲鳴をあげて腕を引き抜いた。赤熱したブレーサーがブスブスと煙を上げている。「ヌゥーッ……!」「ハヤト=サン! ガンバッテ!」ヒミメ王女の叫びは悲痛!
「安い挑発に乗ってンじゃねェ! イヤーッ!」KILLIN! ナガレボシは飛来するブーメランを伸縮刀で斬り上げた。「何ッ」ミツカゲビトが見上げる視線の先、ブーメランは高々と宙を舞い、上階天井に吊り下がる拷問マシンのケーブルを切り裂いた。ZIZZZZ! 電流火花が降り注ぐ!
「イヤーッ!」ナガレボシは跳び上がり、落下するブーメランを空中で掴むや否や、ホシカゲビトの短槍めがけて投げ下ろした。KBAM! 切断された五芒星ブレードがフラッシュパンめいて閃光爆発!「グワーッ!」ホシカゲビトが両目を押さえて悶絶した。宇宙ゴーグルを装備したマボロシはノーダメージ!
「アリガト、ナガレボシ=サン……アレッ?」振り返るマボロシは訝しんだ。「グワーッ!」自分が閃光に襲われたかのように、ツキカゲビトが顔を覆っている。「グワーッ!」ヒカゲビトも同様。「どうなってんだ」アックスを振り上げたまま、バルーは目を丸くした。「ナルホド」着地したナガレボシがニヤリと笑う。
「だったらこいつはどうだ!」ナガレボシはツキカゲビトの足の間に滑り込み、「イヤーッ!」真下からキックを浴びせた。「グワーッ!」その身体が高々と宙に浮いた時、ナガレボシは既にスライディング先の壁を蹴って飛んでいた。「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに斜め上へ蹴り上げる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナガレボシはトライアングル・リープキックを繰り返し、ツキカゲビトの身体を上へ上へと運んでいった。その先には……ZIZZZZZZ! 拷問マシンの漏電スパーク!
「アババババーッ!」拷問マシンに激突したツキカゲビトは電流に貫かれ、打ち上げられた宇宙マグロめいてのたうった。「「アババババーッ!」」ニューロン・リンクのミュート閾値を遥かに超えた苦痛を受信して、ヒカゲビトとホシカゲビトがシンクロ痙攣! 空中で叫ぶナガレボシ!「今だテメェら! ヤッチマエ!」
「ガッテン! AAAARGH!」「グワーッ!」宇宙ストーンアックスを横殴りに叩き込まれ、ヒカゲビトの首が160度回転した。「オノレーッ!」ヒカゲビトは爆発四散を堪えてニンジャサインを組み、両手から光のリングを飛ばした。光輪はキラキラと輝きながら、バルーの両腕を拘束せんと頭上から覆い被さる!
だが見よ!「AAAAGH!」KRASH! KRASH! KRAAASH! ストーンアックスの石刃が、非物質のはずの光輪を打ち砕いてゆくではないか! 極限まで高まりし猿人カラテのなせる業か!「バカナー!」「WRAAAAGH!」KRAAAASH! ヒカゲビトの脳天に落ちる石刃!「アバーッ!」頭蓋骨陥没! 脳漿飛散!
「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」ホシカゲビトは咄嗟に短槍の柄を横に構え、マボロシの伸縮刀を受け止めた。チュイィィィン! 強化金属の柄に阻まれ、スティック状の刃が空しく唸りを上げる。「シマッタ!」ナガレボシのくれたチャンスを活かし切れなかった己自身に、マボロシは歯噛みした。
「ヌゥーッ……」ホシカゲビトは全身に力を籠め、伸縮刀をじりじりと押し返し始めた。「グワーッ!」膝をつくマボロシ。これ以上体勢を崩した瞬間、ホシカゲビトのカラテは容赦なく彼を叩きのめすだろう。マボロシは歯を食い縛り、あらん限りのカラテを刀身に注ぎ込んだ。「イイイイイヤアアアーッ!」
チュイイイイイン! 高まる超振動が火花を散らし……KRACK! ホシカゲビトの両手の間で、短槍が真っ二つに折れた! 次の瞬間、ギリギリまで縮められたバネ仕掛けめいて、伸縮刀がホシカゲビトの眉間に叩き込まれた!「アバーッ!」顔面両断! 脳漿飛散!
「アバッ」「アバババッ……」「オ、オノレ……!」三人の異相宇宙ニンジャは、よろめきながら壁際に追い詰められた。それぞれの獲物を構えるマボロシとバルー。「ハイクを詠みな、テメェら」ナガレボシが凶暴な笑いを浮かべた。「一人ずつか? 三人まとめてか? 選んでいいぜ」
「ゴボッ……生きてここからは出さぬと言った筈だ!」ヒカゲビトは血を吐きながら、長く複雑な、そして禍々しき宇宙ニンジャサインを組み始めた。「「イヤーッ!」」ツキカゲビトとホシカゲビトの顔面がヒカゲビトの側頭部に折り畳まれ、身体はエテルの霧と散る。
「カーッ!」霧を吸い込んだヒカゲビトの口、目、鼻が激しく発光を始めた。左右の顔も同様!「「「アバババーッ!」」」ナムサン! 宇宙ニンジャ三人分の生命力が、ミツカゲビトひとりの体内で暴走しているのだ!「「「アバッ、アババッ! アバババババーッ!」」」
「「「アバババババーッ!」」」生体エネルギーが火花となって、ミツカゲビトの背中から噴き出し始めた。周囲の空気が熱で歪む。「マボロシ=サン!」状況判断したナガレボシが上階を指差した。「オヒメサマはテメェに任せるぜ!」「ハイ!」
「「イヤーッ!」」「AAAAGH!」「アイエエエエ!」
独房フロアの窓から、白銀と真紅の影が暁暗の空へ飛び出した。両腕でヒミメ王女を抱えるマボロシ。バルーを米俵めいて肩に担ぐナガレボシ。KABOOOM! 彼らの背後に巻き起こった爆発は、自らを生体爆弾と化したミツカゲビトのそれだ。KABOOM! KABOOOM! タワーの各フロアが次々と誘爆!
「「イイイイヤアアアーッ!」」ナガレボシ達はタワー外壁を垂直に駆け降りた。KABOOOM! KABOOOOM! 爆発が下へ下へと追いすがる。「AAAAGH!」前後逆に担がれたバルーが悲鳴をあげた。視界を炎が覆いつくす!「急げ相棒! このままじゃ俺達全員丸焼けだ!」「知ってるよ! イヤーッ!」「AAAAAGH!」
「アイエエエ!」ヒミメ王女はマボロシの首にしがみつき、さらなる加速度に耐えた。タワーの周囲に張り巡らされた堀の水面が迫る。「しくじンじゃねェぞ、マボロシ=サン!」「誰が!」ナガレボシとマボロシが叫びあった。「「イイイヤアアアーッ!」」SPLAAAAASH! 高々と巻き上がる水柱!
「ンアーッ!」「ARRRRGH!」王女とバルーの身体が宙を舞った次の瞬間、「「イヤーッ!」」水飛沫の中からマボロシとナガレボシが飛び出し、空中で二人の身体をキャッチした。一体この刹那に何が起きたのか? 読者の皆さんには説明せねばなるまい。
「高所から飛び込めば水面もコンクリートのように固くなる」という宇宙コトワザをご存知だろうか。そして、宇宙ニンジャの前転着地はいかなる高度からの落下ダメージも無効化できる事を。然り! 彼らは水面に激突する一瞬前に王女とバルーを空中に投げ上げ、前転着地で衝撃を堀に逃がしたのだ! ゴウランガ!
「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」マボロシとナガレボシは落下エネルギーの残りを両足に集め、水切りの小石めいて堀の水面を駆けた。KABOOOM! KABOOOOM! 背後で遠ざかるニンジャタワーが爆発を繰り返し、その姿を無に帰してゆく。KABOOOOM! KRA-TOOOOM! DOOOOM! KRA-TOOOOM……!
燃え落ちるタワーを眼下に臨む岩山に立ち、クノーイは豊満な胸の谷間から情報端末を取り出した。ミツカゲビトのバイタルサイン消失。「フン」女宇宙ニンジャは鼻を鳴らした。「あの程度で始末できるような連中なら、私も苦労しないのよね」誰にともなく呟き、クノーイは闇の中へと消えていった。
而して数日の後。ハヤト、リュウ、バルーの三人は、暗がりの中で互いの顔を見交わしつつ、落ち着かなげに出番を待っていた。やがて眼前の鉄扉が音もなく開き、光満ちる空間にファンファーレが鳴り響いた。パーパパラーパパラーパーパパパパラパー!
ハヤト達は階段を降り、大聖堂めいた玉座の間に足を踏み入れた。左右にモンゴー王国の全兵士が整列し、遥か先まで伸びる一本の通路を形作る。壁面には何らかの光学反射機構が仕込まれ、第15太陽グローラーの輝きを地上からステンドグラス越しに届けていた。
厳粛なアトモスフィアの中、三人は歩みを進めた。壇上に待つのは薄桃色のドレスを纏うヒミメ王女。傍らには正装のケン王子。カン王は奥ゆかしく一歩下がり、孫娘が執り行う儀式の行方を見守っていた。「WRAAAGH!」興奮したバルーが歩きながら咆哮をあげ、リュウとハヤトを苦笑させた。
三人が足を止めると同時に、ザッ! 全兵士が軍靴を鳴らして正面に向き直った。ヒミメ王女はアルカイックな微笑を浮かべ、ハヤト達に頷いた。「これより、モンゴー一族最高の栄誉であるナイトの冠を、地上より来たりし勇士達に与えます」よく通る声が玉座の間に響く。
近習から受け取った草冠を、王女はまずリュウに被せた。「へへへ」相好を崩すリュウの姿にハヤトは目を瞠った。彼が今まで一度も見たことのない、少年のように無垢な笑顔だった。「……」「アッハイ」王女に無言で促され、慌てて正面に向き直る。
冠を持つ白い指が髪に触れた瞬間、ハヤトのニューロンに刺激が走った。彼は頭を上げ、ヒミメ王女と暖かな視線を交わした。ピボボボ、ピボボボ。壇上に控えるトントの顔面に「 Λ Λ 」の文字が灯る。王国の職人にくまなく手入れされたそのボディは、新品同様にピカピカと輝いていた。
最後に、バルーが7フィート超の身体を屈めて冠を受けた。三人のナイトは回れ右して、キヲツケ姿勢でその勇姿を示した。「WRAAAGH!」宇宙猿人の雄叫びよりなお大きく、万雷の拍手が響き渡った。それは彼らがガバナスとの戦いを開始して以来、公の場で初めて受ける賞賛であった。
「WROOOOAAAGH!」バルーが再び声高く咆哮した。
【プリンセス・クエスト・アット・ザ・
ミスティック・ニンジャ・タワー】終わり
マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第12話「決戦! 謎の忍者塔」
セルフライナーノーツ
クリフハンガー:前回のラストで断崖絶壁から落下したリュウが開幕数分でサクッと危機を脱するさまに、のちの平成ライダーにも通じるミームを感じずにはいられなかった。リアプロジェクション(LEDウォールのご先祖様みたいなやつ)による特撮も見どころ。
必殺・猿回し:TVショウ内に実在する技だが、そのネーミングには極めて濃厚なニンジャアトモスフィアが漂う(のちのエピソードでちゃんと「必殺」と言ってます)。これを書き起こしたくて本エピソードに手をつけたと言っても過言ではないのだ。
一人が痛いと残りも痛い:すみません完全に捏造設定です。アニメ版G.I.ジョーの双子ヴィラン、トマックス&ザモットが好きだったので。三人に増えて戦えるのにノーリスクなのズルくない? と思ったのもあるな。
ナイトの冠:スターウォーズエピソード4のスローンルームめいてハヤト達に授けられる草冠は、映画「宇宙からのメッセージ」でジルーシア人が被っていたのと同じものじゃないかと思う。設定的な意味じゃなくてプロップ的に。
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