《分割版#1》ニンジャラクシー・ウォーズ【サクリファイス・トゥ・ザ・デモンズ・パレス】
◆#1◆
「御覧くだされ皇帝陛下ァーッ!」
ガバナス帝国ニンジャアーミー団長ニン・コーガーの声が、無限の大空間を航行する宇宙戦艦「グラン・ガバナス」のブリッジに朗々と響いた。「第2惑星アナリスに! 陛下をお迎えする宮殿が! ついに完成と相成りましてございますーッ!」
彼が示す大型モニタには宇宙ジグラットめいた巨大建造物が映し出され、第15太陽系主星・グローラーの光を浴びていた。黒と金を基調とし、数百階を超える本殿の周囲にドリルめいた垂直尖塔を無数に生やしたその威容は、ガバナス的美意識において偉大かつ華麗であり、力と誇りの象徴であった。
『ムッハハハハ! 余は満足である』ブリッジ壁面の黄金宇宙ドクロレリーフが機械的な笑い声をあげた。ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世からの超光速通信だ。「ハハーッ!」コーガーはマントを翻し、恭しく黄金ドクロにドゲザした。「では直ちにお移りの準備を!」
『待て』通信音声が遮った。『忘れたかコーガー。植民惑星の宮殿に皇帝が下る時には……』「おお、ガバナスの血の儀式!」コーガーの目がカッと見開かれた。「そうとも兄者。宮殿の祭壇に若い女の生贄を!」「百人でも千人でも、仰せのままご用意致しますわ」イーガー副長とクノーイ諜報部長が追従する。
『余が所望する生贄はただ一人』黄金ドクロの両眼が不穏にUNIX点滅した。『ソフィアめの血を我が宮殿に捧げよ』
「なんと!」コーガーの叫びと同時にモニタが切り替わり、銀河を航行する宇宙帆船の撮影画像を映し出した。カシャッ! カシャッ! 船体の側面がズームされる。船窓の奥に見えるのは、純白のドレスを纏うブロンド宇宙美女の横顔。粗い解像度の中でなお聖女めいたアトモスフィアを放っている。
コーガーはニンジャソードを抜き放ち、大仰にモニタを指し示した。「あの! 正体不明の宇宙帆船でこの星系に出没し、反乱分子の討伐を幾度となく妨害してきた謎の女を! 生贄にと仰せられるか!」『左様。この太陽系……否、この銀河宇宙において、あやつほど相応しい女はおらぬ』
「エー……しかし、畏れながら陛下」イーガーが卑屈な口調で切り出した。「ソフィア=サンの船は異次元への転移能力すら有しており、まさに神出鬼没。このグラン・ガバナスをもってしても所在を掴む事は……」『できぬと申すか』「アイエッ」『オヌシは余の勅命を拒否すると申すか、イーガー副長。ンン?』
ドクロの目が激しく明滅した。「アイエエエ!」イーガーは腰を抜かし、後退りながら失禁を堪えた。「メ、メ、滅相も」「滅相も! ございませぬ!」コーガーの大音声が空気を震わせた。『ピガーッ!』『ピガガーッ!』ブリッジのそこかしこで、サイバネブリッジクルーが火花を散らして痙攣する。
「ニンジャアーミー団長の名にかけて! しかと! 承知つかまつりましてございます!」ゴキゴキリ! コーガーは手足の関節を外し、およそヒューマノイドには不可能な低さで再ドゲザした。『吉報を待っておるぞ』「ヨロコンデー!」虫めいて這いつくばるコーガーの頭上で、UNIX眼光がしめやかに消灯した。
第15太陽系第2惑星アナリス。その各地に廃墟めいて残された礼拝堂は、地球連盟から派遣された宇宙ブディズム宣教師達が繰り広げた布教活動と、その挫折の残滓である。
移民船団に参加した彼らは、地球総本山から託された莫大な資金を注ぎ込み、アナリス全土に次々と布教コロニーを建設した。開拓生活に疲弊した住民の心を説法カウンセリングで安んじ、献金収入を公共サービスに充ててQOLを向上、さらなる帰依心を育む……それが当初の計画であった。
2世代後には星系全域に一大宗教経済圏が根を張る予定だった。しかし彼らの予想を超え、地球発の教義のローカライズは困難を極めた。ことに、先住民族デーラ人の地母神マニヨルとの習合稟議には数え切れぬほどの電子ハンコ決済を要し、総本山との超光速通信費はコロニー運営予算を容赦なく圧迫した。
財政難から公共サービスが負のスパイラルに陥ってまもなく、信徒の流出が始まった。コロニー建設コスト削減のため、モバイルコンテナ住居を採用したことが裏目に出た。信徒達はトラクターで、宇宙バッファローで、果ては人力で自らの住処を運び去り、行政施設も兼ねた礼拝堂だけが跡地に残されたのだった。
そのひとつ、アナリス中央都市に程近い第168礼拝堂の聖餐会議卓を挟んで、男達が睨み合っていた。一方は反ガバナスレジスタンス組織「アナリス解放戦線」。もう一方はジュー・ウェア風ジャケットの男、端正な顔立ちの青年、宇宙猿人の三人組。ローティーンの少女が間に立ち、不安げに双方を見やる。
「ムダな真似はやめとけ」ジュー・ウェア男が憮然と腕を組んだ。「残念です」レジスタンスのリーダー、カミジが呟く。「リュウ=サン達は必ず力を貸してくれると信じて、ハナを迎えにやったのですが」少女に向けられたカミジの双眸は涼やかで……いささか純粋すぎる光を帯びていた。
「僕は賛成だ! 一緒に行くよ」身を乗り出した青年の後頭部を、SLAP! リュウと呼ばれた男が平手で張った。「テメェは黙ってろ、ハヤト=サン」「だって!」不服げなハヤト青年を無視して、リュウはカミジに言った。「今さら皇帝宮殿を爆破して何になる。ガバナスの連中、またイチから建て直すだけさ」
「アレが建つまで何人犠牲になったか、あんたらも忘れたわけじゃなかろう」宇宙猿人が唸り声で付け加えた。「また繰り返すのかい」「バルーの言う通りだぜ」リュウは頷いたが、カミジの表情は頑なだ。「彼らが100回建て直すなら、我々は101回破壊するまで。それが抵抗運動です」
「そうとも! 僕等の力を見せるんだ」身を乗り出したハヤトの後頭部を、SLAP! リュウが平手で張った。「モッタイナイぜ。せっかくできた宮殿だ。いずれガバナスを追っ払って、俺達が頂く方が利口さ」「犠牲になった者達に申し訳が立ちません」「死んだ奴らのことは死んでから考えな」
「そもそもよォ」リュウはテーブルに広げられた見取り図をトントンと叩いた。「これしきの人数でブッ壊せンのかよ、こんなデカブツを」焦土から再建された中央都市の大半を占める宮殿の威容は、ガバナス的美意識を解さぬ者にとっては過剰かつ醜悪であり、圧政と搾取の象徴であった。
「勝算はあります」カミジは答えた。「地下4階の弾薬庫を爆破すれば、宮殿全体が連鎖的に崩壊する筈」「地下弾薬庫ォ? 皇帝宮殿に?」「何人もの命と引き換えに得たデータです」「別に疑っちゃいねェがよ」リュウは渋面を作った。「成功するかどうかは別の話……」
BEEPBEEP。卓上時計のアラームが鳴った。「時間だ」「「「ハイ!」」」カミジと同志達は頷き合い、積み上げられた武器弾薬を次々と手に取った。鹵獲宇宙ライフルや宇宙マシンガンといった通常レジスタンス装備に加え、時限タイマーを接続されたプラスチック・バクチクが多数用意されている。
「僕も!」ハヤトもバクチクの一つを掴んだ。「オイちょっと待て!」首根に伸びるリュウの手を躱し、笑顔で踵を返す。「誰が行っていいッつった、アホウめ!」「ダイジョブダッテ! ちゃんと戻って来るから!」リュウの叱声を聞き流し、ハヤトはレジスタンスと共に駆け出した。
「腕が鳴る!」「目にもの見せろ!」「ガンバルゾー!」若者達が次々と飛び出してゆく。最後にカミジが戸口に立ち、リュウを振り返った。「……ンだよ。言いたい事あンなら言えよ」「万一の時は、ハナを頼みます」オジギして走り去るカミジの背中を見送りながら、「ハァーッ」リュウは大仰な溜息をついた。
(((なぜ息子を止めなんだ、ナガレボシ=サン)))リュウのニューロンに響く声の主は、今は亡きゲンニンジャクランの長、ゲン・シン。過酷な修行の記憶が生み出した人格エミュレータめいた幻聴だ。(止めて止まるタマかよ、アイツが。親の顔が見てェや)リュウは声なき声で言い捨てた。
(あんな調子じゃ、一人前になるまで命が幾つあっても足りんぜ)(((ならば指導せよ。いまやハヤトはオヌシの弟子でもあるのだぞ)))「ア……アノ」(俺はセンセイじゃねェ。押し付けンな)「アノ、リュウ=サン」「オイ相棒!」「ア?」バルーに肩をどやされ、リュウはようやくハナ少女の呼びかけに気付いた。
「アノ……私は大丈夫です。それよりカミジ小父さんを」「あ、ああ悪ィ」リュウは慌てて笑顔を作った。「わかってるって。こんなつまんねえ事でカミジ=サンを死なせやしねェよ」「ハヤト=サンもだろ、相棒」「知らねェ。アイツは自己責任だ」「GRRRR」バルーは喉を鳴らして笑った。
【#2へ続く】
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