《分割版#1》ニンジャラクシー・ウォーズ【ア・プリンセス・オブ・アンダーグラウンド】
◆#1◆
霧の向こうに揺れる二つの光点は、やがてヘッドライトに変じた。エンジン音と共に無骨なシルエットが浮かび上がる。星間帝国ガバナスの紋章を側面にペイントした宇宙装甲車は、おぼつかなげに荒野を迷走したあげく……CLAAASH! 砲塔めいた巨大建造物の防御壁に激突、煙を吐いて停止した。
ガゴンプシュー……防御壁に設けられた鋼鉄ゲートが開き始めた。僅かな隙間から貴族風ウィッグ将官の肥満体がにじり出るや否や、その後からフルフェイスメンポのニンジャトルーパーが続々と現れ、ドタドタと走る将官を追い越してゆく。ここは第3惑星ベルダ。建造物の正体は、回転式対空砲を備えたガバナス山岳要塞である。
「どけ! どかぬか!」装甲車を取り囲むトルーパー群を掻き分け、将官が車体をバンバンと叩く。「釈明せよ! 貴様ら三日間も音信不通で、今の今まで何を……グワーッ!」背後から伸びる手がその首根を掴んだ。ニンジャアーミーのナンバー2・イーガー副長が、宇宙ニンジャ筋力で軽々と肥満体を引き剥がす。
「第二師団が誇る精鋭山岳部隊を見事に使い潰してくれたな、トキム将軍」イーガーの目が冷たく光った。「アイエエエ離せ!」もがく将軍の頭部でウィッグがずれた。「私が指揮を執るより、適切な権限委譲によるマルナゲ・オペレーションこそ最善! そう判断したまでだ!」
「二言目には自己保身か。非宇宙ニンジャの屑め」イーガーはその手に力を籠め、トキム将軍を絞首刑めいてギリギリと吊り上げた。「グワーッ!」軍用ブーツが空中でばたつく。「貴様のような男が惑星総督まで出世するとは、帝国の人材不足もいよいよ深刻らしい」
「ま、待て副長! 私を殺せばコーガー団長が黙っておらんぞ!」「どうかな」イーガーは狂犬めいた笑みを浮かべた。「兄者は意外と俺には甘いぜ?」「アイエエエエ!」その時。バタム! 運転席のハッチが開き、乗員トルーパーがよろめき出た。「ほう、生存者がいたか」無造作に放り捨てられた将軍が地面に転がった。「グワーッ!」
「ア、ア……」トルーパーは震える手で敬礼しかけ、「アバッ」前のめりに倒れた。フルフェイスメンポの隙間から緑色の異星血液が漏れ出し、地面に沁み込んでゆく。背中に突き立つは宇宙バンブー製の矢。「見るがいい、イーガー副長!」トキム将軍は既に抜け目なく車体に取り付き、同じ矢で貫かれたトルーパー達の死体を指差していた。
「これは由々しき事態と言わざるを得ない! もはや私の責任を云々している段階ではないと断言しよう! 私が予想するに、あの山脈の向こうには間違いなく」「ウルッセッゾコラー!」手柄顔で言い立てる将軍の鼻柱をイーガーの裏拳が叩き潰した。「グワーッ!」
「ようやく面白くなってきたところだ。とっとと失せろ」「しかし私の責任問題が!」「そんな物いちいち追及してられるか、バカめ」「そ、そういう事なら……アイエエエ」鼻血を抑えながらよたよたと去る惑星総督にもはや目もくれず、イーガーは装甲車の来たりし方角を振り仰いだ。
視線の先には標高2000メートル超の山脈が巨人のビヨンボめいて切り立ち、第15太陽グローラーの光を青く霞ませていた。「あの山脈の向こうには間違いなく、我らガバナスの知らぬ人間どもが生息している……!」イーガーはニヤリと笑った。
第3惑星ベルダの民にゴースト山脈の名で恐れられるその峰々は、謎と秘密に包まれた魔境であった。麓に垂れ込める「死の霧」が方向感覚を惑わせ、上空の磁気嵐はあらゆる電子機器を無力化する。実際、地球連盟からの移民が始まって以来、この地に足を踏み入れて帰って来た者はいないという。
BEEPBEEP。ニンジャヘルム内臓式宇宙IRCインカムが鳴った。『モシモシ、イーガー副長!』怒気を孕む通信音声は、ニンジャアーミー団長ニン・コーガーのものだ。『魔境調査の進捗報告はどうした!』「トキム将軍に聞けよ。奴の任務だろ」『その将軍を督促するのはオヌシの役目であろうが!』
『……もうよい。案の定であったわ』コーガーは言い捨てた。『調査任務はミツカゲビト=サンの部隊が引き継ぐ。既に現地で行動開始しておるだろう』「ちょっと待て。俺はまだ失敗したわけじゃ」『オヌシは一旦報告に戻れ』「オイ兄者!」ブツン。回線切断。「……」イーガーの眉間にみるみる血管が浮かぶ。
「貴様ら何をボサッとしておる! 俺のメンツが潰れる瀬戸際だぞ!」「「「「「ハイ! スミマセン!」」」」」八つ当たりめいた叱声を浴びせられながら、トルーパー達は愚直に直立不動姿勢を取った。「第二次捜索隊を出発させろ! 5分……いや3分以内だ!」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」
同刻。同じベルダの空の下、なかば砂塵に埋もれるように、無骨なシルエットの宇宙船が不時着していた。
ジュー・ウェア風ジャケットの男が船体と砂の隙間を覗き込んだ。「どうだ、バルー」「GRRR……まあこんなモンだろ」這い出したのは身長7フィート超のデーラ人(宇宙猿人)。「ノズルに詰まった砂はあらかた取り除いた。ゆっくり吹かせば離陸に支障はなかろうよ」
「悪ィな」片手拝みする男の背中を、宇宙猿人バルーのいかつい手がどやした。「俺がヤメロと言った訳がわかったか」「シケた事抜かすな」男が言い返した。「こちとら伝説のリアベ号だぜ。ゴースト山脈を目の前にして、磁気嵐越えに挑まねェ手があるかよ」「つまりは通りすがりの思いつきだろうが」「へへへ」
リアベ号。それが彼らの船の名だ。かつて邪悪なるガバナス帝国をただ一隻で滅ぼしたと伝えられる戦闘宇宙船も、ゴースト山脈の磁気嵐の前になす術もなく、砂漠の真ん中でかくのごときブザマな姿を晒していた。辛うじて磁気嵐の圏外に逃れ得たのが、せめてもの僥倖であった。さもなくば再離陸そのものが不可能であったろう。
「そういやリュウ、ハヤト=サンはどうした」「知るか」リュウと呼ばれた男は素っ気なく答えた。「近くのコロニーから水でも分けてもらうんだとよ。こんな所に人が住んでるワケねえッつったのによォ……あの野郎、一度決めたら人の話なんざ聞きやしねェ」「GRRRR」バルーは喉を鳴らした。「何笑ってンだ」
「ハァーッ、ハァーッ……!」
ゴースト山脈の裾野、草木すら生えぬ不毛の大地を、少年は駆け続けた。革製のロングサンダルが小石を跳ね飛ばし、ストーンエイジめいたワンショルダー皮衣の裾が翻る。ZOOOM! その行く手を遮るように、幾つもの土煙が地面から噴き出した。間欠泉めいて!
「イヤーッ!」「「イヤーッ!」」「「「イヤーッ!」」」地中から飛び出したニンジャトルーパーの一団は統制の取れた回転ジャンプで着地、たちまち少年を包囲した。「無駄な抵抗はやめろ!」「我らニンジャトルーパーのドトン・トラッキングから逃げられるとでも思ったか!」
「……!」少年は背中の矢筒に手を伸ばし、宇宙バンブー製の矢を短弓につがえた。トルーパー達が色めき立つ。「その矢は!」「見覚えがある!」「第一次捜索隊を狙撃したのは貴様だな!」ヒョウ! 返事の代わりに矢が空を切る!
「イヤーッ!」隊長トルーパーの宇宙ニンジャソードが閃き、心臓めがけて飛来する矢をやすやすと斬り払った。「!」少年が目を見開く。「バカめ! 卑劣な狙撃ならいざ知らず、非宇宙ニンジャのガキに射られるニンジャアーミーではないわ!」
少年が二の矢を放つより早く、下級トルーパーが背後から組み付いた。「未成年テロリスト確保ーッ!」「ウム。要塞に連行してインタビューせよ」ソードを収めて隊長が頷く。「クッ……!」宇宙ニンジャ筋力で締め上げられ、少年の幼い顔が苦痛に歪む……その時!
「グワーッ!」羽交い絞めトルーパーの手首に、ヤジリ状の宇宙スリケンが突き立った。「イヤーッ!」流麗な回転ジャンプでエントリーを果たした青年は、少年を庇うように着地した。「ドーモ、ゲン・ハヤトです。子供相手にこんな大勢とは、ニンジャアーミーも落ちぶれたものだな!」決断的アイサツ!
「ヌゥーッ……ドーモ、第二次ゴースト山脈捜索隊です」隊長は怒りを堪え、一同を代表してオジギを返した。アイサツは宇宙ニンジャ絶対の掟だ。「ベイン・オブ・ガバナスの一味が何故ここに」「通りすがりさ。でもお前達ガバナスは殺す!」ハヤト青年がヒロイックに人差し指を突き付ける。
「黙れェーッ!」ソードを振りかざし突進する隊長。ハヤトはその手首を掴み、アイキドーめいて地面に叩き付けた!「イヤーッ!」「グワーッ!」ザンシン姿勢からのトラースキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」背後から襲い掛かった新手トルーパーが、くの字に曲がって吹き飛ぶ!
立ち上がるハヤトの右手には金属製グリップが握られていた。親指でボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた短刀に変形!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
ハヤトはトルーパーAのソードを宇宙ニンジャ伸縮刀で弾き返し、背後のトルーパーBに肘打ちを叩き込み、トルーパーCのソードを躱しざまに斬り付け、トルーパーDの鳩尾にボディブローを叩き込んだ。拳を支点に投げ飛ばした身体は放物線を描き、地面に激突した脳天がフルフェイスメンポごと陥没した。「アバーッ!」
「ンー……まァぎりぎり及第点ってトコだな」
崖の上でリュウは腕を組み、ハヤトのイクサを見物していた。「加勢せんのか。わざわざ探しに来たのに」バルーが訝しんだ。「今さらあの程度のザコに手こずるハヤト=サンでもあるまいて」答えるリュウは満更でもない様子だ。「そうかい。GRRRR」「何笑ってンだ」
「退却! 退却―ッ!」緑色の血を噴き出すケジメ手首を抱え込み、隊長が絶叫した。「「「ハイヨロコンデー!」」」ニンジャトルーパー部隊は即座に散開し、色付きの風となって姿を消した。ヒキアゲ・プロトコルに則って撤退した者は99.99%追跡不能。引き換えに再エントリーも不能となる。
「もう大丈夫」ハヤトは伸縮刀を収め、少年に笑いかけた。「キミの家まで送るよ。開拓コロニー……いや、交易キャラバンの子かな?」「……」険しい視線を返され、ハヤトの笑顔が強張る。「エット……心配しないで。僕達はずっとガバナスと戦ってて」身を翻して駈け出す少年!「アッ待って!」
「戻るんだキミ! そっちには死の霧の原が……オーイ!」ハヤトの叫びをよそに、少年の姿は白く煙るガスの中に消えた。「……チェッ」ハヤトは腹いせめいて舌打ちした。「何なんだあの子。人の話も聞かないで」「去る者は追わずさ」逞しい手がハヤトの肩に置かれた。「リュウ=サン」
「ンだよそのツラは。『お兄ちゃん助けてくれてアリガト!』とでも言って欲しかったか?」「別に」裏声を使うリュウにハヤトが口を尖らせた。「しかし妙な小僧だったな」バルーは手をひさしにして、霧の向こうへ目を凝らした。「あんなクラシックな身なりの奴、今時デーラ人にもいやしねえぞ」
「またリアベ号の連中か!」第二次捜索隊のIRC報告を受けたイーガーが、ガバナス要塞塔の指令室で叫んだ。指揮官席を蹴って立ち、ニンジャソードを振りかざして号令する。「戦闘機隊スクランブル! 少年テロリストと反逆者どもを捜索、発見しだい攻撃せよ!」
「ヨロコンデー」オペレータートルーパーが粛々と命令をタイプ、各所にIRC伝達する。「ま、待て副長」鼻ギプス姿のトキム将軍が慌てた。「ベイン・オブ・ガバナスの一味はともかく、手掛かりとなる子供をウカツに殺しては」「ダマラッシェー!」「グワーッ!」頬桁を張られた肥満体が床に転がる。
「反逆者に助けられた以上、そのガキも同罪だ! 庇い立てするなら貴様も内通者とみなすぞ!」「アイエエエ理不尽!」トキム将軍がしめやかに失禁する中、DOOOM! DOOOMDOOOM! 帝国主力戦闘機「シュート・ガバナス」が次々と離陸し、要塞塔を掠めて飛び去っていった。
【#2へ続く】
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