《分割版#1》ニンジャラクシー・ウォーズ【ファースト・エピソード前編:ダーク・カンオケ・バトルシップ】
1 ジ・エンパイア・ストライクス・バック
宇宙が天井で覆われたかの如き光景だった。
ゴウンゴウンゴウン……漆黒のメガストラクチャーがエテルを掻き分けながら突き進む。無限の大空間の深奥へ流れ去るは、宇宙コンビナートあるいは乱開発都市めいた表面構造物。あまりの複雑さにスケール感が狂い、プラスチック・モデル・キットの部品を敷き詰めたようにも見える。
地球連盟第15太陽系の主星・グローラーの光に照らされ、“それ”は宇宙戦艦としての全貌を浮かび上がらせた。イオン・エンジン群の凶暴な推力が、カンオケめいた双胴の艦体をむりやりに前進させる。進路上に輝く緑の光は、星系の中心地、第2惑星アナリス。
『ザリザリ……こちらはアナリス駐留宇宙艦隊である。ただちに停止し、貴艦の艦籍を明らかにせよ』
地球連盟の守護神・テラグローリー級宇宙戦艦が、亜光速通信で警告を発した。3隻でヤジリめいた陣形を組み、巨艦の行く手を阻むように接近する。しかしそのサイズ差は歴然。赤子が宇宙スモトリに挑むが如し。
応答はなかった。ZOOOM……! ZOOOM……! 巨艦両舷のカンオケめいたカタパルトから、艦載機が次々と飛び出した。6本のビーム機銃ステーを放射状に広げ、戦闘態勢を取る。
『繰り返す! ただちに停止し、貴艦の艦籍を……』
BEEEAM! BEEEEAM! 邪悪にうねる破壊ビームが、テラグローリーの艦体に小爆発を起こした。KABOOOM! 偏向シールドが赤熱し、眩い閃光を放つ。『グワーッ!』
『交戦の意思ありとみなす! 攻撃開始!』
ZAPZAPZAP! テラグローリーの対空砲台が起動し、パルスレーザーの光弾を撒き散らした。宇宙スパイダーめいた艦載機は素早く散開、攻撃を継続する! BEEEAM! BEEEEAM!
「AAAAAARGH!」「グワーッ!」
野蛮な咆哮とともに殴り飛ばされた青年は、身体をくの字に折り曲げ、宇宙貨物船の客席に激突した。
CLAAASH! ローコスト簡易座席が木っ端微塵に砕け散った。青年の手から落ちた宇宙ナイフがカラカラと床を滑り、ジャンクめいた機械類の隙間に消えた。
「GRRRR……俺のダチに手ェ出した落とし前はつけてもらうぞ、ハイジャック小僧」
ボキボキと指を鳴らしながら客室に入ってきたのは、身長7フィート超の宇宙猿人。第1惑星シータにルーツを持つデーラ人だ。ZZZOOOM……! エテルに揺さぶられ、船体が不気味に振動する。
客席の残骸の中から、端正な顔立ちの青年が身を起こした。「ちょっと待って! 僕はただ契約通りアナリスに降りて欲しいだけなんだ!」
青年はなおも何か訴えようとしたが、血走った猿人の眼光の前に口をつぐんだ。とても話の通じる状態ではない。
「AAAAAARGH!」猿人は拳を固めて突進!「イ……イヤーッ!」やむなく青年も迎え撃つ。その時!
「イヤーッ!」客室に色付きの風が駆け込んだ!
ジュー・ウェア風ジャケットに身を包んだ第三の男が、猿人と青年の間に腰溜め姿勢で立っていた。この貨物船の船長だ。
右手には青年のチョップ。左手には猿人のパンチ。両者の手首をがっちりと掴み、マンリキめいて微動だにしない。チョップを止められた青年は、手首から伝わる強大なカラテに戦慄した。
「アタマ冷やして持ち場に戻れ、バルー!」
船長は腰溜め姿勢のまま、宇宙猿人を一喝した。ZZZOOOM……! 再びの振動。船窓の外では今まさに、カンオケ巨艦とアナリス艦隊の戦闘が繰り広げられているのだ。
この貨物船は惑星アナリスへの途上、不運にも第15太陽系初の宇宙戦に巻き込まれたのだった。船長は即座にアナリス行きを断念。妥当な判断と言えよう。しかし唯一の乗客である青年はそれを良しとせず、船長に宇宙ナイフを突きつけて強行着陸を迫った。その結果がこれだ。
「わかってる筈だ、リュウ」宇宙猿人バルーは重々しく答えた。「俺達デーラ人は、ダチにケンカを売った奴を決して許さん」
「カーッ! ケンカになるかよ! 俺とこのヒヨッコがよォ!」リュウ船長は掴んだ手を放し、バルーの広い背中をどやしつけた。「いいから急げ! モタモタしてると全員オタッシャ……」
KRA-TOOOOOOM! エテルの衝撃波が船長の言葉を掻き消し、ジャンクめいた宇宙貨物船を激しくシェイクした。アナリス艦隊の1隻が爆発四散したのだ。
「「「グワーッ!」」」
三人は床に叩きつけられた。ブガーブガーブガー! 狭い船内にレッドアラートが鳴り響く!
「スペースブッダファック! あのカンオケ野郎、とうとうやりやがった!」リュウはバネ仕掛けめいて跳ね起き、再び色付きの風となってコックピットへ駆け込んだ。バルーがのっそりと追いかける。
ひとり船室に取り残された青年に、リュウの声が飛んだ。「テメェも手伝えお客人! アナリス艦隊が全滅する前にズラかるぞ!」「ア……アッハイ!」ZZZOOOOOM……!
青年が慌ててコックピットに入ると、バルーは既に副操縦席に身を押し込め、サイバー計算尺やパンチカード穿孔機と格闘していた。
片手でせわしなく計器類を操作しながら、リュウは親指で斜め後ろを指した。「そこに生命維持装置のターミナルがある。わかるか」「アッハイ」「そいつのパワーケーブルを引っこ抜いて、すぐ下のシールド発生機に直結しな」「エッ!? そんな事したら空気の供給が」「5分や10分止まったところで死にやしねェ!」
民間船の偏向シールドはデブリ避けの貧弱な代物だ。パワーを上げねば流れ弾一発でオダブツとなろう。青年は覚悟を決め、素早く手を動かした。ブゥオオオオオーン……シールド発生機の唸りが限界を超えて高まる!
「上等! 見どころあるぜ、お客人」リュウが振り向いてニヤリと笑った。「死なずに済んだら、お前の言い分も聞いてやらァ」
「リュウ! 新しい航路だ!」バルーが投げたパンチドカードを、リュウは指先で挟み取った。ノールックでUNIXに挿入! CRTグリーンモニタにアスキーアート航路図が浮かび上がる!「エンジン全開!」「アイサーッ!」
ゴンゴンゴンゴン……ジャンクめいた宇宙貨物船は、戦闘宙域からノロノロと離脱を開始した。
「アーッ! 遅ッせえな畜生!」「船よりも酒と女にカネをつぎ込むからだ」「知ってるよ! 肝に銘じとく!」「ねえ船長! 僕らホントに助かるの?」「知らねえよ! しくじったらアノヨで運賃返してやらァ!」
KRA-TOOOOOOM……カンオケ巨艦のブリッジに、エテルの衝撃波が伝わった。テラグローリー2隻目の爆発だ。
「敵艦、残数1」サイバネ化及び自我漂白済みブリッジクルーの無感情な報告に、「ウム」漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きヘルムに身を固めた男が重々しく頷いた。
薄暗く広大な空間では、数十名のクルーが自動機械めいてコンソールを操作していた。禍々しき黄金宇宙ドクロレリーフが後方壁面に飾られ、ブリッジ全体を睥睨する。そのやや下に、艦名を記したレーザーショドー金属板。
【ガバナス帝国ニンジャアーミー旗艦 グラン・ガバナス】
【艦長 ニン・コーガー(ニンジャアーミー団長兼任)】
ニンジャアーミー! ニンジャの……軍隊! よくよく見れば、男のプレートアーマーは宇宙ニンジャ装束、その頭部を覆うのは宇宙ニンジャヘルムではないか!
この銀河宇宙に生きる知的生命体にとって、「生」や「死」と同様、「ニンジャ」は普遍的概念である。だが、宇宙ニンジャが自ら軍隊を組織し、あまつさえ他星系に侵攻するとは……ナムサン! なんたる宇宙の法則に反する冒涜的所業か!
『ムッハハハハ! 首尾は上々と見えるのう、コーガー団長』
不気味な機械音声がブリッジに響き渡った。黄金宇宙ドクロレリーフの口内に超光速通信機が仕込まれているのだ。眼窩のUNIXランプが点滅し、受信状況をモニタする。
「ハハーッ! 皇帝陛下ァーッ!」コーガー団長は黒マントを翻し、ドクロの前にドゲザした。
この銀河宇宙に生きる知的生命体にとって、ドゲザは最大級の屈従を意味する行為である。通信越しの一声で宇宙ニンジャ軍団長をドゲザせしめる「皇帝」とは、果たしていかなる権勢の主であろうか?
「間もなく敵艦隊は全滅! その後速やかに! 惑星アナリスを制圧致しまする!」ドゲザしてなお朗々たるコーガーの大音声。ブリッジクルーがサイバネ化及び自我漂白済みでなければ、宇宙ニンジャの殺気にあてられ、全員失禁悶絶していることだろう。
『大儀である』黄金ドクロの両眼が満足気に瞬いた。『余は気分がよい。アナリスへの布告は余が自ら行うぞ』「ハハーッ!」
通信終了。コーガー団長は何事もなかったかのようにドゲザから立ち上がり、背を向けた。ヘルムの陰に隠れた表情は窺い知れぬ。
ジャンクめいた宇宙貨物船は、安全圏で慣性飛行に入っていた。生命維持装置も再起動完了。当面の危機は去ったと言えよう。
「オネガイシマス!」青年はコックピットの床に膝をつき、決断的にドゲザしていた。「僕はどうしてもアナリスに帰らなくちゃいけないんだ。大事な使命……用事があるんだ!」
「ンなこと言われてもなァ」リュウは渋い顔で腕組みした。「あのデカブツ、間違いなくアナリス本土に攻め込むぜ。第1惑星シータか第3惑星ベルダか、俺ならどっちかに身を潜めるがねェ」
彼なりに青年の身を案じての言葉だったが、「オネガイシマス!」青年はドゲザ嘆願姿勢を崩さない。リュウは鼻白み、しばし気まずい沈黙が流れた。
「WRAHAHAHAHA!」
沈思黙考していたバルーが、いきなり呵呵大笑して青年の首根っこを引っ掴んだ。「アイエッ!?」「気に入ったぞ小僧!」軽々とその身体を引き起こす。
「俺がブッ飛ばしても、お前は立ち向かってきた。お前はヒヨッコだが、真の宇宙の男だ」バルーは独り合点に頷いた。「真の宇宙の男のドゲザに免じて、リュウに手を出した事は許してやる」
「エット……アリガトゴザイマス」青年はおずおずと礼を言った。「今のドゲザはその件じゃねェと思うぜ、相棒」リュウは苦笑したが、バルーはお構いなしだ。「真の宇宙の男にはアイサツせにゃならん」巨躯を屈めてオジギする。「ドーモ、はじめまして。バルーです」
「アー、ドーモ。リュウです」「ドーモ……はじめまして。ゲン・ハヤトです」
その名を聞いた瞬間。
(((左様。ゲン・ハヤト……儂の息子だ)))リュウのニューロンに過去からの声がこだました。(((息子はいずれ、ゲンニンジャ・クランを継ぐ者となろう)))
「……マジかよ」
思わず口に出して呟いたリュウの顔を、「どうした相棒」バルーが覗き込んだ。「借金取りにでも出くわしたようなツラだぜ」
【#2へ続く】
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