《分割版#1》ニンジャラクシー・ウォーズ【ストレンジ・アイデンティティ・オブ・ザ・ストレンジャーズ・エンペラー】
(これまでのあらすじ)銀河の彼方、地球連盟第15太陽系に属する3つの惑星は、突然襲い来たガバナス帝国のニンジャアーミーに制圧された。しかしここに、平和を愛し、正義を守らんとする人々の戦いが始まったのである。
◆#1◆
巨大宇宙戦艦「グラン・ガバナス」の薄暗いブリッジを、不穏な沈黙が支配していた。自我漂白済みのサイバネブリッジクルーが黙々と働く中、微動だにせずドゲザする三人の宇宙ニンジャ。壁面には彼らを見下ろすように黄金の宇宙ドクロレリーフが掲げられ、両眼をUNIX点滅させている。
「……いま何と申されましたか、陛下」
大角宇宙ニンジャヘルムに覆われた頭を上げ、ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーは慎重に口を開いた。『一度会うてみたいと言うたのだ』ドクロの眼を瞬かせ、ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世の通信音声が繰り返した。『小賢しくも余に楯突く反逆宇宙ニンジャ、ナガレボシとやらにの』
「とんでもございません!」イーガー副長が叫んだ。「ナガレボシ=サンは我がアーミーのニンジャオフィサーを次々と葬った凶悪なる使い手! 陛下の御身に万一の事があれば……アイエッ?」のけぞるイーガーの喉元に、コーガーの宇宙ニンジャソードが光っていた。背後へのノールック・イアイである。
「小賢しい。身の程をわきまえよ」「ま、待て兄者。俺は陛下の御身を案ずればこそ」「わきまえよ! イーガー副長!」カラテ漲るコーガーの怒声がブリッジに轟いた。『ピガーッ!』『ピガガーッ!』サイバネブリッジクルーが火花を散らし、次々とコンソールに突っ伏した。
『許してやれ。忠誠心ゆえの諫言を余は咎めぬ』「……ハッ」コーガーは音もなくソードを収めた。『考えてもみよ。余に仇なすほどのワザマエの持ち主が、果たしてこの銀河宇宙に存在するかな?』ロクセイアの声が不穏な響きを帯びた。『オヌシには判っておろう、コーガーよ。ンン?』
「……」コーガーの表情をよぎる殺気は、しかし一瞬で消えた。「ハハァーッ! 仰せの通りにございます」彼はマントを翻して再び平伏した。『よきにはからえ』「ハハァーッ御意! ナガレボシ=サンなる宇宙ニンジャ! このコーガーが必ずや陛下の御覧に入れるでござりましょう!」
『楽しみにしておるぞ。ムッハハハハ!』黄金ドクロの眼光が消えた。通信終了。「俺は反対したからな、兄者」イーガーは立ち上がりながら言った。「奴が陛下に何をやらかしても、俺の責任じゃないぜ」「……」コーガーはじろりと弟を睨むのみに留めた。
「クノーイ=サン!」「ハッ」コーガーの命に応え、パープルラメ装束の女宇宙ニンジャ・クノーイは、既にUNIXコンソール卓のキーボードをタイプしていた。そのバストは豊満である。「かねてより諜報部ではナガレボシ=サンの行動パターンを分析中です。ディープラーニングには未だデータ不足ですが、既に有意な傾向が」
モニタ上には戦闘宇宙船のワイヤーフレーム三面図。「おお、ベイン・オブ・ガバナス!」叫ぶコーガーにクノーイが頷いた。「ハイ。かの反逆宇宙船・リアベ号の一味が危機に陥った時、高確率でナガレボシ=サンがPOPしています」「俺の読みとも一致するな」したり顔でイーガーが嘯く。
「して、彼奴らの動向は」コーガーが尋ねた。「ナガレボシ=サンの協力を得てメビト=サンを殺し、第3惑星ベルダの鉱山コロニーを解放したのち、第1惑星シータへ。現地に作戦適任者がおります」クノーイはコンソールを通信モードへ切り替えた。「モシモシ、ケムリビト=サン。応答を!」
ザリザリザリ……モニタにノイズが走り、鈍色装束の宇宙ニンジャの像を結んだ。『アバーッ!』『アババーッ!』スピーカー越しに絶叫が響く。映像はシータの屋外処刑場。何らかのガスが立ち込める中、『『『アバババーッ!』』』数十人の一般市民が喉を掻きむしりながらのたうち回っている。
『ああ、クノーイ=サン、ドーモ。いま手が離せなくてね』宇宙ニンジャ・ケムリビトはカメラに背を向けたまま、チョンマゲめいた頭部ノズルから淡々と毒ガス噴射を続けた。『アバーッ!』『アババーッ!』『ゴボボーッ!』ナムアミダブツ! どす黒い血を吐きバタバタと倒れる市民達!
『見ての通り、取るに足らん不穏分子の駆除中さ。上層部はいささか私を過小評価しているようだ』「団長閣下もご同席よ」『おっと、シツレイ』平然と答えるケムリビトの表情はエアーダクトめいたフルフェイスメンポに覆われ、判然としない。『『『ゴボボボーッ!』』』「……まあいいわ。そのままで聞いて」
……「フム、フム」フルフェイスメンポ内臓スピーカーに耳を傾け、ケムリビトは頷いた。その背後では下級トルーパーが軍用トラックの荷台にガス殺死体を放り投げている。「大体わかった。まずはリアベ号の乗組員を一人確保しよう」ケムリビトはしばし思案した。「シュート・ガバナス偵察飛行小隊を使いたい。構わんかね」
『お安い御用よ。諜報部権限で召集するわ』とクノーイ。『新しい身体も必要?』「いや結構」ケムリビトの宇宙ニンジャ装束が気化消滅し、その下から上級パイロットトルーパーの身体が現れた。「今のボディに合わせた作戦を考えた。なに、壊れたら現地で調達するさ」
第15太陽系主星・グローラーの陽光が、第1惑星シータの峡谷地帯に強烈なコントラストを焼き付ける。断崖を縫う川岸には大量生産居住ユニットが地衣類めいてへばりつき、ありふれた開拓コロニーを形成していた。ガバナス支配下で日々をサヴァイヴする人々の生活の砦だ。
そんな光景を断崖から見下ろす人影が、ふたつ。
「イヤーッ!」逞しい体躯の男が百メートル近い高みから身を躍らせた。ジュー・ウェア風ジャケットが空中ではためく。「イイイイヤアアーッ!」地面に激突する瞬間、男は宇宙ニンジャ瞬発力を発揮して足元の岩を蹴った。落下エネルギーを逆利用して高々と回転ジャンプ、二度目の着地を果たす。
「ゴウランガ……」驚嘆する崖上の青年を振り仰ぎ、男は遥か下方から手招きした。「やってみな、ハヤト=サン!」「エッいきなり?」ハヤト青年は困惑した。「インストラクションとかないの、リュウ=サン?」「ア? 今やって見せただろうがよ」リュウと呼ばれた男が眉を顰めた。
「二度はやらねェ。登るのが面倒だからな」「そんな! せめてヒントが欲しいよ!」「意外と呑み込み悪ィなテメェ」リュウは顎を掻いた。「アー……じゃあアレだ、鳥にでもなったつもりで飛んでみな」「……鳥?」おずおずと手をばたつかせるハヤト。「そうじゃねェよアホウめ!」
(((オヌシは良き弟子であったが、良きセンセイとは言えぬのう)))今は亡きゲンニンジャ・クランの頭領、ゲン・シンの声がリュウのニューロンに響いた。(俺はセンセイじゃねェ)リュウが素っ気なく返す。(アンタのインストラクションの受け売りならともかく、ンな簡単に言葉で教えられッかよ)
「イ……イヤーッ!」ハヤトは半ばヤバレカバレで空中に身を投げ出した。猛スピードで迫る地面!「アイエエエエ!」宇宙ニンジャアドレナリンが引き延ばす主観時間の中、全身が恐怖に強張った。「グワーッ!」着地の瞬間、位置エネルギーを活かし損ねた五体はあらぬ方向に跳ね、ウケミを取る間もなくゴロゴロと転がった。ブザマ!
リュウが呆れ顔で歩み寄った。「何やってンだオマエ」差し伸べられた手を掴み、ハヤトは顔を顰めた。「痛ッ……!」「今日はこの辺にして戻ろうや。昼メシ時だしな」「まだやれるよ!」ハヤトは慌てて立ち上がった。「一日も早くリュウ=サンのように……」「ン?」「あ、いや、エット……一人前の宇宙ニンジャになりたいんだ!」
「前にも言った筈だぜ」リュウはぶっきらぼうに言い捨てた。「サヴァイヴできる程度のカラテは教えてやるが、その先は俺の知ったこっちゃねェ。一人前になりたけりゃ自分で何とかしな」「ナンデ!? 冷たいよ!」「なんでもだ!」「……」「……」二人はしばし無言で睨み合った。
「わかったよ」ハヤトは固い表情で崖へと歩き出した。「自分で修行すればいいんだろ。何度でもやるさ」「ハァ? そういう事じゃねェよ! 大体テメェまだヒヨッコもいいトコ……アーッ!」リュウは髪を掻きむしった。「頭カチ割っても自己責任だかンな!」指を突き付けて踵を返す。
(鳥になったつもりで……それはきっと何らかのメタファーだ)絶壁をよじ登りながら、ハヤトは必死にニューロンを回転させた。(さっき跳んだ瞬間、僕はこのまま落ちて死ぬんじゃないかと恐れた……)再び断崖に立ち、着地点を見定める。(でも、自分が飛べることを疑う鳥はいない!)
ハヤトは深呼吸し、3つ数えて……「イヤーッ!」決断的に身を躍らせた。リュウのぞんざいなインストラクションから、彼は何らかの宇宙ニンジャ真実を掴み取りつつあった。ゲンニンジャ・クランの血のなせる業か。一瞬の浮遊感の後、猛スピードで迫る地面! だが今度は!
「イイイイヤアアーッ!」
正しい呼吸で地を蹴ったハヤトの身体は、重力を無視したかのように跳ね上がった。「イヤーッ!」回転ジャンプでリュウの遥か頭上を飛び越え、宇宙体操選手めいた着地ポーズを決める。リュウは憮然と立ち止まり、腕組みしてハヤトの背中を睨んだ。(((ウム、見事なり)))ニューロン内でゲン・シンが感じ入る。
「ヤッタ!」満面の笑顔でハヤトが振り向いた。「できたよリュウ=サン! 見た?」「アー、見た見た」リュウが嘆息した。「腐ってもクラン長の息子だよお前は。やっぱ独学の方が向いてるぜ」「そんな事ないよ! センセイのインストラクションがあったから」「俺はセンセイじゃねェ」
「もう一回やってくる! もっと高くから!」「ア? 調子に乗ってンなテメェ」目を輝かせるハヤトにリュウが顔をしかめた。「ビギナーズラックを真に受けると死ぬぜ?」「今なら限界を超えられる気がするんだ!」「それがニュービーの錯覚だッつってンだよ!」その時。
「AAAAAGH……! AAGH……! GH……!」
野獣めいた咆哮が峡谷に木霊した。「まァたモメてやがンな、あいつら」リュウは呟き、ハヤトの背中を叩いた。「戻るぜ、ハヤト=サン」「エッ? でも修業は」「今度だ今度! モタモタしてると、昼メシ食いっぱぐれるどころじゃすまねェぞ!」駆け出すリュウを、「アッハイ!」ハヤトが慌てて追った。
カーン! カーン! カーン! カーン!「AAAAAGH!」
峡谷の底に停泊する戦闘宇宙船。リアベ号の名で知られるその船は、かつて聖なる勇士を乗せてガバナスと戦い、ただ一隻で帝国本星を壊滅せしめたという。その船体の傍らで、子供ほどの背丈のドロイドがヤットコ状マニピュレータでハンマーを掴み、スクラップ鉄板を執拗に叩き続けていた。カーン! カーン! カーン!
「ヤメロ! メシが不味くなるだろうが!」宇宙合金製のオタマを振り上げて叫ぶのは、身長7フィート超のデーラ人(先住宇宙猿人)。実際彼は、石造りのカマドの前で宇宙チキンの丸焼きの仕上げにとりかかっていた。宇宙ショーユの芳香が漂う中、ドロイドが黙々と作業を続ける。カーン! カーン! カーン!
宇宙猿人バルーはスクラップの山にオタマを突きつけた。「大体何なんだそれは!」ガバナス戦闘機の外殻、中古ジェネレーター、貨物船の航行UNIX……種々雑多なジャンク品がドロイドの手で複雑に結合され、何らかの構造にまとまりつつあった。「着陸するたびにガラクタ集めてきやがって! ポンコツはテメェだけで十分だ!」
万能ドロイド・トントの頭部が180度回転した。『ニブイ、アタマニ、セツメイ、シテモ、ムダト、ハンダン、スル』電子音声と共に、顔面LEDプレートに「 \ / 」のアスキー文字が灯る。「ンだとォ!」カーン! 球形の頭部に弾き返されたオタマがクルクルと宙を舞った。『イタクモ、カユクモ、ナイ』
「ならこいつはどうだ! ARRRRGH!」バルーが腰の宇宙ストーンアックスを引き抜いた瞬間、「マッタ、マッタ!」「落ち着いてバルー=サン!」駆け込んだリュウとハヤトが左右から羽交い絞めにした。間一髪だ。「そいつァヤバイぜ相棒! トントがいくら石頭でも……ン?」リュウはバルーを見上げて訝しんだ。
7フィート超の巨躯が、アックスを振り上げた姿勢で固まっていた。『ドウシタ。ナグラナイ、ノカ』「シッ……黙ってろ」耳をそばだてる宇宙猿人の表情に、既に怒りはない。「子供の声だ。ガバナスがどうとか聞こえたぜ」バルーはカマドの火を素早く踏み消し、身を屈めて歩き出した。
「GRRR……用心しろ。ニンジャアーミーが近くにいるかもしれんぞ」デーラ人の聴力は時として宇宙ニンジャのそれすら凌駕する。「……」「……」リュウとハヤトは顔を見合わせ、バルーに続いた。キュラキュラキュラ。車輪走行のトントが後を追った。
【#2へ続く】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?