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《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【フォー・ア・フュー・スクリューズ・モア】

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◆#2◆

 そして、時間は再び現在へ。

 丸太で組まれたゲートを潜り、リュウ、ハヤト、バルーの三人は銅山コロニーのメインストリートに足を踏み入れた。通りの両脇に立ち並ぶ木造建築は、旧世紀ウエスタン様式の忠実なレプリカだ。かつてこの地に降り立った移民団が、古き良き地球のフロンティアスピリットを町作りに反映させたのだという。

 宇宙クォーターホースに曳かれた幌馬車が砂煙をあげて行き交う。サルーンのテラスには、所在なげにたむろする鉱夫とガンマン。中年女性の一団が道端に固まり、チラチラとこちらに視線を投げる。彼らの表情は一様に暗く、周囲には重苦しい沈黙が立ち込めていた。

「デカい割にシケた町だぜ。どいつもこいつもオツヤ帰りみてえなツラしやがってよォ」リュウはしかめ面で腕組みした。「それより妙だと思わんか」バルーが辺りを見回して訝しむ。「真っ昼間の大通りに、子供の姿が一人も見当たらん。どういうこったい……」

 風に運ばれた紙片が、カサカサとハヤトの足元に絡みついた。「ン?」何気なく拾い上げたそれは、ガバナス政府発行の指名手配書だった。口髭を蓄えた屈強な男の人相書。その下に記された賞金額……5000ガバナスポンド! 生死を問わず!「バカな!」ハヤトは驚愕した。「メロス=サンが賞金首だなんて!」

 その時。ウーウーウーウー……空襲警報めいたサイレンが響き渡り、サルーンの男達が一斉に立ち上がった。「配給が来たぞ!」「急げ!」どやどやと駆け出す彼らの背後で、「待てお前ら!」サルーン店主がスイングドアから飛び出した。「俺に先を譲れ! 水無しじゃ店を開けられんのだぞ!」

「「ハァーッ、ハァーッ!」」「「ハァーッ、ハァーッ!」」スカートをあられもなく持ち上げてバタバタと駆ける中年女性の後に、幌馬車を乗り捨てた御者が続く。ポリタンク、一斗缶、寸胴鍋、マス・ボックスメジャー……およそ考えられる限りの液体容器を手に、人々はコロニーの中心部を目指していた。

 ウーウーウーウー……電子サイレン音の主は、コロニー中央広場に陣取る漆黒の給水タンク車だった。「見ろよ」物陰からバルーが指差すタンク側面には、ナムサン! ガバナス帝国の禍々しき紋章がペイントされている!「チッ……西部も連中の手に落ちたか」リュウの目が鋭さを増した。

 調教された家畜めいて列を成す人々の間を、一般兵・ニンジャトルーパーが巡回する。フルフェイスメンポと宇宙マシンガンが威圧的だ。「列を乱すな! 手元に市民IDを用意しろ!」角付きヘルムとマント姿の非宇宙ニンジャ下士官が叫んだ。「反抗的な者は市民スコアを減点するぞ!」

「マイナス1点で、ンー、そうだな……配給量を1ガバナスガロン削減だ!」「「「アイエッ……!」」」人々が身を震わせるさまに、下士官は満面の笑みを浮かべた。「ようし、本日の配給を開始せよ!」「ヨロコンデー」トルーパーが給水車のバルブを捻ると、軍用宇宙ヒシャクに清冽な水飛沫が……「ARRRGH!」

「オイ戻れ相棒!」「バルー=サン!」衝動的に飛び出したバルーの耳に、二人の声はもはや届かない。「WRAAAAGH! 水をくれーッ! こちとら昨日から一滴も口にしちゃいねえんだ!」空の革袋を振りかざす宇宙猿人の前に、トルーパーの一団が立ちはだかった。「止まれ!」「市民IDを提示せよ!」

「ンなモン知るか! いいから水をよこせガバナス野郎!」「市民IDを持たぬ者に受給資格はない!」先頭のトルーパーが叫び返した。「まず銅山で50日以上の労働実績を積み、然る後にC級市民権申請書を」「ARRRGH!」「グワーッ!」毛むくじゃらの鉄拳がフルフェイスメンポを粉砕! 昏倒!

「抵抗するな!」「市民スコアを下げるぞ!」宇宙マシンガンを構えて後ずさるトルーパー達。「いや待て」その一人が当惑した。「ID非所持者にはそもそもスコアデータがない」「それでは減点不可能だ」「どうする」自我希薄なトルーパーは、論理バグめいた状態で互いに顔を見合わせた。

「何をモメている! 不審者はさっさと逮捕せよ……ン?」割り込んだ下士官がバルーに目を留めた。屈強な五体を品定めするように睨め回す。「フーム……貴様、宇宙の流れ者だな。いい体格をしている。栄養状態も悪くない」「それがどうした! GRRRRR」「落ち着け、デーラ人」下士官は手を上げて制した。

「我々も判ってはいるのだ。帝国の植民地統治法には重大な瑕疵があるとな」訳知り顔で頷く下士官。「配給なしで50日の労働実績など到底不可能だ。ガバナス市民権への門戸が斯様に狭き門であってはならぬ……そこでだ」掌がくるりと上を向いた。「マージンを払え。私の権限で配給権を付与してやる」「何?」

「1日につき100……いや、50ガバナスポンドでいい。値引き分は銅山の労働ノルマに積み増しだ。ハゲミナサイヨ」下士官は恩着せがましく笑った。「帝国通貨がなければ、貴金属か宝石でも構わんぞ。流れ者ならその程度の持ち合わせは」「ARRRGH!」「グワーッ!」毛むくじゃらの鉄拳が下士官の鼻骨を粉砕!

「フザケルナ!」バルーは牙を剥いて吠えた。「水は命の源だ! それに法外な値段をつけ、あまつさえ支配の道具にするとは何事だ!」「グワーッ!」下士官は血塗れの顔を押さえてのたうち回った。「クソッ! その猿を殺せ! コロセー!」「「「アッハイ!」」」上官の命令で我に返るトルーパー達!

「バルー=サン!」ハヤトが飛び出しかけた時、ダカダッ、ダカダッ、ダカダッ……彼の宇宙ニンジャ聴力は近づいてくる蹄の音を捉えた。振り向いた先には、少年と共に白馬に跨る人相書の男!「あれは!?」「賞金首のお出ましか」リュウは片手をひさしにニヤリと笑った。「面白くなってきたぜェ」

「メロス=サンだ!」「アイエエエ指名手配犯!」銃口を向けるトルーパーの顔面に、SPANG! メロスは宇宙ヤギ胃袋の水筒を叩きつけた。「グワーッ!」昏倒!「さあ、ジャック」馬を降りて息子を抱き下ろすメロス。拳銃とカタナを腰に帯びた一挙手一投足には油断ならぬ殺気が漲り、周囲を威圧する。

「水を貰うぞ」「「「アイエッ……」」」竦み上がるトルーパーを横目にメロスはバルブを捻り、噴き出す水でバシャバシャと顔を洗った。ジャックが水筒を拾い上げ、頭を上げる父と入れ替わりに飛沫の下へかざす。「存分に汲め」メロスが微笑んだその時、BLAM! 赤い光弾が水筒を撃ち抜いた。

「メロス。貴様に与える水は一滴もない」黒ずくめの宇宙ガンマンが、レーザー拳銃をホルスターに収めた。「ランプか」男の胸に光る星形のバッジをメロスは冷たく一瞥した。「ガバナスの靴を舐めて得た地位がそれか」「何とでも言え。いまや俺はシェリフ、貴様は獲物めいて追われる賞金首というわけだ」

「いつまでも意地を張るな、メロス」ランプは肩を竦めた。「息子に水を与えたくば、ガバナスについて俺の下で働け」「お前達の奴隷になるなら死んだ方がマシだ」「タイタン長官も言っておられたぞ。貴様なら優遇するとな」「お断りだ。俺も息子も他人の支配は受けん!」「バカめ……ならば死ね!」

 二者の間の空気が陽炎めいて滲んだ。「決闘だ!」「メロスとランプの決闘が始まるぞーッ!」蜘蛛の子を散らすように逃げる町人には、しかし奇妙に場慣れしたアトモスフィアがあった。「アイエエエ狂犬めが!」「こちらへ!」ボタボタと鼻血を垂らす下士官にトルーパー達が肩を貸す。

 広場の真ん中で対峙する二人の宇宙ガンマンを、ハヤト達は固唾を呑んで見守った。「……」「……」太く吊り上がった眉の下でメロスの目が、カウボーイハットの鍔越しにランプの目が光る。ホルスターの上に構えられた両者の利き腕が微かに動く。獲物に飛び掛かる寸前の宇宙ガラガラヘビめいて。

 一秒が一時間にも思われる、殺気に満ちた沈黙の果て……BLAM!「グワーッ!」レーザー光弾がランプの手から拳銃を弾き飛ばした。流れるようなガンスピンで、メロスは愛銃をホルスターに収めた。「なぜ殺さん!」痺れる手首を掴みながらランプが叫ぶ。「そうやってまた俺をコケにするのか!」

「今更お前を殺して何になる」言い捨てて踵を返すメロスの行く手を、ならず者の一団が塞いだ。全員が宇宙ライフルや宇宙ショットガンで武装している。「本当にいいんですね、ランプの旦那ァ!」頭目らしき男が叫んだ。「構わん! 手筈通りに殺れ!」ランプが叫び返した。「賞金は貴様らにくれてやる!」

「ガッテンでさあ!」「ようやくお許しが出たぜ」「一斉に仕掛けるぞ。賞金は山分けだ」「ア? 一人で殺る自信がねえのかよ」「てめえはあンのかよ、メロス=サン相手によォ」「へッへへへ」下卑た会話を交わしながら、男達がじりじりと迫る。「……」メロスの目がカミソリめいて細まった。

 銃殺刑めいて横一列に得物を構えるならず者達。「「「くたばれ、メロス=サン!」」」だが彼らがトリガーに指をかけた瞬間、FIZZ! メロスの姿はその視界から消失した。「「「アイエッ!?」」」狼狽する彼らをよそに、ハヤトとリュウの宇宙ニンジャ動体視力はその行方を捕えていた。下だ!

 BLAM! 仰向けに倒れざま、メロスは頭目の心臓を一発で撃ち抜いた。「アバーッ!」「「アイエエエ!」」BLAMN! BLAMN! 恐慌状態で撃ちまくる男達の銃撃をゴロゴロと転がって躱し、レーザー拳銃をファニング連射! BLAMBLAMBLAMBLAM!「「「アババババーッ!」」」

 ならず者の死体がたちまち地面に折り重なった。「父さん!」「ウム」物陰から駆け寄るジャック少年に、メロスは手を差し伸べかけ……BLAM! 背中越しに撃った。「グワーッ!」最後の一人がライフルを取り落とし、バルコニーから墜落した。地面に激突した頭蓋が砕ける!「アバーッ!」

 ガタン! ブルルルル……エンジン音にメロスが目を向けると、ガバナス給水車がタイヤを空回りさせながら急発進しつつあった。運転席でハンドルを握るのは、恐怖に顔を引きつらせた鼻血下士官。「お待ちを!」「アイエエエ!」トルーパーがわらわらと側面にしがみつく。ランプの姿は既にない。

 給水車が去り、住民が戻り始める中、バルーは恐る恐る歩み出した。「アー……よう、メロス=サン」「バルー=サンか! 久しいな」メロスが破顔した。「こんな田舎に何の用だ。ケンカ相手なら間に合っているぞ」「こっちの台詞だぜ。GRRRR……」年を経て円熟した様子の旧友に、バルーは内心胸を撫で下ろした。

「ドーモ、はじめまして。リュウです」「ゲン・シンの息子、ハヤトです」「覚えているとも。立派に成長したものだ」メロスの分厚い手が若き宇宙ニンジャの両肩を叩いた。「ゲン・シン=サンは息災か」「いえ」ハヤトの顔が曇った。「ガバナスの侵略が始まったあの日、母や妹と一緒に……」

「そうか……惜しい男を亡くした」メロスは瞑目した。「それ以来、僕は仲間達と一緒にガバナスと戦っています。だけど宇宙船が故障して……修理用のネジを作ってもらいに来たんです」頭を下げるハヤトに、「それはできん」メロスはかぶりを振った。「せっかくだが、職人稼業はもう辞めたのだ」「エッ?」

「待ってくれ」バルーが食い下がる。「ハヤト=サンは未熟だが、真の宇宙の男だ。ひとつ手を貸してやっちゃくれんか。昔みたいに若い衆の面倒を見るつもりで……」「俺はもう二度と他人を助けん。他人の助けも求めん」メロスは表情を硬くした。「息子と共に、荒野に骨を埋めると決めたのだ!」

 重苦しい空気が流れた。「エット……僕のこと覚えてる? ジャック=サン」場を和らげようと差し出したハヤトの手を、ジャック少年は乱暴に振り払った。「西部の勇者は、死を分かち合う友としか握手はしないんだ!」メロスは息子を抱え上げ、馬の背に乗せた。「行くぞ。もうここに用はない」

「待ってくれ! せめて教えてくれ!」ハヤトが駆け寄った。「一体何があったんだ! 奥さんと二人の娘さんはどこへ……」「ヤメロ!」馬上のメロスは声を荒げて遮った。「今更何をしたところで、妻と娘は蘇りはしない!」「エッ……!?」ハヤトは言葉を失った。

 その時。「や……やい、メロス=サン!」空のバケツを手にした宇宙テンガロンハットの中年男が、白馬の前に立った。「アンタのせいでまた配給がお預けだ! うちの女房とババアを干からびさせるつもりか! 人でなし! バカ!」震え声で罵る男を、メロスが怒りの籠った目で見下ろす。

「連れてかれたガキ共も戻って来ねえ! この町はすっかりジゴクになっちまった! それもこれも、ア、アンタが大人しくガバナスに従わねえから」BLAMBLAM! メロスのレーザー拳銃が火を噴き、穴の開いたバケツとハットが地面に転がった。「アイエエエ……!」男はへたり込んで失禁した。

「この町をジゴクに変えたのは、お前達自身だ!」メロスは吠え、憤怒のままに手綱を打ち付けた。ダカダッ、ダカダッ、ダカダッ……! 親子を乗せた白馬がみるみる遠ざかってゆく。それを見送りながら、「メロス=サン……」ハヤトは呆然と呟いた。

「教えて下さい! メロス=サンの一家に起きた事を!」「頼む、話してくれ!」必死に呼びかけるハヤトとバルーの声から逃げるように、コロニーの住人がメインストリートを足早に行き交う。リュウは腕組みして建物の壁にもたれ、苦い顔でその様子を見ていた。(この町の連中、何をやらかしやがった)

「どけ!」「道を開けろ市民!」ニンジャトルーパーが掻き分けた群衆の間から、ランプの乗馬が現れた。「メロスの秘密を知ろうとするな、流れ者ども。さもなくば死ぬ事になるぞ」挑発的なランプの言葉に、ハヤトとバルーが気色ばむ。「どういう意味だ!」「ケンカなら買うぜ! WRAAAGH!」

「ン? 待てよ……貴様らは」ランプはふと思い当たり、彼らの顔を馬上からまじまじと見た。端正な顔立ちの青年、屈強なデーラ人、そしてジュー・ウェア風ジャケットの男……記憶の中の人相書が目の前の三人に重なる。「帰還するぞ、急げ!」ランプは慌ただしく馬首を巡らせ、駆け出した。

「アイエッ!?」「お待ちを!」取り残されたトルーパーが後を追う。「なんだありゃ」呟くリュウのジャケットの裾を何者かが引いた。怯えた顔の老主婦だ。「ア、アノ」「よう、おばさん。俺達になんか用かい」リュウはつとめて穏やかに答えた。「会わせたい人がございます……こちらへ」

 コロニー行政センター執務室。その壁一面を占めるホロスクリーンに、ニンジャアーミーのコーガー団長とイーガー副長が実物大で映し出されている。ZMZMZM……スクリーンの出力が上がり、二人はほとんど実体に等しい存在感で室内に立った。彼らの足元でドゲザするタイタン長官は本物だ。

『銅山の採掘量が目標値に程遠いのは、一体どういうわけだ』イーガーは威圧的にサイバネ義手の拳を握った。「私も遺憾に存じております」長官は顔を上げ、芝居じみた渋面を作った。「コロニーの住人は度し難き怠け者ばかり。私の辣腕をもってしても、これ以上の生産性向上は到底……」

『ダマラッシェー!』コーガーの怒声に漲るカラテは回線越しでも凄まじい。タイタンは辛うじて失禁を堪えた。『左様な言い訳が通用すると思うたか、無能者!』タイタンの喉元に3Dニンジャソードが突き付けられる。「アイエエエエ!」『ノルマ達成か素っ首差し出すか、貴様の道は二つに一つぞ!』

「お慈悲を! 今しばらくのご猶予を!」哀願むなしく、ZMZMZM……二人はスクリーン内へ戻っていった。通信終了。「なんたる事だ」暗転した壁の前でタイタン長官は座り込み、うなだれた。辺境コロニーの監督官として生涯甘い汁を吸い続けるキャリアプランは水泡に帰し、いまや生命の崖っぷちだ。

「長官!」バタム! 執務室のドアを乱暴に開けてランプが入室した。「皇帝直々の勅命手配書はどこです」「電送コピーが机の上にある。ワシゃそれどころではないわい!」頭を抱えるタイタンに構わず、ランプはデスクを引っ掻き回し、3枚のプリントアウトを掴み出した。「間違いない、こいつらだ!」

 ゲン・ハヤト、リュウ、バルー。ドットインパクトプリンタが出力した鉛筆画めいた人相書を覗き込み、タイタンは目を剝いた。「これは……第1級テロリスト『ベイン・オブ・ガバナス』の一味ではないか!」「そうです」ランプはニヤリと笑った。「その特大のキンボシが、今まさに俺達のシマをうろついてるんですよ」

【#3へ続く】


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