ニンジャラクシー・ウォーズ【ファースト・エピソード後編:リアベノーツ・リライズ】
5 スリケン・ショウダウン
謎の宇宙美女・ソフィアとハヤトの邂逅から、数日が経過していた。
第15太陽系、第3惑星ベルダの炎天下。鉱山コロニーの中央広場に集められた数百人の住民は、重苦しい沈黙に沈んでいた。ある者は暗い顔を伏せ、またある者は怒りに歯を食い縛る。親達は子供の目を塞ぎ、眼前の悲惨な光景を見せまいとした。
「「アイエエエエ!」」「ヤメテ! 殺さないで!」「何かの間違いです!」「俺達が何をしたって言うんだ!」
後ろ手に縛られて泣き叫ぶ男は計4人。ガバナス帝国のニンジャトルーパーが横一列に並び、宇宙ライフルの狙いをつける。男達の背後には巨大な穴が掘られ……ナムサン……辛うじて人体とわかる炭化した死骸が折り重なっていた。
「何をしたかだと?」装甲車のハッチに腰掛けた宇宙ニンジャが憫笑した。ミリタリーニンジャ将官装束と角付きニンジャヘルムに身を固めたその男こそ、ガバナスニンジャアーミー副長、ニン・イーガーである。
「バカめ。何もしてないから見せしめになるんだろうが」「「「「アイエッ!?」」」」
「撃てーッ!」
イーガーが右手を振り下ろした。ZIZZZZZZ! 宇宙ライフルが花火めいたエネルギー弾を撒き散らし、「アバーッ!」「アババーッ!」「「アバババーッ!」」男達を瞬時に黒焦げにした。死体は背後の穴に転げ落ち、たちまち他と区別がつかなくなった。ナムアミダブツ……!
人々が凍りつく中、「ハッハハハハ!」イーガーの高笑いが響いた。
「見たか愚民ども! 貴様らが鉱山の接収に抵抗したから、こいつらは犠牲になったのだ!」腰のニンジャソードを抜き、穴の中の死体を指す。「陳情2件、不服従1件、サボタージュ1件! よって計4人を追加で処刑した!」
「「「「「アイエエエ……!」」」」」完全武装のニンジャトルーパー部隊に包囲された群衆は、その場で微かな悲鳴を漏らすしかなかった。
「アノ、イーガー副長」装甲車の傍らに立つ簡素なミリタリー装束の男が、弱々しく抗議した。「我らガバナスの占領下に入った以上、原住民は貴重な人的資源です。願わくば寛大な処置を」
「ア? 何を言っている。久々の地上侵攻だぞ」イーガーの目がカミソリめいて細まった。「せっかくの楽しみに水を差すな。非宇宙ニンジャの事務官風情が」「アイエエエ……申し訳ありません」男はしめやかに失禁した。
「最初だから手加減してやったのだ。今後は……ンー、そうだな」イーガーはニヤニヤと思案した。「10人だ! 反逆行為1件につき、10人を追加処刑する! 肝に銘じておけ!」
「「「「「アイエエエ……!」」」」」
「なんて奴らだ!」中央広場に程近い建物の陰で、青年宇宙ニンジャ、ゲン・ハヤトは拳を固めた。当世風のスマートな宇宙ファッションは、砂埃にまみれた宇宙民族衣装の下に隠されている。
苛酷なるワンマンオペレーション航海を経て惑星ベルダに降りた時、地上は既にガバナスの占領下にあった。人目を避け、無人の焼け跡を転々として、ようやく辿り着いたこのコロニーも例外ではなかった。しかも占領部隊の指揮を執るのはイーガー副長……父母と妹のカタキ!
怒りのまま駆け出したハヤトの足元に、何者かの足が突き出された。「グワーッ!」転倒したハヤトは弾かれたように身を起こし、カラテを構えた。「誰だ!」
「慌てなさンなよ、ニュービー」物陰から人影が歩み出た。ジュー・ウェア風ジャケットの上から宇宙民族衣装を纏ったその男は、見覚えのある微笑を浮かべていた。
「リュウ=サン! 無事だったの?」ハヤトの顔が輝いた。「無事だったのじゃねェよ。俺らを脱出ポッドで放り出したのはテメェだろうが」リュウはハヤトの頭を張った。「おかげでシータにゃ行けねェわ、相棒とははぐれるわ、散々だぜ」
「ゴメン」ハヤトはうなだれた。「あと、アンタ達の船も」「ア? アレはいいさ。ボロ船一隻で命が助かるなら安いモンよ……もっとも」リュウの目がすっと細くなった。「せっかく拾った命をドブに捨てようってンなら、話は別だがな」
「エット、何の事だか」ハヤトは視線を泳がせた。「とぼけやがって。お前いま、ガバナスの連中にカチコミかける気だったろ」「それは」
「お前一人であそこに飛び込んで、イーガー=サンを殺れるか? 殺れねェよなァ。スペースモスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアだぜ」やれやれといった調子でリュウは首を振った。「だったらリュウ=サンも一緒に!」「ヤなこった。俺ァ勝てるケンカしかやらねェ主義でね」
リュウはぶらぶらとコロニーの方角へ歩き出した。ハヤトが毒気を抜かれた顔で後を追う。「リュウ=サンはどうするの? これから」「ア? 相棒を探すンだよ」「その後は?」「知るか。今日のメシにありつけるかどうかもわかんねェってのによ」
「アノ、だったらさ」ハヤトは早足でリュウに追いすがり、思い切って切り出した。
「だったら……僕とリアベ号に乗らないか? ガバナスと戦うために!」
恐るべき処刑セレモニーから解放された鉱山コロニーは、サツバツたる喧騒に包まれていた。
ニンジャトルーパーに連行されて鉱山へ向かう男達の顔は、ゾンビーめいた土気色。目の下には一様に深い隈があった。「アイエエエ眠い……」「もう24時間シフトは嫌だ……死んじまうよォ……」ブツブツと呟きながら、リュウとハヤトの前を通り過ぎていく。
泣き叫ぶ子供を背負い、夫を探す母親。接収を免れたなけなしの物資を奪い合う若者。路地裏に目をやると、家財道具を宇宙リヤカーに山積みにした一家が、鉱夫仲間の前で泣きながらドゲザしていた。
「見逃してくれ! 一生のお願いだ!」「ダメだ! 夜逃げ1件で10人処刑されるんだぞ!」「自分さえよければいいのか!」「連帯責任!」「アイエエエエ……」
「ひでェもんだ」
もぬけの殻の住宅ユニットに寄りかかり、相場の5倍でようやく買い求めた宇宙バッファロージャーキーを咀嚼しながら、リュウはぼんやりと先刻の会話を思い出していた。
(……フーン。で? そのソフィア=サンってのは、女か)(ウン)(美人か)(今まで見たこともない)(そいつァいいや。今度俺にも紹介してくれよ)(アッ、信じてないだろ! ソフィア=サンもリアベ号も実在するんだよ! 現に僕はこうして)(わかったわかった)
謎めいた宇宙美女と、かつてガバナスを滅ぼした伝説の船。宇宙の男の与太話にしても、ハヤトの語った内容はいささか胡乱に過ぎた。
だがあの時、リュウも確かにその場にいた。サイケデリックな金色の光を目撃し、時空のざわめきを肌で感じたのだ。真偽いずれとも判じかね、リュウは難しい顔で腕を組んだ。
悲痛な面持ちで人々を見つめるハヤト。その袖を引く者があった。
「お恵みを……哀れなトシヨリにお恵みを……」老衰か病か、顔の半分が爛れた老婆が、魔女めいた杖にすがってハヤトに哀願する。
「ゴメン、これしか持ち合わせが」懐から数枚の銀貨を取り出すハヤトの首根っこを、リュウが鷲掴みにした。「アイエッ!?」「やめとけ」そのままズルズルと引き離す。
「ちょッ……放してよリュウ=サン! 可哀想じゃないか!」「敵に恵んでやるこたねェよ」「敵?」「振り向くな。歩け」
「……」去りゆく二人の背中を鋭い目で見送った老婆は、おもむろに杖を投げ捨て、顔面をベリベリと引き剥がした。
人工皮膚の下から、美しい女の顔が現れた。薄汚れた宇宙民族衣装が脱ぎ捨てられ、曲がった腰が伸び、パープルラメのレオタードめいたニンジャ装束が露わになる。
「あの男、私のフェイス・オフ・ジツを見破るとは……」ニンジャアーミー諜報部門の長・クノーイは舌打ちした。そのバストは豊満であった。
バルーの消息を掴めぬまま、リュウとハヤトはコロニーの外縁部までやって来た。随分と歩き回り、聞き込みも行ったが、確たる情報は得られずじまいであった。
不意に立ち止まったハヤトを、「ン?」リュウが不審げに振り返った。
ハヤトが睨みつける先はジャンクヤード。そこに集う男達の一団に、尊大な足取りで近づくガバナス将官の姿があった。イーガー副長だ。
「またかよテメェ」リュウはハヤトの肩を掴んだ。「妙な気を起こすなっつッたろ?」「でも、イーガー=サンがあそこに!」「今はやめとけ。何度も言わせンな」「でも!」
ハヤトは涙を堪え、拳を震わせた。リュウは渋い顔で腕を組み……「しゃあねェな」ヨタモノめいて片頬で笑った。「俺があのクソ野郎に一泡吹かせてやるよ。今日のところはそれで我慢しろや」
ザクッ! ザクッ! 銅鑼めいて吊るされた巨大な木製円盤に、鉱山コロニーの男達が宇宙ナイフを投げる。円盤にはターゲットめいた同心円が描かれ、既にナイフが何本も突き立っていた。
リュウは何気なく近づき、鉱夫の一人に話しかけた。「ドーモ。何やってんのアンタら」「ドーモ。見ない顔だな。新入りか」「まァね」
「あいつの所有権を賭けた勝負だよ」男が指差す先、円盤のすぐ横に、子供ほどの背丈のドロイドが鉄鎖で拘束されていた。
人体を戯画化したような特異な形状のボディは、いにしえの万能ドロイドの証だ。地球との交易が途絶え、テクノロジーが後退した第15太陽系において、これほどのドロイドを製造できる者はもはや存在しないだろう。
「あいつはコロニーの共有財産なんだが……ガバナスに献上したら何らかの便宜を図ってもらえるんじゃないかって、誰かが言い出してね。で、奪い合いさ」
カーン! 宇宙ナイフがドロイドの球形の頭部に当たり、クルクルと宙を舞った。サイバーサングラスめいた顔面LEDプレートに「 \ / 」の文字が灯る。『ヘタクソ。デナオシテ、コイ』
「「「ハッハハハハハ!」」」鉱夫の一団が爆笑した。ナイフを外した中年男は、真っ赤な顔でドロイドを睨んだ。「生意気抜かすなトント! 俺が勝ったら、お前を鉄クズにして売っ払ってやったところだ!」『カッテダ。ニンゲンハ、カッテ、スギル』
「同感だな」
万能ドロイド・トントの電子的ボヤキに応える声があった。イーガー副長が歩み出ると、男達は表情を強張らせ、一瞬で静まり返った。
「先程から見ていたが、ドロイド一体差し出して楽をしようという貴様らの心根が気に食わん。非ガバナスの屑どもが考えそうなことだ……そこで」
言うが早いか、「イヤーッ!」イーガーは軍用クナイ・ダートを投擲! クナイは円形ターゲットの中心を貫通し、そのまま背後の岩壁に突き立った! ブルズアイ!
「ハッハハハハ! これで俺の優勝だ。つまりドロイドも俺のもの!」
『アンナ、オトコノ、モノニ、ナリタク、ナイ(TT)』トントの電子的悲嘆に応える者はいない。
「ありがたく思え。屑どもの下等な争いに、このイーガー副長自らケリをつけてやったのだ」イーガーは勝ち誇った顔で一同を見回した。「よもや異議を唱える者はおるまいな? ン?」
「異議あァり!」
素っ頓狂な大声が沈黙を破った。
群衆が左右に割れ、懐手のリュウが歩み出した。ハヤトが険しい顔で後に続く。「誰だアイツ」「余計な事を」「よそ者だ。俺らにゃ関係ねえ」男達は卑屈な囁きを交わした。
「貴様ら、あの時の……!」「ドーモ、リュウです。俺とも勝負してくれよ」「ドーモ。ニンジャアーミー副長、イーガーです。勝負だと?」アイサツを返すイーガーの目が殺気を帯びた。
「宇宙ニンジャが勝負する以上、それはイクサだ。貴様が負けたらタダでは済まさんぞ」「上等だ。俺が負けたら、死ぬまでアンタの奴隷になってやるよ」「ほほう」権力欲を絶妙にくすぐる申し出だ。
ただならぬアトモスフィアに、コロニーの男達は固唾を飲んで見守った。どこからか転がって来た宇宙タンブルウィードが、ベルダの乾いた風に乗ってカサカサと横切った。「「アイエエエ……」」SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)に見舞われた数人が、しめやかに失禁した。
リュウは懐から金貨を取り出した。
「コイン・シューティング。一発勝負」「よかろう。俺は二丁当てだ」
イーガーの返答にリュウは頷き、「イヤーッ!」金貨を空高く放り上げた。「イヤーッ! イヤーッ!」イーガーは目にも止まらぬ速さで軍用クナイ・ダートを投擲!
落ちてきた金貨をリュウがキャッチすると、宣言に違わず2本のクナイ・ダートが突き刺さっていた。観衆の間にどよめきが走る。
リュウは涼しい顔で新たな金貨を取り出した。
「貴様が持ちかけた勝負だ。引き分けは認めんぞ」イーガーは片手を差し出した。「貸せ。俺が投げてやる」「いいよ。三丁当てで勝ちだろ? 軽いモンさ」「何ッ?」
リュウはニヤリと笑い、自ら金貨を投げ上げた。すかさず「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」目にも止まらぬ速さで宇宙スリケンを投擲!
金貨が落ちてくるには数秒を要した。
イーガーがキャッチした金貨には、宣言に違わず3枚のヤジリ型宇宙スリケンが突き刺さっていた。そして、見よ! 3枚のスリケンは完璧に等角度を成し、神秘的な正三角形を作っているではないか!
「ゴウランガ……」ハヤトは目を見開き、呆然と呟いた。
「「「ワオオオーッ!」」」一瞬遅れて観衆が沸く中、イーガーのこめかみに血管が浮かんだ。「ヌゥーッ……!」
「ゲン・シン=センセイなら、四丁当ても楽勝だったぜ」リュウは挑発的に笑った。「俺に負ける程度のワザマエでセンセイが殺れるかよ。部下にアンブッシュでもさせたんじゃねェの? ン?」
「よ……よかろう!」全身をわなわなと震わせつつ、イーガーは辛うじて己を制した。「今回は負けを認めてやる。だが貴様は必ず、俺のカラテで殺してやるぞ!」
「覚えてる自信ないぜ」リュウはトントに屈み込んだ。『ワタシハ、ドウナル、ウンメイデ、ショウ』「知るか。好きにしな」外された拘束鎖が地面に落ちる。
「ンじゃ、イーガー=サン。オタッシャデ」
悠然と去るリュウを、ハヤトは畏怖の表情で追った。キュラキュラキュラ……車輪走行のトントが後に続く。
だがイーガーは動けない。宇宙ニンジャが同意のもとに勝負して、決着がついたのだ。それを無視して攻撃を仕掛ければ、兄・コーガーの名誉すら毀損するほどのスゴイ・シツレイとなろう。
「貴様ら何を見ている! 解散せんかーッ!」「「「アイエエエ!」」」
イーガーに怒りの矛先を向けられ、蜘蛛の子を散らすように逃げる鉱夫達。その中に数人、明らかに目つきの違う者が混じっていた。彼らは鋭くアイコンタクトを交わし、注意深くバラバラに走り去った。
ジャンクヤードに静寂が戻った。「フゥーッ……」イーガーは深呼吸してメンタルを回復し、振り向かずに言った。「で? いつからそこにいた、クノーイ=サン」
背後にはいつの間にか、妖艶な女宇宙ニンジャが跪いていた。「つい先刻ですわ。何かありましたか」「いや、別に」
「お耳に入れたいことが」クノーイはイーガーの耳元に口を近づけた。赤く濡れた唇が何事かを囁く。
「そうか。実は俺も、あの二人の宇宙ニンジャの存在には気付いていた」先程の敗北などなかったかのような顔で、イーガーは頷いた。「さすがは副長閣下」クノーイの返答は如才ない。
「奴らの機先を制する事だ。目を離すなよ」「ヨロコンデー」
6 ニューボーン・レジスタンス
第15太陽グローラーの強烈な陽光の下、二人の男と一体のドロイドは、乾いた大地を歩き続けていた。
(((いつまで相棒探しにかまけておる、ナガレボシ=サン。一刻も早くハヤトにインストラクションを授けよ!)))
ゲン・シンの叱声がリュウのニューロンを苛んだ。「たまんねェな」リュウはうんざりと呟いた。宇宙船乗りとして暮らしてきたこの数年、厭わしき過去からの声はすっかり鳴りを潜めていた。それが突然ぶり返した理由は明らかだ。
リュウは立ち止まり、ハヤトを振り返った。
「いつまで俺に付き合ってンだ、ハヤト=サン」「僕も一緒にバルー=サンを探すよ。はぐれたのは僕のせいでしょ」ハヤトは生真面目に答えた。
キュラキュラキュラ……万能ドロイド・トントの車輪走行音が、リュウのニューロンをさらに逆撫でした。「何でお前までついて来ンだよ」『メイレイシテ、クレナイト、コマリ、マス』
リュウは舌打ちした。「腑抜けた事言ってんじゃねェ。テメェに命令するのはテメェ自身だろうが」『ソレデ、ヨロシイノ、デスカ』「俺はそうやって生きてきたぜ」適当に答えるリュウは、トントの顔面LEDプレートに表示された三角形の警告マークに気付かない。
『デハ、キホン、セッテイヲ、カキカエ、マス』
「……ア?」
ピボッ。トントの動きがフリーズめいて停止した。
キキキ、カリカリ……UNIX駆動音とともに、「OVERRIDE」「REFORMAT」「NORETURN」といった不穏な文字列が顔面を流れる。「オイ、どうした」リュウの問いにも無反応だ。
「オイオイ、やっちまったかァ? ……ま、いいか」
トントを残して去ろうとしたリュウの前に、「マッタ」身長7フィートに迫る屈強な男が立ちはだかった。肩に座らせた少年を降ろし、壁めいて両手を広げる。「ドーモ、リュウ=サン。俺の名はドウギ。こいつは息子のイサ」「ドーモ!」少年が白い歯を見せて笑った。
「ドーモ、ゲン・ハヤトです」「ドーモ、リュウです」リュウは懐手のままオジギした。お世辞にも礼儀正しい態度とは言えない。
「アンタ見覚えがあるぜ。さっきジャンクヤードにいたよな」リュウの問いにドウギは答えず、威圧的に半歩踏み出した。「一緒に来て頂きたい」
「フーン」リュウはニヤリと笑った。「嫌だと言ったら、どうすンの」「力ずくでも連れて行く」さらに半歩。「面白ェ」
「コラ! 大人しくついてこい!」
張り詰めるアトモスフィアを破ったのは、二人に割って入ったイサ少年だった。「お父ちゃんはコロニーで一番の力持ちなんだぞ!」リュウに指を突きつけ、頬を膨らませる。
リュウは気勢を削がれて苦笑した。「フーン。強いんだな、父ちゃんは」「そうさ!」イサが満面の笑みで頷く。
「わかったよ、坊主。どこへでも連れてってもらおうじゃねェか」
リュウの言葉に、背後のハヤトは胸を撫で下ろした。
「君、さっきのドロイドだろ? 一緒に行こう!」イサはトントに駆け寄り、ヤットコ状のマニピュレーターを手に取った。いつの間にか再起動していたトントの顔面に「 Λ Λ 」の文字が灯る。
『オト、モダチ。オト、モダチ』キュラキュラキュラ……イサと共に歩むトントは、明らかに先程とは異なる電子的アトモスフィアを放っていた。
岩場の麓に作られた無数の石造りの門は、第1世代開拓民の洞穴型住居の名残りだ。ドウギはその一つにリュウとハヤトを招き入れた。イサは見張りに立ち、トントが自主的に加わった。
崖の上からその様子を見つめる、パープルラメ装束の女宇宙ニンジャあり。だが気付く者はいない。ナムサン……クノーイの宇宙ニンジャ野伏力は、トントの万能センサーはおろか、リュウの宇宙ニンジャ第六感すら欺いたのだ。
リュウ達は石門のノレンを潜り、洞穴めいた地下通路を進んだ。
その先に、岩肌をむき出しにした広大な空間が広がっていた。狩猟用宇宙ライフル、ピッチフォーク、ツルハシ、ボー……思い思いの得物で武装した数十人の男達を、電子カンテラの光が照らし出す。
「ドーモ、はじめまして。カミジです。ご無礼をお許し下さい」壮年の男が立ち上がり、一同を代表して丁寧にアイサツした。「ドーモ、ゲン・ハヤトです」「ドーモ、リュウです」アイサツしながら、リュウは手近な岩に腰を下ろした。お世辞にも礼儀正しい態度とは言えない。「で? 俺に何か用かい、カミジ=サン」
「ここにいるのは皆、ガバナスと戦うことを誓った同志です」カミジの言葉に一同が頷いた。「先程ジャンクヤードで、同志達が貴方のワザマエを拝見しました。もしや貴方は、人知れず第15太陽系の平和を守るという、宇宙ニンジャクランのお方では?」
「アノ、それ、僕……」ハヤトはおずおずと言いかけ、ハッと気付いてかぶりを振った。今の自分ごときのワザマエで、どうしてゲンニンジャ・クランの後継者などと名乗れようか。
リュウは肩をすくめた。「俺ァただの宇宙船乗りだよ。そんな大層なモンじゃねェ」「では、一人の宇宙船乗りとして力をお貸し頂けませんか」カミジが食い下がる。
「もちろんOKだよね、リュウ=サン?」ハヤトはたまらず割り込んだ。圧政に抗するレジスタンスに、優れたワザマエの宇宙ニンジャが力を貸す。それこそがクランのあるべき姿だと、彼には思えたのだ。しかし。
「ゴメンだね」
「エッ?」にべもないリュウの返答に、ハヤトは絶句した。「ハッハハハハ!」ドウギが呵々大笑した。「見込み違いだったなカミジ=サン! この男、とんだ腰抜けよ!」
「どうしてもですか」なおも諦めないカミジに、リュウは冷淡に答えた。「悪いな。俺ァ勝てるケンカしかやらねェ主義でね」
「何だと!」「どういう意味だ!」「我々が負けるとでも?」気色ばむ男達に、「おうよ。負ける負ける」リュウはせせら笑った。「これしきの人数と武器で、ガバナスの連中と勝負になるかよ。スペースモスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアだぜ」
なんたる言い草! ハヤトの頭に血が上った。「見損なったよリュウ=サン! 僕はこの人達と一緒に戦う!」「アッソ」リュウはあっさりと立ち上がった。「ならお前とはここまでだな」
「待て!」「ガバナスに密告する気では?」殺気立ってリュウの行く手を阻む男達を、カミジが押し留めた。「彼はそのような事をする人ではありません」静かだが有無を言わせぬ口調だった。「我々の戦いは自由意思に基づくべきだ。道を開けなさい」
「話が分かるな、アンタ」リュウはようやくカミジの顔をまともに見た。少年のように涼やかな瞳の男だった。
「リュウ=サン!」ハヤトが叫んだ。「こいつらと仲良くな、ハヤト=サン。命を粗末にすンなよ」リュウは振り向かずに片手を上げた。「ンじゃ、オタッシャデ」
ノレンを潜って地上に出たリュウは、強烈な陽光に顔をしかめた。
「アレッ、一人だけ?」イサが目を丸くした。その手には宇宙輪投げ用プラスチックリング。トントのマニピュレータが垂直に掲げられ、同様のリングが何本か絡んでいた。見張りに飽きて遊んでいた様子だった。
「色々あってな。父ちゃんにヨロシク伝えてくれや、坊主」「わかった。また会おうね!」「アー、まァな」曖昧に答えながら、リュウはニューロンの奥底に耳を澄ませた。ゲン・シンの声は聞こえない。
「やれやれ」リュウは溜息をついて歩き出した。トントがリングを投げ捨て、それを追う。キュラキュラキュラ……『ドコヘ、イクノデス』
「俺の勝手だろ。ていうか、まだついて来ンのかテメェ」『ツイテイケト、ジブンニ、メイレイ、シマシタ。ダレニモ、キャンセル、デキマ、セン』
「カーッ!」リュウは額を叩いて天を仰ぎ……諦めた。
仏頂面で歩き続けるリュウを、トントはどこまでも追いかけて行った。「オタッシャデー!」遠ざかる宇宙ニンジャとドロイドの姿に、イサは手を振り続けた。
地下アジトではレジスタンスの会議が紛糾していた。
「なぜだ! なぜ奴らの駐留キャンプを攻めてはいかんのだ!」
ドウギの怒声が地下空間に響いた。「臆したか、カミジ=サン!」「あんな腰抜けの言葉に惑わされるな!」血気に逸る男達が同調する。
「リュウ=サンは腰抜けじゃない!」反論するハヤトを目で抑え、カミジは静かに口を開いた。
「潔く攻め入ってハナビめいて散り、我々の死にざまを三惑星に知らしめ、奮起を促す……それもひとつの戦い方でしょう。しかし私は、むしろセンコの如くありたい。命ある限り燃え続け、人々の心に戦いの火を灯して回りたい」
一同はいつしか静まり返っていた。
「長い道のりになるでしょう」眼差しに光を湛え、カミジは仲間達を見回した。「我々は何度もブザマを晒しながら、一日でも長く生き抜いて、一つでも多くの火を灯すのです。人々の怒りが大きなうねりとなってガバナスを打ち倒す、その日まで」
「ウオオーッ! 俺はやるぞカミジ=サン!」真っ先に感化されたドウギが、雄叫びと共に両手を突き上げた。「「「オオーッ!」」」幾つもの拳が後に続く。「俺もだ!」「最後に勝つ!」「何年かかっても!」「「「ウオオオオーッ!」」」
熱狂的なアトモスフィアが立ち込める地下空間の片隅で、ハヤトは取り残されたように座り込んでいた。カミジはその傍らに腰を降ろした。
「良かったのですか、リュウ=サンと一緒に行かずに」「アッハイ」ハヤトは寂しげに笑った。「未熟な僕が足手まといだったんです、きっと」
会議はひとまず解散となった。ハヤトは俯いて男達に続き、ノレンを潜って陽光の下へ出た。
彼らを除き、もはや地上には誰もいなかった……誰も?
「イサ……イサ? どこだ?」周囲を見回すドウギの声が切迫する。「どこにいる、イサ! 返事しろーッ!」その時!
「ドーモ、身の程を知らぬ反逆者の皆さん! イーガー副長です!」
イサの襟首を掴むイーガーが、崖の上に姿を現した。ニンジャトルーパーの一団が岩陰から湧き出し、ドウギ達を包囲する!
イーガーはニンジャソードを抜き、少年の喉元に突き付けた。「無駄な抵抗は止めろ! ガキの命が惜しければ大人しく……」
「お父ちゃん! ヤッチマエーッ!」
イサの叫びが投降勧告を遮った。「お父ちゃんはコロニーで一番強いんだ! こんな奴らの言うこと聞くなーッ!」
「なッ……余計な事を抜かすな! 人質は人質らしくしておれ!」予想外の反応にイーガーは動揺し、少年の首根を吊り上げた。「アイエエエエ!」
その一瞬でドウギは覚悟を決めた。「ウオオオーッ!」雄叫びをあげてニンジャトルーパーに掴みかかる!「グワーッ!」
「武器を!」カミジが叫んだ。レジスタンスの男達は洞穴にとって返し、得物を手に次々と飛び出した。「ウオーッ!」「ヤッチマエ!」ヤバレカバレで突撃!
「チィーッ! どいつもこいつも、とんだ野蛮人どもよ!」イーガーはニンジャソードを掲げた。「もういい! 皆殺しにしろーッ!」
乱戦が幕を開けた。
イーガーが彼らを侮り、最下級のニュービートルーパーを引き連れて来たことが、レジスタンスの一団に幸いした。カジバチカラを発揮した彼らは、束の間とはいえニンジャアーミー相手に持ち堪えて見せたのだ。
「イヤーッ!」カミジは死に物狂いでボーを振り回し、ニンジャトルーパーの斬撃を打ち返した。BLAM! BLAM! BLAM! 仲間がすかさずライフル射撃! トルーパーは側転回避するも、反撃に繋げるにはワザマエが足りぬ!
「ウオオーッ!」ドウギは手近のトルーパーを抱え上げ、渾身の力で投げ飛ばした。「「「グワーッ!」」」数名が巻き込まれて地面に転がる。
好機! ハヤトは回転ジャンプで飛び込み、「イヤーッ!」逆手に握った伸縮刀をトルーパーの一人に突き立てた!
「アバーッ!」爆発四散! だが一人をカイシャクするのが精一杯だ。残りのトルーパーがネックスプリングで起き上がり、ニンジャソードを手に殺到する。「イヤーッ!」ハヤトはワーム・ムーブメントで辛くも回避!
「イサ! 待ってろーッ!」急坂を駆け登るドウギを、イーガーは凶暴な笑いで待ち受けた。父の手が息子に届く寸前まで引きつけ……「イヤーッ!」肘から先を切断!「グワーッ!」仰け反った胴体を、「イヤーッ!」袈裟懸けに斬り下げる!「アバーッ!」
ドウギは血飛沫を上げて転げ落ちた。「お父ちゃァーん!」絶叫するイサをイーガーはさらに高く吊り上げ、血塗れのソードを心臓に突き付けた。「ハッハハハハ! 貴様も父親の後を追うがいい!」「アイエエエ!」
「「ヤメローッ!」」ハヤトとカミジが危険を顧みず肉薄!
「貴様が頭目か。ガバナスに楯突く愚かさを知れ!」イーガーはイサを放り捨て、「イヤーッ!」カミジの眉間めがけて軍用クナイ・ダートを投擲した。その瞬間!
「イヤーッ!」どこからか飛来したヤジリ型宇宙スリケンが、クナイを空中で叩き落とした。「何奴!」イーガーが巡らせた視線の先には、両手に宇宙スリケンを構えるリュウ!
「嫌な予感がして戻ってみりゃァ……やってくれたな、イーガー=サン!」
「フン、どうだリュウ=サン。仲間を目の前で殺られる気分は!」イーガーは勝ち誇った。「仲間ァ? テメェ何を勘違いして」「この程度の雑魚ども、もう少し泳がせても良かったが……貴様の仲間ならば話は別よ」
「フーン」リュウの目が怒りに細まった。「つまりアレか。テメェは俺をムカつかせるためだけに、こいつらを襲ったってワケか」「ハッ! 実際ムカついたろ? この俺をコケにした当然の報い……」
「ザッケンナコラーッ!」
「アイエッ!?」怒れる野獣めいた宇宙ヤクザスラングが、イーガーの笑いを凍りつかせた。「イヤーッ!」リュウは天高く跳び上がり、空中回転を開始した。宇宙民族衣装の裾がはためき、トルネードめいて渦巻く!
「ミダレ・ウチ・シューティング! イイイイヤアアアーッ!」
高速回転の中から宇宙スリケンが無数に放たれ、金属の雨の如く降り注いだ! ニンジャトルーパーの眉間が、心臓が、股間が次々と貫かれる!「アバーッ!」「「アババーッ!」」「「「アババババーッ!」」」
恐るべきヒサツ・ワザによってトルーパーは次々と爆発四散を遂げ、その数をみるみる減じていった。「ヌゥーッ!」宇宙ニンジャヘルムの下、イーガーのこめかみに脂汗が流れた。このままでは全滅必至!「クソッ! 退けェーッ!」ヒキアゲ・プロトコル!
「「「「「イヤーッ!」」」」」イーガーと僅かな生き残りトルーパーは色付きの風となり、瞬時に姿を消した。
イクサは唐突に終わった。
傷ついた男達を助け起こすハヤトをよそに、リュウは無言でドウギ親子を見つめていた。「お父ちゃん! お父ちゃん!」生命なき巨躯を少年が揺さぶる。「死んじゃダメだ、お父ちゃん! お父ちゃんってばァ!」
(((オヌシ、この者らにハヤトを押しつけ、厄介払いするつもりであったか)))
ニューロンの奥底からゲン・シンの声が責め立てた。(((ガバナスを挑発して己が怒りを買えば、彼らには塁が及ばぬとでも思うたか!)))
その声は、リュウの潜在意識が再生する人格エミュレータめいた幻聴であり……彼自身のメンタリティを反映してもいた。
然り。いま彼は己を恥じていた。過去を厭い、のらりくらりと逃げ続けたあげくがこのザマだ。
やがて、イサは物言わぬ父から身を離し、立ち上がった。
「ウッ……ウグッ」小さな口を引き結び、嗚咽を堪える。両の瞳は憎悪の炎に燃えていた。涙が幾筋も溢れ、父の返り血に汚れた頬を洗った。トントは少年に寄り添い、顔面に「TT」の文字を灯した。
「オーイ! カミジ=サン!」
レジスタンスのメンバーとおぼしき男が、息を切らせながら駆けて来た。「ガバナスの奴ら、また反逆者を逮捕したぜ! デーラ人の男だってよ……アイエッ!?」男の胸倉をリュウが掴んだ。
「どこだそのデーラ人は! 案内しやがれ!」「アイエエエエ!」
『これなるデーラ人! ニンジャアーミーへの抵抗および不敬行為により、明朝ベルダ時間0800時に死刑を執行する!』
耳障りなスピーカー増幅音声を撒き散らしながら、ガバナス宇宙装甲車がコロニー中心街を進む。いかつい車体の後部に繋がれた鎖と鉄枷が拘束するのは、ナムサン……宇宙猿人バルーの両腕だ。
『全住人は0700時までに中央広場へ集合、追加処刑者の抽選に参加せよ! 遅刻・欠席者は無条件で当選とみなし……』
「ARRRRGH! リュウ! 見てるかリュウ!」
鎖に引きずられながらバルーが吠え、スピーカー音声を掻き消した。黄金色の体毛は乾いた血と砂に塗れ、抵抗の激しさを物語っていた。「こいつァ罠だ! 助けになんざ来るんじゃねェぞーッ!」
「名前出すこたねえンだよ」住宅ユニットの陰で様子を窺いながら、リュウは憮然と呟いた。だがバルーに非はない。リュウが既にガバナスと一戦交えたことを、彼は知らぬのだ。
イーガーが手ぐすね引いて待ち構えているだろう。いかな宇宙ニンジャといえど、囚われたバルーを単身で救出するのは至難。勝てるケンカに持ち込む手段はあるにはある。だがそれは……。
装甲車のシルエットは夕暮れの中へ消えた。陰鬱なざわめきが街角に戻る中……リュウは肚を決めた。
「なァ、カミジ=サン」背後に呼びかけると、路地裏の暗がりからカミジが姿を現した。ハヤトが思い詰めた顔で後に続く。
「すまねェ」リュウは頭を下げた。「手前勝手にハヤト=サンを押し付けといて、何言ってンだって話だがよ……」
カミジは片手を上げて遮った。「彼の力が必要なのですね」アルカイックな笑みと共に、若きニュービーの背中をそっと押し出す。「ならば本人とお話しなさい。行くも残るも、ハヤト=サンの自由意思です」
ハヤトは数歩踏み出し、リュウを睨むように見た。リュウは苦虫を噛み潰したような顔で、しかし目を逸らさなかった。気まずい沈黙が流れる。
「……行くよ。僕も」
先に口を開いたのはハヤトだった。「僕もバルー=サンを助けに行く。足手まといにはならない。いざとなったら僕の事は見捨ててもいいから……」
「くだらねェ事抜かすな」リュウはハヤトの頭を小突いた。「俺ァな、ガキを都合良く使い捨てる奴が一番嫌いなんだよ」
リュウは踵を返し、歩き出した。「アーア、ッたくよォ」フードの上からガリガリと頭を掻き、聞こえよがしの悪態をつく。「ニュービーの面倒見るなんざ、俺のガラじゃねえンだがなァ!」
「エッ?」ハヤトが早足で追いすがった。「どういう意味? やっぱり修行つけてくれるの、リュウ=サン?」
「テメェの身ぐらいテメェで守れるようになンな」リュウは歩きながらぶっきらぼうに答えた。「俺の目の前でくたばられちゃ寝覚めが悪ィだろうが。コトが済んだらカミジ=サンに突っ返すワケにもいかねェしよォ」
「……ハイ!」ハヤトはパッと顔を輝かせた。なおもブツブツとぼやくリュウの正面に回り込み、バネ仕掛けめいた勢いでオジギする。「ヨロシクオネガイシマス、センセイ!」
「俺はセンセイじゃねェよ」リュウはことさらに厳しい顔を作った。「それもこれも、このケンカで死なずに済んだらの話だぜ。キアイ入れろよ」「ハイ!」
二人の宇宙ニンジャは、闇の中へと消えていった。
「カラテと共にあらんことを」カミジは深々とオジギして、宇宙ニンジャをリスペクトする古式ゆかしいチャントを呟いた。
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
7 オペレイション・ジェイルブレイク
ベルダ時間のウシミツ・アワー。ガバナスの支配下に置かれた鉱山コロニーは、無慈悲なる24時間シフトを課せられた採掘エリアを除き、死んだように静まり返っていた。日没後の消灯遵守。シフト労働者以外の夜間外出禁止。強制収容所めいたアトモスフィアが街並みに立ち込める。
コロニー南端、闇に閉ざされた岩場の一角を、強烈な白色光が切り取っていた。ガバナス宇宙装甲車の投光器だ。光が照らすのはワンマンサイズの鉄檻。宇宙猿人バルーの巨躯がその中にうずくまり、溜息まじりに呟く。
「アーア、俺もいよいよ年貢の納め時か」
耳ざとく聞きつけた歩哨トルーパーが近づき、宇宙マシンガンの銃把で鉄檻をガンガンと叩いた。「私語を慎め反逆者!」
「ARRRRRGH! うるせェブッ殺すぞ!」バルーは歩哨トルーパーに牙を剥き、鉄格子を掴んで激しく揺さぶった。「アイエッ!?」野獣めいた形相に歩哨トルーパーは飛び退き、失禁を堪えた。
「……チッ! どうせ朝までの命だ。今のうちにせいぜい吠えておけ!」
取り繕うように毒づき、持ち場へ戻るトルーパー。そのわずか数メートル先……光と闇の境界ギリギリに、ジュー・ウェア風ジャケットに身を包んだリュウが潜んでいた。さらに後方、岩場の高みからハヤトが目を凝らす。
リュウがハンドサインを出した。ブリーフィング通りだ。ハヤトは頷き、懐からケムリダマを取り出した。先刻交わした会話が脳裏に蘇る。
(実際時間がねェ。いまお前にくれてやれるのは、簡単なインストラクション一つだけだ。そこの石を拾え)(ハイ)(石コロでもケムリダマでも同じだ。お前が投げた得物は、お前自身の延長だ。物理法則で繋がってる。そいつを投げて、あの岩に当ててみろ)(ハイ。イヤーッ!)……
(なんで外れたかわかるか。繋がりが弱いからだ。ベルダの物理法則を身体に刻み込め。重力とか空気とか、アー、そういうやつな)(ハイ)(お前の石にお前のカラテを籠めて、投げて、あの岩を殴れ。時間まで練習しろ。めいっぱいな)(ハイ、センセイ!)(俺はセンセイじゃねェよ)
束の間のインストラクションを反芻したハヤトは……「イヤーッ! イヤーッ!」決断的にケムリダマを投擲した!
KBAM! KBAM! 狙いあやまたず、檻の周囲に着弾! 閃光と色とりどりのスモッグが撒き散らされ、「敵襲! 敵襲だーッ!」歩哨トルーパーが浮足立つ! ハヤトは闇の中でガッツポーズを作った。(ヤッタ!)
煙に紛れ、リュウは素早く鉄檻に駆け寄った。「イヤーッ!」電子ロックを一息に超振動切断! SLAAASH!
「リュウか!」バルーはたちまち生気を取り戻した。鉄格子の扉を蹴破るや歩哨トルーパーに飛び掛かり、「AAAAAGH!」首の骨を捻じり折る!「アバーッ!」「オイそんな奴ほっとけ! ズラかるぞ!」リュウがバルーの後頭部を張った。
二人は谷間に沿って駆けながら、肩をバンバンと叩き合った。
「ハハハハハ!」「WRAAAHAHAHA! 来るなと言ったろうがテメェ!」「バッカヤロー! 宇宙の男はダチを見捨てねェんだろ!」「違ェねえ! WRAHAHAHA!」
だがその時。「マッタ!」闇からの声が二人の足を釘付けた。
「貴様らはラット・イナ・バッグだ、リュウ=サン!」
イーガー、クノーイ、そして無数のニンジャトルーパーが現れ、二人を包囲した。「ドーモ。イーガーです」「ドーモ、はじめまして。ニンジャアーミー諜報部門長、クノーイです」
「はじめましてじゃねェよな、クノーイ=サン」四方を囲まれてなお、リュウは不敵に笑った。「アンタ昼間のババアだろ? うまく化けたモンだぜ。いや、ババアが美人に化けてンのかな」
「アイサツせよ!」「おっかねェ顔すンなよイーガー=サン。ドーモ、リュウです」リュウはヘラヘラとオジギしつつ……背中に回した手で第2のハンドサインを送った!
「イヤーッ!」
KABOOOM!「「グワーッ!」」イーガーの背後でニンジャトルーパーが爆風に吹き飛ばされ、宙を舞った。「何ッ!?」
「ドーモ、ゲン・ハヤトです! イヤーッ! イヤーッ!」
ハヤトはハンドサインに従い、岩場の上からバクチク・グレネードを次々と投擲した。ケムリダマと共にリュウから託された武器である。
KABOOOOM!「グワーッ!」KABOOOOOM!「「グワーッ!」」バクチクを投げるほどに、ハヤトの狙いは研ぎ澄まされていった。トルーパーの五体が次々とちぎれ飛ぶ!
「AAAAAGH!」バルーは乱れた包囲網に突進し、肩から背中にかけてを叩きつけた。宇宙猿人ボディチェック! トルーパー数人を暴走宇宙トラックめいて跳ね飛ばし、活路を開く!
「デカシタ相棒! 走れーッ!」「ガッテン! WRAAAAGH!」「イーガー=サン、オタッシャデー!」
リュウとバルーの逃走を見届け、「イヤーッ!」ハヤトは最後のバクチクをイーガーの眉間に投げつけた。せめてもの怒りを込めて。
「コシャクな! イヤーッ!」イーガーはクナイ・ダートで空中のバクチクを射抜いた。至近距離で起爆! KABOOOOOOM!
「アバッ……」「アバババッ……」爆炎に焼かれてのたうち回るニンジャトルーパー達。イーガーはその中で怒りも露わに立ち上がり、我が身を包む対爆ニンジャマントを翻した。
その瞬間、「イヤーッ!」流麗な回転ジャンプで、イーガーの頭上を飛び越える影があった。ハヤトだ! 着地と同時に駆け出し、リュウ達の後に続く!
「追えーッ!」イーガーは反射的に叫んだ。
「「「ヨ、ヨロコンデー!」」」傷の浅いトルーパーが一斉に駆け出すも、数歩も行かぬうちに地を転げ悶絶!「「「グワーッ!」」」
「これは!」宇宙ニンジャ第六感がイーガーの足を止めた。地面には無数の禍々しきトゲの塊。それがミリタリー宇宙ニンジャブーツを貫通し、トルーパーの足の裏に深々と突き刺さっていた。ナムサン! 非人道兵器・宇宙マキビシである!
リュウが宇宙マキビシをばら撒くことを、ハヤトは事前に知っていた。故に回転ジャンプで越えた。ブリーフィング通りだ。三人が無事逃げおおせるための、これが最後の一手だった。
まんまと足止めを食らったイーガーは、「貸せッ!」傍らのトルーパーから宇宙マシンガンを引ったくり、闇の中へ光弾を撒き散らした。BRATATATA! BRATATATATA! ……手応えなし。既に足音も聞こえない。
「ヌゥーッ……!」
イーガーは憤怒を抑えた。たかが三人、まだ手はある。
「総員、駐留キャンプに帰還せよ! 夜が明け次第、シュート・ガバナス編隊で捜索を開始する!」
日の出前のキャニオン地帯。切り立った岩壁に挟まれて、戦闘宇宙船リアベ号は薄明の中に武骨なシルエットを浮かび上がらせていた。
「マジかよ」アンティークめいた船体を見上げ、リュウは呟いた。彼はつい先刻までこの船の存在を、半分……いや、九割方疑っていたのだ。ハヤトの道案内に従ったのは、当面の行き先が思いつかなかったからに過ぎない。
ガゴンプシュー……ハヤトは外部操作でタラップを開いた。「リュウ=サン、バルー=サン! 早く乗って!」
二人は顔を見合わせた。「一体どうなってる、リュウよ」「知るか」リュウは肩をすくめた。
ピボッ。操縦室の片隅に陣取る万能ドロイドの顔面に「WELCOME」の文字が流れた。『ドーモ。ノリクミインノ、トント、デス』
「オイオイ、なんでまたコイツがいるンだよ」うんざりと首を振るリュウに、ハヤトは屈託なく答えた。「僕が来るように言ったんだ。きっと役に立つと思ってさ」「この野郎いつの間に」『センチョウ、ダッテ、ツトマルゾ( Λ Λ )』
「アッソ。そいつァ頼もしいな……ン?」
軽口を叩きかけたリュウの目が、船内設備群に吸い寄せられた。バルーの脇腹を小突く。「見ろよ、相棒」「ああ。こいつァたまげた」
サブジェネレーター、シールド発生機、広域レーダー、ツインレーザー機銃……それらが所狭しと増設され、ペイロードの浸食と引き換えに、機動力と戦闘力を軍用機以上に引き上げていた。宇宙カネモチの道楽めいた、贅沢極まるカスタマイズだ。
それだけではない。船体を含めた全設備が少なくとも数百年前の年式で、かつ新品だった。第一次宇宙開拓時代のロストテクノロジーが、経年劣化ゼロの状態で目の前にあるのだ。船ごと異次元からPOPしたのでもない限り、存在の説明がつかぬ。
「どう? ゴキゲンな船だろ」胸を張るハヤトに、「ああ」リュウは苦笑混じりに答えた。「最高にイカれてるぜ」
「オイ、ハヤト=サン。何だこりゃ」バルーが指差したのは、中央船室に飾られた「山」「空」「海」のショドーの両端。あり得ない位置に設置された二つのコックピットだ。
「宇宙戦闘機がくっついてるのさ。それも2機! 分離合体して戦うんだ!」「WRAAHAHAHA! ますますイカれてらァ」バルーは呵呵と笑った。
BEEP! BEEP! その時突然、船内に鋭い電子音が鳴り響いた。イエローアラート!
三人は再び操縦室に駆け込んだ。『テッキ、ジョウクウ、ヲ、ツウカチュウ』トントの顔面を「WARNING」の文字が流れる。リュウはキャノピー越しに上空を窺った。宇宙スパイダーめいた機影が3つ、こちらに気付かぬまま遠ざかってゆく。『ワレワレヲ、サガシテ、イルゾ』
「フーン……」思案するリュウの目に、悪童めいた光が宿った。
「よォし! 一丁、リアベ号とやらの試運転といくか」
リュウは主操縦席に座り、てきぱきとコンソールを操作した。宇宙の男の豊富な経験と鍛えられた宇宙ニンジャ洞察力をもってすれば、初見の船の操縦など造作もない。
ZZZOOOOOMMM……! 大出力イオン・エンジンが目覚め、計器類に光が灯る。副操縦席のハヤトは形ばかりに操縦桿を握りながら、リュウの一挙手一投足をニューロンに刻み付けようとした。
ゴンゴンゴンゴン……イオン・エンジンの垂直噴射で、リアベ号はしめやかに上昇を開始した。
「トント、この辺の地図を出せるか」『ダス』
ピボッ。自身を船体に直結させたトントのUNIX操作で、コンソールのグリーンモニタが点灯した。リュウの指が画面をなぞり、敵機の飛び来たった方角を辿る。その先には平野が広がっていた。相当に広く、かつ鉱山コロニーに近い。ニンジャアーミーの駐留地としては絶好のロケーションだ。
「どうする気だ、相棒」バルーは懐から宇宙葉巻を取り出し、鋭い牙で噛み切った。「言ったろ? 試運転だよ」リュウは愉快そうに答えた。
「ちょいとハードに行くぜェ」
8 ニンジャ、ニュービー、ドロイド・アンド・アストロピテクス
赤茶けた平野に整然と組み上げられた軍用モジュール建築群が、昇り始めたばかりの第15太陽・グローラーの光を浴びていた。ガバナス・ニンジャアーミー第7師団の駐留キャンプである。
「離陸準備急げ!」「地上捜索隊集合!」あちこちで号令が飛び、ニンジャトルーパーが駆け足できびきびと行き交う。
ガゴンプシュー……モジュール格納庫の扉が開き、宇宙戦闘機が現れた。由緒正しき帝国主力機、G6-Ⅱ型「シュート・ガバナス」が反重力ドライブで浮き上がり、滑走路へエントリー。ビーム機銃ステーを放射状に広げ、宇宙スパイダーめいたシルエットを形作る。計3機の編隊だ。
『ザリザリ……第2飛行小隊、離陸準備完了』『了解。離陸支障なし』
パイロットと管制塔の会話をニンジャヘルム内蔵IRCで拾い、イーガーはほくそ笑んだ。ニンジャソードを抜き放ち、眼前に整列した下級トルーパーの一団に命令を下す。
「貴様らには鉱山コロニーの捜索を命じる! 反逆宇宙ニンジャの一味をしらみつぶしに探せ! 協力を拒む者は同罪とみなし、現行犯処刑を許可……ン?」
不意に口をつぐみ、イーガーは背後の峡谷地帯に目を凝らした。ZZZZZ……研ぎ澄まされた宇宙ニンジャ聴力が、あらぬ方向から聞こえる異質なエンジン音を捉えたのだ。
「あれは……バカな!」イーガーの顔から血の気が引いた。やおら身を翻し、逆方向へ駆け出す!
「副長!」「イーガー副長、どちらへ!」命令なくして動けぬトルーパー達が直立不動で首を巡らせ、遠ざかるイーガーの背中へ懸命に呼びかけた。
次の瞬間! ZZZZOOOOOM! 峡谷の隙間から縦長の飛行物体が飛び出した。その正体は、90度近いバンク角で飛ぶリアベ号! 谷間を縫うような超低空飛行で、駐留キャンプの対空レーダー網を潜り抜けたのだ!
「アイエエエエ!」ほとんど垂直のコックピットで、ハヤトは悲鳴をあげた。副操縦席から落ちずにいるのがやっとだ。
「ハッハー! どうしたヒヨッコ!」卓越した宇宙ニンジャ平衡感覚で易々とリアベ号を操りながら、リュウは背後に叫んだ。「相棒!」
「いつでもいいぜェ!」中央船室からバルーの声。樹上生活の猿めいた奇妙な姿勢で、ツインレーザー銃座にしがみついている。トントは脚部の電磁石機構で床に吸着、横倒し状態で電子的ボヤキを発した。『トンダ、シウンテン、ダ(><)』
船首レーザー機銃のトリガーに指をかけ、リュウは呟いた。
「借りを返すぜ、坊主」
「FIRE!」「WRAAAAAGH!」
ZAPZAPZAP! BRATATATATA! リュウとバルーはトリガーを引き絞り、駐留キャンプにありったけの光弾を叩き込んだ。モジュール弾薬庫に次々と着弾! KRA-TOOOOOM! 爆発炎上!
「「「グワーッ!」」」無数のニンジャトルーパーが、6インチフィギュアめいて宙を舞う!
離陸直前のシュート・ガバナスが爆風に煽られ、誘導灯を手にしたトルーパーを巻き込んで互いに衝突! KABOOOOM! 爆発炎上!
「「「グワーッ!」」」無数のニンジャトルーパーが、6インチフィギュアめいて宙を舞う!
「退避ーッ!」「退避せよーッ!」トルーパーを山のように過積載した宇宙装甲車、トレーラー、その他諸々の軍用車両が、燃え上がる格納庫から次々と脱出した。そこにリアベ号のツインレーザー機銃が降り注ぐ! BRATATATATA! KABOOOM! KABOOOOM! 爆発炎上!
「「「グワーッ!」」」無数のニンジャトルーパーが、6インチフィギュアめいて宙を舞う!
「イヤッハー! ざまァ見やがれ!」機体を水平に戻しながら、リュウは操縦席で拳を突き上げた。
「や……やったね、リュウ=サン」青ざめた顔で虚勢めいた笑みを浮かべるハヤトに、リュウはニヤリと笑い返した。「ひでェツラだぜ。吐くなら外でやンな」「だッ……誰が!」「ハッハハハ!」
ブガーブガーブガー! レッドアラートが鳴り響いた。
先刻やり過ごした3機編隊が戻ってきたのだ。BEEEAM! BEEEEEAM! 破壊ビームがリアベ号の軍用偏向シールドに阻まれ、閃光を散らした。船体が激しくシェイクされる!「「「グワーッ!」」」『ピガーッ!』
せわしなく葉巻をふかしながら、バルーが操縦席に顔を出した。
「オイどうする! アレを機銃で墜とすのはちと骨だぞ」「上等だ」リュウはシートから立ち上がった。「宇宙戦闘機の乗り心地、試そうぜ」
「だったら僕も……アイエッ!?」腰を浮かせたハヤトの頭をリュウが抑え、副操縦席に押し戻した。「パイロットスクールのヒヨッコにゃ空中戦は無理だよ。大人しく留守番してな」
二人は中央船室に消えた。トントと共に残されたハヤトは、ふくれっ面で操縦桿を握った。「何だよヒヨッコって」だが、その手元は実際頼りない。『カワッテ、ヤッテモ、イイゾ』バイタルセンサーで心身の緊張を感知したトントが、言わでもの電子音声を発した。「バカ言え! お前みたいなポンコツに任せられるかよ」『ショック(><)』
リュウとバルーは宇宙戦闘機のコックピットに身を収め、手早く発進準備を整えた。ZZOOOOM……それぞれの機体のジェネレーターに火が入り、オーバースペック大出力の唸りを上げる。
「お二人さん! 用意はいい?」ハヤトは通信マイクに叫んだ。『おう!』『GRRRR……やってくれ!』
ガゴンプシュー……船体両翼の係留アームが展開した。ハヤトは操作レバーを握りつつ、思わずシートから身を乗り出した。左の機体にはリュウ、右にはバルーが搭乗済みだ。親指を立てる二人に、ハヤトは子供のように手を振り返した。
KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトが炸裂し、2機を高速射出した。反動でリアベ号の船体が激しく揺れ、「アイエッ!?」ハヤトがシートから転げ落ちた。トントは電磁吸着でびくともしない。『ミトレテ、ナイデ、フネヲ、タテナオ、セ』「いちいちうるさいな!」
「戦闘機なんざ久しぶりだな、リュウよ」「腕は鈍ってねェだろうな」「ぬかせ!」リュウとバルーは軽口を叩きながら宇宙戦闘機を加速させた。
「見てろよ……僕だっていつか!」シートに座り直したハヤトは、遠ざかる2機を見送りながら熱っぽく呟いた。
「カミジ=サン、あれ!」
イサ少年が指差す夜明けの空を、レジスタンスの男達が一斉に見上げた。彼らはガバナス駐留キャンプの爆発炎上を聞きつけ、取るものも取りあえずアジトに集まっていたのだ。
見慣れぬ宇宙戦闘機が2機、シュート・ガバナスの編隊に正面から突っ込んでゆく。「無茶だ。どこの誰かは知らんが」カミジが呟いた。3対2。しかも敵機のパイロットは宇宙ニンジャ。彼の目には蛮勇としか写らなかった。
しかし、BEEEEEAM! シュート・ガバナスから破壊ビームが放たれた瞬間、謎の2機は視界から瞬時に消失した!
レジスタンスの全員が目を瞠った。「上だ!」誰かが叫んだ。遥か上方、夜の暗さが残る高空へ、イオン・エンジンの輝きが垂直に駆け上がってゆく!
リュウは宇宙ニンジャ耐G力で、バルーは宇宙猿人の頑強な肉体で、ブラックアウトに抗いつつ笑った。「ハッハァ! こいつァ凄ェや! 宇宙暴走族にでもなった気分だぜ!」「WRAHAHAHAHA!」
たちまち到達した高高度から、両機は垂直降下に転じた。「イヤーッ!」「ARRRRRGH!」ガバナス編隊直上よりパルスレーザー斉射!
ZAPZAPZAP! ZAPZAPZAPZAP! KABOOOOM! シュート・ガバナスの1機が爆発四散した。残る2機は左右に散開。地上すれすれで機首を持ち上げ、リュウとバルーが後を追う。戦闘機同士の背後の取り合い、トモエ・ファイトの開始だ。
殺人的急旋回で、リュウはシュート・ガバナスにぴたりと食らいついた。「ヌゥーッ!」パイロットトルーパーは宇宙ニンジャ耐G力ギリギリのバーティカルループを連発! だが振り切れぬ!
リュウ機のUNIXターゲットスコープが敵機を補足した。アスキー文字で描かれた機影に、リュウは凶暴な笑みを浮かべた。「アバヨ」
ZAPZAPZAP! KABOOOOM! さらに1機撃墜!
「俺もやるぞ! GRRRR!」ZAPZAPZAPZAP! しかし、バルー機のパルスレーザーはシュート・ガバナス隊長機を僅かな差で捉え損ねた。隊長機は過剰加速で振り切り、背後を取り返す!
「ゴボッ……!」フルフェイスメンポの下で吐血しながら、隊長トルーパーは照準モニタに全神経を集中させた。1機。せめて1機でも墜とさねば、たとえ生還できても銃殺刑は免れぬ。
揺れ動くバルー機のシルエットが、モニタ中央に入った。
「死ね! 非ガバナスの反逆者! 死ねーッ!」その時!「ザッケンナコラーッ!」ZAPZAPZAPZAP! 一瞬早く、リュウのパルスレーザーが後方から隊長機を貫いた。「アバーッ!」宇宙スパイダーめいた機体は黒煙を吐き、炎上キリモミ墜落!
KABOOOOM……! 乾いた地上に赤黒い炎が噴き上がり、「「「ウオオオーッ!」」」地上のレジスタンスが歓声をあげた。「スゴイ! スゴイ!」イサは両手をバンザイして、ピョンピョンと飛び跳ねた。
武骨なシルエットの宇宙船が、カミジ達の視界に入ってきた。併走する2機の後ろにつき、相対距離を縮め……おお、見よ! 翼のごとく広げられた係留アームに、宇宙戦闘機が空中ドッキングしたではないか! なんたる航宙術の常識を超越したマニューバか!
アームを畳んで完全に一体化した船体が、レジスタンスの頭上を悠々と低空飛行した。コックピット内にちらりと見えた人影は……
「アッ! リュウ=サン! ハヤト=サン!」イサは目を剥いて叫び、「オーイ! オーイ!」ちぎれんばかりに両手を振った。
謎めいた宇宙船は高度を増し、大気圏外へ飛び去ってゆく。
「……リアベ号は3つにブンシンしてガバナスの目を欺き、ジルーシアの地に降りた」カミジは無意識のうちに、地球文明圏に語り継がれる伝説の一節を口にしていた。「その身から分かたれた2機は聖なるリアベの実に導かれ、直径10メートルのトンネルを潜り、邪悪なる惑星大要塞の炉心を貫いた……」
「リアベ号?」「リアベ号だと?」「まさか実在していたとは!」「スゴイ……!」レジスタンスの男達は畏怖に打たれ、互いに熱のこもった眼差しを交わした。
「大いなる宇宙の意思が、第15太陽系に伝説の船を遣わした! 我らの最終的勝利に疑いないぞ!」誰かの声に、「「「ウオオオオーッ!」」」男達は雄叫びをあげ、暁の空に何度も拳を突き上げた。幾人かはその場に跪き、泣きながら祈りを捧げ始めた。
その様子に、カミジは確信を込めて頷いた。彼らは今この時、真のレジスタンスとして産声を上げたのだ。
「お父ちゃんにも見せたかったなァ」イサが大人びた口調で呟いた。
ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」の艦長席で、コーガー団長は苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。「第7師団全滅の件ならばとうに把握しておるよ、イーガー!」
「アイエッ」這う這うの体で逃げ帰ったばかりのイーガーは、跪いた身体をびくりと震わせた。
コーガーの傍らには、クノーイがそ知らぬ顔で控えていた。いつの間に帰還していたのか。そして何を報告したのか。今のイーガーに彼女を問い詰める余裕はない。
「すまん、兄……いや団長。だが今回は相手が悪い。ベイン・オブ・ガバナスが」「バカメ!」コーガーの大音声が弁明を封殺した。「リアベ号とその乗組員どもを始末するまで、ここに戻ってくる事は許さぬ!」
「ピガーッ!」「ピガガーッ!」ブリッジクルーが頭部から火花を散らしてバタバタと昏倒した。サイバネ化及び自我漂白されてなお、ニューロンがコーガーの怒気に耐えかねたのだ。
イーガーは顔を伏せたまま、こめかみに血管を浮き上がらせ、ギリギリと噛み締めた奥歯の隙間から声を絞り出した。「ハイ……ヨロコンデー……!」
ガゴンプシュー……憤然と退出したイーガーの背後で、ブリッジの自動ドアが重々しく閉じた。
「フゥーッ」コーガーは艦長席に身をもたせかけ、嘆息した。「クノーイ=サン」「ハッ」「オヌシも行け。イーガー副長を補佐せよ」
兄として精一杯の譲歩だった。「ヨロコンデー」クノーイは淡々と答え、次の瞬間には姿を消していた。
宇宙ニンジャ、若きニュービー、万能ドロイド、宇宙猿人。三人と一体のクルーを乗せたリアベ号が、無限の大空間を慣性飛行で巡航する。
「これからどこに行こうか、船長!」ハヤトが尋ねた。
「船長? 船長ねェ」まんざらでもない様子で主操縦席にもたれるリュウのニューロンに、ゲン・シンの声が割り込む。(((インストラクションを忘れるでないぞ、ナガレボシ=サン)))(そのうちな。いま気分がいいんだ。邪魔すンなよ)(((なんたる言い草か!)))(ハイハイ)
亡きセンセイの声音からは、心なしか苛烈さが薄れていた。受け流すリュウにも、ある種の余裕あるいは覚悟が生まれていた。両者は長い付き合いになることだろう。
「そうさなァ……第1惑星シータなら、まだガバナスの手も及んでねェかもな」「シータか」リュウの言葉にバルーは目を輝かせた。「俺達デーラ人の故郷だ。いい星だぜ。メシもうまい」『トントハ、メシヲ、クワナイ』「なら黙ってろポンコツ!」「一言多いなァ、お前」ハヤトが呆れ顔でドロイドを振り返る。
「よォし、シータに針路を取る」リュウは逞しい腕で操縦桿を握り直した。「了解! ガバナスからシータを守ってやろうよ」『オオキク、デタナ』「GRRRR……それでこそ真の宇宙の男だ」
ZOOOOM……リアベ号は加速を開始した。
宇宙帆船の船窓越しにそれを見送り、宇宙美女ソフィアはアルカイックな微笑を浮かべた。鍵盤楽器めいたコンソールに細い指を滑らせ、神秘的な電子操作音を奏でる。
白銀の宇宙帆船は光子セイルを一瞬煌めかせ、しめやかに三次元空間から消失した。
【リアベノーツ・リライズ】終わり
マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第2話「恐怖! 忍者兵団」
セルフライナーノーツ
スロースターター:TVショウ第1話のオープニングから活躍するカッコイイ宇宙ニンジャ、“流れ星”と“まぼろし”。だが本編では4話になるまでその勇姿を拝めず、2人揃うのはなんと6話からだ。全27話しかないのに!
いささか立ち上がりが遅すぎる。そこでマッシュアップ元の「ニンジャスレイヤー」に倣い、本マガジンはカットアップ方式を採用、オリジン・エピソードを後回しにしました。
子供が人質になるシチュエーション:当時の特撮TVショウの傾向でもあるが、実際多い。今後もちょいちょい出て来ます。
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