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ニンジャラクシー・ウォーズ【リベレイテッド・ドージョー】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。本テキストは、70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」と、サイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


◆#1◆

「君は、本当に……僕を殺すのか」

 仰向けの少年が声を震わせた。マウントポジションを取り、彼の喉元に宇宙ニンジャソードを突きつけているのも、同じく半ズボン黒装束の少年だった。

 ここは第3惑星ベルダ、オニガ・マウンテン。ガバナス帝国が侵略後に命名した山岳地帯である。険しい山肌の中腹、切り立った崖の上の僅かな平地が彼らの決闘の場となり……そして今、残酷な結末を迎えようとしていた。

「見事なりモモチ=サン! トドメオサセー!」

 背後から何者かの声が飛んだ。モモチと呼ばれた少年はぎくりと身を強張らせ、おそるおそる振り向いた。

 オリーブドラブのミリタリー装束に身を包んだ宇宙ニンジャが、無個性なニンジャトルーパーの一団を従えて背後に立っていた。鉄仮面めいた二本角フルフェイスメンポの下でギラリと光る眼に射竦められ、モモチの顔が恐怖に歪んだ。「オニビト=センセイ……」

「夢への第一歩を踏み出せ!」オニビトは決断的に人差し指を突きつけた。「恐怖は最初だけだ。その手を血で汚す勇気のある者にのみ、輝かしき未来が開ける! 今がその時ぞ!」

「アッハイ!」モモチは反射的に仰向けの少年に向き直り、喉笛を掻き斬ろうとした。センセイの命令には絶対服従。さもなくば落第刑あるのみ。
 ……だが、手が震えて切っ先が定まらぬ。

 ジゴクめいた修行の束の間、二人であげた笑い声、寝転んで浴びた木漏れ日の暖かみ、口いっぱいに頬張った給食オニギリの味……それらの思い出がニューロンに次々とフラッシュバックした。

「僕は……嫌だ……!」

 モモチは呟き、ぎゅっと目を閉じて……決断した。
「サトル。逃げよう」「エッ?」

「イヤーッ!」モモチは突如サトルの身体を掴み、組みつかれた体を装って二人でゴロゴロと転がった。その先には断崖が深い口を開けている。
「アイエッ? 何するんだモモチ!」「飛べ! イヤーッ!」「アイエエエエ!」

 二人は谷底の激流へ身を躍らせた。SPLAAASH! 激しい水の流れはたちまち少年達を引き離し、下流へと連れ去ってゆく!

 オニビトが崖下に駆け寄り覗き込んだ時、既に二人の姿はなかった。
「モモチ=サンめ、やりおったわ」しかしオニビトの呟きには、どこか嬉しげな響きがあった。

 ゴウンゴウンゴウン……全長数宇宙キロに及ぶ漆黒のメガストラクチャーが、エテルに満ちた宇宙空間を突き進む。ガバナス帝国ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」の巨体である。

 その広大なブリッジ内で、艦長にしてニンジャアーミー団長、ニン・コーガーは静かにニンジャソードを抜き放った。「イヤーッ!」裂帛のキアイとともに振り下ろす!

 ガキィン! 弟・イーガー副長のサイバネアームが、刀身をがっちりと受け止めた。キュイ、キュイイイ……前腕部から駆動音が響く。「このままだと剣を折っちまうぜ、兄者」イーガーはニヤリと笑った。
「ピガッ……」「ピガガガッ……」コーガーのキアイでニューロンを損傷したサイバネブリッジクルーが数人、煙を吐きながら倒れた。

「よかろう。ミネウチとは言え、よくぞ我が太刀を受けた」コーガー団長は頷き、ソードを収めた。「マボロシ=サンに斬り落とされた左腕の代わり、充分務まりそうだな」
「充分どころか!」キュイイイ。イーガーは憎悪を込めてサイバネ拳を握りしめた。「このアイアンクローでマボロシ=サンの心臓を掴み出し、生きたまま握り潰してやるぜ!」

「一段と逞しくなられましたわ、副長」妖艶な女ニンジャ、クノーイが如才なく追従した。パープルラメの装束に包まれたそのバストは豊満である。
「カーッカッカッカ!」「ハハハハハ!」兄と弟は哄笑し、アームレスリングめいて掌を打ち合わせた。

『コーガー団長!』

 壁面に飾られた黄金宇宙ドクロレリーフが起動し、両眼のUNIXランプを点滅させた。現皇帝・ロクセイア13世からの通信だ。
「ハハァーッ!」コーガーは電撃的速度でドゲザした。その背後でイーガーとクノーイが跪く。

『第3惑星ベルダのジュニアドージョー計画、進捗は如何に』「ハハーッ! オニビト=サンの報告によれば、カリキュラムは予定通り進行中。類い稀なる素質の少年を見出しました故、近々陛下にお目通りさせまする」
『ムッハハハハ! 楽しみなことよ。その者のニンジャネームは余自ら賜ろうぞ』「ハハァーッ恐悦至極!」

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 ベルダ大山岳地帯の麓に広がるバスカの街は、ガバナス侵攻時の大破壊を免れた古都である。だが今や、石造りの街並みには「寝ずに働く」「強いトルーパー」「どんどん徴収されて嬉しい」等のプロパガンダポスターがべたべたと貼り出され、奥ゆかしき景観を容赦なく毀損していた。

 その中をよろよろと歩く、半ズボン黒装束の少年あり。

「ハァーッ……ハァーッ……」
 モモチは石造アパートメントの壁にもたれて座り込み、荒い息をついた。命からがら街に辿り着いたものの、激流の中でサトルを見失い、懐には銅貨一枚の持ち合わせもない。それに……(いまさらウチになんて帰れないよ……)

 俯く視界を影が覆った。ハッと見上げた視界を、宇宙民族衣装の男達が壁めいて取り囲む。
「エット……何か用、ですか」モモチは慎重に尋ねた。男達は無言のまま、モモチの両腕を掴んで乱暴に引き起こした。「ちょッ、放してよ! 放せ!」

 モモチは救いを求めて大通りを見た。通行人は誰一人足を止めず、そそくさと歩き去ってゆく。眼前のインシデントなど存在しないかの如く。ガバナス治世下の市民が身に付けた、それが精一杯の生存戦略なのだ。

「クソッ……!」ほとんど宙吊りで連行されるモモチの血中に、いまだ未熟な宇宙ニンジャアドレナリンが放出された。ドージョーで叩き込まれたイクサ・メソッドが脳裏に蘇り、マインドセットが切り替わる。

 こいつらは街に巣食う宇宙ヤクザの類か。見たところ弱敵。ならば一旦は従い、人目につかぬ場所で反撃、殺すべし。相手が友達でなければ、殺せる。

「グワーッ!」モモチは乱暴に路地裏に蹴り込まれた。反射的にウケミを取って転がり、周囲を伺う。
 目の前に軍用ブーツの爪先があった。モモチは殺気を込めてブーツの主を見上げ、「アイエエエ!」腰を抜かして後ずさった。その者の頭部には……ナムサン! 鉄仮面めいた二本角フルフェイスメンポ!

「アイエエエエ!」モモチの戦意はもろくも崩れ去った。逃げ道を求めて振り向くと、男達はいつの間にかミリタリー宇宙ニンジャ装束に身を包み、ガスマスクめいたフルフェイスメンポを装着していた!「アイエエエエエ!」

「やはり川下の街に辿り着いておったか。流石よな」オニビトは上機嫌で頷いた。「ア、アノ……サトル=サンは」モモチは恐る恐る問うた。「フン」オニビトは鼻を鳴らし、「イヤーッ!」手にした鎖鎌分銅を投擲!

「イヤーッ!」辛うじて分銅をブリッジ回避した瞬間、モモチは悟った。この攻撃を躱して逃げおおせるワザマエは、サトルにはない。今頃はドージョーに連れ戻され、地下ハンセイボウで落第刑の執行を待っていることだろう。

 鎖分銅をヒュンヒュンと振り回しながら、オニビトは猫撫で声を出した。
「戻って来るがよい、モモチ=サン。脱走未遂の件は成績表から抹消してやろう。オヌシは特別なのだ」

「ゴメンナサイ、戻りたくありません! イヤーッ!」モモチは壁沿いに垂直跳躍した。屋上伝いに逃げる算段だ。
 しかし、「イヤーッ!」オニビトの分銅が足首に絡みついた。「グワーッ!」地上に引きずり下ろされたモモチは、全身をしたたか石畳に打ち付けて悶絶した。

「痛かろう。その痛みがオヌシを成長させる」オニビトは諭すように言った。「我がドージョーの門を叩いた以上、カイデンか落第刑か、道は二つに一つ。以後肝に銘じるがよいぞ」「ア、アイエエエエエ……」

 バスカの街の大通りを歩く二人……いや一人と一体は、通行人の中でいささか浮いていた。

「腐ってもバスカの市場だな。今日は久々にうまいメシが食えるぜ」
 宇宙フルーツを山盛りにした大籠をほくほくと運ぶのは、身長7フィート超の宇宙猿人だ。キュラキュラキュラ……子供ほどの背丈の万能ドロイドが車輪歩行で付き従う。

『バルーハ、タベモノニ、カネヲ、カケスギル』ドロイドの顔面LEDプレートに「 \ / 」の文字が灯った。「うまいモン食わにゃモチベーションが上がらねえんだよ、人間様は」『トントニハ、サッパリ、ワカラナイ』「そりゃ気の毒なこった……ン?」
 宇宙猿人バルーが立ち止まり、耳をひくつかせた。万能ドロイド・トントも球形の頭部を回転させ、聴覚センサーの感度を上げる。
「オイ、聞こえたか」『コドモノ、ヒメイダ』

 その時。「タスケテ! 助けて下さい!」悲鳴の主とおぼしき少年が路地裏から飛び出し、二人に駆け寄った。
『ジジョウヲ、セツメイ、シナサイ』トントは極めて論理的に質問したが、直後『ピガーッ!』電子的絶叫をあげた。少年を追って現れた二本角フルフェイスメンポ宇宙ニンジャを視覚感知したのだ。「「「アイエエエエ!」」」通行人が蜘蛛の子を散らすように逃げ去る!

「追われてるんです! 僕はガバナスの」「皆まで言うな」バルーは大籠を放り出し、腰に提げた宇宙ストーンアックスを引き抜いた。宇宙フルーツが石畳に散乱する。
「あの宇宙ニンジャ野郎をブッ飛ばしゃいいんだろ」『ヤメロ。アイテガ、ワルイ』「うるせェ! 困ってる奴を助けねえのは腰抜けだ!」

「ドーモ、オニビトです」二本角ニンジャは鎖鎌を構えつつオジギした。「教師と生徒の問題だ。死にたくなければ首を突っ込むな、非宇宙ニンジャの屑め」「ドーモ、バルーです。知った事か! WRAAAGH!」

 バルーは宇宙ストーンアックスを振り上げて突進した。だが石刃を振り下ろした瞬間、POOF! オニビトの姿はバルーの眼前で消失したではないか! フシギ!

「アイエッ!?」「ハッハハハ! どこを狙っておる」
 オニビトはいつの間にかバルーの背後に姿を現し、肩を揺すって哄笑していた。『マバタキ・モード継続な』ベルトに吊られた謎めいた機械が合成音声を発した。赤く不穏に点滅するLEDランプ。怒りに駆られたバルーはそれに気付かない。

「逃げるな! WRAAAGH!」バルーは振り向きざまに再打撃を試みた。POOF! オニビトは再び消失!
「ハッハハハハ!」再び出現!「WRAAAAGH!」再打撃! POOF! 再消失!「WRAAAAGH!」再打撃! POOF!「WRAAAAGH!」POOF!

「ハァーッ……ハァーッ……どうなってやがる畜生……」息を荒げるバルーを、姿なきオニビトが嘲った。「ハッハハハハハ! 我がオプチカル・マバタキ・ジツが、オヌシ如き猿人に破られるものか!」
 BEEP!『アブナ、イ( >< )』トントは警告音を発したが、時すでに遅し。バルーの背後に出現したオニビトが鎖鎌を振り下ろす!「死ね! バルー=サン! 死ねーッ!」

 しかし次の瞬間、「イヤーッ!」「グワーッ!」KILLIN! どこからか飛来したヤジリ型の宇宙スリケンが鎖鎌を弾き飛ばした!

「何奴!」オニビトが見上げた屋上に、スマートな宇宙ファッションの青年が立つ。その手には宇宙スリケン。すなわち彼もまた宇宙ニンジャである事は明白!

「ドーモ。ゲン・ハヤトです」若き宇宙ニンジャは爽やかにアイサツを決めた。「二人ともダイジョブ? 買い出しの帰りが遅いと思ったら」「いいタイミングだ、ハヤト=サン」バルーは親指を立てた。

「ゲン・ハヤト……バルー……貴様らの名、覚えがあるぞ」オニビトは油断なく距離を取り、鎖鎌を手繰りながら唸った。「リアベ号の反逆者どもが何用だ」
「通りすがりさ。だがその少年は僕らが預かる! イヤーッ!」ハヤト青年はケムリダマを投擲した。KBAM! 周囲に白煙が満ちる!

「こっちだ!」ハヤトはモモチの腕を掴んで駆け出した。バルーはトントのボディを片手で持ち上げた。『チョット、マテ』ドロイドのヤットコハンドが伸び、宇宙フルーツを拾い集める。『タカイ、フルーツガ、モッタイ、ナイ』「テメェの心配をしろポンコツ! WRAAAGH!」バルーはトントを抱えて煙の中に飛び込んだ。

「オノレ! 追え! 追えーッ!」オニビトが叱咤するも、「視界不良!」「方向指示オネガイシマス!」ニンジャトルーパーは狼狽えるばかり。オニビトの強権的リーダーシップは、もとより研修済のトルーパーの自我をさらに希薄化させる傾向にあった。「ヌゥーッ!」

 いち早く白煙を抜け出したハヤトは、モモチの手を引いてメインストリートを走り抜けた。「そこの角を左に曲がって隠れてて。奴らは僕が何とかする」「アッハイ!」「あとで迎えに来るから!」「アッハイ……アノ!」去りかけるハヤトをモモチが呼び止めた。

「アノ……どうして助けてくれたんですか」「僕らはずっとガバナスと戦ってるんだ」「エッ、じゃあホントにリアベ号の?」
 ハヤトは笑顔で片目を瞑り、「イヤーッ!」天高く跳躍して去った。空中で決めた二指敬礼めいたハンドサインが、モモチの網膜に焼き付いた。

「続けェーッ!」「オニビト=センセイ! そろそろ具体的な捜索指示を」「クチゴタエスルナー!」「グワーッ!」

 上級トルーパーが地に転がった。「豊富な経験に基づく儂の勘を疑うか貴様ァーッ!」バスカの街の郊外、岩山の間を駆けながらオニビトは激昂した。「とにかく探せ! モモチ=サンの才能は、オヌシら全員を合わせたより遥かに貴重な……ムッ!?」

「イヤーッ!」
 咄嗟に立ち止まったオニビトの頭上を回転ジャンプで飛び越え、ハヤトが岩山の上に着地した。
「まだ邪魔立てするかハヤト=サン! 儂の生徒をどうした!」「さあね。勝手に探すがいい!」ハヤトはカラテを構えて挑発した。

「生意気な! イヤーッ!」オニビトは鎖分銅を飛ばし、ハヤトの胴体を両腕ごと絡め取った。「グワーッ!」もがくハヤトを嬲るように、鎖をギリギリと引き絞る。
「オヌシはリアベ号の一味で最も未熟と聞く。引っ捕らえてインタビュー授業の教材にでもしてやろう」「授業? 教材だって?」「ハッハハハ! 楽しみにしておれ!」

「イヤーッ!」オニビトはフェイントめいて鎖を手放した。「グワーッ!」ハヤトはバランスを崩し、鎖鎌もろとも岩山の向こうへ落下した。老獪! 力の駆け引きはオニビトの方が上だ。

「教材を確保せよ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」

 ニンジャトルーパーは一斉に岩山を駆け登った。だがその先にハヤトの姿はなく、スマートな宇宙ジャケットがひらひらと宙を舞うのみ。
「目標ロスト!」「指示オネガイシマス!」キョロキョロと見まわすトルーパーの視界を、突如白銀の閃光が切り裂いた。「「「アイエッ!?」」」

「イイイヤアアアーッ!」

 新たな宇宙ニンジャが、流麗なる回転ジャンプエントリーを果たした。
 ひときわ高い岩山に降り立ったその身体は、白銀の未来的宇宙ニンジャ装束に包まれていた。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾。目元を隠す宇宙ニンジャゴーグル。右手の金属製グリップからスティック状の刃が伸び、ジュッテめいたカタナと化す。

「変幻自在に悪を討つ、平和の使者」
 謎めいた宇宙ニンジャはヒロイックなアイサツを放った。
「ドーモ、はじめまして。マボロシです!」

 アイサツする声はハヤトのそれであった。しかしオニビトは気付かない。ハヤガワリ・プロトコルを順守した者の正体は99.99%秘匿されるのだ。

「ドーモ、はじめまして。オニビトです。ハヤト=サンをどうした貴様!」「さあね。勝手に探すがいい!」挑発!「生意気な! カカレ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」

 オニビトの命令一下、ニンジャトルーパーは一斉に軍用クナイ・ダートを投擲した。「「「イヤーッ!」」」
「イヤーッ!」跳躍したマボロシは宇宙ニンジャ伸縮刀を揮い、クナイ・ダートをことごとく空中で叩き落とした。そのまま流れるようなムーブでトビゲリを放ち、トルーパーの一人の頭部をボレーシュートめいて吹き飛ばす!「サヨナラ!」爆発四散!

 宇宙ニンジャ装束が引き出す潜在能力は凄まじい。着地したマボロシは、ニンジャトルーパーの群れを迎え撃った。「イヤーッ! イヤーッ!」チュイン! チュイン! スティック状の刃が超振動を放ち、先頭トルーパー二人の胸郭を切り裂いた。「「グワーッ!」」緑色の異星血液が迸る!

「イヤーッ! イヤーッ!」トラースキック! 回し蹴り!「「グワーッ!」」「イヤーッ! イヤーッ!」超振動刺突! 水面蹴り!「「グワーッ!」」トルーパーはみるみるその数を減じてゆく!

 オニビトの両目が血走った。「図に乗るなマボロシ=サンとやら! 下級トルーパーとはいえ我がドージョーの教員。これ以上やらせぬぞ!」
 ニンジャソードを抜き、ベルトの機械に手を掛ける。「我が故郷、惑星オニガ・ミにて学び極めしオプチカル・ブンシン・ジツ! とくと見よ!」

 スイッチON!『ブンシン・モード』合成音声と共にLEDランプ点灯。その瞬間!「アイエッ!?」ナムサン! いかなるテックの効能か? マボロシの視界は6つに分裂し、マンゲキョめいてリボルバー回転を始めたではないか!
「アイエエエエ!」視覚を掻き乱されてよろめくマボロシに、6人のオニビトが殺到する!「イヤーッ!」

「イ、イヤーッ!」マボロシは闇雲に飛び退いた。空中でバランスを崩し、五体が地に叩きつけられる。「グワーッ!」ブザマ! だがオニビトとの距離が開き、視覚攪乱効果は僅かに弱まった。退き際を誤るべからず。

「オニビト=サン、勝負は預けた! イヤーッ!」うっすらとオーバーラップする本来の視界を頼りに、マボロシは必死に後方跳躍を繰り返した。「イヤーッ! イヤーッ!」
 岩山の向こうに消えんとするマボロシを、トルーパーの生き残りが追いかける。「オノレ!」「同僚のカタキ!」「絶対逃がさない!」

「静まれェーッ!」オニビトが一喝した。

「オヌシらはそれでもドージョーの教員か! いま優先すべきは生徒のモモチ=サンであろう!」
 威厳に満ちたセンセイの言葉に打たれ、トルーパー達は一斉にニンジャソードを納めてオジギした。「「「「「ドーモスミマセン!」」」」」

「シツレイしました。直ちにモモチ=サンの捜索を再開します。センセイは如何なされますか」
「ウム」上級トルーパーの質問にオニビトは腕組みした。「儂は一旦ドージョーに戻る。コーガー団長が視察にいらっしゃる予定だ」歯の間から押し出すような声音であった。フルフェイスメンポの下は渋面であろう。

「だがその前に! ヌキウチ・テストを執り行う!」


◆#2◆

「ほれ、どんどん食え」
 平たい岩をテーブル代わりに、バルーが宇宙フルーツを並べた。トントが拾い集めたものだ。ケムリダマのスモーキーな匂いが染み付いていたが、モモチはお構いなしに貪り食った。

 宇宙バナナを咀嚼しながら、モモチは背後をチラチラと振り向いた。
 峡谷の陰に、武骨なシルエットの戦闘宇宙船が停泊していた。船名はリアベ号。ベイン・オブ・ガバナスとしてニンジャアーミーに恐れられる伝説の船だ。

「宇宙船、好きか」

 逞しい体躯をジュー・ウェア風ジャケットに包んだ男が、モモチの前に腰を下ろして笑った。傍らにはハヤトとトント。ハヤトの端正な顔は心なしか青ざめていた。オニビトのジツを破れなかった事実が、彼の胸中に影を落としていた。

「自分の船で銀河宇宙を旅するのが夢だったんです」モモチはもぐもぐと宇宙バナナを咀嚼した。バルーが次の一本を差し出す。「もっと食え」「アリガトゴザイマス」「リュウも食うか」「よせやい。見てるだけで胸焼けするぜ」リュウと呼ばれた男は手を振って苦笑した。

「しかし大したモンだ。三日三晩何も食わずにガバナスから逃げ続けるとはな」リュウの言葉に、モモチは食べながらかぶりを振った。「カイデンした宇宙ニンジャは、十日間飲まず食わずで平気と聞きました。僕なんかまだまだ」
「その事なんだけど」ハヤトが口を開いた。「君はどこで宇宙ニンジャの修業を?」

「オニガ・マウンテンのガバナス・ジュニアドージョーです」

「ハァ?」リュウが素っ頓狂な顔で仲間達を見回した。「オイオイ聞いたかお前ら! ガバナスがガキ向けのドージョーを開いたってよ! ンなモン誰が入門すンだよ、なァ?」

「入学令状が届くんです」モモチは完全に真顔で答えた。「そしたらもう断れません。3日以内に入学しないと、反逆罪で家族全員逮捕だそうです」「マジかよ」リュウの顔から笑いが消えた。

 頷くモモチの脳裏に、ドージョーの修業風景が蘇った。

(アークマゴーフク! オンテキタイサン! ハイ!)(((((オンテキタイサン! シチナンレンメツ! シチフクレンショーヒ!)))))

 ドージョーの教室に響き渡るオニビト=センセイの声。下級生がそれを必死に反復し、小さな手でニンジャサインを組む。一方校庭では、(((((イヤーッ! イヤーッ!)))))(キアイが足りん! もう1セット!)教員トルーパーの監督下、上級生が過酷なセイケンヅキ・トレーニングを繰り返す。昨日までの日常の一コマだ。

「修行はジゴクだったけど、カイデンすればニンジャアーミーに入れるし、家族もガバナス二級市民になれるって……でも」「でもどうした」
「あの日、オニビト=センセイが……」忌まわしき記憶が蘇り、モモチの身体が震えだした。「き、期末試験の、成績発表だって……」

(((アイエエエ!)))(((アイエエエエ!)))合成ゴザでスマキにされた数十人の生徒を、教員トルーパーは淡々と谷底の激流へ突き落としていった。
(落第刑、まもなく執行完了します)上級トルーパーの報告に、(ウム)オニビトは事もなげに頷いた。(生存者がいたら一応追試に回しておけ。最後の慈悲だ)(((アイエエエ!)))(((アイエエエエ!)))

 モモチとサトルは一部始終を直立不動で見ているしかなかった。クラスメイトの絶叫から耳を塞ぎたかった。しかし、無断で姿勢を乱せば自分も同じ運命だ。

 オニビトは二人に歩み寄り、肩を掴んだ。(このクラスの合格者はオヌシら二人だ。特にモモチ=サンの成績は抜きんでておる。千人、いや万人に一人の逸材よ)(アッハイ……アリガトゴザイマス)モモチは答えながら、じっとりと濡れそぼったサトルの股間から目を逸らした。

(では最終試験を始める)フルフェイスメンポの下、オニビトの目がにんまりと細まった。(二人で殺し合え。生き残った方が卒業試験に進むのだ)

(君は本当に)(見事なりモモチ=サン!)(夢への第一歩を)(嫌だ!)

「アイエエエエ!」モモチは頭を抱えてゴロゴロと転がった。「嫌だ! 僕は嫌だ! サトルは友達なんだ! アイエエエオゴーッ!」

「もういい!」ハヤトは嘔吐するモモチの身体を抱え、背中を擦った。「もういいんだ……ゴメン」「アイエエエ……」モモチは胎児めいて身体を丸め、すすり泣いた。

「貴様も! 貴様も! 貴様も赤点だーッ!」

「「「「「アイエエエエ!」」」」」オニビトに殴り倒された生徒達が、ジュニアドージョーの校庭に次々と転がった。全校生徒を対象にしたヌキウチ=テストの結果は、到底オニビトの満足のゆくものではなかったのだ。

「やはりモモチ=サンの代役になる者などおらなんだわ!」オニビトは忌々しげに吐き捨てた。「もうよい! 直ちに成績上位者でチームを編成し、モモチ=サンの捜索を……」

「何をしておる、オニビト=サン」

「アイエッ」オニビトが振り向くと、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが傲然と立っていた。

「ドーモ! ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーです!」

 大音声が空気をビリビリと震わせた。
「「「アイエエエ……」」」生徒達が次々と失禁、幾人かはその場で昏倒した。SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状である。日常的にニンジャトルーパーに接し、センセイからインストラクションを受ける身となっても、コーガーの恐るべき宇宙ニンジャ存在感には耐え切れなかったのだ。

 地面をのたうつ子供達を一瞥すらせず、コーガーに付き従う女ニンジャが無感情な笑みでアイサツした。「ドーモ、クノーイです」

「ド、ドーモ。オニビトです……予定より随分とお早いご到着で」
 へどもどとアイサツするオニビトを、コーガーはギロリと睨んだ。「オヌシが見出したという逸材、名は何と言うたか」「ハッ……モモチ=サンにございます」
「皇帝陛下に拝謁を賜る前にワシが検分しようと思うたが、どうやらこの中にはおらぬようだな」校庭を見渡すコーガーの眼光に、「「「アイエエエ……」」」さらに数人が失神する。

「モモチ=サンはどうした」「ハッ……それは」「逃げたのか」コーガーはニンジャソードの柄でオニビトの喉首をグイと押さえつけた。
「アイエッ……確かに今この場にはおりませぬ。しかし一時の気の迷い故、なにとぞご容赦を」

「ならぬ!」コーガーは宇宙数珠をオニビトの鼻先に突き付けた。
「千人! いや万人に一人の逸材であろうと! ニンジャアーミーを脱走した者には死あるのみ!」「お待ちくだされ団長閣下! モモチ=サンの素質は類い稀なる」「死! あるのみ!」

 ゴウ! コーガーの怒気が突風めいて迸り、宇宙数珠を激しく揺らした。108のボンノを象徴する108の石がジャラジャラと鳴り、オニビトを威圧する。「「「アイエエエ!」」」「「「ゴボボーッ!」」」残りの生徒が全員嘔吐失神!

「ハハーッ!」モハヤコレマデ。オニビトは絶望的にドゲザした。「畏まり……畏まりましてございます……!」
 這いつくばった身体が震える。恐怖の震えではない。自身の後継者とも目していた生徒を、己の手で殺さねばならぬ無念のわななきであった。

「イヤーッ! イヤーッ!」

 岩山がひしめく道なき道を、連続回転ジャンプで踏破する少年宇宙ニンジャあり。
「イヤーッ! イヤーッ!……アイエッ!?」幾度目かの着地でモモチはたたらを踏み、立ち止まった。スマートな宇宙ファッションの人影が、モモチの眼前に立ち塞がっていた。「ハヤト=サン……」

「どこへ行くんだ? 僕らと一緒にいないと危険だぞ」「ダメだよ。一緒だとハヤト=サン達に迷惑がかかるよ」モモチは視線を逸らした。「僕は一人で修業して、宇宙ニンジャになる」
「ガバナスが見逃すと思うのか!」ハヤトはモモチの両肩を掴んだ。「奴らがいる限り、僕達が安心して生きていける場所はないんだぞ!」

「だから僕は家出してジュニアドージョーに志願したんだ!」ハヤトの手を振り払い、モモチは跳び離れた。「ニンジャアーミーに入って、自由に銀河宇宙を駆け巡りたかった! そしていつか、オニビト=センセイのような優れた宇宙ニンジャになって……」

「優れただと?」ツカツカと歩み寄ったハヤトは、「バッカヤロー!」モモチの頬桁にパンチを喰らわせた。「グワーッ!」

 ハヤトはモモチの襟首を掴み、引きずり起こした。「優れた宇宙ニンジャが、子供をスマキにするものか!」
「でもカラテは強いだろ!」モモチはヤバレカバレめいて叫んだ。「カラテが強ければ、誰かの言いなりにならずに済むんだ! 父さんや母さんみたいに、毎日ガバナスにペコペコして暮らすなんてゴメンだ!」

「ガバナスから自由になるために、ガバナスに入るのか」

「……それは」自己矛盾を突きつけられ、モモチは俯いた。詭弁を弄して自身を正当化するには、彼のニューロンはいささか幼なすぎた。

 沈黙が流れた。いつの間にか追いついたバルーが、森の賢者めいて静かに二人を見つめていた。

「……わかった。君は好きにしろ。どこへでも行くがいい」
 ハヤトが言い捨てた。モモチの胸中に、得体の知れぬ恥の意識が湧いた。「ア、アノ……」「でもその前に頼みがある。僕をジュニアドージョーに案内してほしい」「エッそんな!? せっかくセンセイから逃げて来たのに!」

「オニビト=サンは僕が殺る」ハヤトは決断的に答えた。「そしてドージョーを解放する。罪もない子供をスマキにするなんて、この銀河宇宙にあってはならないんだ!」若き宇宙ニンジャの双眸は使命感と怒りに燃えていた。それはモモチの目にひどく眩しく映った。

「アイエッ?」モモチの身体が浮いた。バルーは少年を軽々と抱え上げ、肩車した。「俺達と行こうぜ、モモチ=サン。真の宇宙の男はダチを見捨てねえ」

 バルーは返事を待たず、ノシノシと歩き出した。
 モモチはしばらく無言で肩車に揺られていたが、やがて意を決してバルーに呼びかけた。「ア……アノ! スミマセン!」
「ン? どうした」立ち止まったバルーに、モモチはおずおずと岩山の向こうを指し示した。

「……ドージョーは、あっちです」

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆


◆#3◆

 ピピーッ! 上級教員トルーパーのフルフェイスメンポ内臓フエ・ホイッスルが校庭に鳴り響いた。
 十数名の生徒が小走りで集合し、機械的正確さでキヲツケした。その表情は一様に強張っていた。彼らを律するのはセンセイへの恐怖だ。

 オニビトは威圧的に生徒達を見回した。
「赤点とはいえ成績上位者の諸君! これより実地訓練による追試を行う。挽回のチャンスに奮起せよ!」「「「「「アリガトゴザイマス!」」」」」絶叫する生徒の目は宇宙マグロめいて暗い。

「ターゲットは脱走者モモチ=サンである。草の根分けても探し出し……」短い沈黙。「連行せよ。儂の手でカイシャクする」
「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」その時。

「その必要はありません!」

 半ズボン黒装束の少年宇宙ニンジャが姿を現した。
「おお、オヌシは!」安堵のあまり、オニビトの声が震える。「よくぞ……よくぞ帰ってきてくれた、モモチ=サン!」

「ガバナスの敵を捕えて来ました」モモチは後ろ手に縛られた青年を伴っていた。「グワーッ!」突き倒され膝をついたのは……ナムサン! ゲン・ハヤトである! まさか道中で仲間割れを起こしたとでもいうのか?

「なるほど。詫びのしるしというわけか」オニビトは合点して何度も頷いた。「でかしたぞ! リアベ号の反逆者を手土産にしたとあらば、団長閣下のお怒りも必ずや収まろう」

「覚えてろモモチ=サン! よくも恩を仇で返したな!」ハヤトはトルーパー二名に連行されながら、モモチをキッと睨んだ。「ウルサイ! さっさと行け! イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤトの横っ面に鉄拳が叩き込まれる!「ハハハハハ! 頼もしい限りよ」

 喜びに曇ったオニビトの目は、両者が巧みに力を逸らして打撃ダメージを無効化していた事に気付かなかった。殴られる直前、ハヤトがモモチにウインクした瞬間にも。

「グワーッ!」地下ハンセイボウに蹴り込まれたハヤトの背後で、電子ロックがガチャリと閉じた。
「クソッ! 出せ! ここから出せーッ!」ハヤトは鉄格子に身体を叩き付け、聞こえよがしに叫びながら、遠ざかるトルーパーの後姿を見届けた。ここまではよし。

「あのおじさん誰?」「バッカ、お兄さんだろ」「大人も落第するんだね」

 囁き合う声にハヤトが振り向くと、ジュニア宇宙ニンジャ装束の少年少女が暗がりに身を寄せ、不安気にこちらを見つめていた。その数二十名近く。
(この子達もスマキにされる運命なのか)一瞬険しくなったハヤトの目つきに、「アイエッ……」少年の一人がびくりと身体を縮めた。

「ア、ゴメン」ハヤトは慌てて笑顔を作り、つとめて明るくアイサツした。「ドーモ、はじめまして。ゲン・ハヤトです。君達を助けに来たんだ!」

「ドーモ」「ド、ドーモ……」子供達は遠慮がちにアイサツを返した。にわかには信じられぬ様子だ。
「ダイジョブダッテ! こんな牢屋、すぐに破ってやるよ」ハヤトは拘束された自分の手首を掲げた。「まずはナワヌケ・ジツだ。見てて」

 瞳を閉じ、しばし精神を集中する。「チョチョイノ・チョイ!」いにしえのベイビー・サブミッション・チャントを唱え、「イヤーッ!」ロープから電光の如く手首を引き抜き……否、引き抜けぬ!

「アレ?」ハヤトの笑顔が強張った。「何だよコレ……イヤッ! イヤーッ!」必死に身体をくねらせて力を籠めるが、拘束ロープはびくともしない。子供達の表情が再び曇ってゆく。「エッちょっと待って……マズイなコレどうしよう……」

「ハッハハハ! ブザマなりハヤト=サン!」

「「「アイエエエエ!」」」子供達が一斉に後ずさった。ナムサン! 鉄格子の向こうにはいつの間にかオニビトが立ち、悪戦苦闘するハヤトをあざ笑っているではないか!
「身体検査の折、アンタイ・ナワヌケ・ジツが施されておった事にも気付かなんだか。何たる未熟! そこの落第生どもと大差ないわ!」ウカツ! ハヤトの頬が屈辱に燃える!

 ピンポンパンポーン……天井のスピーカーから、電子チャイムの音色が追い討ちめいて響いた。
『オニビト=センセイ、オニビト=センセイ。至急中央管制職員室においで下さい。敷地内に潜伏するデーラ人を発見しました』

(バルー=サン!)ハヤトの顔色が変わるのをオニビトは見逃さなかった。「仲間が助けに来たようだな。待っておれ、其奴もすぐに引っ捕らえてくれる。アブハチトラズとはこの事よ! ハッハハハハ!」

 BEEP! BEEP!『タイヘン、タイヘン』リアベ号のコックピットに、万能ドロイドのビープ音がけたたましく響いた。「ンンー……何だようるせェな」操縦席のリュウが伸びをする。

『モモチト、バルート、ハヤトガ、イナイ』トントの顔面に「◎◎」の文字が激しく点滅した。『ガバナスニ、サラワレタノ、デハ』「バカ言うな。そのうち帰って来るって……アイエッ!?」

 リュウは不意を突かれてよろめいた。ゴンゴンゴンゴン……突如リアベ号が起動し、誰の手も触れぬまま垂直上昇を始めたのだ。「オイオイ、とうとうイカれちまったか? この骨董品め」

 たちまち成層圏に達したリアベ号のコックピットに、清らかな白光が差し込んだ。リュウは目を眇め、船外の宇宙空間を窺った。海洋文明時代のスタイルを踏襲した宇宙帆船が停泊している。光の源は光子セイルの輝きだ。

『ソフィア=サンノ、フネ、ダ( Λ Λ )』

 リュウの宇宙ニンジャ視力は、宇宙帆船の船窓の奥にエキゾチックな宇宙ブロンド美女を見出した。彼女の名はソフィア。リアベ号の謎めいた支援者である。

 ソフィアは電子ピアノめいたコンソールに白い指を滑らせた。優雅な電子音と共にリアベ号のスラスターが反応、繊細な噴射で相対位置を整える。

 帆船から黄金色のビームが投射され、女神像めいたホロ映像を結んだ。『ドーモ、リュウ=サン。ソフィアです』
『ドーモ、トント、デス』「お誘いドーモ。リュウです」リュウは笑って手を振った。

『ハヤト=サン達のもとへ案内します』カリカリカリ……リアベ号の船内UNIXが、短距離高密度データ通信を受信した。年代物のグリーンモニタに詳細なアスキー地図が映し出される。
『彼等は今、命を懸けて困難なミッションに挑んでいます。貴方のサポートが必要なのです』

「何やってンだあいつら。ソフィア=サンの手を煩わせやがって」リュウはぼやきながらモニタの地図を確かめた。目的座標は山岳地帯。
「例のジュニアドージョーだな」『若き命の自由を守りに行ったのです。彼らの逸る気持ちを責めないで』

「大目に見るよ。アンタに免じてな」リュウは操縦桿を握った。「ンじゃ、ちょいと行ってくるぜ」
『カラテと共にあらんことを』「サンキュー」

「「「「「イヤーッ!」」」」」

 ジュニアニンジャ装束に身を固めた十数名の少年が、ドージョー敷地内の岩場をグルグルと駆ける。その中心には宇宙猿人バルー。愛用のストーンアックスを構えるものの、子供相手ではなす術もない。
「GRRRRR……こいつらがご自慢のジュニア宇宙ニンジャかよ、オニビト=サン!」

「ハッハハハ! いかにも」オニビトは腕組みで高みの見物を決め込んだ。「宇宙猿人一匹捉えるなど、我が生徒には日々のシュクダイ・タスクよりも容易い。カカレ!」
「「「「「イヤーッ!」」」」」フックロープが次々とバルーの首元に絡みついた。回転速度はいや増し、7フィート超の体躯をスマキめいて絡め取る!「WRAAAAAGH!」

 一方その頃。半ズボン黒装束の少年が薄暗い廊下を駆け、ハンセイボウの鉄格子を掴んだ。
「モモチ!」囚われの少年の一人が立ち上がった。モモチは力強くサトルに頷いた。目をしばたたき、胸の奥からこみ上げた熱いものを堪える。

 ハヤトが鉄格子ににじり寄った。「モモチ=サン! ここに来たらまた君に疑いが」「センセイは留守だからダイジョブです! ハヤト=サン、手を!」
 モモチは後手に差し出された拘束ワイヤーにクナイをくじり込み、「イヤーッ!」強引に切断! ワザマエ! アンタイ・ナワヌケ・ジツが施してあろうと、ワイヤー自体を切断すれば意味がない!

「アリガト!」ハヤトは礼もそこそこに、身体検査から隠しおおせた金属グリップを取り出した。ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形する。

 ハヤトは電子ロックに伸縮刀を叩きつけた。「イヤーッ!」チュイイイン! カラテ超振動が激しい火花を散らす。「待っててみんな! 今すぐここから出して……」その時!

「イヤァァァーッ!」

 SMASH! 突如鎖分銅が飛来し、ハヤトの視界からモモチを吹き飛ばした。
「グワーッ!」モモチはゴロゴロと転がり、宇宙コンクリートの床にウケミして衝撃を殺した。起き上がった視線の先には……おお、ナムサン! 二本角フルフェイスメンポ鉄仮面!

 鎖鎌を構えるオニビトの背後で、随行トルーパーが宇宙ズダ袋を投げ出した。どさりと床に落ちた7フィート超の袋からは、「GRRRR……」バルーの朦朧とした呻き声。

「どうやら儂の目はフシアナだったようだ。千人万人に一人の逸材が、斯様な問題児であったとは」
 オニビトの声音は不気味なほど穏やかだった。「可愛さがオーバーフローして憎さの値が100倍」の宇宙コトワザに違わぬ極限の怒りが、ニューロンの閾値を上回ったのだ。

「だが案ずるな。儂が必ずオヌシを更生させて見せる」フルフェイスメンポの下の目が異様な光を放つ。「更生過程でケジメした手足はサイバネ置換すればよい。オヌシに相応しい最高級モデルを支給してやろうぞ」「アイエッ……」モモチはしめやかに失禁した。

 だがその時。ピンポンパンポーン……天井のスピーカーから電子チャイムが鳴り響いた。
『オニビト=センセイ! オニビト=センセイ! 至急中央管制職員室においで下さい! 生徒が一人残らず姿を消しアバーッ!』ブツン。

「バカナー!?」完全に予想外の衝撃にオニビトは狼狽し、壁面埋め込みIRC通信機に飛びついた。「職員室! 何があった? 報告せよ!」ザリザリザリ……スピーカーからはノイズが漏れるのみ。「図書室! 視聴覚室! 給食室!」目まぐるしくチャンネルを切り替える。「事務室! 生徒指導室!」ザリザリザリ……応答なし。

「オニビト=センセイ! 一体何が」「どけェーッ!」「グワーッ!」突き飛ばされた随行トルーパーは壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。
「生徒が! 儂の生徒達がーッ!」オニビトは色付きの風と化し、地上への階段を駆け登った。残されたモモチとハヤトは互いに見交わし、頷き合った。助けが来たのだ。


◆#4◆

「ハァーッ! ハァーッ!」

 オニビトは熱に浮かされたようにドージョーの敷地を駆け抜け、峻険なるオニガ・マウンテンの山間を彷徨っていた。「おらぬ! おらぬ! 誰もおらぬ!」

 校内は既にもぬけの殻であった。生徒の姿はなく、教員トルーパーの爆発四散跡が点々と残るのみ。僅かに難を逃れた生き残りトルーパーは、侵入者の存在に気づいてすらいなかったのだ。

「我が生徒達よ! 一体どこへ! どこへ行ってしもうたのだーッ!」オニビトの絶叫が岩山に空しく木霊した。

「遅かったな、オニビト=サン!」

 オニビトはぎくりと立ち止まり、声の主を振り仰いだ。
 岩山の天辺に、真紅の装束を纏う宇宙ニンジャが立っていた。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾。目元を隠す宇宙ニンジャゴーグル。右手にはジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀。

「銀河の果てからやって来た、正義の味方」
 ヒロイックな口上とともに、真紅の宇宙ニンジャはアイサツを決めた。「ドーモ、はじめまして。ナガレボシです!」

「ドーモ……はじめまして。オニビトです!」オニビトは憤怒を抑えてアイサツした。「我が生徒を誘拐したのは貴様だな!」

「我が生徒? ハッ!」ナガレボシは嘲笑した。「あそこにいたのは生徒なんて代物じゃねェ。テメェのドージョーごっこに付き合わされてた、そこらのガキ共さ」「何だと!?」「ガキはウチに帰る時間だぜ!」

 その頃、ドージョーから解放された子供達は、学用ニンジャソードや学用クナイ・ダートを放り捨てながら、笑顔でオニガ・マウンテンを駆け降りていたのだった。

「ワーイ!」「「ワーイ自由!」」「「「自由ヤッター!」」」

 彼らの足取りは極めて迅速であった。皮肉にも、修行の結果体得した常人の三倍近い脚力が、彼らをオニビトの追跡から逃れしめたのである。

「アッ、見て!」少年の一人が指差す先に、武骨なシルエットの戦闘宇宙船が停泊していた。「きっとリアベ号だ!」「ナガレボシ=サンの言った通りだ!」
 キュラキュラキュラ……万能ドロイドが車輪走行でタラップを降り、子供達を出迎えた。『イラッシャ、イ』「「「ワースゴーイ!」」」

 オニビトは怒りに身を震わせた。「ヌゥーッ……!」
「センセイ!」「オニビト=センセイ!」ようやく追いついた生き残りトルーパー達が駆け寄る。「命令オネガイシマス!」「でないと行動できません!」自我希薄!

「イヤーッ!」オニビトの鉄拳が飛んだ。「グワーッ!」「貴様ら何を今更ノコノコと! ハンセイボウの連中はどうした!」「アイエッ……特にどうせよとの命令は受けておりませんが」自我希薄!「イヤーッ!」「グワーッ!」「バカ! とっとと戻って落第生を始末せい!」だがその時!

「その必要はない!」

 ナガレボシの隣に、白銀の装束を纏う宇宙ニンジャが現れた。オニビトは目を剥いた。「マボロシ=サン! オヌシがなぜここに!」

 次いで現れたのは宇宙猿人バルー、そしてモモチ。「WRAHAHAHA!」バルーは分厚い胸を叩いて大笑した。「牢屋の子供達は俺達が解放したぜ。これでドージョーもオシマイだな、オニビト=サン!」

「ほざけ! オヌシらを葬ったのちに、第二期生を募集してやるわ!」

 オニビトはトルーパー達に檄を飛ばした。
「おめおめと生き残った腰抜けども!」「「「「「ハイ! 腰抜けです!」」」」」「死んだ戦友に申し訳ないと思わぬか!」「「「「「ハイ! 申し訳ないです!」」」」」
「ならば奴らを倒せ! ガバナス・ニンジャアーミーの名誉と誇りにかけて戦えーッ!」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」トルーパーは一斉に拳を突き上げた。

「バルー=サン! モモチ=サンとリアベ号へ!」マボロシは宇宙ニンジャ伸縮刀を構えた。「ナガレボシ=サン!」「よォし行くぜ!」「ハイ!」

「「イイイヤァァァァーッ!」」

 マボロシとナガレボシの回転ジャンプエントリー着地!
 POOF! POOF! POOF! 二人を取り囲むように、ニンジャトルーパーが瞬間移動めいて出現する。オニビトのオプチカル・ジツ支援だ。

「イヤーッ!」ニンジャトルーパーが跳躍し、大上段に斬りかかった。マボロシが身を屈めて躱すと同時に、「イヤーッ!」ナガレボシがトラースキックで着地の瞬間を捉える。「グワーッ!」

「イヤーッ!」マボロシは腰を落とした横薙ぎで、別トルーパーの脛を超振動切断!「グワーッ!」「イヤーッ!」振り向きざまに新手のニンジャソードを受け、弾き飛ばす!「グワーッ!」

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ナガレボシは三人を相手に切り結んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」トルーパーAを斬り捨て、「イヤーッ!」「グワーッ!」Bの斬撃を受けるや否やその腕を捻り上げ、盾代わりにして「イヤーッ!」「グワーッ!」Cの胴体を斬り抜ける!

「グワーッ!」マボロシの蹴りを受けたトルーパーが、くの字に折れ曲がって吹っ飛んだ。「イヤーッ!」マボロシは反動を利用して跳躍、伸縮刀を逆手に握り、金属グリップを後方トルーパーの脳天に振り下ろした。 KRAAASH! ガスマスクめいたフルフェイスメンポが陥没し、緑色の異星血液が噴き出す!「アバーッ!」

「調子に乗るなコワッパども! 儂が直々に真のイクサを教えてくれる!」二人の前にオニビトが立ち塞がり、オプチカル・モジュールのスイッチを入れた。『ブンシン・モード』LED点灯! 分裂する視界!
「上等だ。ご自慢のテックを叩き潰してやるぜ」ナガレボシは不敵な笑みで一歩踏み出した。

 その時。「待って」マボロシがナガレボシの腕を掴んだ。「オニビト=サンは僕が殺る」
「やめとけ。イキがるなら相手を選びな」「こいつは僕が殺らなくちゃいけないんだ!」宇宙ゴーグルの下、マボロシの目が決断的に光った。

(((息子にインストラクションせよ、ナガレボシ=サン)))

 突然ニューロンに響いた声に、(取り込み中だよ。見てわかんねェのか)ナガレボシは眉を顰めた。声の主は、今は亡きゲンニンジャ・クラン頭領、ゲン・シン。ナガレボシにだけ聞こえる、フラッシュバックめいた記憶の残響だ。

(((こやつは今のハヤトの手に余る)))ゲン・シンは構わず言葉を続ける。(((視覚に頼らずイクサする術を教えねば、勝利はおぼつかぬぞ。そも、宇宙ニンジャにとって五感とは……)))(アーッ! わかったからちょっと黙ってろ!)

「インストラクションだ、マボロシ=サン」ナガレボシは若き宇宙ニンジャに顔を寄せ、6つに分裂したオニビトを指し示した。
「目で見るな。本体は必ずひとつだ。以上」「エッ、それだけ?」「充分だろうが!」マボロシの背中をどやしつける。「ホラ行け!」

(((なんたる雑な!)))(大体合ってンだろ! テメェ過保護だぞ!)ニューロン内で言い争いながら、「イヤーッ!」ナガレボシは背後のニンジャトルーパーに回し蹴りを食らわせた。「グワーッ!」「ザコは俺が片付けといてやらァ!」

 ヒュンヒュンヒュン……6人のオニビトが鎖分銅を振り回しながら迫る。(本体は、必ず、ひとつ)マボロシはナガレボシの言葉を反芻し、鎖分銅の風切り音に隠された敵の心音を聴き取るべく、宇宙ニンジャ聴力を研ぎ澄ませた。ドクン、ドクン……。

「イヤーッ!」オニビトの鎖分銅をマボロシはブリッジ回避。KLAASH! 分銅が空を切り、背後の岩を粉砕した。「オノレ!」オニビトは間髪入れず鎖を手繰り寄せ、「イヤーッ! イヤーッ!」連続投擲! KLAAASH! KLAAAASH!

「イヤーッ! イヤーッ!」マボロシは連続ジャンプで回避した。一瞬の着地ごとにぬかりなく耳をそばだて、三点測量めいてオニビトの位置を割り出さんと試みる。ドクン、ドクン、ドクン……。

(……そこだ!)

「イヤーッ!」マボロシはキリモミ回転ジャンプで肉薄し、おぼろげに捉えた座標めがけて宇宙ニンジャ伸縮刀を揮った。だが手応えなし! 遠い!

「イヤーッ!」カウンターめいて飛び来たったオニビトの鎖分銅が、マボロシのみぞおちに食い込んだ。「グワーッ!」マボロシはゴロゴロと転がりながら起き上がり、「イヤーッ! イヤーッ!」追撃を躱して跳んだ。 KLAASH! KLAAASH! 地面を抉る分銅!

(今度こそ!)「イヤーッ!」再度のジャンプ斬撃!
 ニンジャ伸縮刀の切っ先がオニビトのニンジャ装束を掠めた。「コシャクな! イヤーッ!」オニビトは鎖鎌で斬りつけた。「グワーッ!」マボロシの肩口から鮮血が散る!

「イ、イヤーッ!」マボロシは横っ飛びに逃れ、岩陰に転がり込んだ。苦痛を堪えてなおも耳を澄ます。
「どうしたマボロシ=サン! 敵わぬと見て身を隠したか、腰抜けめ!」6人のオニビトが嘲笑った。「どうやらオヌシは良きセンセイに恵まれなかったと見える!」

 マボロシは挑発を無視した。オニビトの心音を探り続けながら、身を屈めて匍匐前進する。だが次も仕留め損ねるようなら、それが彼のワザマエの限界だ。何度やっても勝ち目はなかろう。「宇宙ブッダも四度目は怒る」無慈悲な宇宙コトワザがニューロンに去来した。(ならば……!)

 ドクン、ドクン、ドクン……。「イヤーッ!」

 マボロシはキリモミ回転でみたび跳躍! キュイイイイ……極限までカラテを注ぎ込まれた伸縮刀が、超振動の周波数をさらに高めてゆく。ヒサツ・ワザ!

「ハヤテ・キリ・スラッシュ! イイイヤァァァーーーッ!」

 宇宙ニンジャアドレナリンが過剰分泌され、マボロシの視界はほとんど静止した。
 空中から斬りかかる直前、不意に視界の分裂がおさまり、6人のオニビトが1人に収束した。予測座標との誤差あり!「イイイヤァァァーーーッ!」マボロシは反射的に身体を捻り、限界まで腕を伸ばして距離を埋め、振り抜く!

 伸縮刀の先端は、ついにオニビトの胴体を捉えた。だが次の瞬間。

 POOF!

 オニビトは消失した。『マバタキ・モード』合成音声。程近い空間に一瞬ノイズが走り、ナムサン……本物のオニビトが姿を現した。

 オプチカル・マバタキ・ジツ。光学ステルス機能で身を隠すと同時に、自身の虚像をすぐ隣にホロ投影して攻撃の矛先を逸らすジツである。攻撃を受ける寸前、オニビトはオプチカル・モジュールのモードを切り替えていたのだ! 老獪!

「そこまでだ」オニビトはニンジャソードでマボロシの首根を押さえた。「悪くないワザマエであったが、最後の最後で我がジツに惑わされたな。観念せい」

 マボロシは着地姿勢のまま動かない。「よい覚悟だ」オニビトはソードを振り上げた。「カイシャクしてくれよう。ハイクを詠むが……ゴボッ?」

 フルフェイスメンポに彫金された歯の間から、緑色の血液が溢れ出た。自身の胸郭が斜めに深々と切り裂かれていることに、オニビトは気付いた。「バ……バカナ……!?」

 ザンシンするマボロシの宇宙ニンジャ伸縮刀を、オニビトは見た。キュイイイイ……刀身から伸びる陽炎めいた揺らぎ。超振動が空気に伝播し、2メートル近い透明の刃を形成していた。虚像を越えて本体に届くほどの、実体なき刀身を。

「そうか……それがオヌシのヒサツ・ワザ……ゴボーッ!」

 SPLAAASH! 口と胸から血飛沫が噴き上がった。「アバーッ!」ぐらりと傾いたオニビトの身体は足を踏み外し、崖下へと落ちて行った。

「イヤーッ! イヤーッ!」岩山がひしめく道なき道を、連続回転ジャンプで逆走する少年宇宙ニンジャあり。「オイ待てモモチ=サン! リアベ号はこっちだぞ!」宇宙猿人の野太い叫びが遠ざかってゆく。

「イヤーッ!」渓流のほとりに着地したモモチは、うつ伏せに倒れた人影に駆け寄った。その者の頭部には二本角フルフェイスメンポ鉄仮面。モモチはオニビトの断末魔を聞きつけ、引き返してきたのだ。

「おお……モモチ=サン」オニビトは血を吐きながら顔を上げた。
「今こそ判った……儂の本当の生徒は、アバッ……オヌシただ一人であったとな」震える手でニンジャソードを取り、モモチの手に握らせる。

「さあ、儂をカイシャクせよ……その手を血で汚し、儂の後継者としてニンジャアーミーに入隊するのだ。さすればオヌシの夢も叶う。無限の銀河宇宙に旅立つ夢が……!」

「できません」モモチはかぶりを振った。

「僕は宇宙ニンジャにはなりません。最後にそれを言いに来ました」モモチは深々とオジギした。「お世話になりました」

 オニビトはしばし絶句し……「オノレーッ!」血混じりの叫びとともに、モモチの足首をマンリキめいて掴んだ。「アイエッ!?」「この期に及んでなんたるワガママ! ならば儂と死ねーッ!」

『バイタル低下。生存可能性なしと判断。機密保持自爆シーケンスに入ります』オプチカル・モジュールが無慈悲な合成音声を発した。

「アイエエエ! 放してください!」「共にアノヨへ逝こうぞモモチ=サン!」オニビトの目は既に正気を失っていた。「サンズ・リバーのほとりに二人だけのドージョーを建てるのだ! そこでオヌシの才能は花開く! ハッハハハ! ハッハハハハハ!」「アイエエエエエ!」

 その時!「イイイヤアアアーッ!」マボロシが回転ジャンプエントリー!「イヤーッ!」「グワーッ!」オニビトの両腕を斬り飛ばし、「イヤーッ!」モモチを抱えて跳躍!

「グワァァァーッ!」オニビトはのたうち回り、緑の血飛沫を撒き散らした。『バイタル危険域。自爆カウントダウン開始な』「バカナー!」モジュールの合成音声に目を剥く。「一人で死んでは意味がない! 自爆停止! 停止せよーッ!」ナムサン! 肘から先が失われた両腕では、モジュールの操作も取り外しも叶わぬ!

『9、8、7、6』「アイエエエエ! ヤメロ!」『5、4、3』「死にたくない! 儂には生徒が!」『2、1』「助けてくれェーッ!」

 KRA-TOOOOOM!

 渓谷に大爆発が巻き起こった。「サヨナラ!」謎めいたオプチカル・モジュールの機密もろとも、オニビトの肉体は塵も残さず焼き尽くされた。

 モモチはニンジャソードを握りしめ、口をへの字に引き結び、噴き上がる火柱を睨みつけた。「よく見ておくんだ。ガバナス・ニンジャの最期を」背後でマボロシが呟く。

 ……やがて炎は燃え尽きた。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」モモチは連続回転ジャンプで断崖を駆け上がった。「モモチ=サン! どこへ」追おうとしたマボロシの肩をナガレボシが掴み、かぶりを振った。

 モモチは崖上の僅かな平地に立ち、谷底を見下ろした。奇しくもそこは、彼とサトルがイクサを強いられた場所であった。

「……イイイヤアアアアーーーーッ!」

 腹の底から何かを吐き出すような絶叫とともに、ニンジャソードがモモチの手を離れた。煌めく放物線を描き、谷底へと消えて行く。
 モモチはそれを見届け、手を合わせ、瞑目した……ナムアミダブツ。

 第3惑星ベルダの大気圏を脱したリアベ号の船内は、かつてない喧騒に満ちていた。
「スゴーイ! チョーハヤイ!」「このボタン何だろ」「バッカ、触ンなよ!」「トント=サン、遊ぼう?」「ねえ! 僕ンちベルダなんだけど!」

「ウルッセッゾコラー!」

 たまりかねたリュウが恐るべき宇宙ヤクザスラングを叫んだ。
「「「アイエッ!」」」ジュニアニンジャ装束の子供達は縮こまり……数秒後、再びてんでに話し出した。

「オイお前ら! フルーツ食うかフルーツ」バルーが中央船室から助け舟めいて手招きした。「フルーツヤッター!」「お腹減った!」「バナナある?」子供達は歓声をあげ、どやどやとコックピットを去った。

「フゥーッ……身が持たんぜ」リュウが天井を仰いでぼやいた。ピボッ。トントは無言で「 ─ ─ 」の文字を灯し、同意した。

「スミマセン。みんな浮かれてるんです」コックピットに残ったモモチが、一同を代表して謝った。「でもウチに帰れるんだもん、しょうがないよな」「ナ?」サトルと顔を見合わせ、屈託なく笑いあう。

「さっきも言ったけど、一旦アナリスに行くからね!」ハヤトは副操縦席から振り向き、子供達に呼びかけた。「レジスタンスに頼んで、みんなを送り届けてもらうから!」「「「ハーイ!」」」「それまで静かにね!」「「「ハーイ!」」」

 操縦桿を握り直すハヤトも笑っていた。傷の痛みも吹き飛ぶ思いであった。「モモチ=サンもそれでいい?」「ハイ」答えるモモチの表情は、出会った時より少しだけ大人びて見えた。「ウチに帰って、家族と話をします……これからの事とか」

 ハヤトは頷いた。今回の経験を通して少年のニューロンにいかなる変化が生じ、結果いかなる道を歩むのか。それはまだ本人にも判るまい。
 いつか来る自由を信じて日々を耐え抜くか、レジスタンスに身を投じるか。あるいは再びガバナスに……いや、その可能性だけはない。ハヤトはそう信じた。

「「「イターダキーマス!」」」

 中央船室で子供達が唱和した。「やれやれ。今のうちに急ぐとするか」リュウは苦笑して加速度を上げた。
 ZZZOOOOM……エテルの闇にイオン・エンジンの噴射光を残し、リアベ号は第2惑星アナリス目指して飛び去った。


【リベレイテッド・ドージョー】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第18話「大脱走! 少年忍士団」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

宇宙ニンジャについて:この次元では、修行の結果宇宙ニンジャソウルが発生したり、肉体が変質したりはしない。ハヤトの父ゲン・シンが子を成したのは先代のカイデンを受けてからずっと後の事であり、死に際して爆発四散もしなかった。一方でガバナスニンジャが爆発四散するのは、地球系人類に比して旺盛な生命エネルギー故と思われる。また、ニンジャオフィサーが駆使する多彩なジツは、ソウルではなく異星種族の特性や異星文明のテックに由来する。
 まあそんなわけで、この次元には宇宙キンカク、宇宙ギンカク、宇宙カツ・ワンソー等は存在しない。ごあんしんです。

使い回し:本エピソードは、特撮ヒーローTVショウ「忍者キャプター」第6話「大脱走! 忍者塾!!」とほぼほぼ同じ筋立てで、見比べると謎のパラレル感を味わえる(ひょっとしたら更なるオリジンがあるかもしれない)。大ボスのキャスティングが双方同じで、演技のノリまで一緒なところも面白い。
 脚本家の伊上勝=センセイはアイデアやプロットのリユースが多いことで知られているが、現代日本ヒーローからスペースオペラへのプロット移植は、その中でも特に大胆な試みであると言えよう。
 ちなみに子供達をスマキにするのは、実は「キャプター」の方だ。


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