見出し画像

ニンジャラクシー・ウォーズ【レスト・イン・スペース】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。本テキストは、70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」と、サイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


(これまでのあらすじ)銀河の彼方、地球連盟第15太陽系に属する3つの惑星は、突然襲い来たガバナス帝国のニンジャアーミーに制圧された。しかしここに、平和を愛し、正義を守らんとする人々の戦いが始まったのである。

画像1

◆#1◆

「15番目の太陽が/変わらぬ光を注ぐ/変わり果てた3つの惑星に」

 身長7フィート超の宇宙猿人は、ハイクを吟じながら第2惑星アナリスの大地を踏みしめ、第15太陽系の主星・グローラーへ手を差し伸べた。

「ポエット! バルー=サンは詩人だね」スマートな宇宙ファッションに身を包んだ青年が屈託なく笑った。
「わかるかハヤト=サン。若いのに感心だ」宇宙猿人バルーは大真面目に頷いた。「俺達デーラ人は大地を愛する。大地を愛する者はみな詩人よ……ン?」

 ピボボボ、ピボボボ……電子音が鳴り響いた。バルーの背後に停泊する戦闘宇宙船の格納庫から、円盤状の超小型スペースクラフトが現れた。人体をカリカチュアライズしたような特異なスタイルのドロイドが、機体の大半を占める球形コックピットに収まっている。
「ポンコツめ。俺のセンチメントに水を差しやがって」バルーが不満げに呟いた。

 ピボッ。万能ドロイド・トントはバルーのボヤキを無視して、サイバーサングラスめいた顔面LEDプレートに「 Λ Λ 」の文字を表示した。
『シケンヒコウ、ジュンビ、カンリョウ』

「スクラップからDIYしたとは思えねェな」戦闘宇宙船のタラップから、ジュー・ウェア風ジャケットの男が笑いながら降りてきた。武骨なシルエットの船名はリアベ号。男は船長のリュウだ。「そんな代物いつの間に作ってやがった、トント」

『ヒマヲ、ミツケテ、コツコツ、ト。モンク、アルカ』「ねェよ。そいつが役に立つならな」『テイサツキト、シテ、ツカエル、ゾ』
「上等だ。試験飛行ついでに、例のSOSの発信源を探してくれ。その、アー……円盤でよ」リュウは頭を掻いた。「名前が要るな」

「ハッ! トントのトンマ号でいいだろ」バルーが肩をすくめた。『バカ。センス、ナイ( \ / )』「ンだとォ!」
 第1惑星シータにルーツを持つ宇宙猿人・デーラ人は、信仰に篤い反面迷信深い。血の通わぬドロイドとは、いきおい相性が悪かった。

「エット……スペース・ソーサーはどうかな。大昔の伝説に出てくる『空飛ぶ円盤』みたいだし」とりなすようなハヤトの提案に、トントは球形の頭部で頷いた。『ソレニ、キメ、タ』

 邪悪なるガバナス帝国のニンジャアーミーと戦う彼ら三人と一体は、何者かの救援信号を追ってアナリスの地に降り立った。しかし、ガバナスの傍受を恐れてか信号は極めて微弱であり、大気圏内飛行による座標特定が不可欠。トントのDIY宇宙船は渡りに船であった。

 ルルルルル……小型円盤は上昇を開始した。『スペース・ソーサー、テイサツニ、シュッパツ、スル』

「ガバナスの連中に見つかるなよ!……イテッ」手を振るハヤトの背中をリュウがどやしつけた。「ひとの心配してる場合か。奴らが次はどんな宇宙ニンジャ野郎を送り込んでくるか、わかりゃしねェんだぞ」

 ハヤトは察して、表情を引き締めた。「インストラクションだね、リュウ=サン」「トントが発信源を見つけるまで、みっちりやるぜ。タイムイズマネーだ」「ハイ! オネガイシマス!」

 ゴウンゴウンゴウン……全長数宇宙キロに及ぶカンオケめいた宇宙戦艦が、エテルに満ちた無限の大空間を突き進む。

「悪い知らせのようだな、イーガー副長!」

 ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」の広大なブリッジで、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが大音声を発した。

「アイエッ!?」ブリッジのエントランスで、ニンジャアーミー副長、ニン・イーガーはびくりと身を強張らせた。「アー、さすがは兄者」バツの悪い顔でコーガー団長に歩み寄る。

「皇帝宮殿建設現場に資材が届いてないんだとよ。輸送部隊を襲撃してる奴がいるらしい。このままだとまた工期が遅れるぜ」
「ベイン・オブ・ガバナスか」コーガーは怒りの形相で、腰のニンジャソードを引き抜いた。「リアベ号の反逆者どもか!」

「俺は知らんよ。クノーイ=サンとイワビト=サンに探らせてるから、聞くなら奴らに……アイエッ!?」イーガーの上半身が仰け反った。喉元に突きつけられたニンジャソードがギラリと光る。

「オヌシは! それでも! ニンジャアーミーのナンバー2かーッ!」

 カラテ漲るコーガーの怒声はブリッジの空気をビリビリと震わせ、兄弟のマントを突風の如くはためかせた。『ピガーッ!』『ピガガーッ!』サイバネ化及び自我漂白済みブリッジクルーが火花を散らしてバタバタと倒れる。

「ま、待て兄……団長! 責めるならクノーイ=サンを」「責任者は! オヌシであろうがーッ!」『ピガーッ!』『ピガガーッ!』

『コーガー団長! イーガー副長!』

 言い争う兄弟に、不気味な機械音声が割り込んだ。
「ハハーッ!」コーガーは瞬時にニンジャソードを収め、電撃的速度でドゲザした。イーガーがぬかりなく追従する。

 カリカリカリ……ブリッジ壁面に据え付けられた黄金宇宙ドクロレリーフが、超光速通信波を受けて両眼のUNIXランプを瞬かせた。ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世じきじきの通信である。

『「モチを描いた紙を食べて飢え死に」というコトワザがあるのう』

 宇宙コトワザに仮託して、宮殿建設の遅れを追求されている事は明らかだ。「ハハーッ! 毎度毎度! 申し訳ござりませぬ!」ゴキゴキリ! コーガーの関節が外れ、さらに深くドゲザする。宇宙ニンジャでなくば到底不可能な完全屈従姿勢!

「お待ちください!」イーガーは慌てて叫んだ。「近日中に必ずや、陛下のご満足のゆく宮殿を完成させて御覧に入れます! 今しばらく! 今しばらくのご猶予を!」

『その言葉に偽りないか』「誓って!」『完成せなんだら何とする』「私が信頼し全てを任せた、手練れの部下二名がセプク致します!」

 コーガーは一瞬ドゲザを忘れて目を剥いた。この期に及んでなおマルナゲとは! 弟ながらなんたる鉄面皮!

『ムッハハハハ! 恥知らずめ』ロクセイア13世は通信回線越しに哄笑した。『よかろう。オヌシに免じて、特に工期の延長を許す』ドクロ両眼が愉しげに瞬く。『しかしイーガーよ。邪魔者は速やかに消した方が、オヌシの身のためであるぞ?』
 イーガーは如才なく頭を垂れた。「ハッ! 肝に銘じます」『ムッハハハハハハ!』

 UNIXランプが消灯した。通信終了。

「フゥーッ、まいったまいった。嫌な汗かいちまったぜ」イーガーはけろりとして立ち上がった。苦虫を噛み潰したような顔で、コーガーは弟を睨みつけた。「口先ばかり上手くなりおって」

「兄者に足りないところを俺がカバーしてるのさ」「皇帝陛下は! 何もかもお見通しだぞ!」「ダイジョブダッテ。イワビト=サンの手にかかれば、誰が相手でも一捻りよ」
 イーガーは軽薄に笑いながら、ぶらぶらとブリッジから退出した。

 色付きの風がふた筋、砂塵を巻き上げながら大地を駆け抜ける。チュイン! チュイン! それらは幾度も交錯し、甲高い金属音を響かせた。宇宙ニンジャ動体視力をお持ちの方ならば、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀が、超振動を放ちながら切り結ぶ瞬間を目撃できたであろう。

「イヤーッ!」カラテシャウトとともに、真紅の風が力強く跳躍した。未来的光沢の装束に身を包み、ゴーグルで目元を隠した宇宙ニンジャだ。「イヤーッ!」その手に構える伸縮刀を投擲!

「イヤーッ!」カラテシャウトとともに、白銀の風が流麗に跳躍した。未来的光沢の装束に身を包み、ゴーグルで目元を隠した宇宙ニンジャだ。「イヤーッ!」その手に構える伸縮刀を投擲!

「「イヤーッ!」」両者は空中で互いの伸縮刀をキャッチ、回転着地でザンシンを決めた。二人のクーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾が、アナリスの乾いた風にはためいた。

 真紅の宇宙ニンジャは立ち上がり、ニヤリと笑った。「大分マシになってきたな、マボロシ=サン」「ナガレボシ=サンのインストラクションのおかげさ」白銀の宇宙ニンジャは爽やかな笑みを返した。彼らの声はリュウとハヤトのそれだ。

(((それでよい。一刻も早くハヤトを一人前の宇宙ニンジャに育て上げるのだ)))

 ナガレボシのニューロンの奥底から、今は亡きセンセイ、ゲン・シンの声が響いた。苛酷な修行の副産物。エミュレータめいて再生される、師の人格の残響だ。

(ハヤト=サンのためにやってンじゃねえよ)宇宙ゴーグルの下で、ナガレボシは眉根を寄せた。(ゲン・ニンジャクランのためでもねえ。さっさと借りを返して、アンタから自由になりてェだけだ)反応なし。「チッ」ナガレボシは舌打ちした。

 BEEP。BEEP。『ハヤト。リュウ。オウトウ、セヨ』彼らの手首に装着された腕時計型IRC通信機が、トントの電子音声を受信した。
「こちらハヤト。何かわかった? ドーゾ」応答するハヤトの姿は、一瞬にしてスマートな宇宙ファッションに戻っていた。ハヤガワリ・プロトコル。これを順守する限り、彼らの正体は99.99%秘匿される。

『ホクホクセイ、20キロ。レイハイドウ、カラ、SOSガ、デテ、イル』

「ヨイショ! ヨイショ!」「ヨイショ! ヨイショ!」丸太めいた土管やH型鋼を担いだ男達が足取り重く進むたび、乾いた地面に汗の滴が吸い込まれた。

「GRRRR!」「「GRRRRR……!」」その後にデーラ人の一団が続く。巨大な石材を鎖で牽引する彼ら宇宙猿人の顔にも、苦痛と疲労が色濃く浮かんでいた。

 さらにその後ろ、その後ろ……様々な建築資材を運ぶ無数の労働者が、宇宙アリめいて延々と列を成す。シータ、アナリス、ベルダの3惑星から徴集された彼らの向かう先には、禍々しき台形シルエットのメガストラクチャーが墳墓めいて聳え立っていた。目下建設中のロクセイア13世宮殿である。

 列の両脇にはフルフェイスメンポのニンジャトルーパーが立ち、宇宙マシンガンを手に睨みを利かせていた。ガバナス下士官が労働者達に随行しつつ叱咤する。「モタモタするな貴様ら! サボタージュ罪で死刑になりたいか! どうせ死ぬなら、名誉のカロウシを選べーッ!」

 ここはアナリス最大の宇宙ホルスタイン放牧地、ダルゴダ草原。この一帯もまた、ガバナス・ニンジャアーミーの蹂躙をまぬがれる事はできなかった。

 なだらかな緑の起伏は工兵部隊に掘り返され、無機質なモジュール倉庫が立ち並ぶ資材集積地と化した。滋養豊かな牧草は軍用車両の排気に晒され、無惨に枯れ果てつつあった。すこやかに草を食んでいた宇宙ホルスタインの群れは、一頭残らず食肉工場へ送られた。いずれ近いうちに、ガバナス高級将官の食卓に上ることになろう。

「アイエエエ……」資材を満載した木橇を引く労働者の一人が、足をもつれさせて膝をついた。「何をしておるか貴様ーッ!」「グワーッ!」ガバナス下士官に背中を蹴られ地を這うも、立ち上がる力は既にない。

「アイエエエエ……水……水をくれ……」譫言めいて懇願する男を、下士官は冷たく見下ろした。「フン。24時間シフト3連勤程度でこのザマか」
「頼む、水を……水オゴーッ!?」男の口にねじ込まれるレーザー拳銃!「役立たずにはこいつをくれてやる!」ZAPZAP!「アバーッ!」ナムアミダブツ!

「記録官!」ガバナス下士官は面倒臭そうに叫んだ。電子帳簿を手にした別の下士官がすかさず駆け寄る。
「カロウシ1名だ。記録しろ」「ハッ。ですが、今のケースは死刑に該当するかと」「放っておいても死ぬのを少し早めてやっただけだ。第一、ノルマを果たせなければ貴様も困るだろうが。エッ?」「…………」
「カロウシ1名だ。いいな」「……ヨロコンデー」

 皇帝宮殿建設は神聖な事業だ。工事中のカロウシはいわば生贄であり、死者が多いほど宮殿の聖性は高まる。ゆえに現場では機械の使用を極力控え、カロウシ・ノルマの達成に注力していた。

「しかし」記録官が顔を曇らせた。「ここ数日、労働者の供給が滞っております。このままではスケジュールに影響が」
「構わん。我々が責任を持つのはカロウシ・ノルマのみだ」下士官は感情の鈍麻した顔で吐き捨てた。「宮殿が完成しようがしまいが、俺達のような非宇宙ニンジャ閑職軍団員の知った事ではないわ」

 リュウとハヤトは大量生産厩舎ユニットの残骸に潜み、遥か向こうのジゴクめいた行列を窺っていた。

「厄介なモンに出くわしちまったぜ。礼拝堂はまだ遠いってのによォ」「困っている人を助けないのは腰抜けだよ、リュウ=サン!」ハヤトは咎めるように言った。「バルー=サンなら、きっとそう言うよ」

「わかってるよ畜生」リュウは苦虫を噛み潰したような顔で悪態をついた。「……しゃあねェ。行くぜ」「ハイ!」

 駆け出そうとした二人の前に、「「「マッタ!」」」見慣れぬ一団が立ち塞がった。
 思い思いのスタイルで武装した男達が剣呑な視線を投げる。彼らの手にある得物は、宇宙ショットガン、宇宙アサルトライフル、宇宙グレネードランチャー等々。全てガバナスの制式装備だ。

「ドーモ、ダンです」一団を代表して、鋭い目の男がアイサツした。「ドーモ、リュウです」「ドーモ、ゲン・ハヤトです」

「どこのどいつだ、てめェら。邪魔する気か」「それはこっちのセリフだ」挑発めいたリュウの言葉に、ダンは無表情で答えた。「何をッ!」気色ばむハヤトをリュウが抑える。「やめとけ。こいつはお前の手には負えねェよ」

「手出しをするな」ダンは部下達に命じ、一歩踏み出した。「ハヤト=サン、お前もだ」リュウも前へ。
 両者はゆっくりと歩み寄り……宇宙タタミ2枚の距離まで近づいた瞬間、「イヤーッ!」「グワーッ!」ダンの先制パンチがリュウの顎を捉えた!

 リュウはたたらを踏んで後退した。血混じりの唾を吐き、「おお痛ェ」不敵な笑みを浮かべる。
「おとなしく去るのだ」ダンは眉ひとつ動かさぬ。「バカ言え。パンチ一発でも借りは借りだ。返さずに帰れるか」「わからん男だ」

「わかってねェのはそっちだ! イヤーッ!」リュウはやおらトビゲリを放ち、ダンの顔面を襲った。「グワーッ!」
「イヤーッ!」地面に転がるダンを追撃! だが、「イヤーッ!」仰向け姿勢からのキックがカウンターめいてリュウの腹に入った!「グワーッ!」

「イヤーッ!」起き上がりざまに鉄拳を揮うダン!「イヤーッ!」迎え撃つリュウ!

 壮絶な殴り合いが始まった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イイイヤァーッ!」リュウは僅かな隙を突いて相手の拳を捌き、カウンターめいたストレートを放った!「グワーッ!」

 ダンはたたらを踏んで後退した。血混じりの唾を吐き、「……やむを得ん」軍用宇宙サーベルを逆手に抜いた。「命を落とすかもしれんぞ」
「ハッ! こっちのセリフだ」リュウも懐から金属製グリップを取り出した。ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形する。

 二人は円を描くようにじりじりと動き、間合いを計った。張り詰めてゆくアトモスフィアに、部下達とハヤトは固唾を飲んで見守るしかない……その時!

「マッタ! マッタ!」

 宇宙民族衣装を纏った男が駆け寄り、両者の間に割って入った。
「どけ、カミジ=サン」ダンの鋭い視線を、男は穏やかな微笑で受け流した。「どきません。仲間同士で戦う理由はありませんから」

「仲間? こいつは宇宙ニンジャだぞ。ニンジャアーミーのスパイかもしれん」「いいえ、彼らはリアベ号の乗組員。私の命を何度も救ってくれた恩人です」
 武装集団がどよめいた。「リアベ号だって!?」「実在していたのか!」「人々を鼓舞するためにカミジ=サンが流した噂とばかり……」

「ドーモ、リュウ=サン、ハヤト=サン。ゴブサタしています」「ドーモ、カミジ=サン。随分仲間が増えたな」リュウは笑いながら宇宙ニンジャ伸縮刀を納めた。ダンも慎重にサーベルを降ろす。

「アナリス解放戦線と名乗っています」カミジは答えた。「今はまだ、ガバナスから鹵獲した兵器で武装するゲリラ部隊に過ぎません。ですが」ダンの肩に手を置く。「ダン=サンは私の古い友人で、アナリス防衛軍の戦闘隊長を務めていました。彼のインストラクションを得て、組織の戦闘力は目覚ましい成長を遂げつつあります」

「先程は失礼した」ダンが差し出した右手を、リュウは力強く握った。「お互い様さ。だが随分とキツいパンチだったぜ」「お互い様だ」「違ェねえ」

「アッ!」ハヤトが素っ頓狂な声をあげた。「ひょっとして、あのSOS信号はカミジ=サンが?」「ハイ。リアベの勇士の皆さんに、是非とも協力して頂きたく」

「味方同士となりゃ、話は簡単だよ」「ウム」リュウとダンは頷き合った。「解放した労働者の受け入れ準備はできている。あとは」「ガバナスのクソ野郎どもをブッ殺すだけか」リュウがニヤリと笑った。
「任せとけ。なんなら俺達にマルナゲするかい」「気持ちだけ頂こう」「言うと思ったぜ」
 二人は早くも、長年の知己めいたアトモスフィアを醸し出していた。

◆#2◆

「アイエエエ……もう歩けません……」
 死んだマグロの目をした労働者は、肩から滑り落ちた鉄パイプに杖めいて縋り、我が身を支えきれず崩れ落ちた。
「甘えた事を抜かすな! 歩けーッ!」ガバナス下士官が叱声を飛ばす。「アイエエエエ……カンベンしてください……」「何がカンベンか貴様ァーッ! 神聖なる宮殿建築資材を地に着けおって!」

「もういい! 貴様もカロウシの前倒しだーッ!」下士官がレーザー拳銃を労働者の口にねじ込もうとしたその時、ヤジリめいた宇宙スリケンがどこからか飛来し、その手首に突き立った!「グワーッ! 何奴!」

 なだらかな丘陵の上に四人の男が立っていた。宇宙民族衣装を乾いた風になびかせるカミジ。腰のサーベルに手をかけるダン。宇宙ニンジャ伸縮刀を構えるリュウとハヤト。

 涼しげな双眸でガバナス下士官をひたと見据え、カミジは朗々とアイサツした。「ドーモ! 我々は!」それを合図に現れる武装集団!
「「「「「アナリス解放戦線です!」」」」」

 四人とレジスタンスは一斉に丘陵を駆け降りた!
「「「「「イヤアアアアーーーッ!」」」」」

「アイエエエ襲撃! 反逆者の襲撃だ! 撃てーッ!」顔を引きつらせた下士官の命令一下、ニンジャトルーパーが宇宙マシンガンを斉射! BRATATATA! BRATATATATA! レジスタンスの反撃! BLAM! BLAM! BRATATA! BRATATATA! KABOOOOM!「「「アイエエエエ!」」」労働者達が悲鳴をあげて逃げ惑う!

 混乱の只中、先陣を切ったのはハヤトだ。地を這うスライディングで射線をくぐり抜け、「イヤーッ!」「グワーッ!」ガバナス下士官を蹴り上げた。「イヤーッ!」宇宙ニンジャ伸縮刀を揮い、レーザー拳銃ごと手首を超振動切断!「グワーッ!」

「イヤーッ!」リュウは一瞬で記録士官に肉薄し、逆袈裟に斬り上げた。「アバーッ!」胸郭から噴き出す鮮血!
「「「記録士官殿ーッ!」」」駆け寄るトルーパー達に、カミジは慣れぬ手つきで宇宙ライフルを構えた。ZIZZZZZZ! 花火めいて撒き散らされるエネルギー弾! ニュービー相当の最下級トルーパーは避け切れず、「「「アバババーッ! サヨナラ!」」」連続爆発四散!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダンの軍用宇宙サーベルと中級トルーパーのニンジャソードが切り結び、火花を散らす。そこにアンブッシュせんとする新手トルーパーを、「イヤーッ!」ハヤトの鞭めいた回し蹴りが襲った。「グワーッ!」キリモミ回転して地面に倒れ伏す!

「こっちだ急げ!」「身体を低くしろ! 流れ弾に当たるぞ!」アナリス解放戦線のメンバーが労働者達を誘導する。
「奴らを逃がすな! 速やかに追撃アバーッ!?」宇宙装甲車から上半身を出して叫ぶ上級トルーパーの胸板を、リュウの宇宙スリケンが貫いた。「サヨナラ!」爆発四散!

「GRRRRR!」「ヤッチマエ! WRAAAGH!」デーラ人労働者達は指揮官を失った宇宙装甲車に飛び込み、残りの乗員を引きずり出した。「WRAAAAAGH!」「グワーッ!」カジバチカラで投げ飛ばされた運転士が、レジスタンスと銃撃戦を繰り広げるトルーパー集団の上に落下!「「「グワーッ!」」」統制が乱れる!

「今だ撃てーッ!」BRATATATATA! レジスタンスの宇宙マシンガンを浴び、次々と蜂の巣になるニンジャトルーパー!「「「サヨナラ!」」」一斉に爆発四散!

「アイエエエエエ! 退却! 退却ーッ!」下士官は手首から血を流しながら叫んだ。なかばパニック状態で発せられたその命令に、全ニンジャトルーパーは忠実に従った。鉄の軍規のなせる業だ。ヒキアゲ・プロトコルを順守し、瞬時に姿を消す。

 イクサは終わった。カミジはよく通る声で人々に呼びかけた。
「皆さん! 惑星アナリスに自由と平和が戻るまで、一時身を隠すのです! 我々の用意した隠しコロニーへ案内します!」

「歩けぬ者は宇宙装甲車へ!」「武器弾薬の回収急げ!」レジスタンスがてきぱきと指示を飛ばす。「アイエエエ……」「アイエエエ……アリガトゴザイマス」労働者達は建築資材を打ち捨て、おぼつかぬ足取りで移動を開始した。

「ハァーッ……ハァーッ……」下士官に射殺されかけた男は、最後の力で鹵獲宇宙装甲車の屋根によじ登り、仰向けになって荒い息をついた。もはや指一本動かす気力もない。だが、死んだ宇宙マグロじみた目には微かな安堵の色があった。「ハァーッ……ハァーッ……」

「ハァーッ! ハァーッ!」ケジメされた手首を脇に挟み、ガバナス下士官はひとり彷徨っていた。非宇宙ニンジャゆえ、ヒキアゲ・プロトコルの散開スピードに取り残されたのだ。

「ハァーッ! ハァーッ!……アイエッ?」

 ゴロンゴロンゴロン……不意に転がってきた岩塊が、下士官の行く手を遮った。だがどこから? もと牧草地のなだらかな起伏からは転がりようのない巨岩だ。

 下士官はおそるおそる近づき、岩塊を覗き込んだ。その瞬間!

「ドーモ! ガバナスニンジャオフィサー・イワビトです!」

 岩塊がアイサツを放った!
「アイエエエエ!」尻餅をつき失禁する下士官の目の前で岩塊はバキバキと変形し、人間めいたシルエットを形作った。頭部とおぼしき箇所、岩の隙間に双眼が光る!「アイエエエエエエ!」

「一部始終見ておったぞ。レジスタンスに労働者を奪還されたあげく敵前逃亡とは!」「アイエエエお待ちください! 敵には強力な宇宙ニンジャがいたのです。退却もやむなし!」下士官が命懸けの反論を試みる。「そ、それに、見ていたのなら、なぜ助けてくれなかったので……」

「クチゴタエスルナー!」「アバーッ!」

 イワビトは岩石の拳を下士官の脳天に振り下ろした。ハンマーめいた一撃を受けた頭部は両肩の間にめり込み、砕けた頭蓋から血と脳漿が飛び散った。ナムアミダブツ!

「グワラグワラ! この星系の人類も脆弱! まるで泥人形よ!」イワビトは両目をにんまりと細めて哄笑した。肉体のほとんどが無機質で構成され、全身を岩石で覆った彼の種族にとって、その両目だけが辛うじて表情を読み取れる部位であった。

「で? お前の見立てはどうなの、イワビト=サン」
 パープルラメのニンジャ装束に身を包んだ女宇宙ニンジャが、いつの間にかイワビトの傍らに立っていた。彼女の名はクノーイ。ニンジャアーミー諜報部門の長だ。そのバストは豊満である。

「あのダン=サンとかいう奴を殺れば、残りは雑魚だ。リアベ号の連中が少々邪魔だがな」「彼らは私が引き離す。そうすればナガレボシ=サンも手を出して来ないでしょう」

「噂に聞く、リアベ号のヨージンボめいた宇宙ニンジャか」イワビトは愉快そうに身体を揺すった。「最近もう一人増えたそうではないか。俺がまとめて始末してやろうか? ン?」
「頼もしい限りね。でも、イーガー副長は速やかな戦果をお望みよ。まずは弱敵を優先して」クノーイは淡々と受け流した。クセの強いニンジャオフィサーの手綱を取るのは、なかなかに気骨が折れる。

画像7

 小高い丘の上に立つ礼拝堂の周囲に、避難民キャンプが地衣類めいて広がっていた。プレハブ住居ユニットの残骸で組み上げられたあばら家。ありあわせの布で張られたテント。宇宙ダンボールハウス。その様相は多彩だ。

「こっちのテント空いてるよ!」「負傷者は申し出て下さい!」「アイエエエ……」「しっかり! もう大丈夫だ」キャンプ住人とレジスタンス戦士は協力して、救出された労働者の対応にあたっていた。彼らの場慣れしたアトモスフィアが、右も左もわからぬ新入り達のささくれたニューロンを鎮めてゆく。

 宇宙装甲車の屋根から降ろされた男は極度の消耗状態と診断され、ただちに礼拝堂の中へ担ぎ込まれた。
 初期開拓時代の石造建築は、アナリス解放戦線のアジトとして見出されるまで廃墟同然であった。いまやその内部は倉庫めいて、武器弾薬や食料が山積みになっている。かつて信徒が祈りを捧げていたであろう長椅子は、簡易医療ベッドとして再利用されていた。男はそのひとつに寝かされた。

「アノ……水……水を……」

 蚊の鳴くような声に応えて、「ハイ」木椀が差し出された。考える間もなく、震える手で掴み、飲む。「ンッ……ングッ……」宇宙フルーツの絞り汁だ。滋養と薬効に満ちた酸味が、細胞ひとつひとつに染み入るようだった。

 男の弱った内臓では、最後まで飲み切る事はできなかった。半分がた残した木椀を手放し、「ハァーッ……ハァーッ……」再び仰向けになって荒い息をつく。

 男はそこでようやく、自分を見守る少女の視線に気付いた。その手には飲み残しの木椀。
 少女は慈悲深く微笑んだ。「もうダイジョブですよ。少し休んでね」

「アリガトゴザイマス……ウッ……」男の両目から、とめどなく涙が湧き出した。最後に我が身を気遣われたのはいつのことだったろう。妻子と最後に言葉を交わしたのは……妻と、娘は……生きているだろうか……。

 ローティーンの少女はテヌギーを取り出し、眠りについた男の頬を拭うと、帰還した戦士達に振り返った。「オカエリナサイ」「タダイマ」少女とダンはにこやかにアイサツを交わした。リュウとハヤトが初めて見るダンの笑顔だった。

「食事の用意できてるわよ」「有難う。悪いけど、お客さんの分も追加してくれないか」「お客様?」
「私達の心強い味方だ」カミジが手振りで、二人の宇宙ニンジャを指し示した。「アー、ドーモ、リュウです」「ゲン・ハヤトです」「ドーモ。はじめまして。ハナです」

 礼拝堂の片隅に置かれた分厚い木製テーブルに、素朴な食事が並んでいた。宇宙ライ麦パンの山と不揃いの宇宙フルーツ。周辺コロニーの住民が提供してくれたものだ。ガバナスの徴税吏に知られれば、むろん命はない。

「悪ィな、急に人数増えちまって」「僕達も手伝おうか?」照れ隠しめいて言うリュウとハヤトに、「座って待ってて。お客様にお手伝いさせられないもの」ハナは笑ってかぶりを振り、厨房とテーブルを忙しく往復する。

「ダン=サンの妹かい」リュウの質問にカミジが答えた。「いえ。ガバナスに両親を殺されて彷徨っていたところを、ダン=サンが助けたんです」「フーン。ますます気に入ったぜ、お前って男がよ」ダンに向けるリュウの笑顔は、少年の如く屈託なかった。

「まるでホントの兄弟だ」感心するハヤトに、「だって、お兄ちゃんだもン。ネ?」ませた口ぶりでハナが答える。ダンは照れたように苦笑した。
 こいつ!……と反射的に軽口を叩きかけて、ハヤトは慌てて口をつぐんだ。ニューロンが一瞬、ハナを本物の妹と誤認したのだ。もうこの世にない妹・リオの姿と。

 ガバナス帝国の侵攻が始まったあの日の光景が、ハヤトのニューロンにフラッシュバックした。冷たくなってゆく父の身体。肉体の残骸めいて血の海に転がる母と妹。炎上する生家。

「ハヤト=サン」黙り込んだハヤトの険しい顔をリュウが覗き込んだ。
「思い出は永遠に生き続ける。だが時には、忘れた方がマシな事もあるんだぜ」「わかってる。でも……覚えていたいんだ」

「だったらシケた顔すンな。自分の胸にしまって笑っとけ。それが真の宇宙の男だ」言いながら、リュウは宇宙フルーツジュースのグラスを傾けた。幻の地球産ウイスキーを嗜むかのように。その横顔を、ハヤトはソンケイを込めて見つめた。

「……ア。やべえ」グラスを持つリュウの手が止まった。

「オイ、ハヤト=サン! 今すぐバルー呼んで来い! 俺達だけいいモン食って帰ってみろ。あの野郎何しでかすかわからんぞ!」
 慌てふためくリュウに、「……プッ!」ハヤトは思わず噴き出し、それがレジスタンス戦士の爆笑を誘った。「「「ハッハハハハハ!」」」

「アー……そうだね! 食べ物の恨みは一生祟るって言うし」つとめて明るく答えたハヤトは、「イッテキマス!」バネ仕掛けめいたオジギを残し、礼拝堂を飛び出した。
「いい弟分だな」「そんなんじゃねェよ」ダンの言葉にリュウは手を振った。

(ダン=サンも、リュウ=サンに勝るとも劣らない真の宇宙の男だ。バルー=サンを引き合わせたら喜ぶだろうな……!)

 常人の三倍の脚力で駆けてゆくハヤトの後ろ姿を、礼拝堂の陰から見送る女宇宙ニンジャあり。ナムサン! クノーイは卓越した宇宙ニンジャ野伏力で、帰投したレジスタンスの一挙一動を監視していたのだ!

「私の出番ね」

 赤い唇が邪悪な笑みに歪んだ。果たして彼女のニューロンには、いかなる作戦計画が練られているのであろうか?

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆


◆#3◆

「両親? 俺は生まれつきの孤児だよ。親の顔も知らんのさ」
 リュウは宇宙ライ麦パンを咀嚼しながら言った。「すまん。つまらぬ事を聞いた」ダンが頭を下げた。「気にすンな。慣れてる」

「ま、強いて言えば、俺にインストラクションをくれたセンセイがオヤジみてェなモンかな。ガバナスに殺られちまったがね」
 そう語るリュウの表情に、ダンは複雑な感情の影を見て取った。「ハヤト=サンには内緒だぜ」リュウが冗談めかして唇に指を当てると、ダンは厳粛な面持ちで頷いた。

「アノ……もしや、その亡くなられたセンセイとは、ハヤト=サンの」

 カミジがリュウに問いかけた瞬間、KRAAAAASH! 礼拝堂の窓ガラスが砕け散った。「イヤーッ!」リュウは咄嗟に宇宙ニンジャ伸縮刀を振るい、投げ込まれたクナイ・ダートを弾き飛ばした。

「警戒態勢!」「配置につけーッ!」レジスタンス戦士が武器を取って立ち上がった時、「イヤーッ!」リュウは既に割れた窓から飛び出していた。新たに飛来したクナイ・ダートを叩き落とし、さらに跳躍!

「イヤーッ!」リュウは女ニンジャの頭上をキリモミ回転で飛び越えた。着地と同時に跪き、「ドーモ、リュウです」求愛ポーズめいたアイサツを決める。「これはこれは。お美しいクノーイ=サンじゃねェか」

 クノーイはクナイ・ダートを収めてオジギした。「ドーモ、クノーイです。お前に美しいなどと言われると背中がむず痒くなるわ」「本気にすンなよ。上辺は良くてもハートが薄汚いぜ。俺の趣味じゃねェな」

「勝手をお言いでないよ」リュウの挑発にもクノーイは動じない。「軽口を叩く暇があるなら、お仲間を助けに行ったらどう? そろそろニンジャトルーパー小隊の総攻撃が始まる頃よ」

「どういう意味だテメェ」リュウの顔色が変わったのを見て、クノーイは満足げに笑った。「その目で確かめる事ね」足元にケムリダマを投げつける。KBAM!「オタッシャデー!」

 クノーイの姿は煙と共に消え失せた。
「バルー、トント、応答しろ!」リュウは腕時計型IRC通信機に呼びかけたが、ザリザリザリ……ノイズしか聞こえない。ジャミングだ。

「スペースブッダファック!」リュウはリアベ号の着陸地点へ駆け出した。
(((やりおったわ。あの女の言葉が真偽どうあれ、もはやハヤトの安否を確かめぬわけにはいかぬぞ)))(だから薄汚ェってンだよ、クソッ!)ニューロン内のゲン・シンに、リュウは声なく毒づいた。

 腑に落ちぬ顔のレジスタンス戦士達が、どやどやと礼拝堂に帰還した。結局、彼らの前には一人のニンジャトルーパーも現れなかったのだ。

「ハナ? ハナはどうした」ダンが周囲を見回した。
「食器を洗いに行ったのだろう。あの子は綺麗好きだからな」カミジの答えにダンは眉根を寄せた。「それも時と場合だ。探してくる」「何人か連れて行くといい」「いや、妹のために組織の戦力は割けん」

 ひとり礼拝堂を後にしたダンは、近くを流れるサンスイめいた小川へ向かった。探す事しばし……果たして、清らかなせせらぎの傍らに、身を屈めて食器を洗う少女の姿があった。

「ハナ! ダメじゃないか。こんな時に一人で出歩いては」

 ほっと胸を撫で下ろして歩み寄るダン。だがその時!
 KRAAAAASH! 突如飛び来たった岩塊が清流の只中に落下した。陶器の欠片と川底の小石が、水飛沫もろとも無惨に砕け散る。

「アイエエエ!」恐怖に立ちすくむハナの眼前で、岩塊はバキバキと人型に変形した。「ドーモ、ダン=サン! ガバナスニンジャオフィサー・イワビトです!」岩石の腕がハナの細い首に巻きつく!「アイエエエエ!」

「オノレ!」ダンは反射的に宇宙サーベルを構えた。「動くな! 少しでも動けば、このガキを泥人形めいて叩き潰してくれるぞ!」イワビトの腕に力がこもる。「アイエエエエ苦しい!」

「待て! その子には何の罪もない。目的は何だ!」「貴様の命よ。俺の任務はレジスタンスの殲滅。貴様が生きていては都合が悪い」
「よかろう」ダンは一瞬たりとも躊躇しなかった。「その子の未来を思えば、私の命など惜しくはない」

 岩石質の頭部からわずかに覗くイワビトの目が、嘲笑めいて細まった。「まずサーベルを捨てろ」「その子を開放するのが先だ」「ならば同時だ! イヤーッ!」イワビトはハナを突き飛ばした。サーベルを投げ捨てたダンが、抱き留めたハナを背後に庇った。

 宇宙サーベルは地面に突き立ち、ダンとイワビトはそれを挟むように対峙した。
 ダンはまだ闘志を失ってはいない。じりじりとサーベルににじり寄り……「イヤーッ!」ビーチフラッグめいて飛びつき、手を伸ばす!

 だが、どこからか飛来したフックロープの方が一瞬速かった。「イヤーッ!」絡め取られたサーベルはカラテシャウトとともに宙を舞い、横合いから現れたニンジャトルーパーの手に収まった。

「ヌゥーッ……!」ウケミから立ち上がったダンの周囲に、次々と姿を現すニンジャトルーパー。その数およそ一個分隊。
 モハヤコレマデ。「ハナ……逃げなさい、私に構わず」ダンは静かな声で背後に呼びかけた。あとは一秒でも長く、彼女が逃げおおせる時間を稼ぐまでだ。

「ウフフフフ……アッハハハハ!」

 しかし、返ってきたのは毒婦めいた哄笑!
「何ッ!?」ナムサン! 振り向いたダンの背後にハナの姿はなく、代わりにパープルラメニンジャ装束の女宇宙ニンジャが立っているではないか!

「ドーモ、クノーイです」「ドーモ、ダンです。ハナをどこへやった!」「フン。そんな奴、最初からいやしないよ」クノーイは侮蔑的に鼻を鳴らした。「誰の顔も、姿さえも借り受ける。それが私のフェイス・オフ・ジツさ!」

「謀ったな! イヤーッ!」カラテを構えて肉迫するダンを、クノーイはやすやすと躱した。「手を汚すのは嫌いでね。トルーパーどもに相手してもらうがいいさ!」入れ替わりに斬り掛かるニンジャトルーパーの群れ!「「「「「イヤーッ!」」」」」

「……イイイイヤアアアーッ!」

 逃れ得ぬ死の運命に抗うがごとく、ダンは血を吐くようなカラテシャウトを発した。
 ソードを紙一重で避け、トルーパーの手首を掴み、アイキドーめいて地に引き倒す!「グワーッ!」「イヤーッ!」二人目の斬撃を腕ごと振り払い、「イヤーッ!」背後の三人目にトラースキックを叩き込む!「ゴボーッ!」フルフェイスメンポの隙間から漏れる吐瀉物!

 戦闘指南役の名に恥じぬミリタリー・カラテとカジバチカラを発揮して、ダンは果敢に戦った。だが相手はニュービー相当とはいえ宇宙ニンジャの一団。徒手空拳でいつまでも渡り合える相手ではない。

「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」トルーパーの一人がダンの背後を掠めるように飛び、ソードで背中を切り裂いた。すかさず残りが後に続き、次々とすれ違いざまに斬撃を加えてゆく! 集団で獲物を取り囲み、一口ずつその肉を食いちぎる宇宙シャークの群れめいて!

「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」「イヤーッ!」SLASH!「グワーッ!」

「ハァーッ……ハァーッ……」血みどろのダンはがっくりと膝をついた。
「グワラグワラグワラ! よくぞここまで持ち堪えた。褒美に、このイワビト自らトドメを刺してやろう」イワビトは哄笑し、岩石の拳を繰り返し打ちつけた。「貴様が死ねばレジスタンスなど烏合の衆! あっと言う間に全滅させてくれるわ!」

「お前は……勘違いをしているぞ、イワビト=サン」ダンは苦痛に耐えて笑った。その目は、既にアノヨを見ているかのように澄み渡っていた。
「私を殺せば、我が同胞は更なる力を得て……ガバナスを打ち倒すだろう……」

 イワビトの落ち窪んだ目が充血し、ピクピクと痙攣した。
「負け惜しみを! ぬかすなァーッ!」右腕をハンマーめいて振り上げ跳躍!「死ね! 反逆者! 死ねーーーーッ!」

「アバーーーーッ!」

「タダイマ!……どうしたのみんな」洗いたての食器を抱えて礼拝堂に戻ったハナの笑顔と裏腹に、カミジ達は険しい顔を見合わせた。
「ダン=サンは? 一緒じゃなかったのかい」「知らないわ」ただならぬ雰囲気にハナはたじろいだ。「何かあったの、お兄ちゃんに?」

 同刻。意気揚々と林道を歩くハヤトとバルーは、息せき切って駆けて来るリュウの姿を認め、怪訝な顔を見合わせた。
「どうしたリュウ。メシはまだ残ってるんだろうな」「何言ってやがる! 大丈夫かお前ら」「大丈夫って何がさ、リュウ=サン」

 噛み合わぬ会話を交わし、緊張感に欠ける二人の顔を見比べるうち、リュウのこめかみにみるみる血管が浮き上がった。
「スペースブッダファック! やっぱブラフじゃねェか、あのクソアマ!」

「「「オーイ、ダン=サン!」」」「ダン兄ちゃん! 返事して!」
 ハナとカミジを先頭に、レジスタンス一行が口々に呼ばわりながら林道を進む。
「アッ、リュウ=サン!」来た道を駆け戻るリュウ達を、ハナは目ざとく発見した。「ダン兄ちゃんを見なかった?」
「クソッ! 目当てはダン=サンか。カミジ=サン、心当たりは!」「その道の先に小川がある。もしかすると」「ガッテン!」皆まで聞かず、リュウは色付きの風となって駆け去った。

 後を追うレジスタンス一行とハヤト達が、サンスイめいた小川のほとりに辿り着いた時……リュウは仰向けに倒れたダンの傍らに跪いていた。振り返り、静かに首を振る。

「お兄ちゃん!」「ダン=サン!」駆け寄るハナとカミジの足が止まった。ダンの身体には無数の刀創が刻まれ、さらに全身の骨が無惨に砕かれていた。もはや助からぬ事は誰の目にも明らかだった。

「アバッ……」ダンは身を震わせ、かすかに目を開いた。
「お兄ちゃん、私よ。ワカル?」ハナがダンの顔を覗き込んだ。土気色の顔には既に死相が現れていた。「無事だったか、ハナ……よかった」

「お兄ちゃん!」「お前は……静かに暮らせ……解放した人々と……」最後にダンは微笑もうとした。「ハナ、いい子で……」「お兄ちゃん!」

 ダンの首ががくりと垂れた。ハナは顔を覆い、嗚咽した。
 リュウは静かに立ち上がった。血潮に染まった赤い清流をしばし見送り、沈痛な面持ちのカミジに歩み寄る。

「カミジ=サン……俺達はベルダへ行く」「エッ?」

 リュウとカミジの視線が噛み合った。その刹那……コンマ数秒の間に、言葉にならぬいかなるコミュニケーションが行われたか、余人には知る由もない。
「わかりました」カミジは何かを受け取り、自らも何らかの意味を込めて頷いた。「カラテと共にあらんことを」

 しばしの後。ゴンゴンゴンゴン……武骨なシルエットが垂直上昇でアナリスの地を離れ、成層圏外へ消えて行った。
 地上から宇宙ニンジャ視力でそれを見届け、イワビトは勝ち誇った笑い声をあげた。「グワラグワラグワラ! ダン=サンが死んで怖気づいたか。リアベの勇士が聞いて呆れるわ!」

 イワビトは振り返り、整列するニンジャトルーパー小隊に号令した。
「ガバナス時間1700時、礼拝堂を襲撃する! 小賢しきレジスタンスどもを一掃するのだ!」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」


◆#4◆

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……夕日に染まる礼拝堂から、厳かな弔鐘が鳴り響いた。周囲に広がる地衣類めいたキャンプに、もはやそれを聞く者はいない。避難民は一人残らず姿を消していた。天災を察知した小動物の群れの如く。

 ニンジャトルーパー小隊を率いるイワビトは、放棄された雑多な仮住まいを蹴散らしながら、丘の上の礼拝堂へ歩を進めた。クノーイの情報によれば、レジスタンスの主要メンバーは今まさにダンの葬儀を執り行っているはずだ。

 イワビトの目が怒りに細まった。避難民を逃がしておきながら、弔いのためグズグズとその場に留まり続けるセンチメントを、彼は嫌悪した。
(アノヨから見ておれ、ダン=サン。貴様が買いかぶった雑魚どもを、貴様のカンオケの前で皆殺しにしてくれるぞ!)

 薄暗い礼拝堂の中では、地球文化圏由来の聖母像がロウソクに照らされ、祭壇上のカンオケを慈悲深く見下ろしていた。カンオケの周囲に立つのはハナとカミジ、そしてレジスタンス戦士達。

 ダンの亡骸が横たわるカンオケは、宇宙フラワーの透明な花弁で埋め尽くされていた。ハナは涙を堪えて最後の一輪を添えた。
 カミジはハナの肩に手を置き、静かに目を閉じた。戦士達が一斉に手を合わせた。ナムアミダブツ。

 祈りはどれだけ続いただろう……いつの間にか、カミジの背後に何者かの気配があった。ロウソクの光を避けるように立つその姿は、揺らめく影に紛れて判然としない。
「奴らが来たぜ」何者かの囁きに、カミジは瞑目したまま頷いた。

「イヤーッ!」KRAAAASH! イワビトの岩石拳が礼拝堂の扉を粉砕した。
「突入せよ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」上級トルーパーの号令一下、ニンジャトルーパー小隊が宇宙マシンガンを手になだれ込む。

「「「「「アイエッ!?」」」」」

 トルーパー達の足が止まった。蓋を閉じられたカンオケと聖母像が、沈黙のうちに彼らを迎えた。堂内には人っ子一人いない。動くものは、無数のロウソクが作り出す光と影の揺らぎのみ。

「目標ロスト!」「ブリーフィングの想定外!」「指示オネガイシマス!」下級トルーパーは浮き足立ち、キョロキョロと周囲を見回すばかり。
「バカな……! 奴らはここでメソメソ泣きながら、ダン=サンの冥福を祈っておるはずだ!」入口に立ち尽くすイワビトが叫んだ、その時!

「ドーモ! 我々は!」カミジの朗々たる声が響いた!
「「「「「アナリス解放戦線です!」」」」」

 おお、見よ! 頭上の梁に! ステンドグラスの窓枠に! 無数のレジスタンス戦士が立ち、宇宙ショットガン、宇宙アサルトライフル、宇宙グレネードランチャー等々の銃口を向けているではないか!

「ヌゥーッ!」イワビトは呻いた。分厚い岩石に護られた肉体ゆえ、彼の種族の感覚器は生来粗雑であった。ニュービー相当の下級トルーパーもまた、十分な宇宙ニンジャ第六感を育て切らぬまま戦場に駆り出された身。彼らは総体として、アンブッシュに対する脆弱性を抱えていたのだ。

 梁の上からカミジが叫んだ。「ダン=サンに死のセンコを捧げよ!」
「「「「「ヨロコンデー!」」」」」

 BLAM! BLAM! BLAM! BRATATA! BRATATATA! BRATATATATA! KABOOOOM! KABOOOOOOM!

 レジスタンス戦士は実力以上のパフォーマンスを発揮した。怒りと悲しみと結束によって。ニンジャトルーパーの未熟な宇宙ニンジャ敏捷性を凌駕するほどに!
「アバーッ!」「「アババーッ!」」「「「アバババーッ!」」」トルーパーが次々に蜂の巣となり、カンオケの周囲で爆発四散を遂げる!

(私を殺せば……同胞たちは更なる力を得て……ガバナスを打ち倒すだろう……)

 イワビトの脳裏にダンの言葉が蘇った。
「オノレ! 非宇宙ニンジャの屑どもめーッ!」イワビトは怒りに全身を軋ませ、銃弾を弾き返しながら押し入ろうとした。そこに!

「「イイイヤアアアアーーーッ!」」

 祭壇の陰から真紅と白銀の風が駆け込んだ。加速度を乗せ、岩石質の体幹にダブルドロップキックを叩き込む!

「グワーーーッ!」

 屋外に蹴り出されたイワビトは、岩塊めいて丘陵を転げ落ちた。「アイエエエ!」「イワビト=サン、お待ちを!」僅かな生き残りトルーパーが礼拝堂からまろび出て後を追う。

「ウオオーッ!」「コロセー! コロセー!」勢いづいて次々と飛び降りるレジスタンス戦士の前に、「マッタ!」カミジが両手を広げて立ち塞がった。「彼らと取り決めた作戦はここまでだ。後はあの二人に任せましょう」

「でもカミジ=サン!」「俺達の気持ちが!」「もっと何かしたい!」口々に訴えるレジスタンス戦士に、「もはや我々にできる事はない」カミジは厳しい顔でかぶりを振った。
「ここから先は、宇宙ニンジャの世界です」

 ゴロンゴロンゴロン……イワビトはふもとの岩場でようやく停止した。バキバキと人型に戻りながら立ち上がり、血走った目で睨め上げる。
「おのれ! 何奴!」

 視線の先、礼拝堂を背に立つのは、彼を蹴り出した二つの人影。未来的デザインの装束を纏い、ゴーグルで目元を隠したその姿は、まごう事なき宇宙ニンジャのそれだ。クーフィーヤめいた頭巾がはためく!

「「銀河の果てからやって来た」」
 ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀を手に、真紅と白銀の宇宙ニンジャはヒロイックなアイサツを放った。
「ドーモ。人呼んでナガレボシです!」
「ドーモ。同じくマボロシです!」

「ドーモ。イワビトです。噂の二人のお出ましか」岩石の拳を打ちつけて、イワビトは謎めいた二人の宇宙ニンジャにアイサツした。「だがなぜだ! 貴様らはリアベ号のヨージンボと聞いた。リアベ号が第3惑星ベルダへ去った今、何故この地に留まっておる!」

「状況判断よ」真紅の宇宙ニンジャ・ナガレボシは冷たく答えた。
 が、読者の方々にはそうはいくまい。アナリスを去ったはずのリュウとハヤトが、いかにしてイワビトの前に現れたのか。彼らはハヤガワリ・プロトコルに加え、ブンシン・ジツをも体得していたとでもいうのか?

 否! 今この時、リアベ号のコックピットにリュウとハヤトの姿はない。成層圏外で操縦桿を握るのは宇宙猿人バルー。副操縦士を務めるは万能ドロイド・トント。クノーイへの意趣返しめいた陽動作戦である!

「ダン=サンを殺したのはお前か!」断罪めいて人差し指を突きつけるマボロシに、イワビトは傲然と答えた。「いかにも。レジスタンス殲滅任務の手始めに、一足先にアノヨへ行ってもらった。残りの連中にもすぐ後を追わせてやる」
「そいつァ無理だな」ナガレボシが不敵に笑う。「何故かって? 俺達が今ここでテメェをブッ殺して、ただの石コロに戻してやるからよ」

「死ぬのは貴様らだ! かかれーッ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」イワビトの命令一下、ニンジャトルーパーは手に手にソードを抜き放ち、謎めいた二人の宇宙ニンジャへと殺到した!

「「イヤーッ!」」ソードを交差させて斬りつけるトルーパー二人を、ナガレボシは宇宙ニンジャ伸縮刀で受け止め、アステリスクめいた拮抗を成した。だがそれも一瞬。「イヤーッ!」敵の刃を跳ね返し、地を這うような足払いをかける。「「グワーッ!」」KRAAASH! 二人同時に風車めいて転倒! 足元の岩盤に頭部を強打したトルーパーは、フルフェイスメンポの亀裂から脳漿を撒き散らした!

「イヤーッ!」イワビトのジャンピング岩石パンチ! それを躱したナガレボシに、「スキあり! イヤーッ!」三人目のトルーパーが斬り掛かる!

「イヤーッ!」だが次の瞬間、既にナガレボシはその脇を駆け抜けていた。
「誰にスキがあるって?」不敵な笑いで振り向く。トルーパーの脇腹から緑色の異星血液が噴き出した!「グワーッ!」

 マボロシは別トルーパーの太刀筋を紙一重で躱し、「イヤーッ!」「グワーッ!」キドニーブロウで怯ませ、トラースキックを叩き込んだ。岩場から転げ落ちたトルーパーめがけて飛び降り、「イヤーッ!」伸縮刀で地面に縫い止めるようにカイシャク!「サヨナラ!」爆発四散!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」イワビトの岩石パンチ連打を、ナガレボシは華麗にスウェー回避した。「ナガレボシ=サン!」駆け寄るマボロシを阻止せんと「イヤーッ!」新たなトルーパーが剣突!

 マボロシの宇宙ニンジャ反射神経は、それを僅かに上回った。寸前で踏みとどまった鼻先を掠め、ニンジャソードが岩壁に深々と突き立つ。
「シマッタ!」うろたえるフルフェイスメンポの横っ面に、「イヤーッ!」マボロシの鞭めいた回し蹴りがクリーンヒット!「グワーッ!」トルーパーの首が180度回転し、宇宙ジョルリめいてその場に崩れ落ちた。
 マボロシは岩壁に残されたソードを引き抜き、クナイ・ダートめいてイワビトに投擲した。「イヤーッ!」

 援護とも牽制ともつかぬ、他愛ない一手だった。しかしイワビトの反応は過剰であった。「ヌゥーッ!」顔面めがけて飛ぶニンジャソードを大振りで叩き落とし、両腕をクロスしてガード、さらに数歩後退。洞穴めいた眼窩の奥で目が泳ぐ。
「フゥーン」唐突なカラテの綻びに、ナガレボシはニヤリと得心した。

「マボロシ=サン! 目を狙え!」「ハイ!」

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」二人は宇宙スリケン投擲を開始した。KILLIN! KILLIN! クロスガードをすり抜け、岩石質の顔面にヤジリめいた形状のスリケンが跳ね返る。

「ヌゥーッ! おのれ!」KILLIN! KILLIN! イワビトは完全に攻め手を捨て、防御に徹さざるを得ない。即ちジリー・プアー(徐々に不利)。
 KILLIN! KILLIN! 勢いづいたマボロシは、スリケンを投げながら叫んだ。「思い知ったかガバナス・ニンジャ! お前の首をダン=サンの墓前に供えてやるぞ!」

「泥人形が! ほざくなァーーーーッ!」

 イワビトは絶叫とともに両腕を振り上げ、渾身の力で足元に叩きつけた。KRAAAAAASH! 岩盤に放射状の亀裂が広がり、無数の岩塊となって砕け散る!
「「「グワーッ!」」」生き残りトルーパーが岩塊もろとも吹き飛ばされる中、ナガレボシとマボロシはコンマ数秒の差で巻き添えを免れ、「イヤーッ!」回転ジャンプで距離を取り、着地した。

 粉塵がもうもうと立ち込める。二人はその向こうの気配にニューロンを研ぎ澄ませた。ゴロンゴロン……ゴンゴン……ゴロンゴロン……無数の岩塊が転がり、ぶつかる音が響く。やがて。

「グッグッグッ……グワラグワラグワラ!」

 野太い哄笑が大気を震わせた。薄れゆく粉塵を振り払って立ち上がるシルエットは……ナムサン! 10メートルを優に超す巨体である!
「ナガレボシ=サン……何アレ」「俺に聞くんじゃねェよ」

「グワラグワラグワラ! この星の岩石はよく馴染むわい!」
 ZOOM……ZOOM……ZOOM……重々しい足音と共に、岩石の巨人が粉塵の中から歩み出た。無数の岩塊が凝集したカラテゴーレム。その頭部にイワビトの上半身が僅かに覗いている。
「俺にセルフ・ゴーレム・ジツを使わせた事は褒めてやろう。だがこれで貴様らの死は100%確実よ!」

「イヤーッ!」ゴウ! イワビトの巨大な拳が風を巻いて振り下ろされた。「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは左に側転回避! KRAAAASH! 勢い余った拳が地面を打ち砕く!

「イヤーッ!」ゴウ! イワビトの巨大な拳が風を巻いて振り下ろされた。「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは右に側転回避! KRAAAASH! 勢い余った拳が地面を打ち砕く!

「イヤーッ!」マボロシは駆け出し、引き戻される巨腕を踏み台に大ジャンプ。カラテゴーレムの顔面めがけ宇宙スリケンを投擲した!
 KILLINKILLIN! KILLINKILLIN! ゴーレムの体表をわずかに削り、スリケンは空しく跳ね返った。「もはや効かぬわ! イヤーッ!」もう一方の拳が飛んだ。「アイエッ!?」ナムサン! 自由落下中のマボロシには避ける術がない!

(((ナガレボシ=サン!)))(わかってるよ畜生!)ゲン・シンの声に促されるまでもなく、ナガレボシは跳躍していた。
「イヤーッ!」「グワーッ!」空中回し蹴りでマボロシを巨岩パンチの軌道から跳ね飛ばす。ゴウ! 反動でノックバックした眼前ギリギリを、イワビトの腕が宇宙トレインめいて通過した。

「グワーッ!」ウケミを取り損ねて転がるマボロシの手首で、BEEPBEEP! 腕時計型IRC通信機がコール音を発した。
『バッカヤロー! アレを食らったら即ネギトロだぞテメェ!』「ゴ、ゴメン」咄嗟に謝りながら、マボロシは訝しんだ。この距離で通信?

 回線越しの声音が低くなった。『次はしくじるな。無理にスリケンを当てなくてもいい。攻撃を躱すことだけ考えろ』「アノ、それってどういう」『とにかく奴の注意を引きつけろ。できるか』「やるさ!」マボロシは頷いた。ナガレボシが言うからには何らかの勝算があるのだ。

「イヤーッ!」KILLINKILLIN! 巨大な背中に宇宙スリケンが跳ね返った。イワビトは煩わしげに振り返り、白銀の宇宙ニンジャを虫ケラのごとく見下ろした。「勝ち目のない抵抗を繰り返すか、愚か者め」

「ハッ! よく言うよ、パンチ一発当てられないくせに! 巨人の知能は全身に及ばないってのはホントだね!」10メートル超の巨体を見上げ、マボロシは宇宙コトワザで挑発した。

「ヌゥーッ……ならばこれを受けてみよ! イヤーッ!」
 イワビトが片手を振るうと、いくつもの岩石が巨体を離れ、放物線を描いて飛び来たった。数は多いがパンチより遥かに緩慢だ。ギリギリで避けるさまを見せつけるべく、マボロシは腰を落として身構えた。

 ドクン……だがその時、マボロシの心臓が強く打った。眼前の光景が赤黒い炎で毒々しく染まる。幻の炎……いや、未来だ。かつて仲間を救った未来予知ビジョンが、いま再び彼のニューロンに去来したのである。

「イヤーッ!」ビジョンのもたらす情報量、無限にオーバーラップする可能性の過負荷に耐え、マボロシは後方大ジャンプで回避した。
 果たして、岩石群は地上に落ちるや否や、エンハンスされたカラテエネルギーを瞬時に開放、爆裂した! KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! 

「グワーッ!」マボロシは両腕をクロスして爆風に抗った。赤黒い爆炎が視界を埋め尽くす。
 白銀の宇宙ニンジャ装束の下を冷たい汗が流れた。あれをまともに食らえば、ネギトロどころか肉片一つ残るまい。さりとてこれ以上逃げを打てば、イワビトはマボロシを弱敵とみなし、攻撃の矛先をナガレボシに向けるであろう。

 逡巡は一瞬だった。
「イヤーッ!」マボロシはゴーレムの巨体に突進した。「グワラグワラ! 蛮勇なり! イヤーッ!」イワビトは両手を同時に振り上げた。岩石カラテ・ボムが雨あられと降り注ぐ!

 恐るべきカラテ絨毯爆撃を、マボロシは色付きの風となってジグザグに掻い潜った。熱と衝撃、轟音、爆風と粉塵がニューロンを苛む。未来のビジョンは脆くも掻き消え、もはや宇宙ニンジャ第六感のみが頼りであった。

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

「グワーッ!」マボロシはついにバランスを崩して地面に突っ込んだ。若き宇宙ニンジャとは言え、集中力とスタミナは無限ではない。
 「ハァーッ……ハァーッ……」震える膝で立ち上がろうとするマボロシに、カラテゴーレムの巨体が迫る。ZOOM……ZOOM……ZOOM……。

「ハイクを詠むがいい」岩石の拳が付きつけられた。マボロシはまだ闘志を失ってはいない。荒い息でかぶりを振り、強いて挑発的な笑みを浮かべる。ナガレボシなら……リュウならそうする筈だ。

「よかろう」イワビトは両腕を振り上げた。「死ね! マボロシ=サン! 死ねーッ!」その時!

「今だトント! ぶちかませ!」『ブチカマ、ス』「何ッ」

 KABOOOOOM! カラテゴーレムの腰部が突如爆発した。

「グワーーーッ!?」イワビトはよろめきながら上半身を捻り、我が身を鎧う岩石越しの宇宙ニンジャ視力で、見た。手首のIRC通信機を操作するナガレボシと、その後方に浮遊する円盤状のスペースクラフトを。

 成層圏外から降下したとおぼしきその機体は、輪切りめいて縦にスライドし、コックピットを展開していた。そこには小型のドロイドが収まり、胸部のマイクロミサイル発射口をこちらに向けていた。一つは発射済み。もう一つの発射口から黄色い弾頭が覗く。「ヌウウウーッ!」

 本来ならば、オフィサー級宇宙ニンジャたるイワビトが、斯様なスペースクラフトの接近を許すはずもなかった。しかし、ナガレボシを差し置いてマボロシの抹殺に拘泥したのも、もとより粗雑な感覚器をゴーレム岩石で覆ったのも、自らの攻撃で敵機の飛行音を掻き消したのも、すべてイワビト自身の行いである。インガオホー!

「もう一発だ!」ナガレボシは再び指令した。『ガッテン( \ / )』
 マイクロミサイル射出! KABOOOOOOM!

「グワーーーーーーッ!」

 ZZZOOOOOMM……! カラテゴーレムのボディは腰からぽっきりと折れ、上半身が仰向けに落下した。ジツのコンセントレーションを失った巨体はたちまち崩れ去り、曖昧な人型を残す岩石の山となった。その頂上に露出するはイワビトの本体!

「イヤーッ!」

 ナガレボシは岩石の山を駆け上がり、跳躍した。高く! 横倒しの竜巻めいたキリモミ回転から、直下のイワビトめがけて宇宙スリケンを連続投擲開始!

「ミダレ・ウチ・シューティング! イイイイヤアアアーッ!」

 ナガレボシの落下速度がスローモーションめいて鈍化した。下方に放たれた宇宙スリケンの質量が反作用を生んでいるのだ。
 KILLINKILLINKILLIN!「グワーッ!」宇宙スリケンをその身で弾き返しながら、イワビトは仰向けでもがいた。ナガレボシを空中に留めおく反作用は、そのまま上からの圧力となって彼を押さえつけていた。

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN!

 マボロシは立ち上がるのも忘れ、ナガレボシの凄まじきスリケン攻撃に目を奪われていた。
「アイエエエエ!」イワビトは起き上がれぬまま、ついに恐怖の叫びをあげた。宇宙スリケンの奔流に晒された岩石質の体表が、なめらかに削られ始めていた。風化作用のタイムラプス映像めいて!
「アイエエエエエ! バカな! 身体が! 俺の無敵の身体がーッ!」

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN!

(百発の宇宙スリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発の宇宙スリケンを投げるのだ)
 マボロシの脳裏に、父ゲン・シンの言葉が蘇った。幼き日々のどこかで聞いたはずのそれは、インストラクションとも呼べぬ何気ない一言であった。だが今、その言葉に込められた宇宙ニンジャ真実を、マボロシは……ゲン・ハヤトはひしひしと実感していた。「ゴウランガ……!」

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLIN「アバーッ!」
 風化しきった岩石の隙間に、宇宙スリケンがザクザクと突き立った。「アバババーッ!」後続のスリケンが、それをイワビトの体内深く叩き込む。さらに後続! 後続! 進化の果てに残された僅かばかりの有機中枢組織が、無限に叩き込まれるスリケンに掻き回され、ネギトロと化す!「アババババーッ!」

「サヨナラ!」イワビトは爆発四散した。

 ナガレボシはキリモミ回転のまま岩山に落下し、ゴロゴロと転げ落ちた。「ハァーッ……ハァーッ……」ウケミを取る余力もなく、大の字で荒い息をつく。

(((百発の宇宙スリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発の宇宙スリケンを投げるのだ)))
 ナガレボシのニューロンに、師ゲン・シンの声が響いた。修行の日々の中で幾度となく聞いたインストラクションに、ナガレボシは……リュウは乾いた笑みを片頬に刻んだ。(やって見せただろ、今)(((いずれハヤトにも教えるのだぞ)))(気が向いたらな)

 しばらくそのままの姿勢で、ナガレボシは暮れなずむ空を見上げていた。「アノ、ナガレボシ=サン」マボロシが気遣わしげに仰向けの顔を覗き込んだ。「フゥーッ……」ナガレボシは深く息をつき、上半身を起こした。

「行こうぜ。葬儀の続きだ」

画像12

 アナリスの重力圏を脱し、リアベ号はしめやかに加速度を上げた。コックピット内には、リュウ、ハヤト、バルー、トント。そして一人の少女。

「そのレバーを押しなさい」

 ハヤトが初めて聞く穏やかな声で、バルーはハナを促した。ハナは頷き、コンソール中央のレバーに両手を添え、静かに押し込んだ。
 ガゴン……曳航ワイヤーのロックが外れ、ダンを収めたカンオケが切り離された。リアベ号は減速旋回して、慣性のまま星系外へ飛び去るカンオケを送り出した。

 カンオケが星々に紛れ、完全に視界から消え去ってもなお、ハナは無限の大空間を見つめていた。
「ダン兄ちゃんのお墓は、この広い銀河なのね」幼い頬に涙が伝う。ハヤトは少女の肩に手を置いた。「真の宇宙の男に一番ふさわしい墓標だよ」
 バルーは鼻をすすり上げ、トントは顔面に「T T」の文字を灯した。「サラバ。友よ」リュウが呟いた。

 リアベ号のコックピットに、清らかな白光が差し込んだ。一瞬前までエテルが真空を満たすばかりだった空間に、輝く光子セイルの宇宙帆船が現れ、併走していた。「あれは」ハナが息を呑む。

 薄絹を纏うブロンド美女のホロ映像が、宇宙帆船から投影された。『ドーモ。ソフィアです』
「おお……デリ・マノス・マニヨル!」バルーはやおらドゲザして、デーラ人の女神を讃えるチャントを唱えた。リュウが慌てて引き起こす。「よせやい! ありゃマニヨル様じゃねェ、ソフィア=サンだ。前に話したろ」

 ソフィア。戦闘宇宙船リアベ号をハヤトに授け、時に超常的手段で救いの手を差し伸べる宇宙美女である。
「アー、こいつは失礼」バルーは大仰にオジギした。「ドーモ、はじめまして。バルーです。お噂はかねがね」「ドーモ、リュウです」「はじめまして、ハナです」『トント、デス』「ゲン・ハヤトです」

 ハヤトはアイサツを交わしながら、ホロ投影された美貌に普段のアルカイックな微笑がないことに気付き、悟った。彼女が今ここに現れた理由を。それは支援でも救済でもない。追悼だ。

『真の勇士は、誰の胸にも永遠に生き続けます』

 ソフィアの声がエテルを介して静かに響いた。『ダン=サンのインストラクションは、ミームとなってレジスタンスの人々に受け継がれました。それはこれからも彼らと共に生き、戦い続けるでしょう』
「アリガトゴザイマス」ハナは涙声で頭を下げた。一同はしばし手を合わせ、ダンの冥福を祈った。

 ……やがてソフィアの宇宙帆船は消え去り、リアベ号はアナリスへの針路をとった。ハナをレジスタンスのもとへ送り返すために。それは彼女自身の選択だ。

 宇宙には再び静寂が戻った。ダンの棺が消えた先に、一瞬強い光が瞬いた。超新星の爆発か、あるいはアノヨへ旅立つ魂が放つ最後の輝きか。それは誰にもわからない。


【レスト・イン・スペース】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第7話「星空に輝く友情」

「ニンジャスレイヤー」

セルフライナーノーツ

スペースソーサー:本エピソードにて初登場。映画「宇宙からのメッセージ」公開からTVショウ「銀河大戦」放送期間にかけて、「超合金」「ポピニカ」「プラデラ」等のブランドで多数のTOYがリリースされた。中でも超合金トントとポピニカスペースソーサーは、TVショウ版オリジナル商品でありながら、玩具的デチューンが極めて少ないストイックな仕上がりを誇る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?