《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【ライク・ア・スティール・カザグルマ】
【#1】←
鬱蒼と生い茂る森を背に、そのバラック小屋は立っていた。
苔むした板葺きの屋根。スダレ・スクリーンで修繕された外壁。廃屋と見まがうばかりの外見に反し、周辺の土地は丁寧に雑草が抜かれ、何らかの作物がすこやかに繁茂していた。表札めいて立てられた宇宙バンブー竿の先端で、カザグルマがカラカラと回る。
高台からそれを見下ろす男は、将官めいたニンジャ装束と豪華な二本角ニンジャヘルムに身を固めていた。背後に控えるはニンジャトルーパー分隊。(副長閣下。ご指示を)上級トルーパーが二本角の耳元で囁いた。ニンジャアーミー副長・イーガーは頷き、ハンドサインを繰り出した。トルーパー達が次々と地面に降り立ち、小屋の周囲を取り囲む。
(イヤーッ!)音もなく屋根の上に回転ジャンプ着地したイーガーは、包囲体制を確かめ、号令した!「カカレ!」
「「「イヤーッ!」」」
KRAAASH! 扉と窓を蹴破り、トルーパー分隊がエントリーを果たした。しかし室内に人影はなく、無数のカザグルマが陳列棚に並ぶのみ。「ターゲット不在!」「指示オネガイシマス!」自我希薄なトルーパーが無限ループめいたクリアリング動作を繰り返す中、ルルルルル……壁一面のカザグルマが一斉に回り出した。
「「「グワーッ!」」」奇怪! それと同時に下級トルーパーがよろめき、カザグルマの回転に引きずられるが如くバタバタと倒れ始めたではないか!
「アイエエエ!」「アイエエエオゴーッ!」「グワーッ! 三半規管グワーッ!」ある者はゴロゴロとのたうち回り、またある者はフルフェイスメンポから吐瀉物を溢れさせる!
「どうした貴様ら……グワーッ!」分隊長トルーパーの視界も、マンゲキョめいてグルグルと回り始めた。「グワーッ!」喉元までせり上がる嘔吐感に耐え、生まれたての宇宙バンビめいた四つん這いで絶叫!「たッ、退却! 退却せよーッ!」「アイエエエ!」「アイエエエエ!」「オゴーッ!」
ニンジャトルーパーは一人残らず逃げ去り、室内に静寂が戻った。小屋の梁をクルリと伝い、老人が降り立った。カザグルマはいつの間にか止まっている。
「サンシタを何人差し向けても無駄なこと。降りて来なされ」
老人は頭上に呼びかけた。「フン。イヤーッ!」KRAASH! 粗末な板葺きの屋根を蹴破り、イーガー副長が着地した。「ドーモ、トビビト=サン。イーガーです」「ドーモ、イーガー=サン。トビビトです」幹部級ミリタリー宇宙ニンジャと、襤褸布めいた出で立ちの老宇宙ニンジャが、薄暗い室内でオジギを交わした。
「腕は衰えておらんな。クノーイ=サンの報告通りだ」顔を上げたイーガーに、「やれやれ」トビビトは白髪頭を振った。「わざわざ老いぼれをからかいに来るとは、ニンジャアーミーはよほどお暇と見える」
イーガーは皮肉を無視した。「アンタも噂には聞いているだろう。我がアーミーは今、たった二人の宇宙ニンジャに手を焼いている。そこでだ」「あいや」トビビトは手を上げて制した。「儂はとうの昔に退役した身。のんびりと余生を過ごし、この惑星シータに骨を埋める心づもりにございます」
「コーガー団長たっての頼みでもか」とイーガー。「聞けませぬな」トビビトの落ち窪んだ目が光った。「我が一族は既に、息子夫婦の命をも皇帝陛下に捧げ申した。帝国にはもう十分御奉公したはず」
「そうか」イーガーは大げさに溜息をついた。「思えばアンタには、兄者ともども随分とインストラクションを受けたものだ。いわばニンジャアーミー創設の功労者」「モッタイナイ」トビビトは目を伏せた。「ですが、幾らお褒め頂いても再び御奉公するつもりは……」
「ア? 何を自惚れている、老いぼれが」
イーガーは下卑た笑いを露わにした。「それほどの使い手の孫娘ならば、ガキでも十分代わりになるだろう。そういう話をしている」
「何ですと!」「クノーイ=サンの下につけて、ニンジャアサシンにでも仕立ててやろうか? 反逆者どもの始末にはうってつけだ! ハッハハハハ!」
「オノレ! イヤーッ!」トビビトの右腕が閃き、4枚羽根の宇宙スリケンが放たれた。いかなる投擲技術によるものか、その回転は進行方向と同軸! カザグルマめいて空気を切り裂き、イーガーに迫る!
「イヤーッ!」
イーガーは瞬時に宇宙ニンジャソードを抜き、宇宙スリケンを両断した。イアイ! 間髪入れず「イヤーッ!」垂直跳躍で天井の穴を飛び潜り、再び屋根の上に立つ!「その意気だ、ご老人」イーガーは頭上からニヤニヤと見下ろした。
「ターゲットは二人。帝国に仇なす宇宙ニンジャ、ナガレボシ=サンとマボロシ=サンの首級と引き換えに、孫娘を返してやる」「待て!」「ハゲミナサイヨ! イヤーッ!」イーガーは跳躍し、いずこかへ姿を消した。ヒキアゲ・プロトコルを順守しての撤退。99.99%追跡不能だ。
ひとり残されたトビビトは、薄暗い小屋の中で呆然と立ち尽くし……「トリメ!」やおら外へと駆け出した。
同刻。少女トリメは清流の傍らに屈み込み、籠に盛られた宇宙フルーツを一つずつ丁寧に洗っていた。祖父は何食わぬ顔で振舞っていたが、さすがに今日は堪えたはずだ。せめて夕食には好物を出してやりたかった。二人でヨナベして作り溜めたカザグルマの無惨な姿が胸をよぎり、トリメは目をしばたたいた。
滲む水面に、何者かの影が映った。
ハッと顔を上げたトリメの目の前に、女宇宙ニンジャが立っていた。パープルラメの装束に包まれたバストは豊満である。「ドーモ。クノーイです」
この銀河宇宙においてアイサツは神聖不可侵の掟だ。トリメは籠を置き、油断なくオジギした。「……ドーモ。トリメです」「お祖父様がお呼びよ」クノーイが微笑んだ。「大事なお話ですって。一緒に来てちょうだい」
「カザグルマの羽根は」「?」「カザグルマの羽根は」訝るクノーイにトリメは繰り返した。「お爺ちゃんのお使いなら、合言葉を教わったはずです」
「フーン」クノーイは笑顔を消し、酷薄な目でトリメを見下ろした。「よく仕込まれてること。ガキの癖に」
……「「イヤーッ!」」
両者のカラテシャウトが響いた。高々と跳躍したトリメの脚力は既に下級トルーパー相当。だが次の瞬間、足首に粘着質の糸が絡みついた。クノーイの右手から放たれた軍用トアミ・ウェブだ!「イヤーッ!」さらに左手! ウェブが蜘蛛の糸めいて広がり、全身を拘束する!
「ンアーッ!」河原に五体を叩き付けられ、トリメは苦悶の叫びをあげた。
「連行おし」「「「ハイヨロコンデー!」」」クノーイ配下のニンジャトルーパーが物陰から次々と現れた。
担ぎ上げられたトリメが叫ぶ。「タスケテ! お爺ちゃん! タスケテーッ!」「そうそう。ガキはガキらしく泣き喚いておいで」クノーイは少女の黒髪を掴み、ギリギリと捻り上げた。「ンアーッ!」
クノーイとニンジャアーミーの一団は、誘拐団めいてその場を走り去った。「お爺ちゃん! お爺ちゃん! アイエエエエ……!」
森の奥へ遠ざかる悲鳴を聞く者はいない……否。ピボッ。鬱蒼とした暗がりに「◎◎」のアスキー文字が灯った。茂みから姿を現したのは万能ドロイド・トント。渋々引き受けた水汲みのミッションが、偶然にも彼を恐るべき拉致現場に巡り合わせたのである。
『ドウ、シヨウ。ドウ、シヨウ』トントは球形の頭部を激しく回転させた。このまま後を追ったところで、万に一つの勝ち目もなし。ならば加勢を頼むか? リュウやハヤトをこの場に連れ戻った時には、彼女の行方はとうに追跡不能であろう。
プロコココ、プロコココ……正解なき問いに、トントのUNIX人工脳は爆発寸前まで演算速度を上げた。
「カーッカッカッカ!」
超巨大宇宙戦艦「グラン・ガバナス」のブリッジで、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きニンジャヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが哄笑した。ガバナスニンジャアーミー団長、ニン・コーガーである。「そうか! トビビト=サンは承知したか!」
「否応もないさ。ご老人、孫娘のためなら命懸けよ」ニヤつくイーガーに、「ウム」コーガーは大仰な仕草で頷いた。「老いたりといえ、あのトビビト=サンが死に物狂いで戦えば、彼奴らと五分のイクサができよう。悪くともどちらか一人は倒せると見た!」
「首尾よく奴らを仕留めたとして、ご老人の処遇は」イーガーが問うた。「始末せい」コーガーは即答した。「反逆者の処刑にヌケニンの手を借りたとあっては、軍団員に示しがつかん」
「ヌケニン? トビビト=サンは予備役扱いだろう。兄者も除隊証明書に電子サインしたはず……」「ワシの記憶にはない」コーガーの目がカミソリめいて細まった。「万一そのような電子書類があるならば、軍団長の名においてただちに抹消されるであろう!」
イーガーは一瞬あっけに取られ……「ハッハハハハ!」手を叩いて笑い出した。「こりゃアいいや! 俺も大概クソ野郎だと思ってたが、団長閣下には到底敵わん!」
「そのような生温い言い草で、ニンジャアーミーのナンバー2が務まると思うな」ギロリと睨むコーガーの視線を、イーガーは軽く受け流した。「そういうのは兄者に任せるぜ。好き勝手やる方が俺には合ってンだよな」「イーガー!」
『聞いたぞ、コーガー団長』
ブリッジ壁面の黄金宇宙ドクロレリーフから、不気味な機械音声が響き渡った。「ハハーッ!」コーガーは瞬時に怒りを押し隠し、赤マントを翻してドゲザした。「お喜び下され! 陛下に楯突くナガレボシ=サン、マボロシ=サン両名の暗殺計画、今まさに整うてございます!」
『ムハハハハ! チョージョー』黄金ドクロは両眼をUNIX点滅させ、ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世の声を伝えた。『彼奴らをみごと討ち取った暁には、その首級を皇帝宮殿広場に晒し、反逆者どもの見せしめにせい』「ヨロコンデー」イーガーが追従する。「陛下の御力に恐れおののき、刃向う者は一人もいなくなりましょう」
『さぞかし良き眺めとなろう。ムハハハハ! ムッハハハハハ!』
「……やはり戻っておらぬか」
老宇宙ニンジャ・トビビトは跪き、宇宙フルーツの籠をバラック小屋の床に置いた。これだけが清流のほとりに残されていたのだ。
宇宙ゴザをめくり、床板を引き剥がす。厳重に封印された宇宙フロシキ包みの結び目を解くと、怪鳥めいたウイングド宇宙ニンジャ装束が現れた。
「二度と着るまいと誓うたが……」トビビトの表情は沈痛であった。
「「オーイ!」」
トビビトは息を殺し、屋外から聞こえる若い声に耳をそば立てた。「トント=サン! どこ行ったんだよ!」「返事しろ! 手間かけさせンな!」声の主は二人。こちらに気付く気配もなく遠ざかってゆく。警戒を解いたトビビトは、背後の何者かにアイサツした。「ドーモ、トビビトです。孫は無事であろうな」
「ドーモ、クノーイです」妖艶な女宇宙ニンジャが微笑んだ。「そんな事より、外の声をお聞きになって。彼奴らはナガレボシ=サンとマボロシ=サンに通じる者。どちらか一人でも捕えれば、ターゲットを容易くおびき寄せられましょう」「ご親切な事よ」トビビトは暗い顔で呟いた。
「どうしちゃったのかな、トント=サン」「テメェが自分で水汲みに行かねェからだろうが」SLAP! リュウは歩きながらハヤトの後頭部を張った。「何だよ! リュウ=サンだって黙って行かせたじゃないか」「お前そっち探せ。俺こっちな」「リュウ=サンってば!」
遠ざかるリュウの背中をふくれっ面で見送り、ハヤトは踵を返した。その眼前に突如「イヤーッ!」回転ジャンプで降り立つ人影!
「アイエッ!?」思わず身構えたハヤトは、相手が老人と見て安堵の溜息をついた。「脅かさないでよ、お爺さん。ガバナスかと思ったじゃないか」「それはすまぬ事を」老人……トビビトは頭を下げた。
「スゴイ身のこなしだね。まるで宇宙ニンジャだ」「大したことはございませぬ。ところで、人をお探しのようでしたが」トビビトの眼光の鋭さにハヤトは気付かない。
「人っていうか、ドロイドなんだけど」ハヤトは手振りでトントの身長を示した。「このぐらいの背丈で、白くて、結構珍しいやつ。見なかった?」「先刻、あちらの方角にそれらしき物が」「ホント? アリガト!」駆け出すハヤトの背中に、「……イヤーッ!」トビビトはやおら跳びかかった!
「グワーッ! 何するんだお爺さん!」羽交い絞めにされてもがくハヤトは、老人とは思えぬその膂力に内心驚愕した。「イ、イヤーッ!」投げ飛ばそうとしたその一瞬、トビビトは身を離して回り込み、「イヤーッ!」ハヤトの鳩尾に拳を叩き込んだ!「グワーッ!」
「アイエエエ……」ハヤトはその場にくずおれた。日頃の修業の賜物か、意識は辛うじて確かであったが、彼はあえて失神を装った。老人の一撃に殺気を感じられなかったのだ。
「許せ若者よ……これも孫を救うため」
トビビトの沈痛な呟きに、(……?)ハヤトは目を閉じたまま訝った。
【#3へ続く】
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