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ニンジャラクシー・ウォーズ【ライク・ア・スティール・カザグルマ】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。本テキストは、70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」と、サイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!



◆#1◆

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「エーラッシェー!」「サカナあるよサカナ!」「実際安い!」「軍装品あるか? 倍出すぜ」「ヘイオマチ!」「今年の宇宙マンゴーは十年に一度の出来!」「燃料パックと交換だ」

 青空の下、大通りに露店がひしめいていた。威勢のいい売り声と、それに負けぬほど大声の商談が交錯し、買い物客でごった返す。およそ半数は先住宇宙猿人・デーラ人。残りは地球系開拓民の子孫だ。

 第15太陽系第1惑星・シータの各地で開かれる朝市のならわしは、地球連盟の移民を受け入れる遥か以前、数千年の昔より続く伝統である。無慈悲なるガバナス帝国の占領下に置かれてもなお、人々は乏しい物資を近隣の商業コロニーに持ち寄り、こうして地方経済を維持しているのだった。

「GRRRR……いつ来てもいいモンだぜ」

 身長7フィート超のデーラ人が、宇宙葉巻をくゆらせて雑踏の中を歩く。宇宙猿人基準でも相当の巨漢だ。キュラキュラキュラ……その後を車輪走行で追うのは、地球人の子供ほどの背丈の万能ドロイド。

『ドロイドヲ、カッテ、トントノ、オトモダチニ、シタイ』万能ドロイドがとぼけた電子音声で訴えた。「バカ言え。お前みたいなレア物がそこらの店先に売ってるかよ」猿人は取り合わない。実際そのボディは、もはやこの太陽系では再現不能なロストテクノロジーの産物だ。

『イチバニハ、ナンデモ、ウッテルト、バルーハ、イッタ』トントの顔面LEDプレートに「 \ / 」のアスキー文字が灯った。『ウソツキ、メ』「いいから黙ってついて来い。食糧を仕入れん事にゃ、今日の昼メシにもありつけねえ」『トントハ、メシヲ、クワナイ』「知ってるよポンコツめ」

 宇宙猿人バルーはコンテナ改造屋台を覗き込み、軒先に吊るされた宇宙チキンを手に取った。「ほう、こいつは立派なモンだ」「最後の一羽だ。安くしとくぜ、バルー=サン」地球型人類の店主が愛想良く笑った。

「銅貨20枚でどうだ」「アイエッ!?」バルーは目を剥いた。「相場の倍じゃねえか!」「そりゃ先月の相場だろ。恨むならガバナスを恨みな」店主が肩をすくめる。「せめて12枚にならんか」「18枚」「GRRRR……15枚!」

『ソンナノ、ドウデモ、イイ』トントはなおも電子的ボヤキを発したが、バルーは交渉に夢中だ。球形の頭部は所在なげに周囲を見回し……とある屋台に目を留めた。木組みの粗末な陳列棚に、宇宙スリケンめいた4枚羽のセルロイド細工が幾つも並び、風を受けて軽やかに回っている。トントの顔面に「?????」の文字が流れた。

 キュラキュラキュラ。『コレハ、ナニヲ、スルモノ、デスカ』

「ワースゴーイ!」店番の少女は、車輪走行で接近するトントに目を丸くした。「お爺ちゃん、見て! ドロイドがお買い物に来たわ!」「珍しいお客様ですな」仙人めいた白髪白髭の老人が屋台の後ろから現れた。

「これはカザグルマです。ほれ」オハシめいた持ち手を握り、息を吹きかけて回す。「こうやって遊びますのじゃ」『カゼヲ、ウケテ、マワル。エアロダイナミクス、テキニ、アタリマエ』「まあ!」少女は頬を膨らませた。「ドロイドにはカザグルマの面白さがわからないのね!」

『ニンゲンニハ、オモシロイノ、デスカ』「もちろんよ」ピボッ。ドロイドの頭部側面パイロットランプが興味深げに明滅した。『ケンキュウ、シテ、ミタイ』「だったら一つあげましょうか? ドロイドが持って歩いたら宣伝にもなるし」『トント、カンゲキ( Λ Λ )』

だがその時、何者かが少女の手からカザグルマをむしり取った。「何するの!」少女がキッと見上げた男は、オリーブドラブのミリタリー装束と軍用マントに身を固めていた。角付きヘルムの額には、ブラックメタルめいた鋭利かつ複雑かつ凶暴な意匠。ガバナス帝国の紋章だ。

 少女は息を呑み、『ピガッ!』トントが電子的悲鳴をあげた。大通りはいつの間にか静まり返っていた。「ガバナスのMPだ」「またかよ」「今日はもう商売にならんな」人々が囁き合う。チキン店主はバルーの手にチキンを押し込んだ。「15枚でいいから持ってけ、バルー=サン。連中に取られるよりマシだ」

「お金を払って下さい」少女は微かに震える声で、しかし毅然と訴えた。「ア? 何を言っている貴様」MP下士官は煩わしげに答えた。「これは取引ではない。市場管理者として商品見本を接収したまで。ゆえに支払いなど不要! ワカッタカ!」

「そんなの泥棒と一緒です!」『ドロボウ、ドロボウ( \ / )』少女とドロイドの思わぬ抗議に、下士官の顔が紅潮した。「何だその言い草は! 誰のおかげで朝市が開けると思っている!」「誰のおかげでもないわ! みんな自分の力でやってるんです!」

「クチゴタエスルナー!」「ンアーッ!」下士官はカザグルマを地面に叩き付け、少女の腕を捻り上げた。「小娘の分際で何たる反抗的態度! この市場では密かに未来の反乱分子を育てていると解釈せざるを得ない! 証拠品の押収が必要だ!」

「「「ハイヨロコンデー!」」」市場のあちこちに忽然と湧き出す人影! 彼らは一様にミリタリー宇宙ニンジャ装束に身を固め、その頭部をガスマスクめいたフルフェイスメンポで覆い隠していた。ガバナス帝国のニンジャトルーパーだ!

「押収!」「押収ーッ!」無個性宇宙ニンジャ兵士の一団は、露店の商品を手当たり次第に奪い始めた。「アイエエエ!」「俺の食い扶持が!」「ヤメロ! そもそもテメェら何の権利があって……」抵抗する商人を宇宙マシンガン銃把で殴打!「市場の混乱を鎮圧! イヤーッ!」「グワーッ!」「治安維持行為! イヤーッ!」「グワーッ!」

「「「アイエエエエ!」」」逃げ惑う買い物客!「ハハハハハ! いいぞ、徹底的にやれ!」下士官は少女を拘束したまま哄笑した。「金目の物と売上金を重点せよ! レジスタンスの資金源の疑いが濃厚であるからなァーッ!」

「GRRRRR……クソ野郎どもが!」バルーは怒りの形相で腰の宇宙ストーンアックスを抜き放った。その時。

「イヤーッ!」

 枯れたカラテシャウトが市場に響き渡った。

「グワーッ!」下士官の身体が高々と放物線を描き、宇宙イカジャーキー屋台の鉄板上に落下した。CLAAAASH!「グワーッ熱い! 熱いグワーッ!」何らかの焦げ臭い匂いが立ち込める。

 バルーは状況が理解できず、目をしばたたいた。一瞬前まで下士官がいた場所には、件の老人がアイキドーめいた構えで跪いていた。その姿勢に毛一筋の乱れなし。ゼンめいたアトモスフィアが漂う。「怪我はないか、トリメや」

「このくらい平気」トリメと呼ばれた少女が笑った。群衆の中に宇宙ニンジャ動体視力を持つ者がいれば、下士官が老人に投げ飛ばされる直前、彼女がするりと拘束を脱したさまを目撃できたであろう。「下がっておれ」「無理しないでね」トリメは素早く遠巻きの群衆に紛れた。

「アイエエエ……」屋台の残骸から這い出す下士官に、老人は深々と頭を下げた。「どうかこの場はお引き取りを。孫にはよく言って聞かせます故」「ア……?」「この老いぼれに免じて、何とぞ」「ア……何……何が?」

 下士官は間の抜けた表情で老人を見、それから周囲を見回した。群衆の冷たい視線。札束を奪いかけた姿勢で立ち尽くすトルーパー。焦げ臭い煙をあげる自分の身体。

「……!」状況を理解するにつれ、下士官の顔面は蒼白となり、唇がわなわなと震え出した。「ハ、ハ、反逆行為だーッ!」立ち上がり絶叫!「貴様ら何をボーッとしている! あのジジイを囲んで叩けーッ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」

「……やむを得ぬか」呟く老人のムーブは緩慢ですらあった。

「鎮圧! イヤーッ!」下級トルーパーが銃把を振り上げ殺到!「イヤーッ!」老人の枯木めいた両腕が弧を描いた。トルーパーの身体は回転し、放物線を描き、地面に叩き付けられた。「グワーッ!」

「鎮圧! イヤーッ!」上級トルーパーが銃把を振り上げ殺到!「イヤーッ!」老人の枯木めいた両腕が弧を描いた。トルーパーの身体は回転し、放物線を描き、地面に叩き付けられた。「グワーッ!」

 老人はその場を一歩も動かぬまま、360度全方向から襲いかかるニンジャトルーパーを淡々と投げ飛ばしていった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「「グワーッ!」」「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」「イヤーッ!」「「「「グワーッ!」」」」

「アイエエエエ! 何だ! 何なんだ貴様!」パニックに陥った下士官がレーザー拳銃を構えた。アブナイ!

 だがトリガーに指が掛かった瞬間、KRAAASH! その頭部を凄まじい衝撃が襲った。「グワーッ!」下士官は拳銃を取り落としてのたうち回った。脳震盪で揺らぐ視界の中、真っ二つに砕けた宇宙ココナツの実が、みずみずしい胚乳を撒き散らして地に転がった。「ア……アバッ……」

「俺ァ知らねえよ? 勝手に落っこちて来たんだぜ」バルーが空々しく肩をすくめた。両手を払ってココナツの破片を落としつつ、レーザー拳銃を蹴り飛ばす。カラカラと地を滑った拳銃は群衆の足元に紛れ、たちまち誰かの手に拾われて姿を消した。闇取引で高値を呼ぶことだろう。

「お、おのれ、非ガバナスの屑どもめ……アイエッ!?」

 ようやく身を起こした下士官は目を剥いた。彼の引き連れてきたニンジャトルーパーは既に一人残らず地に伏し、失神あるいは悶絶していた。言葉もなく慄く下士官の眼前で、「どうか、お引き取りを」老人が再び頭を下げた。穏やかな口調と裏腹に、伏せた顔から睨め上げる眼光はカタナめいて鋭い。

「アイエエエ……」

 下士官は改めて腰を抜かし、しめやかに失禁した。ナムサン! これはSNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状の一端では? しかしニンジャアーミーに軍籍を置く者であれば、オフィサー級宇宙ニンジャとも日常的に接しているはず。そのような相手もなお失禁せしめる、この老人は果たして何者か?

「よ……よかろう! 貴様ら適当に自助努力しておけ! 撤収ーッ!」

 這う這うの体で逃げ出した下士官を、「アイエッ!?」「お待ちください隊長!」トルーパーの一団がよろよろと追いかける。「ざまあねえなガバナス野郎!」「カラダニキヲツケテネ!」「今度はカネ持って来いよ!」人々は笑いながら、逃げ去る一団に罵声を浴びせた。

 大通りに喧騒が戻ってきた。

「ドーモ、はじめまして。バルーです」バルーは老人に歩み寄り、頭を掻いた。「うちのポンコツが迷惑かけちまったな」

 商品のカザグルマは、陳列棚もろとも一つ残らず破壊されていた。「ドーモ。アー……いや、名乗るほどの者ではありませぬ」老人は低い声でアイサツを返しながら、カザグルマの残骸を丁寧にフロシキに包んでゆく。戻ってきたトリメがそれを手伝った。「ゴメンネ、お爺ちゃん」「お前が謝る事はない」

「なあ爺さん……良かったら、そのカザグルマ全部買い取らせちゃくれんか」バルーの提案に、「お気持ちだけ頂きましょう」老人は手を止めず、かぶりを振った。「それでは施しを受けるのと変わりませぬ故」

 バルーはハッと居住まいを正し、頭を垂れた。「スマン。真の宇宙の男に言うべき言葉ではなかった」「お気になさらず。実際大した損害ではありませぬ。原価が安いのでな」淡々と語る老人の表情には、先程の殺気の欠片もない。

『ドーモ、トント、デス』「ドーモ、トリメです」ドロイドと少女は改めてアイサツを交わした。「ゴメンナサイ。カザグルマ、みんな壊れちゃった」『ザンネン( >< )』「今度会ったら、とびきり出来がいいのを選んであげる」トリメはにっこりと約束した。

 物陰から彼らの様子を窺う女の姿あり。粗末な宇宙民族衣装に身を包んではいるが、美しい顔立ちと豊満なバストは隠しようもない。ガバナス・ニンジャアーミーの諜報部門長、クノーイである。

「これはこれは。思わぬ収穫ね」

 赤い唇が邪悪な微笑を浮かべた。

 商業コロニー近隣の荒れ地に、無骨なシルエットの戦闘宇宙船が停泊していた。陽光を浴びて鈍く輝く、その名はリアベ号。かつてガバナス帝国に破滅をもたらしたと恐れられる伝説の船も、今は傍らに一筋の炊煙を上げ、束の間の休息を過ごしていた。

「よォし、イイ按配だ」

 美しく焼目のついた串刺し宇宙チキンを、バルーは焚き火から下ろした。宇宙ナイフでシュラスコめいて削り取り、木椀の中へ落としてゆく。「熱いぞ。気をつけな、ハヤト=サン」「イタダキマス」端正な顔立ちの地球系青年が木椀を受け取り、振り返って呼びかけた。「リュウ=サン! ランチできたよ!」

「有難ェ。餓え死にするトコだったぜ」リュウと呼ばれた男が、リアベ号のタラップから降りて来た。逞しい身体をジュー・ウェア風ジャケットに包んでいる。「朝市はどうだったい、相棒」

「見た目は昔通り賑わっちゃいるが、物価は上がる一方だ。品数も減ってきた」バルーは難しい顔で木椀を渡した。「だが今日は運が良かった。味わって食え」「おう」「こいつもな」

「オッ! 上物じゃねェか」宇宙ココナツウォッカの瓶を受け取り、リュウは顔を輝かせた。「GRRRR」バルーは喉を震わせて笑った。「酒屋のオヤジからの貰い物さ。ガバナスのクソ野郎に一発食らわせたお礼だとよ」「何だか知らんが、デカシタ」「整備中には飲むなよ」

「今度は一丁、ガバナスの食料コンテナ船でも襲ってみるか」リュウは宇宙チキンを頬張りながら言った。「獲物がデカ過ぎる。リアベ号の倉庫にゃ入りきらんぞ」「余ったらレジスタンスの連中に回すのさ、船ごとな。カミジ=サンも喜ぶぜ」

「ア、いけね」あっという間にチキンを平らげたハヤト青年が、宇宙ヤギの胃袋で作った水筒を逆さにして呟いた。「ゴメン、トント=サン。ちょっと水汲んで来て」『ジブンデ、イケ』「そんなァ。戻って来たらオカワリなんか残ってないよ」『ドロイドニハ、カンケイ、ナイ』

「拗ねるなポンコツ。カザグルマなら俺が作ってやる」バルーは分厚い掌でトントの頭を叩いた。『ウソツキハ、シンヨウ、デキナイ( \ / )』「何だとォ?」

「カザグルマがどうした、相棒」リュウが聞いた。「真の宇宙の男の商売道具よ」バルーは独り合点に頷き、鋭い牙で串刺しのチキンを噛みちぎった。

◆#2◆

 鬱蒼と生い茂る森を背に、そのバラック小屋は立っていた。

 苔むした板葺きの屋根。スダレ・スクリーンで修繕された外壁。廃屋と見まがうばかりの外見に反し、周辺の土地は丁寧に雑草が抜かれ、何らかの作物がすこやかに繁茂していた。表札めいて立てられた宇宙バンブー竿の先端で、カザグルマがカラカラと回る。

 高台からそれを見下ろす男は、将官めいたニンジャ装束と豪華な二本角ニンジャヘルムに身を固めていた。背後に控えるはニンジャトルーパー分隊。(副長閣下。ご指示を)上級トルーパーが二本角の耳元で囁いた。ニンジャアーミー副長・イーガーは頷き、ハンドサインを繰り出した。トルーパー達が次々と地面に降り立ち、小屋の周囲を取り囲む。

(イヤーッ!)音もなく屋根の上に回転ジャンプ着地したイーガーは、包囲体制を確かめ、号令した!「カカレ!」

「「「イヤーッ!」」」

 KRAAASH! 扉と窓を蹴破り、トルーパー分隊がエントリーを果たした。しかし室内に人影はなく、無数のカザグルマが陳列棚に並ぶのみ。「ターゲット不在!」「指示オネガイシマス!」自我希薄なトルーパーが無限ループめいたクリアリング動作を繰り返す中、ルルルルル……壁一面のカザグルマが一斉に回り出した。

「「「グワーッ!」」」奇怪! それと同時に下級トルーパーがよろめき、カザグルマの回転に引きずられるが如くバタバタと倒れ始めたではないか!
「アイエエエ!」「アイエエエオゴーッ!」「グワーッ! 三半規管グワーッ!」ある者はゴロゴロとのたうち回り、またある者はフルフェイスメンポから吐瀉物を溢れさせる!

「どうした貴様ら……グワーッ!」分隊長トルーパーの視界も、マンゲキョめいてグルグルと回り始めた。「グワーッ!」喉元までせり上がる嘔吐感に耐え、生まれたての宇宙バンビめいた四つん這いで絶叫!「たッ、退却! 退却せよーッ!」「アイエエエ!」「アイエエエエ!」「オゴーッ!」

 ニンジャトルーパーは一人残らず逃げ去り、室内に静寂が戻った。小屋の梁をクルリと伝い、老人が降り立った。カザグルマはいつの間にか止まっている。

「サンシタを何人差し向けても無駄なこと。降りて来なされ」

 老人は頭上に呼びかけた。「フン。イヤーッ!」KRAASH! 粗末な板葺きの屋根を蹴破り、イーガー副長が着地した。「ドーモ、トビビト=サン。イーガーです」「ドーモ、イーガー=サン。トビビトです」幹部級ミリタリー宇宙ニンジャと、襤褸布めいた出で立ちの老宇宙ニンジャが、薄暗い室内でオジギを交わした。

「腕は衰えておらんな。クノーイ=サンの報告通りだ」顔を上げたイーガーに、「やれやれ」トビビトは白髪頭を振った。「わざわざ老いぼれをからかいに来るとは、ニンジャアーミーはよほどお暇と見える」

 イーガーは皮肉を無視した。「アンタも噂には聞いているだろう。我がアーミーは今、たった二人の宇宙ニンジャに手を焼いている。そこでだ」「あいや」トビビトは手を上げて制した。「儂はとうの昔に退役した身。のんびりと余生を過ごし、この惑星シータに骨を埋める心づもりにございます」

「コーガー団長たっての頼みでもか」とイーガー。「聞けませぬな」トビビトの落ち窪んだ目が光った。「我が一族は既に、息子夫婦の命をも皇帝陛下に捧げ申した。帝国にはもう十分御奉公したはず」

「そうか」イーガーは大げさに溜息をついた。「思えばアンタには、兄者ともども随分とインストラクションを受けたものだ。いわばニンジャアーミー創設の功労者」「モッタイナイ」トビビトは目を伏せた。「ですが、幾らお褒め頂いても再び御奉公するつもりは……」

「ア? 何を自惚れている、老いぼれが」

 イーガーは下卑た笑いを露わにした。「それほどの使い手の孫娘ならば、ガキでも十分代わりになるだろう。そういう話をしている」
「何ですと!」「クノーイ=サンの下につけて、ニンジャアサシンにでも仕立ててやろうか? 反逆者どもの始末にはうってつけだ! ハッハハハハ!」

「オノレ! イヤーッ!」トビビトの右腕が閃き、4枚羽根の宇宙スリケンが放たれた。いかなる投擲技術によるものか、その回転は進行方向と同軸! カザグルマめいて空気を切り裂き、イーガーに迫る!

「イヤーッ!」

 イーガーは瞬時に宇宙ニンジャソードを抜き、宇宙スリケンを両断した。イアイ! 間髪入れず「イヤーッ!」垂直跳躍で天井の穴を飛び潜り、再び屋根の上に立つ!「その意気だ、ご老人」イーガーは頭上からニヤニヤと見下ろした。

「ターゲットは二人。帝国に仇なす宇宙ニンジャ、ナガレボシ=サンとマボロシ=サンの首級と引き換えに、孫娘を返してやる」「待て!」「ハゲミナサイヨ! イヤーッ!」イーガーは跳躍し、いずこかへ姿を消した。ヒキアゲ・プロトコルを順守しての撤退。99.99%追跡不能だ。

 ひとり残されたトビビトは、薄暗い小屋の中で呆然と立ち尽くし……「トリメ!」やおら外へと駆け出した。

 同刻。少女トリメは清流の傍らに屈み込み、籠に盛られた宇宙フルーツを一つずつ丁寧に洗っていた。祖父は何食わぬ顔で振舞っていたが、さすがに今日は堪えたはずだ。せめて夕食には好物を出してやりたかった。二人でヨナベして作り溜めたカザグルマの無惨な姿が胸をよぎり、トリメは目をしばたたいた。

 滲む水面に、何者かの影が映った。

 ハッと顔を上げたトリメの目の前に、女宇宙ニンジャが立っていた。パープルラメの装束に包まれたバストは豊満である。「ドーモ。クノーイです」

 この銀河宇宙においてアイサツは神聖不可侵の掟だ。トリメは籠を置き、油断なくオジギした。「……ドーモ。トリメです」「お祖父様がお呼びよ」クノーイが微笑んだ。「大事なお話ですって。一緒に来てちょうだい」

「カザグルマの羽根は」「?」「カザグルマの羽根は」訝るクノーイにトリメは繰り返した。「お爺ちゃんのお使いなら、合言葉を教わったはずです」
「フーン」クノーイは笑顔を消し、酷薄な目でトリメを見下ろした。「よく仕込まれてること。ガキの癖に」

……「「イヤーッ!」」

 両者のカラテシャウトが響いた。高々と跳躍したトリメの脚力は既に下級トルーパー相当。だが次の瞬間、足首に粘着質の糸が絡みついた。クノーイの右手から放たれた軍用トアミ・ウェブだ!「イヤーッ!」さらに左手! ウェブが蜘蛛の糸めいて広がり、全身を拘束する!

「ンアーッ!」河原に五体を叩き付けられ、トリメは苦悶の叫びをあげた。
「連行おし」「「「ハイヨロコンデー!」」」クノーイ配下のニンジャトルーパーが物陰から次々と現れた。

 担ぎ上げられたトリメが叫ぶ。「タスケテ! お爺ちゃん! タスケテーッ!」「そうそう。ガキはガキらしく泣き喚いておいで」クノーイは少女の黒髪を掴み、ギリギリと捻り上げた。「ンアーッ!」

 クノーイとニンジャアーミーの一団は、誘拐団めいてその場を走り去った。「お爺ちゃん! お爺ちゃん! アイエエエエ……!」

 森の奥へ遠ざかる悲鳴を聞く者はいない……否。ピボッ。鬱蒼とした暗がりに「◎◎」のアスキー文字が灯った。茂みから姿を現したのは万能ドロイド・トント。渋々引き受けた水汲みのミッションが、偶然にも彼を恐るべき拉致現場に巡り合わせたのである。

『ドウ、シヨウ。ドウ、シヨウ』トントは球形の頭部を激しく回転させた。このまま後を追ったところで、万に一つの勝ち目もなし。ならば加勢を頼むか? リュウやハヤトをこの場に連れ戻った時には、彼女の行方はとうに追跡不能であろう。

 プロコココ、プロコココ……正解なき問いに、トントのUNIX人工脳は爆発寸前まで演算速度を上げた。

「カーッカッカッカ!」

 超巨大宇宙戦艦「グラン・ガバナス」のブリッジで、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きニンジャヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが哄笑した。ガバナスニンジャアーミー団長、ニン・コーガーである。「そうか! トビビト=サンは承知したか!」

「否応もないさ。ご老人、孫娘のためなら命懸けよ」ニヤつくイーガーに、「ウム」コーガーは大仰な仕草で頷いた。「老いたりといえ、あのトビビト=サンが死に物狂いで戦えば、彼奴らと五分のイクサができよう。悪くともどちらか一人は倒せると見た!」

「首尾よく奴らを仕留めたとして、ご老人の処遇は」イーガーが問うた。「始末せい」コーガーは即答した。「反逆者の処刑にヌケニンの手を借りたとあっては、軍団員に示しがつかん」

「ヌケニン? トビビト=サンは予備役扱いだろう。兄者も除隊証明書に電子サインしたはず……」「ワシの記憶にはない」コーガーの目がカミソリめいて細まった。「万一そのような電子書類があるならば、軍団長の名においてただちに抹消されるであろう!」

 イーガーは一瞬あっけに取られ……「ハッハハハハ!」手を叩いて笑い出した。「こりゃアいいや! 俺も大概クソ野郎だと思ってたが、団長閣下には到底敵わん!」

「そのような生温い言い草で、ニンジャアーミーのナンバー2が務まると思うな」ギロリと睨むコーガーの視線を、イーガーは軽く受け流した。「そういうのは兄者に任せるぜ。好き勝手やる方が俺には合ってンだよな」「イーガー!」

『聞いたぞ、コーガー団長』

 ブリッジ壁面の黄金宇宙ドクロレリーフから、不気味な機械音声が響き渡った。「ハハーッ!」コーガーは瞬時に怒りを押し隠し、赤マントを翻してドゲザした。「お喜び下され! 陛下に楯突くナガレボシ=サン、マボロシ=サン両名の暗殺計画、今まさに整うてございます!」

『ムハハハハ! チョージョー』黄金ドクロは両眼をUNIX点滅させ、ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世の声を伝えた。『彼奴らをみごと討ち取った暁には、その首級を皇帝宮殿広場に晒し、反逆者どもの見せしめにせい』「ヨロコンデー」イーガーが追従する。「陛下の御力に恐れおののき、刃向う者は一人もいなくなりましょう」

『さぞかし良き眺めとなろう。ムハハハハ! ムッハハハハハ!』

「……やはり戻っておらぬか」

 老宇宙ニンジャ・トビビトは跪き、宇宙フルーツの籠をバラック小屋の床に置いた。これだけが清流のほとりに残されていたのだ。

 宇宙ゴザをめくり、床板を引き剥がす。厳重に封印された宇宙フロシキ包みの結び目を解くと、怪鳥めいたウイングド宇宙ニンジャ装束が現れた。
「二度と着るまいと誓うたが……」トビビトの表情は沈痛であった。

「「オーイ!」」

 トビビトは息を殺し、屋外から聞こえる若い声に耳をそば立てた。「トント=サン! どこ行ったんだよ!」「返事しろ! 手間かけさせンな!」声の主は二人。こちらに気付く気配もなく遠ざかってゆく。警戒を解いたトビビトは、背後の何者かにアイサツした。「ドーモ、トビビトです。孫は無事であろうな」

「ドーモ、クノーイです」妖艶な女宇宙ニンジャが微笑んだ。「そんな事より、外の声をお聞きになって。彼奴らはナガレボシ=サンとマボロシ=サンに通じる者。どちらか一人でも捕えれば、ターゲットを容易くおびき寄せられましょう」「ご親切な事よ」トビビトは暗い顔で呟いた。

「どうしちゃったのかな、トント=サン」「テメェが自分で水汲みに行かねェからだろうが」SLAP! リュウは歩きながらハヤトの後頭部を張った。「何だよ! リュウ=サンだって黙って行かせたじゃないか」「お前そっち探せ。俺こっちな」「リュウ=サンってば!」

 遠ざかるリュウの背中をふくれっ面で見送り、ハヤトは踵を返した。その眼前に突如「イヤーッ!」回転ジャンプで降り立つ人影!

「アイエッ!?」思わず身構えたハヤトは、相手が老人と見て安堵の溜息をついた。「脅かさないでよ、お爺さん。ガバナスかと思ったじゃないか」「それはすまぬ事を」老人……トビビトは頭を下げた。

「スゴイ身のこなしだね。まるで宇宙ニンジャだ」「大したことはございませぬ。ところで、人をお探しのようでしたが」トビビトの眼光の鋭さにハヤトは気付かない。

「人っていうか、ドロイドなんだけど」ハヤトは手振りでトントの身長を示した。「このぐらいの背丈で、白くて、結構珍しいやつ。見なかった?」「先刻、あちらの方角にそれらしき物が」「ホント? アリガト!」駆け出すハヤトの背中に、「……イヤーッ!」トビビトはやおら跳びかかった!

「グワーッ! 何するんだお爺さん!」羽交い絞めにされてもがくハヤトは、老人とは思えぬその膂力に内心驚愕した。「イ、イヤーッ!」投げ飛ばそうとしたその一瞬、トビビトは身を離して回り込み、「イヤーッ!」ハヤトの鳩尾に拳を叩き込んだ!「グワーッ!」

「アイエエエ……」ハヤトはその場にくずおれた。日頃の修業の賜物か、意識は辛うじて確かであったが、彼はあえて失神を装った。老人の一撃に殺気を感じられなかったのだ。

「許せ若者よ……これも孫を救うため」

 トビビトの沈痛な呟きに、(……?)ハヤトは目を閉じたまま訝った。

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆#3◆

 生い茂る森林の奥深く。トアミ・ウェブに拘束された少女トリメはスマキめいて仰向けに転がされ、ニンジャトルーパー2名の監視下にあった。

「このガキは作戦終了後どうなる」トルーパーの一人が同僚に尋ねた。「ニンジャタワー送りだろ。カラテブートキャンプに耐えられるとは思えんが」「待て。惑星ベルダのニンジャタワーは爆破されたぞ」「マジか」「リアベ号の反逆者の仕業だそうだ」「マジか。奴らヤバイな」「ヤバイ」

 トルーパー達の弛緩したやりとりを、背後の樹上から窺う者があった。万能ドロイド・トントだ。UNIX人工脳をフル回転させた結果、彼はトリメを追う選択肢を採用し、救出の機会を窺っていたのである。

 キリキリキリ……ヤットコ型マニピュレータが、ごつい石くれを振り上げた。両手に一つずつ。

 主武装のマイクロミサイルを使えば、トルーパー程度ならたやすく爆殺可能。しかしその破壊力は確実にトリメを巻き添えにするであろう。あえて不利な手段で戦わねばならぬ重圧に、トントのUNIX人工脳は爆発寸前まで加熱した。

『イヤーッ!』

 投擲した石が、トルーパーの一人の背後に落ちた。「アイエッ?」驚いたトルーパーが周囲を見回し、頭上のドロイドに気付いた時、トントは既に一投目のデータから軌道の再計算を完了していた。オーディオ回路をオーバーロードさせて超音波攻撃を仕掛ける。VZZZZZ!

「グワーッ!」苦悶のあまりトルーパーが動きを止めた瞬間、『イヤーッ!』二つ目の石を投擲! 狙いあやまたず、フルフェイスメンポの眉間に命中!「アバーッ!」昏倒!

「トント=サン!」ドロイドの姿を認め、トリメが叫んだ。「オノレ、敵襲か!」異変に気付いたもう一人のトルーパーがクナイ・ダートを構えた。だがトントにはもはや投擲物がない。マニピュレータが二本しかない以上、それが物理的限界だ。ならば論理的帰結はひとつ!

『イヤーッ!( \ / )』

 トルーパーがクナイを投げるより一瞬早く、トントは樹上から飛び降りた。自分自身を投擲したのだ! CLAAAASH! 位置エネルギーの強烈なる一撃! 球形の頭部がトルーパーの脳天を砕く!「アバーッ!」『ピガーッ!』電子的悲鳴と共に、トルーパーと折り重なって倒れる!

 トリメが身を起こしてにじり寄った。「助けに来てくれたのね、アリガト!」『ピ、ピガッ……ヤッタゾ、トントハ、ツヨ、イン、ダ( + + )』ボディの構造上、自力で立ち上がることは叶わぬ。トントは倒れたままマニピュレータを動かし、少女の身を縛るトアミ・ウェブを引きちぎっていった。

「いま帰ったぜェ」「オイ待て、お前一人だけか?」

 徒労顔でリアベ号のもとへ戻って来たリュウに、バルーが詰め寄った。「ハヤト=サンとポンコツはどうした」「ンだよ。どっちか先に戻ってると思ったが、見込み違いか」腕組みしたリュウの手首には腕時計型IRC通信機が嵌まっていたが、彼らの置かれた状況がわからぬ今、無用の呼び出しは避けたい。

「GRRRR」バルーは唸り、眉間に皺を寄せた。「ガバナスの宇宙ニンジャ野郎にとっ捕まったのかもしれん。こりゃコトだぜ」「バカ言え」リュウはバルーの背中を叩いた。「トントはともかく、ハヤト=サンがそんなヘマするかよ」だがその時!

『そこな御二方』 

 どこからか聞こえる老いた声に二人は瞬時に身構え、背中合わせで鋭く周囲を窺った。『訳あって、お仲間の若者を捕え申した。ナガレボシ=サン、マボロシ=サンの両名にお伝え頂きたい。命を懸けたイクサと引き換えに、人質をお返しすると』

 特殊な発声法を用いているのか、その声は不可思議な倍音を帯びていた。リュウの宇宙ニンジャ聴力をもってしても所在を掴めぬ。バルーにとっては聞き覚えのある声音であったが、今の彼はそれに気付くだけの冷静さを欠いていた。

「ARRRRGH! ふざけるな貴様! 今すぐ出てきて……」「マテ」ストーンアックスを振り上げるバルーの肩をリュウが掴んだ。「時間と場所は!」『一時間後、商業コロニー南端のバラック小屋。目印は軒先のカザグルマ』「オーケー、伝えるぜ!」『しかとお頼み申す』

 その言葉を最後に、何者かの気配はふっつりと掻き消えた。「リュウ! 何故止めた!」バルーは牙を剥いて叫んだ。「落ち着け」リュウは片手を上げて制した。「今の話、まんざら嘘でもなさそうだ。呼ばれてねェ奴が絡むとこじれッちまう。ここは俺に」「ダメだ! 俺も行く! ARRRGH!」

「リアベ号はどうすンだよ!」リュウは叫び返した。「お前は残れ! 俺に万一の時は、お前がリアベ号の船長になってハヤト=サンと……」「何だと貴様! デーラ人にダチを見殺しにしろと言うのか! ARRRRGH!」「そうじゃねェって!」「ARRRRRGH!」

「ああクソッ! イヤーッ!」「グワーッ!」

 リュウはバルーの首筋にスタン・チョップを打ち、昏倒させた。「聞き分けねェお前も悪いぜ、相棒」意識を失ったバルーに片手拝みで謝り、リュウは駆け出した。たちまち速度を増し、色付きの風と化す。その色はいつしか、ジュー・ウェア風ジャケットの白から鮮やかな真紅へと変わっていた。

 およそ一時間後。バラック小屋に戻ったトビビトは、木製の扉を後手で静かに閉じた。

 彼の宇宙ニンジャ第六感は、既に何者かの接近を察知していた。部屋の中央で横たわるハヤトの傍らに跪き、拘束ロープに宇宙スリケンの刃をくじり込む。「オヌシにはすまぬ事をした」呟きつつ手首のロープを切断。続いて足首。「どちらがイクサに勝とうと、オヌシはもう自由じゃ」

「アノ、お爺さん……」ハヤトが身を起こし、その言葉の真意を質そうとするより一瞬早く、「イヤーッ!」トビビトは垂直跳躍した。天井の穴を潜り抜けて屋根に立った時、彼の全身は怪鳥めいたウイングド宇宙ニンジャ装束に包まれていた。

 フルフェイスメンポに人工の嘴を生やしたその姿は、さながら鳥類から進化した有翼人類の如し。もはやハヤトには、その有翼宇宙ニンジャの正体を看破することはできない。ハヤガワリ・プロトコルを順守した者の真の姿は、99.99%隠蔽されるのだ。

 トビビトはしばし周囲を窺い……「見破ったり! イヤーッ!」宇宙スリケンを投擲した。ギュルギュルギュル! カザグルマめいたZ軸回転で地表スレスレを飛ぶ宇宙スリケンが、一見何の変哲もない雑草の茂みに迫る。

「イイイヤアアアーッ!」

 茂みに隠れていた何者かが力強く跳躍し、宇宙スリケンを指先で挟み取って着地した。回転軸が通常と90°異なるスリケンを、初見の一瞬でだ! ワザマエ!

「ドーモ、はじめまして」トビビトは屋根の上からアイサツを繰り出した。「儂は元ガバナス・ニンジャオフィサー。惑星ダッカーに生まれし宇宙ニンジャ、トビビトです」「ドーモ、はじめまして。ナガレボシです」真紅の装束に身を包んだ宇宙ニンジャが、スリケンを投げ捨ててアイサツを返した。

「いま一人、マボロシ=サンはどうした」トビビトは人差し指を突きつけた。「約定を違えたか」「こっちにも事情があンだよ。それによ、一人ずつ相手にした方がアンタも都合イイんじゃねェの?」「それを決めるのはオヌシではない。人質の命が惜しくはないと見えるな」「融通の利かねェ野郎だぜ」

 ナガレボシは軽口を叩きながら内心舌打ちした。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾の下、こめかみに冷たい汗が流れる。その時!

「イイイヤアアアーッ!」

 流麗な回転ジャンプで、白銀に輝く装束の宇宙ニンジャがエントリーを果たした。「ドーモ、はじめまして。マボロシです……痛ッ!」オジギするマボロシの後頭部をナガレボシが平手で張った。「ンだよ心配かけやがって。とっ捕まったンじゃねェのか」「話すと長いんだよ!」

 ナガレボシに口答えする声音はハヤトのそれであったが、ハヤガワリ・プロトコルの効果でトビビトは気付かない。「オヌシらには何の恨みもないが……やむを得ぬ仕儀にてイクサを申し込む」フルフェイスメンポに隠されたその表情は伺い知れぬ。「せめて、我がカラテの限りを尽くしてお相手しよう」

「上等だ」ナガレボシはニヤリと笑い、その手に握る金属製グリップのボタンを押した。スティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた短刀に変形する!

 宇宙ニンジャ伸縮刀を構えつつ、ナガレボシは敵を値踏みした。声は老人のそれだが、幾多の場数を踏んできたであろう歴戦の勇士めいたアトモスフィアが漂う。油断ならぬ相手だ。「キアイ入れろよ、マボロシ=サン。ナメてると死ぬぜ」

「アッハイ!」マボロシは慌てて答え、その手に握る金属製グリップのボタンを押した。スティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた短刀に変形する!

(お手並み拝見ね、トビビト=サン)灌木の陰でクノーイがほくそ笑んだ。

 VZZZZZZZ!

「ARRRRRGH!」トントの超音波攻撃に晒されたバルーが飛び起きた。『ヒルネ、シテル、バアイカ( \ / )』「違うわトント=サン。気絶してたのよ」トリメが心配そうに眉根を寄せた。「大丈夫ですか、バルー=サン」

 バルーは頭を振って意識をクリアにした。「GRRRR、ひでェや相棒……ン?」目の前には見慣れた万能ドロイド、そして朝市で出会った少女。
「どうした嬢ちゃん。ナンデここに」「トント=サンが助けてくれたんです。ガバナスの宇宙ニンジャから」「このポンコツがァ?」「本当です!」

 トリメは一部始終を語った。美しき女宇宙ニンジャの襲撃や、トントの揮った勇敢なるドロイド・カラテなどを。「マジか」バルーは居住まいを正し、トントに頭を下げた。「疑ってスマン。お前はポンコツだが真の宇宙の男だ」『イイッテ、コトヨ( Λ Λ )』

「ガバナスは私を人質にして、お爺ちゃんに何かさせる気だったんです。無理矢理に」トリメは訴えた。「そうか……思い出したぜ」バルーのシンプルなニューロンが繋がってゆく。「さっきの声、あのご老人だ。ハヤト=サンを返してほしかったらカザグルマの小屋に来いとよ」「それ、私たちの家です!」

「案内してくれ!」バルーはトリメを軽々と背負い、立ち上がった。「真の宇宙の男同士が無駄な血を流そうとしてる。一刻も早く止めにゃならん!」
「トント=サン、お留守番お願いね!」トリメはバルーの背中から振り返った。『キヲ、ツケテ』ヤットコ・マニピュレータが左右に振られた。

「WRAAAAAAGH!」一声吠えるが早いか、バルーは地響き立てて駆け出した。トリメが指差す方角へ!

◆#4◆

 一方その頃、カザグルマ小屋付近では!

「イヤーッ!」

 屋根から跳躍したトビビトの身体は風を捉えて舞い上がり、ナガレボシとマボロシの頭上を宇宙ハゲタカめいて旋回した。脇の下に張られた飛行翼と、卓越した宇宙ニンジャ身軽さのなせるワザマエだ。上空から狙いを定め「イヤーッ!」急降下! 両手の鉤爪を構えて襲いかかる!

「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは連続側転で回避!

 地上に激突する寸前、トビビトは翼を大きく広げて気流を捉えた。逆放物線を描いて空へ駆け上がり、再び「イヤーッ!」急降下! 両手の鉤爪を構えて襲いかかる!

「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは連続バック転で回避!

「よくぞ二度までも躱した。イーガーめが手を焼くだけの事はある」上昇するトビビトの目が猛禽類めいてギラリと光った。「ならば!」バーティカルターンから再々度の急降下に繋ぎ、「イヤーッ!」宇宙スリケンを投擲! ギュルギュルギュル! Z軸回転が空気を切り裂く!

「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは連続側転で回避!

 だが奇怪! 側転回避が生んだ空気の流れに吸い寄せられ、カザグルマめいた宇宙スリケンはホーミングミサイルの如く軌道を変えたではないか! トビビトは低空飛行に転じ、自ら投げたカザグルマ・スリケンとの挟撃を図った。光る鉤爪!

「クソッ、鬱陶しいぜ! イヤーッ!」KILLIN! KILLIN! ナガレボシは側転しつつ伸縮刀を振るい、後を追って来る宇宙スリケンを撃墜した。「今だ!」マボロシが回転跳躍、空中でトビビトに斬りつける! 狙うは飛行翼!「イヤーッ!」

 トビビトは空中で身を捻り、マボロシの斬撃をするりと躱した。「未熟なり! イヤーッ!」がら空きの背中に踵落としを叩き込む!「グワーッ!」反動を利用して上昇!

「グワーッ!」ウケミを取る余裕もなく、マボロシは地面に叩き付けられた。「スタンドプレーしやがって」「状況判断だよ!」「口の減らねェ奴だ」助け起こしながらナガレボシは苦笑した。「だがまァ、狙いは悪かねえ。次は二人でやるぜ」「ハイ!」

「イヤーッ!」トビビトは二枚のカザグルマ・スリケンを投擲した。ギュルギュルギュル……ホーミングするスリケンをギリギリまで引きつけ、「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは跳躍した。左右から飛行翼を狙う!

「イヤーッ!」トビビトは瞬時に翼を畳んで空気抵抗を減じ、弾丸めいた加速で逃れた。空中ならば1対2でもフーリンカザンあり。さらに地上ではカザグルマ・スリケンがカーブを描き、二人の落下地点へ!

「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」KILLIN! KILLIN! ナガレボシとマボロシは伸縮刀を振るい、地上ギリギリでカザグルマ・スリケンを叩き落した。着地した二人の手には、既にヤジリめいた宇宙スリケンが握られていた。「!」フルフェイスメンポの下、トビビトの目が驚愕に見開かれる!

「「イヤーッ!」」

 同時投擲! 予想を上回る二段構えの攻撃に、「ヌゥーッ!」トビビトは全身をキリモミ旋回させ、辛うじて宇宙スリケンを弾き返した。

 敵は二人とも若い。こちらの戦法をたちまち咀嚼し、柔軟なシナジーで対処してくる。宇宙ニンジャ持久力の差は言わずもがな。このままではジリー・プアー(徐々に不利)……。

「何をしているトビビト=サン! トドメオサセー!」しびれを切らせたクノーイが我を忘れて叫んだ。「言われずとも! イヤーッ!」トビビトは旋回速度を増し、空中で直立姿勢をとった。翼をいっぱいに広げ、全身を巨大なカザグルマと成す! 纏い付く大気が渦巻き、地上に伸びる! ヒサツ・ワザ!

「カザグルマ・ワールウインド! イイイヤアアーッ!」

 WHIRRRRRL! トビビトを核とした旋風が、マボロシとナガレボシに殺到した!「「イヤーッ!」」二人は連続側転で回避するも、「グワーッ!」マボロシが苦悶の叫びをあげた。その身体には幾つもの真空裂傷が刻まれ、噴き出す鮮血が白銀の宇宙ニンジャ装束を染めていた。あとコンマ数秒遅ければ、全身がネギトロと化していただろう!

「クソが! イヤーッ!」ナガレボシが宇宙スリケンを投擲! だがそれらは渦巻く空気の流れに絡め取られ、ギュルギュルと衛星めいて旋風の周囲を高速で旋回し……ナムサン! 投擲者のもとへ倍速で撃ち返された!

「イヤーッ!」BOOM! 辛うじてブリッジ回避したナガレボシの身体を宇宙スリケンが掠め、爆発めいた土煙をあげる!「スペースブッダファック!」ナガレボシは立ち上がりながら吐き捨てた。接触すなわち死。さりとて投擲武器も通用せぬ。

 一方、トビビトも無事ではいられなかった。回転を維持する一秒ごと、全身に微細な裂傷が増える。さらに周囲の空気は薄れ、呼吸もままならぬ。「ヌゥーッ……」老体を苛む苦痛にトビビトは呻いた。次の一撃でイクサを決すべし! 宇宙ニンジャ持久力を振り絞り、回転速度を上げる!

 WHIRRRRRRRL! 旋風がさらに加速した。

「任せた、マボロシ=サン!」巻き上がる砂塵の中、ナガレボシは決断した。「エッ⁉ 無理だよ僕なんて」「奴はテメェにしか“斬れねえ”!」その言葉でマボロシは何かを察した。「……ハイ!」宇宙ニンジャ伸縮刀を逆手に持ち替え、クロスガード姿勢で身構える!

 だがその時。ドクン……心臓が強く打ち、マボロシの視界を未来予知ビジョンが塗り替えた。生死の境目に立つ極限の緊張が、彼のニューロンの深奥に眠る潜在能力を呼び覚ましたのだ。

(お爺ちゃん! お爺ちゃん! アイエエエ……)トビビトの爆殺四散痕の前に見知らぬ少女がうずくまり、嗚咽していた。その光景は彼自身の記憶と結びつき、ハヤガワリ・プロトコルの隠蔽効果を凌駕した。(あれは……あの人は! まさか!)

「オイ何やってる! モタモタしてると二人ともネギトロだぜ!」ナガレボシが叫んだ。「待って! この未来じゃダメだ!」「ハァ? ワケわかんねェ事抜かすな! いいから殺っちまえ!」「ダメなんだよ殺しちゃ!」

 マボロシはこめかみに指を当て、集中した。無限に重なる可能性のビジョンがニューロンに流れ込み、凄まじい過負荷をもたらす。「オイ! マボロシ=サン!」ナガレボシの叫びが切迫した。「もう少し……もう少し、待っ、て……!」鼻血を流し、片目からも出血しながら、マボロシはなお諦めなかった……そして!

「! これだ!」

 迫り来る旋風の一点に最善の未来を探り当てた瞬間、マボロシは伸縮刀にあらん限りのカラテを注ぎ込んだ。キュイイイイ……ジュッテめいて短いスティック状の刀身が、超振動の甲高い唸りをあげる。助走をつけて跳躍!

「ハヤテ・キリ・スラッシュ! イイイヤァァァーーーッ!」

 主観時間が泥めいて鈍化した。空中で両手両足を縮めたマボロシは、さながら一個のカラテ砲弾のごとし。逆手に握る伸縮刀をクロスガードめいて目の前に構え、旋風の脇をすり抜ける!

 右肩、右腿、右脇腹が切り裂かれ、血飛沫が飛んだ。距離の遠さゆえ傷は浅いが、伸縮刀の切っ先もまた届かない……否! 宇宙ニンジャ視力あらば、刀身から伸びる陽炎めいた揺らぎを見よ! 超振動が大気に伝播し、実体なき刃を形成しているではないか! その長さは優に2……いや3メートルに迫る!

 透明のカタナは旋風の内側に滑り込んだ。薄い空気が超振動の伝導率を減衰させ、切れ味は半減。だが、皮膜めいて薄い飛行翼を切り裂くには十分だ。高速回転するプロペラにカタナを差し入れたかの如く、トビビトの両翼は一瞬でズタズタに切り裂かれた!

「グワァァァーーーッ!」

 コントロールを失った旋風は断末魔めいてのたうち、無秩序な空気の奔流と散った。トビビトはそれに押し流され、でたらめな軌道で空中を迷走した。「ヤ! ラ! レ! ターッ!」カザグルマ小屋の屋根を突き破り、墜落! KRAAAASH!

「グワーッ!」ウケミを取る余裕もなく、マボロシは地面に叩き付けられた。ナガレボシが傍らを駆け抜ける。「デカシタ、マボロシ=サン! そこで休んでろ!」「ニュービー扱いしないでよ!」マボロシは鼻血を拭って跳ね起き、ナガレボシの後を追った。

「チッ……役立たずが。所詮は老いぼれね」クノーイは舌打ちして、灌木の陰から姿を消した。

「「イヤーッ!」」

 何者かが破った窓を飛び潜り、ナガレボシとマボロシはバラック小屋にエントリーを果たした。小屋の床には巨大なウケミ穴が空き、その中心にはトビビトが仰向けに倒れていた。軽傷ながら、もはや戦意なし。

「最後に良いイクサができた。礼を言う」トビビトは若き二人の宇宙ニンジャを見上げ、「カイシャクするがいい」鳥人めいたフルフェイスメンポを自ら剥ぎ取った。その下から現れた老人の顔に、「やっぱり……!」マボロシが呟いた。

「オーケー。いい覚悟だ」ナガレボシは伸縮刀を振り上げた。「ハイクを詠みな、トビビト=サン」その手首をマボロシが掴む。「ダメだってば!」「ンだよ。本人がカイシャクしろッつってンだろうが」「事情があるんだよ!」揉みあう二人。その時!

「マッタ、マッタ! ARRRRGH!」KRAAASH! 木製の扉をぶち破り、宇宙猿人バルーが乱入した。背中の少女が間髪入れず滑り降り、老人を庇うように縋りつく。「オネガイシマス! お爺ちゃんを殺さないで!」

 トビビトは孫娘の肩を掴んだ。「トリメ! お前よく無事で」「ドロイドのトント=サンが……助けてくれて……」トリメの瞳はみるみる涙に溢れ、それ以上は言葉にならなかった。「おお、おお」老人は嗚咽する少女を抱きしめた。「……アー、オーケー。大体察したわ」ナガレボシは毒気を抜かれた顔で伸縮刀を収め、肩をすくめた。

「ウム。真の宇宙の男かくあれかし……ムッ!?」重々しく頷くバルーの目が険しさを帯びた。平たい鼻腔がヒクヒクと動く。「どうした相棒」ナガレボシが見咎めた。「GRRRR……火薬の匂いだ」

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 バクチク・グレネードを手にしたニンジャトルーパーの一団がバラック小屋を取り囲む。「包囲完了です、クノーイ=サン」上級トルーパーの報告に、「アッソ。ならさっさと吹っ飛ばしておしまい」クノーイは不興げに答えた。

「いや、しかし、まだトビビト=サンが小屋の中にアイエッ!?」上級トルーパーの喉元でクナイ・ダートの切っ先が光った。「イクサに負けたロートルの命を気にかけろと?」クナイを握るクノーイの視線は氷の如く冷たい。「アイエエエ……スミマセン」

「投擲!」「「「ハイヨロコンデー!」」」

 上級トルーパーの号令一下、グレネードが一斉に宙を舞った。だが次の瞬間、「「イヤーッ!」」ヤジリ状の宇宙スリケンが飛来し、それらを撃墜! DOOMDOOM! DOOMDOOMDOOM! 続けざまの空中爆発が大気を震わせた。バラック小屋は爆風に激しく軋んだものの、無傷。

「何奴!」クノーイが叫ぶや否や、「「イヤーッ!」」真紅と白銀の宇宙ニンジャが回転ジャンプエントリーを果たした。着地と同時に宇宙ニンジャ伸縮刀を構え、ヒロイックなアイサツを決める!

「銀河の果てからやって来た、正義の味方。ドーモ、ナガレボシです!」
「変幻自在に悪を討つ、平和の使者。ドーモ、マボロシです!」

「チッ……ドーモ、クノーイです」アイサツを返す女宇宙ニンジャに、ナガレボシは挑発的な笑みを浮かべた。「やっぱアンタの仕業か、クノーイ=サン。やり口がセコいと思ったぜ」マボロシが断罪的に伸縮刀を突きつける。「老人と子供を利用して、さらに命まで奪おうとは! 許さないぞ!」

「知った口をお利きでないよ、ガキが」クノーイの眉間に険しい皺が刻まれた。「ヤッテオシマイ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」ニンジャトルーパーがソードを抜き放ち、殺到!

 二人の宇宙ニンジャはそれぞれに迎え撃った。「イヤーッ!」「グワーッ!」アイキドーめいて先頭トルーパーを投げ飛ばすナガレボシ!「イヤーッ!」「グワーッ!」鞭めいたハイキックをフルフェイスメンポに叩き込むマボロシ! だが敵の数は多く、全員は捌き切れぬ!

「「イヤーッ!」」隙を見て小屋に飛び込もうとするトルーパーの眼前に、「WRAAAAGH!」スダレ・スクリーンを跳ねのけてバルーが飛び出した。「アイエッ⁉」驚愕するトルーパーの脳天にストーンアックスが振り下ろされる!「アバーッ!」飛び散る血と脳漿!「WRAAAAAGH!」「アババーッ!」

 クノーイが乱戦からひとり離れ、胸の谷間からバクチクを取り出したのをマボロシは見逃さなかった。「させないぞ! イヤーッ! イヤーッ!」「「グワーッ!」」トルーパーを切り伏せつつ肉薄!「フン」クノーイはそれを鼻で笑い、片手でバクチクを振り上げた。もう一方の手にはニンジャサイン!

「コノハ・カムフラージュド・ナゲ! イヤーッ!」

 バクチク投擲と同時に、ゴウ! クノーイのジツが突風を呼び、周囲の木の葉を舞い上げた。黒緑の渦が空を覆い尽くす!「グワーッ!」マボロシは両腕をクロスして木の葉の奔流に耐えた。吹き飛ばされずにいるのが精一杯だ!

「やべえ!」ナガレボシは目の前のトルーパーを蹴倒し、「イヤーッ! イヤーッ!」ヤバレカバレめいて上空に宇宙スリケンを投擲した。だが視界は無数の木の葉に閉ざされ、もはやバクチクを狙える筈もなし!

「ああクソッ、やっぱダメだ! 伏せろォーッ!」

 ナガレボシの叫びと同時に、KABOOOM! バラック小屋は木っ端微塵に吹っ飛んだ。木の葉に燃え移った爆炎が、火災旋風となって周囲の一切を焼き尽くす。ニンジャトルーパーを巻き添えに!「アバーッ!」「アイエエエアバーッ!」「クノーイ=サンお助けをアバーッ!」「「「アバババーッ!」」」

 KABOOOM! KABOOOOM!「アッハハハ! アッハハハハ!」既にクノーイは安全圏に逃れ、炎を背に駆け去りつつあった。哄笑に歪む美貌が赤い照り返しを受け、さながら宇宙ハンニャ・オメーンの如し。「ナガレボシ=サン! マボロシ=サン! 老いぼれもろとも燃え尽きておしまい! アッハハハハハ!」

 KABOOOM! KABOOOOM! KRA-TOOOOOM……!

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 静寂の中、吹き渡る風が煙を運び去った。焼畑めいた黒焦げの大地が露わになり、頭上の青空と無慈悲なコントラストを成す。

 燻る地面の一角がモコモコと蠢いた。「プハーッ!」「AAAAAGH!」土と灰を跳ね除け、モグラめいて這い出したのはナガレボシとバルーであった。ナガレボシが咄嗟の状況判断でドトン・ジツを揮い、バルーを引き込んで地中へ逃れたのだ。

「オーイ! どこだマボロシ=サン! これしきで死んじゃいねェよな!」

 ナガレボシが周囲に呼びかけると、「アイエエエ……」か細い声とともに地中から手が生え、弱々しく振られた。

「セーノ、ヨイショ!」「WRAAAGH!」ナガレボシとバルーの二人がかりで地中から引き抜かれ、マボロシは仰向けにひっくり返った。「ハァーッ、ハァーッ……」若き宇宙ニンジャはしばし身動きならず、荒い息をついた。

 ……マボロシがようやく身を起こした時、ナガレボシとバルーは地面に座り込み、焼跡の中心を無言で見つめていた。そこに建っていたはずのバラック小屋は、もはや板切れ一枚残っていない。

「せめて骨ぐらい拾うかァ、相棒」

 ナガレボシがぽつりと言った。「GRRRR……」バルーは溜息まじりに唸り、立ち上がった。ナムアミダブツ……だがその時。

「ご心配をお掛け申した」「「「アイエッ!?」」」

 三人は弾かれたように飛び退き、振り返った。焼け残った茂みがガサガサと動き、その陰から老人と少女が姿を現した。

「トビビト=サン! 一体どうやって!」マボロシは顔を輝かせ、二人に駆け寄った。「儂とて宇宙ニンジャの端くれ。この程度の備えはありますのじゃ」トビビトが指差す茂みの後ろには、巧妙に隠された手掘りのトンネルが口を開けていた。

 バルーはトリメを抱え上げて飛び跳ねた。「WRAHAHAHA! いやァよかった! よかったなァ嬢ちゃん!」「アリガト! バルー=サン達のおかげです」「WRAAHAHAHAHA!」

 ピボッ。『ミンナ、カエッテ、キタ(◎◎)』

 リアベ号の傍らで留守を守るトントが、顔面LEDプレートを輝かせた。リュウ、ハヤト、トリメを肩車するバルー、そしてトビビト老人が歩いてくる。「トント=サン!」トリメは笑顔で手を振った。ハヤトはドロイドに駆け寄り、球形の頭部を撫でた。「聞いたよ。お手柄だったな」『トント、カンゲキ』

「ガバナスと戦う勇士達の命を、儂は危うく奪うところであった……何とお詫びすればよいか」深々と頭を下げるトビビトに、「モッタイナイ!」ハヤトは慌ててかぶりを振った。「貴方のカラテが本気だったら、僕らの命は危なかったです!」

「アンタの良心の呵責がワザマエを鈍らせたのさ。だから俺達は勝ちを拾えた」リュウはからりと笑った。「そういう事にしとこうや」「かたじけなし」トビビトは再び頭を下げた。トリメがその手を握った。二人は顔を見合わせ、笑みを交わした。

「GRRRR……だが問題はこれからだ」バルーは腕組みして唸った。「ご老人とお嬢ちゃんが生きてるとバレてみろ。ガバナスの連中、ただじゃ済まさんぞ」「違ェねえ。執念深いからなァ、あの女」

『私にお任せなさい』

 一帯に神秘的な声が響いた。反射的に身構えるトビビトの肩を、リュウは笑って叩いた。「心配無用だよ、トビビト=サン。俺達の女神様がご降臨だ」

 リュウが指差す青空に、白銀の宇宙帆船がしめやかに浮遊していた。バウスプリットから金色のビームが放たれ、ブロンド宇宙美女のホロ映像を二重露光めいて空中に結ぶ。「綺麗……!」トリメは目を輝かせ、胸の前でうっとりと指を組んだ。

『ドーモ、はじめまして。ソフィアです』「ドーモ、はじめまして。トビビトです」謎めいた宇宙美女と老いた宇宙ニンジャが、天空と地上で厳かにアイサツを交わした。

『私は未来を見ます。あまり遠くまでは見えませんが』宇宙美女ソフィアは微笑んだ。『当分の間ガバナスの侵略が及ばない星系を、私は見通しました。そこへ貴方がたをお送りしましょう』

「大丈夫。信じて」ハヤトはトビビトに囁いた。「ソフィア=サンは今まで何度も僕らを助けてくれたんだ」その口調には確かな宇宙ニンジャ信頼感が滲み出ていた。実際ソフィアは、戦闘宇宙船リアベ号をハヤトに授けて以来、彼とその仲間達に様々な救いと導きを与えてきたのだ。時間と空間を超越して。

 トビビトはハヤトをじっと見返し、ソフィアのアルカイックな微笑を振り仰ぎ……最後に、傍らの孫娘に問うた。「よいか、トリメ」「モチロン」少女は屈託なく笑った。「お爺ちゃんが一緒なら、どこだって」

「「ヨロシクオネガイシマス」」

 二人はホロ映像に頭を下げた。船内のソフィアは頷き、地球文化圏の基準では電子鍵盤楽器に見えぬ事もない操作コンソールに指を走らせた。ポロンポロポロロン……清らかな電子音と共に、金色のパーティクルが宇宙帆船からキラキラと降り注ぎ、老人と少女を包み込む。

「ご武運を」「オタッシャデ、トント=サン!」オジギする二人の身体が薄れ始めた。リアベ号の面々は口々に別れを告げた。「二人とも元気でね!」「ガバナスのクソ野郎どもは俺達がブッ殺しとくぜ!」『オタッシャ、デ』「WRAAAAGH!」

 二人の姿が完全に消え去った跡には銀色のカザグルマが地面に刺さり、風を受けて軽やかに回っていた。キュラキュラキュラ。トントは車輪走行で近づき、カザグルマをマニピュレーターでつまみ上げた。ソフィアの宇宙帆船が180度回頭し、大気圏外へ去ってゆく。

「俺も一度はアレに乗ってみてえなァ。ソフィア=サンと二人っきりでよォ……痛ッ!」SLAP! にやけるリュウの後頭部をバルーが平手で張った。「何すンだテメェ!」「さっきのお返しだ。そろそろズラからにゃ、俺達もヤバイぞ」「違ェねえ。お尋ね者はつらいぜ」「全くだ」リュウとバルーは不敵に笑った。

 三人と一体の勇士は、どやどやとリアベ号に乗り込んだ。「発進準備!」「アイサーッ!」リュウとハヤトがてきぱきと計器に灯を入れ、大出力イオン・エンジンを目覚めさせた。ZZZOOOOOMMM……ジェネレーターが唸りを上げ、宇宙の男達の胸を震わせる。

 ゴンゴンゴンゴン……イオン・エンジンの垂直噴射で、リアベ号は離昇を始めた。大気圏を抜け、無限の大空間を目指して。またいずれ、第15太陽系のいずこかで、ガバナス帝国の邪悪なる宇宙ニンジャに立ち向かうために。

 リュウ、ハヤト、バルーが忙しく働くコックピットの片隅で、万能ドロイド・トントは銀色のカザグルマを見つめていた。『マタ、アエルカ、ナ』ピボッ。顔面LEDプレートに複雑なパターンが瞬いた。


【ライク・ア・スティール・カザグルマ】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第14話「恐るべし! 有翼忍士」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

映像のリフレイン:「ニンジャスレイヤー」の文体における特徴のひとつに、コピー・アンド・ペーストめいた反復表現がある。

 1970〜80年代あたりの特撮ヒーローTVショウにも、類似した表現が見て取れる。その回かぎりのゲストエネミーが撮影コストの高い攻撃(目から光学合成ビームを出す、口から火を吐くなど)を繰り出すと、2回目以降の攻撃は同一カットもしくはまとめ撮りした別テイクの使い回しになりがちだ。1話につき1回の使用が原則のライブフィルム(ヒーローの必殺技やロボの合体など)とは異なり、1エピソード内で何度も似たようなカットが繰り返され、独特のリズム感が生まれる。

 本エピソードでは対トビビト戦がそれにあたり、

・空飛ぶトビビトのミニチュア撮影カット
・回転するカザグルマ・スリケンの特殊プロップカット
・側転/バック転回避のライブアクションカット

 などが目まぐるしく反復する。ニンジャアトモスフィアを多量に摂取した方ほど、SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)に見舞われるはずだ。

フォース予知めいたなんか︰TVショウの初期エピソードでは、たまにハヤトが謎めいた危機感知能力を発揮していた。確たる説明もなく忘れられてしまった設定だが、本作においては最後まできっちり扱っていきたい。

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