映画を観た記録153 2024年8月17日    内田吐夢『飢餓海峡』

Amazon Prime Videoで内田吐夢『飢餓海峡』を観る。
全てに渡って最高のレベルと私は断言する。
三国連太郎、伴順三郎、高倉健、左幸子はいうまでもなく、左幸子演ずる八重の父の加藤嘉、警察署長の藤田進、八重が東京で勤めることになる女郎屋の主人の妻の沢村貞子などなども素晴らしすぎる演技をしている。しかし、調べてみると、本作を巡り、映画会社と監督との間でもめごとがあったようだ。本作オリジナル版は、192分1秒であり、長すぎて、カット事件が起きてしまい、赤旗までもが問題視してしまう事件となっていた。
それはともかく、なんと本作関係者の岡田をはじめ、幹部らも岡田から始末書を書かされ、撮影所の掲示板に貼られるのであった。
トンデモナイ撮影所である。
結局、内田吐夢は『宮本武蔵』シリーズを撮り終え、東映を退社して4畳半一間生活となってしまう。
このような傑作を作った巨匠が、そんな晩年になってしまったのか。日本映画はひどいところだ。
本作品は、間違いなく、当時の日本映画の最高傑作といってよい。
富田勲の音楽、16㎜をブローアップした撮影(宮島義勇である。)人間を描くというような大きな主題ではなく、推理ドラマを基本にして、まるで哲学ドラマのような構成は、壮大である。
高倉健が出るのが遅いだろ、という突っ込みはあるかもしれないが、スター映画でもないからよいのではないか。
内田吐夢の『飢餓海峡』では三國連太郎演ずる殺人被疑者犬飼へ高倉健や藤田進演じる刑事が取り調べ捜査をする。

そのとき、高倉健演ずる刑事は怒鳴ったりしない。

暴力の自白強要はしないのである。

これが『県警対組織暴力』では菅原文太演ずる刑事は暴力的な自白を強要する。

この違いは重要である。

『飢餓海峡』の刑事たちはあくまで物的証拠にこだわるのである。科学的捜査の見本のような刑事たちである。
戦後直後の生活風俗が細部にわたって描かれている。左幸子演ずる八重が、割烹着を着たまま、街に立つという細部が素晴らしすぎる。
割烹着を着たまま、街娼がいたということである。
伴順三郎演じる刑事の食事が雑炊である。しかも芋入りが贅沢なのである。刑事ですら、その貧困である。
戦後直後、日本は貧困だった確実な記録ともいえる。
そして、八重を追って、東京に来た、伴順三郎演じる刑事は、片山内閣打倒のデモにでくわす。このような時代の細部に迫る物語は素晴らしすぎる。映画を観るのは大衆であり、決してインテリではない。その大衆にヴィヴィッドに反応する映画である。
なにしろ、三国連太郎が演じた樽見京一郎/犬飼多吉が犯した犯罪は、背景に極貧があるのである。
極貧。そのような時代が日本に存在していたのだ。
このことを刻印したのが本作品である。
芸術至上主義に陥らない物語こそ、映画にとって生命である。
貧困を描くこと、それが映画の主題でもある。

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