映画を観た記録25 2024年1月27日   ロジャー・ペインウッド『エセルとアーネスト 二人の物語』

北文化小劇場で市民主催の映画上映でロジャー・ペインウッド『エセル&アーネスト 二人の物語』を観る。
英国のレイモンド・ブリッグスの両親の人生を描いたアニメ映画である。
本作品の素晴らしいところは、日本のクソ、カス、ゴミ、クズアニメ映画と違い、怪獣だとかロボットだとか宇宙戦争だとか少女を頻繁に登場させ、自らのロリコン性を恥ずかしげもなく発揮するとか、富野由悠季や宮崎駿カスアニメがそうなんですが、そのような安直なアニメを作らずに、生身の人間を描いた。近い映画はアニメではない『生きる』ですね。富野由悠季のほうが知性はある。スペースコロニーなど現実にできるわけがないと発言しており、バカなSFアニメを作っていた自覚はあるようだ。宮崎駿はその自覚すらなく威張っているのは、やはりバカだからでしょうか。
アニメで生身の人間に向き合う方が怪獣やロボット、ロリコン少女を描くより、レベルが高い。なぜなら、生身の人間とは、われわれ人間がいつも接しているから、嘘はつけないのである。
本作品は、ブリッグスの両親がまだ若い頃、ヒトラーがポーランドへ侵攻し、チャーチルがヒトラーへ宣戦布告することを父のアーネストがラジオで聴いている。アーネストは牛乳配達で、戦争を乗り切り、戦後を生ききる労働者階級であることを恥じない。労働党支持者である。面白いことに妻のエセルは、労働者階級であることを嫌がり、保守党支持者である。そのことで夫婦が離婚することはない。英国は、個人が存在しているのである。アーネストは、いつも、新聞を傍に持ち、読んでいる。アーネストの賃金は低賃金だが、家族を養い、息子のレイモンドに高等教育を受させている。高等教育は、エセルの誇りでもある。そのエセルは戦争へ向かう時代に次の様に話す。「アラブとユダヤ、イスラムとヒンズー、なぜ、平和にできないのかしら」と話すが、それは、あなたが住んでいる国・大英帝国の責任ではないか、と作品を見ながら私は思っていた。エセルは、保守党支持派であるからかもしれない。アラブとユダヤは、パレスチナへ流入するユダヤとアラブの争いを表し、イスラムとヒンズーは、大英帝国植民地での分断して支配せよを指している。アラブとユダヤ、イスラムとヒンズーは、21世紀の現在でも、その争いは終わりそうにない。支配された側が、ジャガノートのように戦いをさせられるのが植民地主義というものである。宗主国イギリスは、反省するどころか、植民体制を今なお、維持している。スナク首相による難民のルワンダ送還法案こそが、大英帝国のグロい本質だ。

そんな平凡な夫婦が戦争で死ぬこともなく、アポロ11号が月面着陸したことをテレビで見て、その後、エセル、アーネストと亡くなるのである。
宮崎駿は所詮、ミリタリーマニアかつロリコンの馬鹿でしかないことが本作品でわかる。本作品は、宮崎駿のように戦闘機をヒロイックに描かないのだ。戦闘機は、庶民を空爆で殺す兵器としてリアルに描かれている。
音楽も、戦争中は、当時のスイングジャズが流れ、時代を伝えている。
この映画で初めて知ったが、電気自動車は戦後直後に生まれていたのだ。アーネストは、新しい牛乳配達の車を電気自動車だ、と誇るのである。
時代考証が正しすぎるので、安心して見られます。
時代考証が正しいので、広島への原爆投下をアーネストはラジオで知ります。
戦争を英雄的に描くこともなく、声高に反対を唱えるわけではない。
『秋刀魚の味』の笠智衆が負けてよかったじゃないか、というセリフに通じる美しさがあります。



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