映画を観た記録197 2024年10月24日    大島渚『悦楽』

Amazon Prime Videoで大島渚『悦楽』を観る。

殺人をした中村嘉葎雄演じる主人公が、公金横領をした役人から、3000万を預けられ、使い切ってしまうまで、様々な女性をカネで買い、関係をもち悦楽に浸る物語。

主題的にはブルジョア的な享楽に耽った人物の破滅という、クロード・シャブロルが作るような主題でもあるが、演出としてはシャブロルのほうが上は上である。

大島渚は、撮影所システムから抜け出ることができない作家であることは間違いない。

但し、その物語、主題が「松竹」では扱わないというだけのことであり、それだけの映画作家かもしれない。

そして、この当時の日本映画に言えるのだが、本作は湯浅譲二であるが、他は武満徹、黛敏郎といった現代音楽の作曲家を起用することにどのような意味があるのか、私にはわからない。結局、劇伴音楽にすぎないので、極端な話をいえば、ラロ・シフリンと何が違うのか、と私などは考えてしまう。

大島渚は、当たり外れがありすぎる。劇映画という「商品」を「創造」し続けなければならない運命でもあり、彼自身もまた資本主義的再生産の仕組みの呪縛にはまってしまったと言わざるを得ない。彼は、中学生時代に『資本論』を読んだという神童だったらしいのだが。

演出が劇画のように陳腐すぎる。説明台詞が多く、それがまるで「劇画」なのである。

とはいえ、公金横領をした役人を演じた小沢昭一、やくざを演じた渡辺文雄、やくざの下っ端を演じた戸浦六宏、刑事を演じた佐藤慶などの芸達者の役者がいるのでこの映画はいくらか救われている。

しかし、駄作である。

大島渚はスターを使いたがる時点で、ヌーヴェルでもなんでもないのではないか。
撮影所システムで取り扱わない際どい主題、物語を素材にしているだけで、演出それ自体は、ごく一般的な通俗映画と違いがない。
三流の部類かもしれない。


いいなと思ったら応援しよう!