ムーンライト・ヒル 第2回
母は金沢市内のあちこちの病院に世話になっていた。その母が最期を迎えたのは、この県立病院の内科病棟だった。
俺は病棟には行かずに、直接地下の霊安室に行くことにした。顔見知りの病棟の人達に挨拶をするのがなんとなく面倒だったし、型どおりお悔やみの言葉をかけられるというのも、なんだか鬱陶しい気がした。それに、いつまでも遺体を病棟に置いておくはずがない。俺は勤め先の所有物である寝台車からストレッチャーを降ろし、いつものように霊安室行きのエレベーターに乗った。
「あら拓ちゃん」
脳外科病棟婦長の大嶋さんが俺に声をかけた。俺は小さく「チワッ」と言って頭を下げた。
「今日はお休みじゃなかったの?」
大嶋婦長とは、昨日の夜も会っている。お客さんの遺体を引き取りに来たとき、夜勤の婦長と言葉を交わしたのだ。そのとき、冗談交じりに俺が今日休みを取ることを告げていた。
「実は、母なんです」
俺がそう言うと、しばらくきょとんとしていた大嶋婦長だったが、すぐに思い出したように大きく息を吸い込んだ。
「小島幸子さん。拓ちゃんのお母さん?」
婦長が俺の肩に手をかけた。
「はい」
「ごめんなさい、ちっとも気がつかなくて。可愛そうに・・・・病棟には行った?」
「いえ」
「ここで待ってて。いま誰か呼んでくるから」
大嶋婦長はそれだけ言って、顔を両手で覆いながら、葬儀社のシールがべたべた貼られた公衆電話の横を小走りに抜け、薄暗い階段室へ消えていった。
葬儀屋同様看護婦だって、こんな場面はほかの誰よりも慣れているはずだ。なのに気の利いた言葉ひとつ出てこないのはどういうことだろう。たいていは「このたびは・・・・」「それはどうも・・・・」程度だ。
「ご愁傷様です」などとはっきり言うのは嘘臭いと言おうか、どこか他人行儀なところがある。俺はこの仕事に関わっていろいろ考えてきたのだが、やはりここは言う方も言われる方も、ごにゃごにゃと言葉を濁すのが作法というものなのだろう。
母の遺体は、顔を覆った白い布を取らなくてもすぐに分かった。幸子という愛らしい名前からはちょっと想像し難い、片足のない巨大な体躯が寝台に横たわっていた。いまからこの体を運ぶことを考えると、多少気が滅入った。夜勤の看護婦のみなさんは、あのか細い腕でいったいどうやって母をここまで運んで来ることができたのだろう。世話になった看護婦たちの顔が俺の頭の中に去来して、なんとなく申し訳ないような気分になった。
「ほかにご親族はいらっしゃらないの?」
もう間もなく夜勤が明けるはずの、担当の看護婦が俺に向かって聞いた。
「いえ、いないんです」
もちろんこちらが遠慮することではない。しかし多少申し訳なさそうに聞こえたかも知れない。
「とても安らかな最期でしたよ。先生のお話を聞く?」
看護婦は俺の手に死亡診断書をそっと渡してくれた。
「いえ、必要ありません」
少し険があったかもしれない。俺はいつもこれで失敗する。
「本当にいいの?」
いつの間にかもう一人、病棟看護婦が降りてきていた。
「はい、ありがとうございます」
これだけ長患いをしていたのだ。今さら医者の話など聞く気にはなれなかった。しかし俺は念のため死亡診断書を開いてみた。死因は急性心不全。いうまでもなく事件性はなし。よくあるやつだ。死亡時刻は昨夜、午後十一時五十分となっている。当直医が疲れ果てて心臓マッサージを止めたその時刻、俺は一人黙々とゲーム機相手にポーカー賭博に勤しんでいた。今日は休みということもあって、普段持っているはずのポケベルを、俺は所持していなかったのだ。
母の顔は生前同様、ぶよぶよで俺には表情が読みとれなかった。息子の俺がそうなのだから、ほかの誰が見たって同じことだろう。苦悶の表情でもなければ、安らかな死に顔というわけでもなかった。ただ人間の死体がそこにある、それだけだった。それ以上の感慨は正直言って湧いてはこなかった。
俺は、死体なら見慣れている。俺が毎日のように目にする死体のだいたい三分の一は、どっかの誰かの母ちゃんだ。本当は看護婦たちも同じはずだ。彼女らにとっても、いつもと変わらない日常のありふれたひとこまにすぎない。看護婦たちは俺のことを患者の親族としてではなく、葬儀屋の拓ちゃんとして知っているのだ。たまたまその拓ちゃんの母ちゃんが死んだものだから、俺に対する今日の看護婦はどこかぎこちなく、どう接したらいいものか困惑しているように俺には見えた。
俺は、そういうのが苦手だった。
俺は、ほかの葬儀社の奴が来て、俺の母ちゃんが死んだことを知られる前に、仕事に取りかかることにした。