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ムーンライト・ヒル 第5回 

                                                   


 行き倒れの無縁仏ほどではないにしても、母の葬儀はそれに近い寂しいものだった。ど派手な祭壇を除いて・・・・。
 俺はアパートで一晩母と過ごして、自分で火葬許可を取って自分で焼き場に母を連れて行くつもりだった。
 ところが社長が俺に断りもせず、勝手に寺院を手配して派手な祭壇をしつらえてしまった。社長を始め会社の奴がどかどかとやってきて、俺は一人で母ちゃんとの別れをするつもりだったのに、友引にかかってしまうとか、新しい祭壇をただで使わせてやるとか言いながら、奴等とこの寺の坊主のペースで通夜が行われ、あっという間に告別式の朝を迎えてしまった。
「こんなときくらいしか、葬儀屋に勤めていてよかったと思えることないもんな」
祭壇に向けた手持ちカメラをのぞきながら、高橋係長がぽつりと言った。先輩が俺に聞こえるように言ったのかどうか分からなかったので、俺は面倒だから聞こえないふりをした。
 どこの現場でもそうなのだが、高橋は必ず35ミリのカメラを持ち歩いていた。なかなか研究熱心な男で、会場に合わせた幕の張り方や祭壇の組み合わせ方、花や供物の飾り方などについて、撮ってきた写真をもとにあれこれ検討していた。別に業務命令があってそうしているわけではなかったが、いつのまにか高橋は金沢南葬儀社の記録係として自他共に認める存在となっていた。
 そんな高橋だが、しかし今日の高橋は明らかに人の邪魔をしている。本物の記録係、谷川写真館の奴等がパンフレット用の祭壇写真を撮るため先ほどから作業しているのだ。四五の大型カメラを祭壇正面に設えた写真館の奴等が、露出計でストロボの回り具合をあちこち測定している。
 そんなことにはお構いなしで、さきほどから高橋は祭壇めがけてフラッシュをがんがん焚きまくっている。そのたびに谷川写真館の連中は手を止めなければならなかった。寺院の会場は暗いので、くるくる回るサイケな行燈やら青白い蛍光灯に照らされたでこぼこ奥行きのある祭壇を自然に撮るのは結構難しいのだ。
「小島さん、今日はモデルですか、白着物なんか着て」
 べつに、白着物なんか着る必要はなかった。ただ周りが、この方が喪主らしい雰囲気が出るから、とか言って半ば強引に俺に着せたのだ。
 しかし・・・・谷川写真館の若社長は本当にパンフレットのための写真撮影会だと思っているようだ。
「時代劇ですかこれは。白着物なんか着せられて、まるでなんかへまやらかして今から切腹させられるお殿様みたじゃないですか、ほんと」
俺は白着物の袖をつまんでおどけて見せた。俺は、こんな時にもくそ面白くもないくだらないセリフを吐いて、周りのご機嫌を取っている自分が本当に情けなかった。
「谷川さん、これはね、拓のお母さんの本当のご葬儀なんですよ」
 高橋がいつものもったいつけた気取った口調で言った。
「えっ?」
脚立の中段にいた谷川は、思わず手にしていたルーペを床に落としてしまった。無理もない、あと二十分あまりで告別式が始まろうかというのに、ここには谷川の知らない人間はだれ一人としていないのだ。普段ならいまごろは故人の親族やら友人知人やらでごった返している時間帯のはずなのに。
「昨日のあれ、小島さんのお母さんですか・・・・いや、こりゃどうも」
 昨日のあれとは、谷川写真館が納めた黒枠写真のことを言っている。写真館には首のない、紋付きや黒留め袖だけの人間の胴体写真がいくつも取り揃えてある。黒枠写真を作るには遺族から借りてきた故人のスナップ写真なんかと、サイズや雰囲気の合いそうなやつをその首のない写真の中から選び出して重ね合わせる。それを壁に貼り付けて白黒写真で複写、適当な大きさに引き伸ばす。こうして葬儀を受注してからわずか数時間で、祭壇中央に飾る黒枠写真を納めることができるのだ。
「私もね、お寺の入り口の所に小島家葬儀式場なんて書いてあるものだから、パンフレットの写真撮影にしてはなんか悪い冗談だなと思ってたんですよ」
 畜生、いったい誰が谷川に今日の写真撮影を発注したんだ。そのときいったいなんと説明しやがった。
「派手な祭壇でしょ。社長がね、葬式代はただでいいからついでに写真撮らせろって」
 また心とは裏腹なことを言ってしまった。自分からそんなことを言う必要がどこにある。俺は泣きたい気分になっていた。
「そうでしたか。それにしても・・・・」
 谷川の目が周囲を泳いだ。何か言いたそうだった。俺には出入り業者である谷川がそれをぐっと飲み込んだのがわかった。たぶん「お友達やご親戚の方は?」とでも続けたかったのだろう。

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