書籍『妄想と具現』本文公開③「“妄想” は、具現のはじまり」
こんにちは、知財ハンターの出村光世です。これは、2023年1月に刊行する「妄想と具現 〜未来事業を導くオープンイノベーション術 DUAL-CAST」の本文を公開するためのnoteです。
本書は、複雑化が止まらず、課題だらけの時代の中、世界を進化させるような「未来事業」が一つでも多く生まれることを願って、DUAL-CASTというプロジェクトデザインの手法を紹介するものです。今回の公開対象は本書の前半部分で、DUAL-CASTの骨子を掴んでいただける内容となります。
<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
④技術から未来事業を導くDUAL-CAST
妄想は全人類に保証された自由
今世の中で利用されている優れたサービスや商品も、その始まりは誰かの“妄想”だ。しかし、いくら良いアイデアを思いついても、脳内で妄想しているだけでは形にならない。特にチームで新しいことに取り組む場合は、設計図、企画書、ビジョンといった客観的に評価が受けられる情報があって初めて車輪が回り出すことが一般的だろう。
日本企業では、「新規事業部」と呼ばれるチームが新しいアイデアをビジネスにしていく使命を担うことが多いが、当事者である新規事業部の担当者から、こんな声をよく聞く。
「OKが出た企画に対しても、実行段階でブレーキをかけられてしまう」 「NGを出され続けて最近はメンバーが萎縮し、企画が出にくくなった」
こうした声の背景にある理由はいたってシンプルだ。新規の「事業」として取り組むため、数年 (短いと単年)での黒字化が見通せないと決裁が下りない仕組みになっているからだ。前例がないアイデアであればあるほど「収支計画」が立てにくくなり、リスクを負えない管理者はハンコを押せなくなる。そんな力学が前出の状況を生んでいる。
海外ではアフォーダブル・ロス(Affordable Loss)、つまり「許容範囲の損失」という言葉がビジネスの現場で使われ、失敗を恐れずチャレンジを促す仕組みを導入している企業もあるが、まだまだ日本では石橋をたたく文化が主流のようだ。これは大企業に限った話でもない。投資を受けているベンチャー企業でも、回収のスピードが求められる場合には同様の常識が存在している。
そんな、前例のないチャレンジを担うチームを萎縮から解放してくれるのが「妄想」というマジックワードだ。妄想はあくまで妄想であり、計画ではなく、責任もないし、否定されてヘコむ必要もない。よそ行きの堅苦しい言葉も必要なく、純粋な欲望をそのまま表現しやすい利点があり、だからこそ発言しやすい。そして、欲望を伴う妄想は共感する人の心を射抜きやすく、立場を超えて協力者が見つかる可能性が高まりやすいものだ。妄想は、だれにも制限されない自由だ。
自前主義からの脱却
「面白いアイデアですが、当社の技術だけでは実現できないですね」。私たちが新規事業の相談を受けてアイデアを出した際、最もよく聞くフレーズがこれだ。
このフレーズを聞くたびに、さぞ大量のアイデアの屍(しかばね)が山のように積み上がってきたんだろうなとしみじみ胸を痛めてしまう。もう一度このフレーズをよく見てほしい。
「面白いアイデアですが、当社の技術だけでは実現できないですね」
このような発言が出る企業は、無意識に自社だけで新規事業を完結させる「自前主義」を前提としている。これには警鐘を鳴らしたい。なぜなら、自社だけで実現できるアイデアは小さくまとまってしまい、おのずと収支計画が控えめになってしまう。
さらに、変化の激しさが加速し続けるこれからの社会において、全方位的に研究開発投資を行 うことは不可能であり、完全な自前主義はそもそも成立しないからだ。パフォーマンスの高い特化型企業が爆発的に増え、GAFAMをはじめとした大規模組織も積極的に事業提携を繰り広げるこの時代だからこそ、自前主義の呪縛から解き放たれる必要がある。
しかし残念なことに、「オープンイノベーション部」や「共創推進室」と名のつく部署がある企業においても、自前主義のバイアスにかかっている人にしばしば出会う。
面白いアイデアが自前主義に敗れることなく、共創を目指す人々に届いていくためにも「事業企画書」ではなく「妄想」というフォーマットはとても役立つ。
妄想を伝える
妄想の表現方法は人それぞれ自由だ。
古くから人々に未来への期待感を抱かせてきたSF小説や、大規模に未来を描く万博のようなアプローチはいずれも他者を巻き込むパワーがある。ただし、表現を生み出すまでに大きな時間と労力を要するうえ、誰もが取れる選択肢ではない。一方で、使い慣れているパワーポイントを開いて「スライド」をつくってしまうと、途端に妄想ではなく事業企画書として扱われてしまう。
重厚長大な労力をかけなくても、思いついたらすぐに表現ができる、継続しやすく発信しやすい方法はないものか。
私たちはそんな悩みを受け取りながら、このインターネット時代に適した「他者を巻き込む妄想」の表現方法はないかと考えを深め「妄想プロジェクト」というスタイルに行き着いた。
一つの例を紹介しよう。「さわれる動物園」という妄想プロジェクトがある。
妄想プロジェクトとは、知財を材料として妄想した未来体験を「可視化」したコンテンツであり、 シンプルな3つの要素で構成される。
タイトル
イラスト
数行の説明文
企画書のように何ページにもわたって説明する必要もなく、イラストを一目見て、数行の概要を読めば伝わる形式だ。チャットでスクリーンショットを送るくらいのコミュニケーションでも 共感を得られる利点がある。ポイントを一つ挙げるなら、実在する知財にひも付けている点だ。
「さわれる動物園」の妄想も、多様な触り心地を表現できる感性素材「α GEL」という知財をベー スにして妄想されている。親和性の高いテクノロジーとセットで発信することで、一見夢のような飛躍した妄想も、「もしかしたら実現できるかもしれない」という空気をまとって伝えることが できる。だからこそ妄想プロジェクトは共感を集めやすく、知財の発信方法としても有効に機能する。
巻き込み三拍子
他者を巻き込む能力が高い妄想プロジェクトにはいくつかの共通点がある。その共通点とは、「(1)瞬発的な状況伝達スピード」「(2)ワクワクできる未来感」「(3)つっこまれビリティー」の3 点だ。三拍子がそろった状態で提示されると、共感も批判も含め、意見をくれる人が見つかりやすい。
この3点について、それぞれ触れていきたい。
(1)瞬発的な状況伝達スピード
SF映画を見るには2時間かかり、企画書でプレゼンテーションを受けるには数十分程度かかる が、妄想プロジェクトは数十秒で状況を伝えられる。例えるなら優秀な人材がエレベーターの中で社長に決裁を取り付けるようなテンポ感だ。イラストの中ですべてを伝える必要はなく、「なにこれ面白そう」というつかみができれば上出来だ。詳しくはタイトルと説明文で理解を促していけばよい。
(2)ワクワクできる未来感
妄想プロジェクトは、飛躍を存分に許容してつくると巻き込み力が高まる。自社の能力だけで果たせる未来である必要はなく、様々なテクノロジーとの掛け合わせや、現在とは異なる未来ならではの環境を仮定してもよい。自前主義からの脱却にもつながる効果があり、「その妄想を実現するために、うちの技術を使いませんか?」といった出合いにつながることも期待できる。
そして重要なのが人を引き付ける「描写」である。研究開発部、新規事業部や知財部にデザイナーやイラストレーターがいることはまれだと思うので、思い切って外部のクリエイターを巻き込んでみることも選択肢として意識してほしい。解像度の高いイラストやCGは、ポンチ絵や概念図とは比べ物にならない威力を持つことを体感してもらえるはずだ。私が組織づくりのコンサ ルティングを請け負う際には、研究開発や新規事業部にビジュアライズ能力のたけたクリエイターを配置することを勧めている。
(3)つっこまれビリティー
聞き慣れない言葉かもしれないが、要は「ツッコミやすさ」が大事だということである。ツッコミには大きく分けて2種類ある。共感と批判だ。なるべく批判は受けたくないのが人間の心理ではあるが、妄想プロジェクトにおいては、どちらもとても有効に働く。共感がもたらすものは「支援」だ。つまり、協業につながったり、投資に発展したりする。批判がもたらすものは「改善」だ。
「そんな飛躍的なことを描いているが、きっとこの AIの精度が足りず実現は難しいと思う」などと丁寧に伝えてくれている相手には感謝しよう。ツッコミをくれているということはこちらの土俵で真剣に考えてくれているわけで、しかも「AIの精度を上げれば実現できそう」という実現のヒントまでくれている。よい妄想プロジェクトは、共感と批判の両方が聞こえてくるものだ。
妄想のトランスフォーメーション
ここまで読んでくださった読者の中には、いくつかの妄想が頭に浮かんでいる人もいるのでは ないだろうか。その妄想を実現したくてウズウズしているかもしれないが、ここで一度立ち止まって考えてみよう。
「技術から未来事業を導き出す」ことを目的にする場合、妄想が厳密に達成されることにとらわれる必要はなく、妄想がジャンプ台になって別のビジネスが生まれてもよいのだ。この現象を「妄想のトランスフォーメーション」と呼んでいる。実際に起こった事例を紹介しよう。
これは、石灰石が主原料の、プラスチックや紙の代替素材「LIMEX」という知財から生まれた妄想プロジェクトだ。サウナ愛好家でもある私としては、一日も早く具現化したい妄想でもあるが、まだそれはかなっておらず、別の企画に形を変えて具現化された。
この妄想プロジェクトを発表した当初は、新型コロナウイルスの影響でマスクの需要が急上昇していた時節でもあり、「漫画喫サウナ」ができるくらい丈夫で耐水性があるのであれば、LIMEXをマスクケースに応用できるのでは?という問い合わせを受けた。
つっこんでくれたのは、ELLE(エル)という女性誌を発行しているハースト婦人画報社で、まさにその共感型のツッコミは実現可能なアイデアであった。こうして、漫画喫サウナという妄想プロジェクトはマスクケースにトランスフォーメーションしたのであった。
妄想プロジェクトは未来事業を生み出すための呼び水でもあり、お笑いで言うところの「つかみ」である。
新規事業を取り組んでいくに当たり、ステークホルダーから「この企業は面白い未来を描いている」と好印象を抱いてもらい、「御社の知財は、そんな面白い未来を実現するためのピースになるんですね」と期待感を抱いてもらえればその妄想プロジェクトは十分に役目を果たしている。
必ずしも実現にコミットしなくてよいのも妄想の特権だということを忘れないでほしい。妄想のトランスフォーメーションという現象を念頭においておけば、妄想プロジェクトを発信するハードルは一段と下がるはずだ。
0→1と0→0.1の並走
新規事業開発の現場で最もよく聞くフレーズは「0→1」(ゼロイチ)ではないだろうか。数字が持つ響きだけでいえば、1→10や10→100よりもライトに聞こえるかもしれないが、どのフェーズにおいても大きな苦労が伴うのが実情だ。つまり、0→1は言葉が持つ印象よりも大変なのだ。
特に新規“事業”には、事業計画がつきものであり、どれだけ新規性が高くワクワクするアイデアでも、収益化の規模と道のりが見えないと社内のスタンプラリーを完走できない。もちろん、事業規模を求め、リスクを回避するための承認プロセスは必要だと思うが、前述したように「NGの繰り返しでアイデアが出ない体質になってしまう」というのは未来事業をつくる企業にとって最大のリスクになってしまう。
だから、0→1に苦悩している企業には、一つ単位を下げて「0→0.1」を並走させてみることを勧めている。0→1が新規事業開発なら、0→0.1は妄想開発と言えよう。それぞれ同じ延長線にはあるが、目的と評価観点は異なる。
0→1と0→0.1は相反する考え方ではなく双方が必要であり、妄想開発が活発な企業では新規事業の成功確率も高まる。そして妄想の発信量は多ければ多いほうがよい。一つの知財に対して十の妄想があってもよいくらいだ。なぜなら日々ビジネスの現場で出会う相手は、様々な属性をもっているため、相手に合わせて妄想プロジェクトを選んで提示することで、初対面の企業とも盛り上がれる可能性が高まるからだ。
妄想する組織のつくり方
未来に貢献する事業を開発していく企業は、0→0.1をどのプレーヤーに担わせていくかを真剣に考えるべきだ。新規事業部に内包させるのか、オープンイノベーション推進室を立ち上げるのか、部門横断でプロジェクト化するのか、それぞれの企業体質にあったやり方を模索すべきだが、押さえておくべきポイントがある。それは、メンバーの越境性だ。ビジネス目線、テクノロジー目線、デザイン目線、生活者目線。 できるだけ多様な観点が混ざるように設計することが、妄想体質の組織をつくる秘訣だ。もし自社の中だけでメンバーのバリエーションが膨らまない場合は、外部からゲストメンバーを引き入れることも積極的に検討すべきだ。そうして、定期的に妄想を行うリズムをつくっていけば、おのずと体質が出来上がっていく。 例えばKonelと知財図鑑では、毎週金曜日の朝会を「妄想大喜利」と呼び、15分間自由にアイデアを出す習慣がある。いい意味でみんな無責任にアイデアを出してくれる。妄想には個性も表れるのでメンバーそれぞれの興味分野や得意ゾーンが把握できるため、とても有意義だ。肩の力を抜き、みんなでワクワクを募らせ、飛躍的な未来を発信し、多様なつながりを生む企業が増えるほど日本の知財活用は進み、経済は新たな血流を得る。0→1に取り組んでいる企業は、ぜひとも0→0.1を同時に進めてみてほしい。
知財図鑑の妄想特集
次ページ以降では、これまで知財図鑑で発信してきた妄想プロジェクトの一部を知財とともに紹介する。そのまま妄想を具現化するもよし、妄想のトランスフォーメーションするもよし。読者が取り組んでいる事業と連携できそうな妄想があれば、ぜひ共感と批判のツッコミを入れてほしい。
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①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
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