企業のビジョンが産業を更新する日
企業ブランディングの仕事をしていると、必然的に数多くの起業家や経営者との出会う。どんな経営者も企業に込める意思があり、ブランドづくりの裏方を担う我々クリエイターとしては、その意思に共感し、事業を通して社会に関わることができるのをやりがいにしている。
業種や企業規模を定めず、多様なクライアントと仕事ができるのは、受託産業のいいところだし、飽き性な性格にはもってこいだったりもする。
これだけでも、ブランドワークは十分やりがいをもって続けられる仕事なわけだが、時にもっと大きな意思を抱く経営者に出会うことがある。
自社だけではなく「産業そのものを更新する」意思を抱くような経営者だ。今日はそんな劇的な出会いから生まれたストーリーを共有したい。
プロジェクトの型は、2タイプ存在する。
【A】スタートアップ企業とビジョン
まず一つは、社会課題に立ち向かうスタートアップ。自社にとどまらず社会全体の不を改善するためにビジョンを打ち立てることが多い。僕がやりがいを持てる一つの王道パターンになっている。
たとえば、鹿児島のローカル優良企業だったECOMMITが、循環商社として日本の資源循環を背負う決意をし、スタートアップとして課題解決にダッシュしている。Konelはその横で伴走・・というより追い抜け追い越せのダッシュをしているのは、とても刺激的だ。
特にリユース関連の産業は、小さい規模の事業者が薄利で運営を続けることが困難なので、市場と生活習慣をリードできるビッグプレイヤーが必要な領域。だからこそ、自社利益だけでなく産業全体を担う覚悟でECOMMITが掲げるビジョンは「捨てない社会をかなえる」と設定し、次のような階段を約1.5年でかけあがってきている。
①コーポレートビジョンの再設定
②サービスブランドを立ち上げ
③社会を巻き込む共創コンセプトの打ち出し
①コーポレートビジョン
②サービスブランド
③共創コンセプト
自社の枠をはみ出して価値想像を目指すスタートアップとの協業はステークホルダーへのインパクトも如実で、心底おもしろい。CEOの川野 輝之さん、CBO (Brand) の山川 咲さんをはじめ、覚悟をもったメンバーが揃って、いい未来を手繰り寄せようとする様は、とてもダイナミックだ。気になった方は、PASSTOのVISIONページやREUSE SHIFTの特設サイトを見て欲しい。
これだけで記事が何本も書けてしまうので、それはまた別のポストでディープに紹介させていただくが、今日はもう一つのタイプについて深ぼっていきたい。
急速な成長を志すスタートアップでなくても、産業を更新するチャンスは存在する。
【B】レガシー企業とビジョン
大企業・中小企業がつながり一連のバリューチェーンを織り成し、市場が長らくできあがっていている大型産業では、全体のバランスを均衡させながら、じっくりと成長と衰退のはざまで各社が努力を続けている。(たとえば、日本の自動車産業の売り上げが急に倍になったりしない)
バランスを保つために、いろんな「あたりまえ」が慣習として出来上がっていることが多い。(出退勤の時間は厳密に決まっていて、お盆は一斉に休み、一定ルールのもと給与は上がっていく etc…)
こういったあたりまえに対して「?」を抱く人も多く存在しているはずだし、労働組合の団体交渉などは毎年ニュースになる。しかし、その変化は急激なものではなく、じわじわと進んでいく。放っておいても革命的な出来事は起こりにくい。
レガシーな産業では大きな変化を起こすことに難しさを感じていた時に、ある一人の経営者と出会った。
製造業の屋台骨「板金」を生業にするCOPREC社の小林永典社長だ。
きっかけは知人の紹介で、コーポレートサイトをリニューアルしたいというよくある相談を受け、快くお付き合いがはじまった。
COPRECが社屋をかまえる静岡県掛川市に視察に出かけた。正直いうと気軽に工場を見てまわっていたのだが、中では想像を越える企業努力が実行されていた。(ここはつくる楽園なのか・・?)
などなど、いち地方の板金企業のイメージにはない、先端的で自律的に改善が続いていく様に、スタートアップ企業にも似た勢いを感じた。というよりも、僕たちKonelが掲げる「欲望を形に」というビジョンに似た匂いを感じ取った。どれも均衡している産業を維持していく経営には「必須ではない投資」に思えたからだ。
原体験となったのは1つのツイート
小林さんに、なぜコーポレートサイトをリニューアルしたいのか?を尋ねて出てきた答えは「自分たちが生み出している価値やかっこよさが正しく伝わっていないから」というシンプルなものだった。
そこから対話を掘り下げていくと、小林さんの行動力の源泉になっている一つのツイートが出てきた。
なるほど。
工場という、製造現場から生み出される価値が、オフィスから生み出される価値に比べ、軽く扱われているような感覚に、大きな違和感を抱き、それを打破していきたいという意思が、小林さんの真ん中にはあった。
こんなストーリーを話してもらう時、小林さんは「COPREC」を主語にするのではなく「板金」「工場」といった、カテゴリを主語にしていたことが、とても印象的だった。
そんなメッセージを受け取った。
そして、僕たちはコーポレートサイトのリニューアルという依頼を一時的に放棄し、COPRECが板金産業、ひいては工場を持つ企業全体の希望を打ち出す核になれるよう、いちからブランドプロジェクトを立ち上げることを持ちかけた。
小林さんなら自社をはみだして産業全体を背負ってくれるはず。
だから、COPRECにフォーカスを絞るのではなく、産業全体に視野を広げてビジョンを作ることからプロジェクトは始まった。
産業を背負うビジョン
「工場を、誇ろう。」
これが、いち地方の板金企業であるCOPRECが掲げたビジョン。
ここまで明確な宣言を出したからには、ビジョンが形式にならないように行動を伴わせていく必要がある。
そうして着手したのは、コーポレートサイトのデザイン・・ではなく、工場のデザインだ。
工場をデザインする
働く人が誇りを持って、パフォーマンスをあげられる工場とは何か?
それはきっと、単に先端テクノロジーが満載されていたり、装飾が充実していることではない。
生産効率が最大化され、プライドが持ち上がるデザインは、もともとCOPRECで徹底されていた「整頓」にヒントを得た。
一丸となって取り組んだ新工場のデザインは、洗練されただけでなく、横展開可能な「デザインシステム」に下支えされている。だからこそ、工場を誇りたい他の企業にも使えるデザインとして、産業全体に染み出していくことを前提としている。
工員がヒーローになる
一番の資産である人は、デザインシステムでは「ブルー」で表現される。一人ひとりが気持ちを新たに袖を通すユニフォームや、人に紐づく名刺をリニューアルし、社内でのリブランディング浸透を深めた。
一番のブランドの体現者は社員であり、各自が誇りを身につけられるよう、ビジョンを綴った「BLUE BOOK」を全員に配布した。
板金から、METAL CRAFTへ
ビジョンをアップデートするなかで、取り組みたい仕事の幅も拡張した。
COPRECは大量生産型の受注構造から、多品種少量生産への体質変換を遂げた、経営力の高い企業でもあるが、今後は工業部品だけでなく、ライフスタイルの中で使われるプロダクトや、海外のプロジェクトへ参加することも、志している。そんな未来から逆算すると「板金」という看板だけでは手狭感があった。
活躍の場を拡張するために生まれたのが「METAL CRAFT」というカテゴリネームだ。COPRECが自らの業態を言い直していくが、他の同業者がMETAL CRAFTを語ってくれることも歓迎している。そういった連鎖が、産業の更新を進めることにつながる。
やっとコーポレートサイトがリニューアル
ここまで進めたことで、やっと企業として発信したいメッセージの骨格が見え、コーポレートサイトのリニューアルに着手できた。ただ、ビジョンも行動もすでに伴っていたので、議論は円滑に進み、思いをしっかりと詰め込むことができ、メジャーなアワードで評価されるに至った。(板金企業としてはとても珍しい)
社会が反応した
静岡県掛川市からはじまった「工場を誇ろうプロジェクト」は、長期的な視点をもって立ち上がったものだが、すぐに現れた効果がいくつもあった。
リクルートの増加
地方の製造業の人手不足は大きな課題だが、ストレートなコーポレート・ムービーの反響がよく、求人への応募数は前年比で3.5倍を超えている。
工場見学者の増加
COPRECだけがよくなるのではなく、見学で共感してくれた同志が、自社のアップデートの手引きに使えるように、デザインの手法をまとめた「YELLOW BOOK」を無償配布している。
B2Bマーケティング大賞(日経クロストレンド)
この取り組みは、ブランディングの域を超えて「B2B」という大きなカテゴリにも波及した。日経クロストレンドが主催する、第一回 B2Bマーケティング大賞にて、COPRECが大賞に選出された。NTTコミュニケーションズ、三井住友カード、山洋電気、ミスミという巨大企業がファイナリストに並ぶ中、静岡の板金企業が第一回の大賞に選ばれた事実には大きな意義を感じる。
大きな拍手に包まれた会場で発表された資料をぜひご覧いただきたい。
工場を誇るプロジェクトメンバーが集まってきた
こういった社会の反応に後押しされて「工場を誇る取り組み」は板金産業の枠を飛び越えて、プロジェクトメンバーとして協業がスタートしている。(後日、詳細を発表するのが楽しみだ)
コーポレートサイトをリニューアルしたいというきっかけから始まって、足掛け2年。一人の経営者の思いを掘り下げ、その肩に「産業を更新する」という大きな責任を載せて走っていく。そんな経営者が一人でも多く現れることが、これからの経済をよくする起点になると信じている。
特に板金という「均衡した産業」において、これだけアグレッシブな活動が始められたことは希望だ。
一見、工場への投資は大型な設備投資にも見えるが、推進している小林さんは、工場でのパフォーマンスを向上させつづける人的投資としてとらえており、これは産業のカテゴリが変わっても、横展開できる発想だ。
スタートアップでなくても、大企業でなくても、都市型の企業でなくても、産業を更新する「渦」は起こせる。
だからこそ、小林さんにはMETAL CRAFT PRODUCERとしてヒーローになってもらうしかないし、この話にピンときた経営者は、動いてみてほしい。
自社がファーストペンギンになって、産業を更新する日を迎えるイメージをして見てほしい。
「工場を誇ろうプロジェクト」 へ参画しませんか
共感する企業・自治体等の方、そして自ら動いて見たいと思った方はこちらにコンタクトしてほしい。
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