書籍『妄想と具現』本文公開④ 「技術から未来事業を導くDUAL-CAST」
こんにちは、知財ハンターの出村光世です。これは、2023年1月に刊行する「妄想と具現 〜未来事業を導くオープンイノベーション術 DUAL-CAST」の本文を公開するためのnoteです。
本書は、複雑化が止まらず、課題だらけの時代の中、世界を進化させるような「未来事業」が一つでも多く生まれることを願って、DUAL-CASTというプロジェクトデザインの手法を紹介するものです。今回の公開対象は本書の前半部分で、DUAL-CASTの骨子を掴んでいただける内容となります。
<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
④技術から未来事業を導くDUAL-CAST
再現可能なプロジェクトデザイン手法の体系化
妄想は全人類に保証された自由だ。妄想を可視化して、いくつも自分のポケットに入れておくと、ポジティブな共創が生まれやすい。前章ではそんな話題に花が咲いたが、企業の方からこんな質問がよく出る。
「たまたまいいアイデアを思いつくことはあるけど、運任せだと仕事にならない」「社内で仲間をつくりたいが、“妄想しよう”という声かけでは忙しいみんなを集められない」「真剣にプロジェクト化をしたいけど、どう順序立ててやればいいものか」
これらはとてもリアルな生の声で、同時多発的に様々な企業で起こっている課題だ。こういった状況に何度もぶつかるうちに、こんな思考にたどり着いた。
「筋の良いアイデアを量産するために、チーム全体で妄想力を向上させられないだろうか」「部門横断で“やってみよう”と着火するには、フレームワークがあると便利だ」「技術を持つ企業が主体的に進められる仕組みがあるべきだ」
クリエイターとしては、ケースに合わせてゼロからプロジェクトを提案することを当たり前としてきたが、これまでの成功体験から「共通項」を見いだすこと、すなわち、誰でも再現が可能な「体系化」に向き合う必要性を強く感じた。
人々の共感や話題を集め、様々なプロジェクトを立ち上げ続ける人は、頭の中ではどんな思考を巡らせているのか。なぜ他者を引き付けて巻き込むことができるのか。数多くのリーダーやイノベーターとの対話を通して、その秘訣を抽出し、企業との共同実験を繰り返し、再現可能な体系にまとめ上げた。それが「DUAL-CAST」(「デュアルキャスト」と読んでほしい)。技術から未来事業を導くためのプロジェクトデザインのメソッドである。
未来事業のための双方向のアプローチ
昨今のビジネスの現場では、次の2つのキーワードを使用する場面が増えてきている。
Forecast(フォアキャスト)
Backcast(バックキャスト)
特に「Backcast」(バックキャスト)の手法にスポットライトが当たる機会が増えているが、未来事業をプロジェクト化するには「Forecast」(フォアキャスト)も含め、双方向からのアプロー チを組み合わせることが重要だと捉え「DUAL(デュアル:二重の/双対の)CAST」という造語にたどり着いた。
ForecastとBackcastの詳細については他書に委ねるが、大枠の概念は共有したい。釣り好きならなじみ深いかもしれないが、そもそも“cast”とは「投げる」ことを指す。そして“Fore-”は「前方に」、“Back-”は「後方に」という意味を持つ。そのまま捉えると「Forecast=前方に投げる」「Backcast=後方に投げる」となる。
このままだとビジネス的に解釈しにくいので意訳的に解説を進めていく。ついでに釣りのモチーフで考えると、とても分かりやすい。
Forecast = 現在から、未来を予測してニーズがありそうな方向に仕掛けを投げる
Backcast = 未来から、ニーズを引き寄せるために現在注力すべきことを逆算し行動する
現在から未来を予測するのが、Forecast。未来の視点から現在を振り返って逆算するのが、Backcast。大まかにはこのような理解を持っておいてほしい。
※なお、本来的な釣りの意味だと、仕掛けを前方の狙ったところまで投げる動作がForecastで、その準備のために反対の後方にキャストするのが Backcastなのだが、ビジネス的にイメージをつけやすくするために説明を変えている。
力強い「Backcast」には、魅力的な「Forecast 」が必須
2015年に国連が発表した持続可能な開発目標・SDGsが「目指すべき未来」の視点で設定されているように、ここ数年Backcastにフォーカスが当たっている。それは時代がVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語:先行きが不透明で将来の予測が困難な状態)と呼ばれるようになり、社会やビジネスにとって未来の予測が困難で不確実なもの になっているからだ。戦後の高度経済成長時代には、インフラ整備が急ピッチで進められる中、 何年後には線路がどこまで延びて、いつ高速道路が開通して、テレビが全国放送になり......といった時代の大きな節目が見えており、また国民のニーズもおおむね画一的でみんなが冷蔵庫や洗濯機やテレビを等しく欲しがった。だからこそ企業も未来のニーズを「予測」しやすく、事業計画に対する投資の判断も今よりはシンプルだったはずだ。
今日の世界はどうか。突如として感染症がグローバルに拡大して人々のコミュニケーションのあり方が激変したり、一企業の強力なイノベーションを発端に世界中の人々の手にスマートフォンが行き渡りサービス提供の次元が更新されたり、ブロックチェーン技術の発展により長年続いた中央集権型の力学から解放されて分散型組織があちらこちらで勃興するなど、影響力の大きな出来事が突然起こり、良しあしを問わず「不確実性」が高まり続けている。
頻発する不確実な出来事に毎度影響を受けて、修正に修正を重ねて事業計画を煮詰め続けてしまう企業が続出し、いつ形になるか分からないストレスや、投資への疑問がそこかしこで蓄積している。だからこそ「理想的な未来」を掲げて、それを実現すると決意して強力にまい進することで、新規事業の成功確率を高めていく「Backcast」の手法が注目されている。この視点は、とても重要だ。
釣りにおいても、魅力的な獲物が針に食いつき水面から頭をのぞかせていると、周りの人が応援してくれたり、アドバイスをくれたり、網を差し出してくれたりして、成功する確率が上がる。 新規事業も同じだ。
しかし忘れてはならないのが、周囲の応援を受けるには、Backcast するものが「魅力的な獲物」であることだ。巨大なごみが引っかかっていても盛り上がらない。こと新規事業においては、未来感の強さからくる「魅力性」に加え、自社だからこそ取り組むべきであるとうなずける「納得性」が高いことが大切だ。「魅力性」と「納得性」は、妄想プロジェクトの重要事項である。獲物を魅力的で、納得性の高いものにしていくには、やはり未来の視点を意識した「Forecast」が欠かせない。
「DUAL-CAST」は、この不確実な時代において、様々なステークホルダーと交わりながら、自社が狙うべき獲物を妄想する「Forecast」と、プロジェクトを立ち上げて具現する「Backcast」の手法を組み合わせて体系化している。
「DUAL-CAST」の全体像
以下、本書の多くのページを使ってDUAL-CASTを解説するが、まずは全体像をご覧いただきたい。DUAL-CASTのメソッドは、Forecast型の「妄想」と、 Backcast型の「具現」の前後半に分かれている。「妄想」のゴールは、魅力的で取り組む納得性が高い妄想プロ ジェクトを可視化すること。そして「具現」のゴールは、 妄想を体験化し、共感を呼ぶプロジェクトが動き出すこ とだ。その先に未来事業が立ち上がる。
DUAL-CASTメソッドは次に示す5つのフェーズで構成される。フェーズ1とフェーズ2が「妄想」、フェーズ3以降が「具現」に当たる。
フェーズ1「妄想ワークショップ」
フェーズ2「可視化」
フェーズ3「発信」
フェーズ4「プロトタイピング」
フェーズ5「検証」
各フェーズの「INPUT」「OUTPUT」「完了条件」「想定期間」「推奨参加メンバー」を整理したので見てほしい。この表を見れば、各フェーズで取り組むことが理解でき、見通しを立てて進めることができるだろう。なお、推奨参加メンバーの欄には化学反応が起こりやすい組み合わせを示したが、特に厳密なルールではないので状況に合わせて柔軟にチーム編成をしてほしい。
妄想(フェーズ1「妄想ワークショップ」、フェーズ2「可視化」)の期間は、初めて取り組む場合、 約3カ月を標準的な想定期間と見積もっておくとよい。チームとして習熟が進み、習慣化できてくると、もっと短期間で終わらせることも可能である。具現(フェーズ3「発信」、フェーズ4「プロトタイピング」、フェーズ5「検証」)は対外的な情報発信も伴うため、企業によっては時間を要する場合もあるが、関係者の熱量を高く保つにはプロジェクトを始めて半年以内にフェーズ4「プロトタイピング」を実施し、その後、フェーズ5「検証」に進むことを推奨する。
NECによる「DUAL-CAST」の実行例
本書では読者がDUAL-CASTを試せるように「手順」にまで落とし込んで解説しているが、そうした説明は抽象的になりがちなため、私たちがNEC(日本電気株式会社)とこのメソッドを用いてプロジェクトに取り組んだ具体的な事例を添えて解説を進めていく。
NECには未来創造プロジェクトがあり「エクスペリエンスネット」という新しい概念をビジョンとして掲げている。情報の共有を高次元に実現したインターネットの時代からさらに進化し、人々の「体験」を共有可能にして、あらゆる分断を乗り越えていこうというビジョンだ。長年にわたり幅広い分野の研究開発を進めてきたNECの技術を基に、エクスペリエンスネット時代の未来事業を導き出すために、DUAL-CASTを用いた。
題材になったのは「高速カメラ物体認識技術」という知財だ。この技術から、どのように未来事業を導くプロジェクトがデザインされていったのか、ぜひ体験してもらいたい。
では、「DUAL-CAST」の世界に飛び込んでいこう。
noteでの公開はここまでです。
続きはぜひ本書『妄想と具現』をお読みください。
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<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
④技術から未来事業を導くDUAL-CAST