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結局のとこ数式の美しいって何?

この式は美しいだとか、某ドラマで実に美しいとか、言ってますが何が美しいのか?
私は難しい式を抜きにして説明すると(あくまでも自論ですが)、風景を見て直感的に感じる美しいとさほど変わらないと思います。
そのため、例えば富士山を見て美しいと感じない人や、汚い部屋を観て、美しいと感じてしまう直感的な価値がズレた人などは美しいと感じられなくてもなんらおかしくないと思います。
最初に言っておきますが、美しいという感覚は、個人差があり、私の持論が美しくないとしても、何も言い返せないのでご容赦ください.。
美しいと結局のところ何かを美しいと感じる人たちが、共感してできる感覚だと思います。
それでは本題の私の思う、美しい式について綴っていきたいと思います。

1 式が意味する過程が美しい
y=x3−2x2+5x−5 [ x ]をyをxで微分するとy′=3x2−4x+5になります。
この式の何が美しかというと
y′=3⋅x3−1−2⋅2x2−1+5x1−1+0
=3x2−4x1+5x0
=3x2−4x+5
という途中式を辿ります。
いたってシンプルな微分積分ですね。
しかし数学がわからない人にこのシンプルさを理解してくれと言っても無理があります。
しかしながら数学ができるというスキルを身に着けている人は、比較的シンプルな式だというのがわかるのです。
つまり共通意識(共通スキル)を持った人のこじつけです。
しかしなぜシンプルなものが美しいのか? それは計算した際ごちゃごちゃしないというのが大きいのではないかと思います。
学生時代のノートを思い出してみてください。
数学に限らず、短い文章のノートなどは比較的きれいにまとまります。
それがある種の美しさなのかもしれません。

 長い式でも短い式でも人類の叡智の結晶である。
これもあるかもしれません。
フェルマーの最終定理というのがあります。
フェルマーの最終定理
xn+yn=znとなる自然数の組は(x,y,z)は存在しない
といたってシンプルそうに見えますが.…
数学好きの方はお気づきかもしれませんが超難問なのです。
n=2のときは整数解があるのですが、n=3になると自然数は見つからないという法則の答えを見つけるのに人類は350年かかるのです。
まぁフェルマー自体は解を知っていたそうですが….
そのような年数がかかる事や、2が3に変わっただけで成立しなくなるというところに美しさがあると考えています。
これは人類の叡智の結晶ではないかと考えます。
そこに美しさを感じます。
以上です。 ありがとうございました。




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