【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第6章 こんな所で何座り込んでるの」(6-2)
(6-2)
「お母さんが入院してからずっと書いてた日記。お父さんには小説を書いてるって言ってたみたいだけど、本当は日記を書いてたの」
大樹の思い出の中にいる美咲は、MacBookで小説を書きたいと言っていた。
「最初から騙すつもりはなかったみたい。小説を書こうとして買ってもらったのは、本当だって聞いた」
「そっか。いや、別に日記が目的で欲しいって言われても、全然買ったけど」
「あ、そうなんだ」
大樹の返答に意外そうな顔を見せる由香。しばらくして「まぁ、いいや」とWordファイルを開いた。そこには彼女の想いが綴られていた。
【十一月二十日】
今日から、日記を書こうと思う。日記って今までやろうやろうと思って、中々始められなかった。だけど、そろそろ自分の死が見え始めたので、今がチャンスだと思って始める事にした。
大樹には小説を書きたいから、おねだりして買ってもらったMacBook。値段が高いのも知ってるし、小説は本当に書こうと思ってるから、この日記は隙を見て書き始めよう。
【十一月二十一日】
今、私は入院しているが、毎日家族がお見舞いに来てくれる。朝は夫の大樹が、夕方からは娘の由香が。
おかげで私は、入院生活がほんの少しも寂しくない。ただ、二人が無理をしていないか、心配になる。無理はしないでといつも言っているけど、絶対聞いていないだろうな。
【十一月二十二日】
この日記は、もしかしたら大樹が読む事になるかも知れない。ふと、そんな未来が頭をよぎった。なので、今の内に書いておかなければならない真実を書いておこう。
実は私は、大樹の本棚にある奇妙な灰色の本を知っている。
見つけたのは、本当に偶然で彼の部屋を掃除している時だった。丁度、掃除機のコードが一番下の棚に置かれていたウイスキーに引っ掛かって、落ちてしまったのだ。幸い、割れてはいなかったので安心して戻したが、そのウイスキーの瓶の横に隠れるようにして、背表紙のない本が置かれていた。
大樹は本棚を几帳面に並べるタイプ。
ウイスキーの横に並べるような事はまずしない。となると、これは隠しているのだ。もしかしてエッチな本だったりして! っとまるで、存在しない息子の秘密を知ってしまった気分になった私は、好奇心の赴くまま、本を手に取ってしまった。
すると、そこに書かれていたのは、エッチな本なんかじゃなく、未来の出来事が書かれている奇妙な日記だった。
何これ? 未来日記? 最初に思った感想がそれだった。
何でこんな物があるのか、パラパラと捲ると、大分先まで書かれていた。意気込みとか目標が書かれた本なのかと考えたけど、内容がそうじゃない。しかも私や由香まで出てきており、かなり細かく書かれていた。それはもう怖いくらいに。
次第に好奇心が薄れて、鳥肌が出始めた。
そうか。掃除の時に見つかったのか。美咲が部屋の掃除をしてくれている時は、掃除機や洗濯物を置いてくれているだけで、本棚までは調べないと思っていた。
それであっさりと見つかった訳だ。父のようにガラス戸の本棚を買えば良かった。そんな事を思いながら、続きを読む。
何だか見てはいけない物を見た気がして、私はすぐに本を棚に戻した。
それから掃除を再開する。いくら衝撃的な事とは言っても、日々の生活が重なり、数日すれば忘れてしまう。
それを再び思い出したのは、由香が風邪で早退する日だった。
大樹がサラッと当てたのだ。朝は何て事ない様子のあの子の具合をあっさりと見破り、気に掛けた。熱で早退して由香にお粥を作っていた時、唐突に本の存在を思い出した。
あの子にお粥を食べさせてから、大樹の部屋に行き、再び本を取り出した。そして今日のページを開く。するとそこには、由香が風邪を引いて、学校を早退する旨が書かれていたのだ。
同時に以前、由香が階段を踏み外して目が覚めなかった時を思い出した。あの時、大樹は一度家に帰って、戻って来たら由香は目が覚めると電話をかけてきた。彼の言う通り、あの子は目を覚ました。
あれは、パニックになっている私を励ます為に嘘をついたのではなく、この本を読んだのだ。
全てが繋がった瞬間だった。頭に電流が走る体験を初めてした。
だから大樹が私にインフルエンザの検査を受けるようにと言ってきた時には、ああ本に書いてあるんだなと勝手に思っていた。心配してくれてる事を嬉しく思いながら、私は彼に従って検査を受ける。
しかし、結果はインフルエンザではなかった。
大樹は、その事実を知った時、本人は信じられないと言った表情をしていたけれど、結果として早く入院出来たから良かったって思う。
その気持ちは今もずっと変わらない。
【十一月二十三日】
体の調子が良くない。手術もして経過も順調だって伊東先生にも言われているのに、一向に良くならない。ずっと怠いし心がどこかおかしくなっている。
大樹が毎朝、見舞いに来てくれる度にどこか寂しそうな目を向けるので、あの本に私の何か良くない事が書いてあるんだなって分かった。
隠してる事があるなら、全部教えてほしい。
【十一月三十日】
今日は朝からとにかく大樹が落ち込んでいる日だった。上手く隠しているつもりだろうけど、いつも以上に落ち込んでいる彼を見て、私はもしかしてと彼に自分の死ぬ日を聞いてみた。
すると、彼は三日後だと教えてくれた。ごめんと何度も謝られたけど、私はむしろ、自分が死ぬ日が分かってスッキリした。それまでにやらないといけない事が沢山ある。さあ、出来るかな?
由香に料理のレシピを沢山残そう。このMacBookに使えそうなレシピのページをいっぱいブックマークしておこう。大樹には私が死んだら、あの子にこのパソコンを渡してと頼んでいる。きっと彼はその通りにしてくれる。
だから、もう一踏ん張り、私の体が動くまで。
【十二月三日】
大樹の予感では私が死ぬ日。目標が出来てからの私の体はとっても元気だった。病は気からと言うけれど、本当だった。これを普段から気付けていれば、こんな事にはならなかったのに。
昨夜から私はMacBookに向かって、私に出来る事をと、遺せるものを沢山遺していた。ビデオメッセージをしたり、これまでの日記の添削(恥ずかしい弱音は全部消した。そのせいで少々淡白になった気がする)少しだけ本当に書いた小説。等、ずっと触っていた。
消灯時間になってもこっそり触ったのは初めてで、悪い事をしているみたいで子供の頃を思い出した。
そして、なんと今、この日記を書いてる横に大樹がいる。
朝、いつも通りに見舞いに来てくれたのだ。だけど、今夜死ぬと分かっている私は時間を無駄にしない為にこうして日記を書いている。
ちょっと覗きに来た大樹に一回怒ったら、大人しくなった。可哀想なので、あとちょっとだけしたら、彼に構ってあげよう】
美咲の日記はそこで終わっていた。
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