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【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第7章 私の為に」(2)

(2)

『こんにちは、大樹。あなたがこの動画を観ているという事は、もう私はこの世にいないという事になります。
 うわぁ〜。これ、一度言ってみたかったぁ〜!
 ちなみに万が一、私が退院出来ていたら、この動画はすぐに消すので見てしまったら、ココで止めておくように。
 大樹、私の顔を見るのは何年振りですか? ちゃんとご飯は食べてる? 由香は何歳になった? 結婚はした? 子供は産まれた? 
 もしかして、大樹は再婚してる?

 聞きたい事は、それこそ星の数程あります。

 けど、どれだけ聞いても……、返事がない事は分かっています。ごめんね、先に死んでしまって。もうちょっと大樹や由香の三人で家族をやりたかったんだけどなー。

 ……ええい! しんみりしても始まらない! 

 今、出来る事をしよう!

 大樹がこの動画を観ているという事は、由香が説得に失敗したって事だ。

 どーして、娘のお願いが聞けないかなぁ? いや、分かるよ? 
 きっと本のお陰で助けられた事が多くて、今から本無しの生活には戻れない。とかそういう感じでしょう? 
 うーん、分かるんだけど。それでも愛して止まない由香からお願いされたら、普通は止めるものでしょう?

 まあでも、由香の言葉で足りなかったのなら、私からもお願いします。
 もうあの、灰色の本を開く生活は止めてください。
 私は大樹にあんな本に縛られた生活をしてほしくありません。大樹にはもっと、生きている事を実感してほしいです。
 先の事が全部分かっている予定通り生活を送るよりも今日という、もう二度と戻って来ない一日を精一杯生きてほしいのです。私の為に』

 ――私の為に。

 その言葉は今まで届かなかった大樹の心の奥深くに突き刺さった。数年振りに聞く美咲の肉声。気付けば、大樹の目からは涙が流れていた。

 美咲の動画はまだ続く。

『このままだと、いつか灰色の本に誰かを殺すとか。自殺するとか物騒な事が書いてあっても大樹は、その通りにしてしまう。
 そんな事をされた後の周りの人達の事を考えた? 由香はどうなるの? いくらそれが正しい未来みたいな書かれ方をされてもそれを受け入れるの? 
 そんな事、しないよね?

 もう、充分だから。大樹は頑張ってるから。

 だから、灰色の本を開くのは止めなさい。

 天国からちゃんと見てるんだからね。ズルしてこっそり見ようものなら、枕元に立ってやるんだからっ!!

 じゃあね大樹。

 私がいなくても精一杯、今を生きて』

 美咲の動画が、全て終わった。
 大樹の瞳からは涙が流れ続けている。「ごめん、テイッシュ取って」と由香に言うと、黙って箱テイッシュを差し出してきた。

「ありがとう」と言って、二、三枚引き抜く。由香も泣いているようだった。

「あっ、由香もテイッシュ。はい」

「うん、ありがとう」

 お互いに涙が落ち着くのを待つ。数分費やして落ち着いた二人。パタンと由香がMacBookを閉じる。

「この動画は、実は私見るのは初めてなの」

「そうなんだ」

「うん。これ以外は色々見たけど、これだけは見てない」

 由香も見ていないと話す動画。そこには彼女なりの気遣いがあったからだ。
 そして今、美咲と由香の両方から頼まれている。

 灰色の本を開かない生き方。

 明日から、そうして生きると考えるだけで、体が震えてくる。けれど心から大切な二人に本気でお願いされた。
 それは灰色の本のページに書かれた無機質な文字群よりも魂がこもっていて、強力で、大樹には断れる訳もない。

 脳裏に浮かぶ二人の笑顔。大樹は小さく笑ってから、そっと口を開いた。

「分かったよ。由香だけじゃなくて、美咲にまで言われたらしょうがない」

「……ほんと?」

 不安そうに聞いてくる由香。

「ほんと。お父さんが由香に嘘をついた事なんて、ないだろう?」

「え? うーん……」

 大樹が得意気になって言うと、由香は首を傾げて思い出そうとする。心当たりがあるのか。そう身構えていると、彼女が「ない、と思う」と同意した。

「でしょ? ああ、良かった。何か言われるのかと思ってヒヤヒヤしたよ」

 嘘がついていない事が証明された大樹は、あらためて手に取ったクリアファイルを持って台所へ向かう。ゴミ箱の上で中身を取って、紙束を破り始めた。

 ビリィ! ビリィ!

 悲鳴にも聞こえる音を立てて、といとも簡単に紙が破れていく。
 破れた紙束が、ヒラヒラと重力に従ってゴミ箱に落ちていく。振り返ると、由香が立ち上がってこちらを見ていた。折角、落ちいたのにまた涙が流れている。

 それに大樹は笑って答えた。

「大丈夫。元々、未来なんて誰にも分からないんだから。それに戻るだけだ」

「うんっ……、ありがとう。お父さんっ、」

「礼を言われる事は何もしていない。これからお父さん、頑張るよ」

 ゴミ箱に全部吸い込まれていった未来の切れ端。

 それに決意表明をするように大樹はゴミ箱の蓋を閉じた。

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