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【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第4章 目をつむってただけだから」(3-1)

(3-1)

 中途採用で入社した社員が大樹のいるチームに配属される事になった。先週のミーティングで詳しい経緯が周知された。

 前職は県庁職員で事務をやっていたという経歴だった。安定した公務員がどうして、民間のしかもウチみたいな会社に来たのだろう。事前に灰色の本で新人が入社してくる事は分かっていたが、経緯までは知らない。
 人には言えない過去の一つや二つあるものだと思った。

 当日の朝、始業時間になって、一人の男性社員が皆の前に出る。
 耳が出るまで切られた黒い短髪に剃られた髭。肌が綺麗で体格も良い。清潔感があり、好印象が生まれた。

 若干の緊張を纏った本人の隣で部長が今日から一緒に働く社員だと説明して、彼が一歩前に出て挨拶をする。

「本日よりこちらでお世話になる、高木と申します。不慣れな事もあり、皆様にご迷惑をおかけする事もあると思いますが、どうか宜しくお願い致します」

 丁寧に頭を下げると、パチパチとまばらな拍手が返ってくる。その中で一番大きな拍手をしているのは部長だった。

「まっ、どのぐらい出来るか」

 隣で和田がボソッと声を漏らす。本人的には新年度前に後輩が入ってきて嬉しいのだろう。表情からそんな様子が窺えた。

「高木君の席は、あそこ島津の隣だ」

「はい」

 部長に指示されて彼がこちらへやって来る。昨日、皆で綺麗にした机に高木が腰を下ろした。

「高木君、島津です。よろしく」

 首から下げているネームプレートを見せて彼に挨拶する。

「はい。高木です。宜しくお願いします」

「うん。まずはパソコンの電源を立ち上げて、社内メールアドレスの設定から始めよう。午前中は、パソコンのセットと仕事の説明で終わると思う」

 高木にそう説明してから、大樹は予め用意していたパソコンの設定マニュアルと、業務の説明資料を彼に手渡す。

 すると大樹の横から和田が声を掛けた。

「えっ? 何すかそれ。マニュアルなんてあるんだ。俺、貰ってないですよ」

「簡単な物だよ」

「まさか島津さんが用意したんですか?」

 和田に言われて大樹は「ああ」っと平然とした顔で答えた。用意したと言っても一から作った訳ではない。業務説明資料は、営業で他社に業務を説明する時の資料を流用した物。パソコンの設定マニュアルは、かつて自分用に適当に作っていたものだ。

 和田の時は口頭で説明していたから、驚くのも無理はない。だが、出来れば今日来たばかりの新入社員が動揺するような事を言うのは、止めてほしい。

「あ、ありがとうございます」

 高木は資料を受け取って、頭を下げて丁寧に礼を言った。どうやら大樹が考えていた事を察しているようだった。

「いいんだ。こういうのをちゃんと用意してなかったこちらが悪い。実際に高木君が使ってみて、気になる箇所があったら遠慮なく言ってくれ」

「はい」

 大樹の言葉に高木は素直に頷く。緊張もあって素直に聞いてくれる。この期間の内になるべく、違和感を持たせず仕事を覚えてほしい。大樹はそう思った。

「じゃあ、まずはマニュアルに沿ってメールアドレスの設定からお願い。電話はまだ取らなくていい。そこの和田が取ってくれるから」

「りょーかい」

 取らなくていい電話を取らされる事に不満を漏らす和田。それに申し訳なさそうに高木が頭を下げた。

「すいません、和田さん」

「いやいや全然、大丈夫。あらためまして、和田です。新卒で入ったんで、高木さんとそんなに変わらないです。何か分からないところがあったら、俺にも何でも聞いて下さい」

 和田が大樹越しに高木にそう告げた。メールの設定等は、自分よりも和田の方が直近でやっている。彼の言った事は間違ってはいない。

「そうだな。俺が電話に出てる時とかは、和田に聞いてくれる?」

「分かりました」

 高木は了承して、設定マニュアルを開き早速操作を開始した。大樹は自分のメールを開いて、今日届いているメールをチェックする。
 いつもの客先からの進捗確認や新規依頼のメール。それら届いたメール全てにざっと目を通して、フラグを立てて優先順位を付けていく。

 付け終わったら、財布を持って立ち上がった。
 フロアを出て自動販売機で缶コーヒーを買う。フロアに戻る時、丁度和田が出てきた。カバンを持って出掛けるようだった。

「打ち合わせ?」

「はい。ちょっと市役所に行ってきます。戻りは十五時ぐらいになると思います。スケジュールには入れてるんで」

「了解。高木君はどう?」

「熱心に設定してますよ。あと五分ぐらいかな」

 っという事は、少なくとも三分は話せる。大樹は和田と話す時間を見繕った。

「高木君はまだ初日なんだから。あんまり不安がらせるような事は言わないように」

「分かってますよ。さっきのマニュアルのやつでしょ。あれは、俺もマズかったなって反省してます」

「それならいい。とにかくまずは仕事に慣れてもらわないと。不信感なんて、その後で勝手に持てばいい」

 仕事が合わなかったら辞めるまでだ。本人のスペックも高そうだし転職は容易だろう。

「そう言えば、島津さん。高木君はいつまで働きそうとかココ最近の予知で分かったりするんですか?」

「予知って何だよ」

 和田の言い方が面白くて、つい笑ってしまう。
 少なくとも一週間分の灰色の本には高木が退職するとは書かれていなかった。

「ま、今週は大丈夫だろ」

 何でも内容に大樹は、そう返す。

「なるほど。一週間は無事か」

 納得したように腕を組んで頷く高木。先程、買った缶コーヒーが少しぬるくなっていた。

「ほら、もう行けよ」

「はいはい。では行ってきます」

 エレベーターのボタンを押して、丁度やって来たエレベーターに乗り込む和田。エレベーターが閉まる音と大樹がフロアに戻る音は、ほぼ同じだった。

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