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【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第1章 人生っていうのは選択肢の連続だ」(3-2)

(3-2)

 大樹が呆気に取られていると、父がふっと小さく笑った。何故笑う? 意味が分からなくて、真っ白だった頭が疑問と戸惑いで埋め尽くされていく。

「ゴメンゴメン。えっとな、父さんも最初に説明された時、同じ反応だったのを思い出してな。やっぱりそう反応するのは皆、一緒だ」

 腕を組んで納得したように二、三回頷く父。大樹としてはそんな答え合わせは自分一人でやってほしかった。今は灰色の本の詳細が知りたい。

「笑うのは後で勝手にしてよ。未来って何? 宗教的な何か?」

「違う。そういった類いじゃない。口で説明するより見せた方が早い。ほら、父さんの本だ。開いてくれないか?」

 父から深緑の本を受け取る。見た目に反してこの本はとても重かった。ページも固く、簡単に濡れたり破れたりするような事は無さそうだった。

 慎重にページを開く。すると記されていたのは、手書きで書かれていた日記だった。今年の初めから何月何日の何曜日に起こった出来事が見開き一ページを使って詳細に書かれている。
 朝起きてから会社に出勤するまで、会社での仕事、夕食前に家に帰る様子。そして家での夕食。日記にして細か過ぎる。まるで第三者によって書かれた記録のようだった。

大樹がそう感想を抱いていると、父が「ちょっと貸してくれ」と本を取り、パラパラとページを捲った。そして、とあるページを開いて大樹に返す。

「ほらっ。これが今日のページだ」

 父にそう言われて目を向けると、書かれていたのは先程の出来事だった。

【早朝、大樹と二人でホワイトハニーに行き、薮川から大樹の本を受け取る。
家に帰ると、紗代子はランチに出掛けている為、不在な事がリビングに置かれていたメモから判明。仕方なく、コーヒーとキットカットを食べて飢えを凌いでから、大樹に本について説明を始める。
初めに代々、ホワイトハニーで本を貰う事を説明してから、大樹に自分の本を見せる。日記にしては細か過ぎる。そう言いただけな彼に今日の部分を見せる。すると彼は——】

 バンッ!

 大樹は反射的に本を閉じた。背筋がゾワっとして寒気に襲われる。記されていたのは、現在進行形で今日の出来事だった。言葉に出せず、本を閉じて下を向いていると、頭上から父の優しい声が降ってくる。

「コーヒーとキットカット。紗代子が留守の件は、知らないふりをして悪かった。本当は、最初から全部知っていたんだ。だが大樹に説明する為にはこれが一番だから。敢えて知らないフリをした」

 ゆっくりと大樹は顔を上げる。目に映るのはいつもの父、島津康平だ。だけど、彼には父の姿が異質な何か、父の形をしただけの別な生き物に見えてしまった。

目があったまま言葉が出せないでいると、父は話を続ける。

「動揺するのも当然だ。落ち着いてくれと言っても無理だろう。だから、聞くだけ聞いてくれ。最終的な判断はお前に任せる」

 お前に任せると言われたのが、いつもの父が見せてくれる優しさだ。その事を頭の中でどうにか理解したが、同時に突き放されているような感覚にも陥った。

「判断って言われてもよく分からない……」

 大樹は素直な気持ちを吐露する。彼の言葉に父は頷く。

「ああ、分かるよ。父さんも最初はよく分からなかったさ。つまり、この本は言ってしまえば、人生の攻略本なんだ」

「攻略本?」

「そう、攻略本」

 大樹が聞き返すと、父は自身の深緑の本の表面を撫でる。

「人生っていうのは選択肢の連続だ。しかも選択肢の結果は、すぐには分からない。その時には正しいと思っても後々になって間違っていたと分かる。そして分かった時には、もう遅い」

「うん」

「ところがこの本には、最適化された未来の出来事が日記形式で記されている。欠点としては書かれている内容は一年間までしか分からない事。しかし、最適化された結果しか書かれていない以上、その通りに行えば間違えない」

 父がこちらを見ず、深緑の本だけを見て話すのは、過去に様々な選択肢が本人にあったからだろう。そんな父に大樹は、そっと疑問を投げかける。

「本に書かれている未来に逆らったら、どうなるの?」

「修正されて別の最適化された未来へと書かれている内容が変わる。修正された以上、それがどの程度、困難な未来になるかは、何とも言えないが父さんが昔、一度試した時は、そりゃもう大変だったよ」

 試した事があると父の口から聞けて、ほっとする。どうやら父は、当初から深緑の本を鵜呑みにしていた訳ではないらしい。

「最適化された選択肢が一年分、全部書かれていて、それの通りにすれば人生がかなり楽に進むって事までは分かった」

「そうか。ありがとう」

 父が発したありがとうの言葉の意味は分かるけど、理解は出来ない。最初に感じた異質な印象は、大樹にまだ残っている。

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