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優しく易しい医療情報は、どうやってつくる?届ける?④ 大須賀覚先生・情報編

大須賀覚先生はアメリカのエモリー大学ウィンシップ癌研究所に所属するがん研究者だ。わざわざこのイベントのために来日された…のではなく、第78回日本癌学会の総会に出席された。

私は、お名前とTwitterでRTされて表示されるものを目にするぐらいで、フォローもしていなかった。が、今回のイベントの中でも直球にがんについての医療者だ。がぜん当事者として聞く態度も聞こえる言葉も変わる。いちいち目から鱗が落ちたり琴線がピンピン鳴ってしまって、ぐるんぐるんだった。なんといってもトップ画像にした「イカサマがん治療を見抜く方法」、これに尽きる。これを電車の扉横の広告スペースに入れておきたい!

医療情報発信はなぜ必要か

インチキ情報やエセ医療がどんなに蔓延しているか、すでに知っている人は知っているし、危惧している人は危惧している。闘っている人も多い。このあたり、大須賀先生は
・なぜ
・どうやって
・なにを
といったことをお話された。それも臨場感あふれるお話だった。医療の現場、患者の現場、旧来メディアの現場、SNSの現場…じつはいろんな現場で事件は発生している。その全てで間違った情報をピックアップし、正しい情報を置いてくるというのは不可能に思える。しかし、誰かがこれをやらねばならぬ。なぜなら

世界中で、情報が命を奪うケースがある
情報発信も、命を救う医療である

と大須賀先生は断言した。大須賀先生は宇宙戦艦ヤマトの乗組員であり、キャシャーンである!!

大須賀先生がおられるアメリカでは、行政や病院などからの情報発信(SNS含む)が熱心に行われている。その背景には医療制度の違いなどもあるが、とにかく「正しい情報」が「届くように」「わかりやすく」「頻繁に」伝えられる。各機関に情報発信の専任者が置かれているし、メディアも医療やサイエンス専門の記者やライターが多い。サイエンス・コミュニケーターが上質かつ豊富なのだ。

医療情報発信の専門家がいれば…

サイエンス・コミュニケーターは、たとえば博物館や美術館でいえば学芸員だろう。専門知識をもちながら一般人にそのことをわかりやすく伝える。この「一般人」には一般メディアも含めていいと思う。いわば本当の媒介者(メディア)であり巫女の存在だ。いくら新聞やテレビなどマスメディアであっても、ある専門分野に専門知識を持った記者や編集者を組織として配置することは、日本ではめったにない。異動はつきものだし、そのたびに勉強し専門家にくらいついていかなければならない。締め切りにも追われる。売上も関わってくる…とぐるぐるしているうちに、記事が不確かになったり噛み砕いて読みやすくする時間が無くなることは多い。(このシリーズ②参照) 

もし医療機関にコミュニケーターがいたとしたら。確かな情報発信もいわゆる公式アカとして活躍できるだろう。あの有名な公式アカの中の人たちをヘッドハンティングしてきたっていいかもしれない。あるいは専門家である医師や研究者と対話ができる人、情報発信の素になる学術論文をある程度読みこなせる人が「情報の素」をつくって、一般メディアの問い合わせやチェックなどにも対応できるかもしれない。もちろん、ちゃんと報酬のある職業として。責任と使命を持てる職業なら、その素地のある人はちゃんと世の中にいると思う。

なぜトンデモ医療本が出版されるのか

大須賀先生は、IT企業の問題やトンデモ書籍を発行する出版社にも苦言を呈した。書籍については著者が医師であることが多いので、一般人としてはそれだけで「正しい情報」だと受け取る。そうなるとチェックするのは発行する出版社であるはずなのだ。そこは大手出版社の編集者であるたらればさんが社内の営業に聞いてきた、と発言された。

「なぜエセ医療本を出すのか」。じつは儲けたいからではない。そんなに他に比べて売れているわけでもない。楽につくれるという怠惰さが大きな要因になっている。

衝撃的だが納得するところもある。どう考えてもそれ専門の出版社もある。最近の本はあやしいスピリチュアル系もだけど、低コスト(金も手間も)で作ることができて、ある程度売れればいいのだ。信者にだけ売れてもそれでOKなのだ。

とある健康系のジャンルで聞いたことだけれど、そのジャンルで有名になった人の著書が出され、宗教に関するものなのだけれど、かなり自己啓発とエセ・スピリチュアルな内容なのだが、トークイベントでその人の話を聞くとまったく自己啓発のテイストは無くて、おだやかで厳しいまっとうな宗教者だった。しかしイベントでの著書販売ブースでは
「先生がおられるこの会場で買うと、パワーが違います!」
「本を手に持ってお話を聞くことで、純粋なパワーを得られます!2冊目でも3冊目でも」
と、販売していたそうだ。視点をずらすと在庫一掃セールをしているのかなと思うけれども、買う人はけっこういるだろう。

(余談になりますが
歴史認識問題で炎上した作家と出版社も、この系譜にあたるだろう。「買う人がいるから、ええやないか」「読んだ人が感動するから、ええやないか」で「正しさ」が歪んでいくのは、やはり問題だと思う。歴史教育も医療情報問題とよく似た構造だと私は思っています)

トンデモ医療は病院外で始まる

話を大須賀先生に戻すと、日本では病院外で起こっていることに不見識すぎると発言されていた。それはネット上でもメディアの中でも「深く考えていない」ままに拡がり続けるインチキ情報に対して、病院側(医療者や行政)が何も手を打っていないということだ。放っておけばいい、自分たちの役割ではないと思っている、あるいはまったく知らない。とんでもない情報を携えて診察に現れた患者に驚き呆れているばかりなのだ。あるいは「なんでこんなになるまで…!」と叱責するばかりなのだ。

なぜそんな患者が、あるいは死者が出てくるのか。
 ↓ 
正しい情報が届いていないから。

それは、医療の責任だ。正しい情報発信も医療だ。

大須賀先生は、高学歴の人がニセ医療に入りこみやすいと指摘した。情報を得ることで強くなると思っている、と。これはなかなか響く指摘だった。私はすぐに宮下洋一氏が『安楽死を遂げるまで』であげていた、安楽死を選ぶ人の共通点「4W(白人、裕福、心配性、高学歴)」と「自我が強い」という特徴を思い出した。何かしら「コントロールできる」という考えを根底に持ち、それが良しとされたり達成した経験がありそうな人たち。これだけ情報にアクセスしやすい世の中だもの、自分の力で正解に近付いてみせると思っている。(宮下洋一氏への拙インタビューはこちら)

情報リテラシーだけですまないweb2.0時代に

このイベントでも各所に出てきた「情報リテラシー」という言葉がある。ネット上にある情報が正しいか誤っているか、あやしいかどうかを見分ける能力でありスキルだが、私は現在ではリテラシーの問題で片付けられないな、と感じた。リテラシーが「読み書き能力」だとすれば、現在はネット・リテラシーを持っている人がほとんどだろう。機器のコモディティ化でアクセスしやすくなったこともあるし、「ggrks(ググれカス)」という言葉も「欲しい情報にアクセスするための検索能力」に置き換わっている。喩え話で言うならば、近代以前の日本は外国に比べて識字率が高かったと言われる。寺の台帳に名前を書くことができたからだった。しかしそれは、読み書きができたということではない可能性が高い。むしろ寺がコミュニティではたしていた役割の高さや台帳が連綿と保存されてきたところを評価するべきところかもしれないのだが、「日本人の識字率は高かった」ということになる。その読み書き能力がどういかされて何が起きていたのかは特にわからないだろう。

高学歴というか、勉強熱心な人や真面目な人はなるべく自分で事前準備をしよう、不安を解消しよう、最短距離で正解にたどり着こうとあらゆる情報にアクセスする。そして、何かしらを手に入れることができる。問題は、それが「正しい情報」かどうかを見分けることができるかどうかだ。立派な肩書を持った医師の著書、医師監修のサプリメント、学会推奨の療法…正しいはずではないか。

そこからさらに「でもね、なんかね」…と感じるためにはリテラシーの先のもの、「知への態度」が必要になると思う。たぶんそれは「教養」だと思う。情報に対して、あるいは病気への感情に対して俯瞰してみることや、他ジャンルでの出来事を参照する能力といえるかもしれない。そして「わからないことは、わからない」「専門家に聞こう」という態度だ。大須賀先生の、そして登壇した全員が口をそろえた一言

お医者さんに相談だ

に尽きる。いやその、これはAGAのコマーシャルのキャッチコピーなのでアレではあるんだけれど、大学病院だろうが総合病院だろうが、町の開業医であろうが、看護師であろうが薬剤師だろうが、彼らは医療の専門家なのだ。莫大なコストをかけてその職にある、今も研鑽を積む専門家なのだ。ネットや紙媒体に書かれたことだけでは、患者である自分が都合のいいように読み変えている可能性だってある。やっぱりこれはお医者さんと直接話して、疑問と不安を聞いてもらおう…となるのが理想…というか、ノーマルなのだ。もちろん、そのためにどんなに馬鹿らしいと思っても、ぐじぐじしていても話を聞いてくれる(解決できなくても)医療者の態度も、必要なのだけれど。

つぎに大須賀先生のお話「お金編」に続きます。

これまでのnote

優しく易しい医療情報は、どうやってつくる?届ける?① SNS発信の医師4人集結のトークイベントから

優しく易しい医療情報は、どうやってつくる?届ける?② ヤンデル先生編にて

優しく易しい医療情報は、どうやってつくる?届ける?③ けいゆう先生編

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