
M|A|R|R|S 「 Pump Up The Volume」①
DJ文化みたいなものに少しでも興味のある人にとっての80'sポップ・ヒットといえばこの曲だろう。M|A|R|R|S 「 Pump Up The Volume」。このタイトルを見れば曲が自動的に脳内再生されるはずだ。
70年代にスタートした独立レーベル〈Beggars Banquet Records〉のレコード・ショップで働いていたIvo Watts-Russsellが、80年に同社から資金提供を受け独立レーベル〈4AD〉をスタートした。そのレーベル・アーティストだったAR KaneとColourboxのメンバーによって作られた一回限りのプロジェクトがこのM|A|R|R|Sだ。
M|A|R|R|Sの名前の由来は、AR Kane(AlexとRudi Kane)とColourbox(MartinとSteve Young)、そして、このプロジェクトの発案者である〈4AD〉のオーナー、Ivo Watts-Russellの頭文字をとったものだ。
AR KANE(Discogsより)
Colourbox(FACT Magazineより)
プロジェクトはひとつのトラブルからスタートしたようだ。AR Kaneは、86年に〈One Little Indian Records〉からシングル「When You're Sad」でデビューした。黒いThe Jesus and Mary Chainと呼ばれ話題となった。これから育てていこうとしていた矢先に彼らがライバルである〈4AD〉に移籍。セカンド・シングル「Lollita EP」をリリースした。それに怒った〈One Little Indian Records〉のオーナー、Derek Birkettが〈4AD〉へ殴り込み行ったらしい。「うちのバンドを盗むんじゃない!」と。すったもんだの末、一回限りのプロジェクトに彼らを参加させることでおさまったらしい(翌年に彼らは〈Rough Trade〉へ移籍)。
このトラブルで、AR Kaneが希望していたAdrian Sherwoodとのコラボが中止となってしまい、そのかわりにレーベル・オーナーのIvo Watts-Russsellが提案したのが、〈4AD〉のアーティストだったColourboxとのコラボだった。こうしてM|A|R|R|Sが誕生した。
当時のイギリスはDJ〜クラブ・カルチャーの全盛期だった(こちらを参照ください)。数々のサウンド・システムがあり、Coldcut、Jazzie B、Wild Bunchなどがしのぎを削っていた。街角では彼らによるミックス・テープや海賊盤メガミックス・レコードが飛ぶように売れていた。DJ〜クラブ・シーンはアンダーグラウンドなものではなくなりつつあった。そんな街角の状況をM|A|R|R|Sのメンバーが知らぬわけがない。
おそらく、80年代中期からアメリカの街角で盛んに販売されていたメガミックス・レコードであるDouble Dee&Steinski「Lesson1,2&3」やAfrica BamBaataa&Jazzy Jay「Fusion Beat」、Mr.K「Feeling' James」と共にColdcut「Beats + Pieces」やEric B. & Rakim「Paid In Full (Seven Minutes Of Madness - The Coldcut Remix)を手本にし、ColourboxのMartin Youngがサンプリングを主体としたビートを作ったのではないかと勝手に妄想している。続く、、、
[参考資料]RollingStone.com,SongFacts.com,Wiki,infinit.net
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