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もう一度行きたい野辺山駅/沢野ひとし

 十代の頃から八ヶ岳に憧れ、四季折々小海線にお世話になってきた。
 八ヶ岳山麓をぐるりと取り囲むように走る車窓からの風景は、モノクロの写真のごとくいつまでも心に残っている。

 JRの駅としては国内最高の標高を誇る野辺山駅(1345m)。下車するたびに、思わず深呼吸をする。空に一番近い駅であることを、身をもって実感する。空気が澄んでいるので、近くには国立天文台「野辺山宇宙電波観測所」があり、ここは星の好きな人達の聖地である。

八ヶ岳無修正


 白くてモダンな駅舎は、一九三五年開業当時の面影を今も受け継いでいる。列車はやがてゆるやかな千曲川の流れに沿って進み、窓外の景色は次第に佐久平の田園風景へと変わっていく。
 小淵沢から小諸までは約七九キロ、所要時間は約二時間半。
 少年の頃から旅はすべて駅からはじまり、峠を越えると、めざす頂上がヌッと顔を出す。

山頂


 新婚旅行も小海線であった。八千穂駅からバスで四十分の山荘に二泊した。北八ヶ岳の原生林を散歩して、秋の青い空を満喫した。

 三十代のはじめの頃に臼田(うすだ)の町に一週間ほど滞在して、上田市の書店の人と、幼稚園や保育園へおもむき、児童書の販売をした。教育熱心で素朴な佐久平の人々とのふれあいも忘れられない。
 あれも青空と紅葉のコントラストがあざやかな晩秋であった。

地図


 まるで自分の別荘のように頻繁に利用しているのが、川上村にある公共の休暇施設である。夏の最盛期は外すが、一年中孫たちを連れて滞在している。その時に、野辺山駅のすぐ側にある南牧村美術民族資料館に立ち寄ることにしている。

 若い頃は山のてっぺんを目指していたが、歳を取るにしたがい、山里に興味が下りてきた。資料館には近くで発掘された矢出川遺跡群の細石器の数々が展示され、それらの実物を前にすると、一万年以上のはるかなる時の流れを感じる。

 双子の小学生も黒曜石でできた細石器に目を凝らしている。いつも山猿のごとく騒々しいが、石器の前では妙におとなしい。

雨のテント2

イラストレーター・沢野ひとしさんが、これまでの人生を振り返り、今、もう一度訪れたい町に思いを馳せるイラスト&エッセイです。再訪したり、妄想したり、食べたり、書いたり、恋したりしながら、ほぼ隔週水曜日に更新していきます。

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)、絵本「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。電子書籍『食べたり、書いたり、恋したり。』(世界文化社)も絶賛発売中。
Twitter:@sawanohitoshi