見出し画像

発売即重版!御礼『脳と音楽』はじめに全文公開

10月初旬に発売しました『脳と音楽』ですが、おかげさまで早々に重版が決定いたしました。読者の皆さまに感謝申し上げます。
脳科学者である著者・伊藤浩介先生の本に対する思いをお伝えしたく、「はじめに」を全文公開いたします。

『脳と音楽』はじめに 伊藤浩介(新潟大学脳研究所)


 なぜ、ヒトはこれほど音楽が好きなのでしょう。
 あらためて科学の問題として問うと、とても不思議です。
 なぜなら、生物学的に音楽がいったい何の役に立つのかさっぱりわからないからです。ヒトが過酷な自然での生存競争を勝ち抜くには、大きく進化した脳が役に立ちました。そのおかげで、言語や、道具の使用や、高度な計画や判断が可能になったからです。しかし、同じく脳の進化のおかげで獲得された音楽は、とくに生存に役立ちそうにありません。ヒトがなぜこれほど音楽を必要とするのか、合理的な理由が分かりません。

 ヒトにとって、音楽とはいったい何でしょう。
 地球にヒトが誕生しなければ、音楽が生まれることはありませんでした。音楽はヒトがヒトのために作ったものだからです。正確には、ヒト脳がヒト脳のために作ったものです。とすると、音楽を知るには、ヒト脳の理解が欠かせないことが分かります。そこでこの本は、脳のはたらきを理解することを通じて、音楽の本質に迫ります。すると、音楽にまつわる様々な現象が、いっきに見通しよく理解できるようになります。

 なぜ半音は濁って聞こえるのでしょう。半音は、なぜ「半」音と呼ばれるのでしょう。なぜ音階は七音なのでしょう。なぜピアノの左手で弾く音符は、音と音の間隔が右手より広いのでしょう。なぜ人によって音楽の好みが違うのでしょう。なぜ無調の音楽は人気がないのでしょう。そもそも音楽とは何でしょうか。ジョン・ケージの作曲した4分33秒の無音は、音楽でしょうか。こうした疑問への答えは、物理学や数学や音楽学をいくら勉強しても見つかりません。脳にこそ、答えがあるのです。

 音楽の理解を深める良書は、一生かかっても読み切れないほど出版されています。それと比べて音楽に脳科学からアプローチする本は数が少なく、ハードルも高く感じられることと思います。たしかに脳科学には解剖学や生理学はもちろん心理学から情報理論に至る幅広い知識が必要で、なかなか勉強の機会がないものです。そこでこの本は、高校卒業程度の予備知識を目安に誰にでも理解できる説明を心がけました。だからといって、内容の深さに妥協しているわけではありません。ということはその分、皆さんには読みながらじっくりと考えていただくことが必要です。全部は分からなくても大丈夫です。脳科学の視点から音楽について自分なりにいろいろと考えるうちに、自然に脳の知識が得られ、音楽の見方が変わる、そんな本を目指しました。

 ヒトの脳があるからこそ音楽がある。この前提を胸に、音楽の正体に迫りましょう。
 いきなり常識がくつがえされるところから、第一章が始まります。

(記事作成:担当編集 富岡)