必ず眠れる子守唄/新井由木子
幼き頃、伊豆諸島の新島に暮らす祖母が歌ってくれたのは、こんな子守唄でした。
♪ねんねん、ねこの尻(ケツ)に蟹が這い込んでー
―1匹かと思ったら、2匹這い込んでー
―2匹かと思ったら、3匹這い込んでー
―3匹かと思ったら、4匹這い込んでー
以下、延々と蟹の数が増えていくのです。
子守唄特有の哀愁漂う節回し。添い寝して、リズムに合わせてわたしの身体を優しく叩きながら、歌ってくれたものでした。この歌が新島で有名なものなのか、それとも祖母のオリジナルなのかは、わかりません。
だんだん歌っている本人が飽きてくると、子守唄は2番に移ります。
♪ねんねん、ねこの尻(ケツ)から蟹が這い出してー
―1匹かと思ったら、2匹這い出してー
―2匹かと思ったら、3匹這い出してー
―3匹かと思ったら、4匹這い出してー
この子守唄の非常に優れている点は、まず衝撃的なシーンで、聞くものに余計なことを一切考えさせなくなる点にあります。ショッキングでありながら、主人公がねこということでかわいらしくもあり、ちょっぴり下品なところも子ども心をとらえており、これと比べたら、柵を飛び越える羊など、あまりに凡庸で足元にも及びません。
聞いているほうは、ねこちゃんのお尻から出たり入ったりする蟹を、まぶたの裏に思い描いているうちに、いつの間にか深い眠りについているのです。
また、この子守唄は頭の中に情景を描く訓練ができるところが、とても良いです。
テレビとか映画、またアニメやゲームなど、あらゆる映像が溢れていることは素晴らしい。けれど頭の中で、自分だけの想像の風景を結ぶという体験が、少なくなってはいやしないか。それは貧しいことなのではないか。
本と落語と子守唄だけは、自分で頭の中に自由に映像を作ることができる、と書店主でもあるわたしは思うのでした。
(了)
草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。
文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook