うちの娘が迷子です/新井由木子
子どもとは、非常に迷子になりやすくできているものです。
手を離した瞬間に忽然といなくなり、見ると犬について行ったり、アリンコを追いかけたりしています。飴玉が口から落ちたと言っては泣き、欲しい玩具があれば石地蔵のごとく動かない。
そんな子どもとスーパーマーケットへ行き、生活必需品の買い物をするのはとても大変なのです。
だからわたしは言いたい。
前方に子ども用の乗用車を合体させたショッピングカートを、最近見かけるようになりましたが、あれは大変な発明品です。子どもを機嫌の良い状態のまま閉じ込めて運び、目的地にスムーズに移動できるなんて、夢のようではありませんか。もしかしたらドラえもんが出してくれたのかな?
わたしの子育て時代には、ああいったものはありませんでした。
しかしその前身と言うべきものとして、子ども用の買い物カートがありました。これは子どもの自主性を満足させるというコンセプトは素晴らしかったのですが、子どもが自由に移動できてしまうところに落とし穴がありました。
あれはもう20年近くも前のこと。幼き娘は嬉々として子ども用カートを押していました。わたしから指令を受けた商品を選ぶ娘の顔は得意気で、行儀よく大人と同じペースで進んでいきます。
「こりゃあ、いいわい」
わたしは満足し、いつもよりじっくりと生鮮食品の品定めをしていたその時です。一瞬にして、娘はカートごと見えなくなっていました。
わたしは焦りました。スーパーマーケットは高い棚が林立し見通しがきかず、近くにいたとしてもお互いを見つけることができません。
すぐに店員さんに事情を伝え、捜してもらいながら、わたしは娘がスーパーマーケットの外に出てしまうという最悪の事態を避けるべく、出入口を常に確認しながら、いくつもある棚の間を素早く確認して回りました。
ターゲットは移動し続けていると思われました。ということは一度見た場所であっても大丈夫とは言えないのです。
ずいぶん長い時間、捜し続けたような気がしました。
通路にちらりと見えたそれらしき姿を見逃さず、素早く走り寄ると、紛れもなく娘でした。娘は律儀にカートを押しながら、声を出さずに泣いていました。
最悪の事態にならず、ほんとうに良かったという思い。
大袈裟に心配しすぎなんだよと、自分にツッコミを入れたくなる思い。
眉間にしわを寄せて目を見開き、歯を食いしばって大泣きを堪(こら)える娘が愛しくてたまらない(この時の娘の表情は「鬼瓦」に似ていました)。
焦りと緊張が安堵に変わった瞬間、心の中がマーブル模様のようになり、わたしのほうこそ泣きたくなりました。
月日は流れ娘は社会人となり、なんと、ひとり暮らしをしてみたいと言い出しました。
わたしは心配です。娘がたとえ泣いていても、見つけて駆けつけてあげることができないではないか。
でもそう思うのは、きっと親のエゴですね。
もしも迷い道に入ってしまったとしても、娘は自分自身で、正解だと思う道を見つけて行くのでしょう。そして彼女が見つけるその道は、未来という名の光り輝く道に、きっとつながることでしょう。
でもいつでも帰ってきていいからね。
(了)
草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。
文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook