男心はわからない(わかりたくもない)し、女の情報網はすごい/新井由木子
「Aちゃんの彼、浮気してるって聞いた?」
女子二人の間に発せられたこの言葉に、思わず聞き耳を立ててしまったのは、わたしだけではなかったと思います。
「えっ。Aちゃんの彼ってTだよね、同じサークルの」
「そうだよ。Tだよ」
AちゃんもTも、彼女たちと同じ大学で同じサークルらしい。
「浮気相手の女って?」
「Nさんなんだって、サークルのOGの!」
「うそでしょ!」
「それがTの言い訳がすごくて『結婚したい女と好きな女が同時に現れた』って」
「そんなこと言う男、現実にいるんだ。信じられない」
どうやら結婚したい女がAちゃん、好きな女がNさんのようです。
まだコロナ禍の始まる前の電車の車両内。興奮している二人の声は聞こうとしなくても聞こえてしまうくらい大きく、彼女たちを包むメラメラとした怒りの炎は、車両内の女性たちにも飛び火していくような空気がありました。
Tの末路は決まっています。
「好きな女とか結婚したい女とか、勝手に決めてるんじゃないわよ。あんたなんか、こっちからお断りだ!」
このように言い捨てて、NさんはTの元を去ります。
そしてAちゃんにしてみれば、Nさんに捨てられたゴミのようなTと付き合い続けることは、プライドが許しません。
「さようなら」
そう言い放つAちゃんの後ろには、きっと冷たい目をしたこの二人、いや、もっとたくさんの女友達がいるはずです。追いすがることも許されず、独りぼっちになる哀れなT。
浮気をした男よりも相手の女を憎むというのは、ひと昔前のこと。現代ではこのようなシナリオのほうが現実的ではないでしょうか。その原因には、男が稼ぐもの、女がそれについていくものという、昭和に有りがちだった価値観が崩壊したこともあるのではないでしょうか。
しかしながらこの話のポイントは、Tという信じられない人物がいるとか、Aちゃんがかわいそうとか、Nさんってどういうつもり?というところではありません。Tが女子の情報網の恐ろしさを知らないところあるのです。
Tの吐いた『結婚したい女と好きな女が同時に現れた』という間抜けなセリフは、Aちゃんからその夜のうちにAちゃんの親友に伝わります。そしてその翌日には親友の友達へ。その日の夕方にはこのように、サークルの女子全員に伝わることになるのです。またたく間に広まりなかなか消えない、恐ろしき烙印です。
そのような仕組みは大人の世界でも変わりません。
わたしもよく聞きます。あの人があの子を誘ったとか断られたとか、あの人は昔浮気をしてこんな目に遭ったとか。うわさ話だったり、時には当事者から直接聞かされたり……。
カフェで夢中でおしゃべりしているお姉さんやお母さんたちも、そんな情報交換をしていることも少なくはないのではないかしら。
女たちは男たちが思っている以上に情報を共有しています。でも、そこから男たちを問い詰めたり、苛(いじ)めたりはしません。あくまで女同士の間でささやくだけ。そしてさりげなく、ろくでもない男を避けているのです。
デートの誘いを断られ続けているあなた、何か心あたりはありませんか?
※この見解は、あくまで書き手の主観と偏見に基づいております。
(了)
草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。
文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
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Twitter:@pelekasbook