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Twitterを挫折した100人を調査して分かった「ダメなTwitter運用」の例

今回も意地の悪い記事を書きたいと思います。

Twitterを使ってブログのことや日々の日常を発信する人が増えています。

かくいう私もその一人で、ブログ運営やwebライティングについて日々発信をしています。


ブログとSNSの相性のよさは昔から言われていて、「ブログやるならTwitterでファンを作ろう」というのはもはや標語のように使い古されたフレーズです。


ブログ運営に関する様々な情報を発信するアカウントが有象無象あります。

人気のアカウントもあれば、失踪してしまうアカウントも。


Twitter界は自己顕示欲と承認欲求の渦巻く地獄。

その中で発信者として認められるのは容易ではありません。


半年前、私のTwitterフォロワーは500人くらいいました。

しかし今、そのうちの100人ほどはTwitter更新をやめてしまいました

実に20%の失踪率です。


失踪してしまった人はどのようにTwitterを運用していたのでしょうか?

おそらくフォロワーが増えず、反応がもらえないことにモチベーションが保てず、辞めていってしまったのではないでしょうか?


Twitterをやめてしまった人たちに共通する「ダメなTwitter運用の仕方」を見出すことができれば、それを避けることでより良いTwitter運用ができるのではないか?


そう考え、今回は私のフォロワーにいるTwitterを辞めた100人を調査対象とし、「あ〜こりゃ人が離れるわ」と感じた発信や運用の仕方をまとめてみました。


一言でいえば「つまらないTwitter」であることが共通しているのですが、この記事では「なぜつまらないTwitterになってしまうのか」に答えるため、具体的なツイートをピックアップしながら解説していきたいと思います。


完全に死体蹴りになっている底意地の悪い記事ですが、読者のみなさんに何か学びを提供できたら幸いです。


(同コンセプトのブログ運営編もありますぞ)


ただの日常つぶやきの人

あなたの日常にどれほどの価値があるのかはわかりませんが、名もなき一般人の日常なんぞに興味のある暇人はそれほどたくさんはいないと思う。

日常のことをツイートする目的はなんでしょうか?


友達を作ることが目的なら、目的に即した行動に思えます。

自己開示することは相手との距離感を縮める第一歩ですし、会話の話題にもなります。


しかしブログ運営やSNSマーケティングを意識するなら、目的に即した行動にはなっていません。


「ブロガーとして評価してもらいたい」という承認欲求的な下心は日常ツイートをしているだけでは満たされません。

きっと誰かしらかまってくれるだろう、という淡い期待は無残にも打ち砕かれてしまいます。

学習性無力感は、更新のモチベーションをガリガリと削っていきます。

一度下がったモチベーションを戻すのは至難の業です。

(以降『引っ越し物語』が更新されることはなかった)


ネガティブ発言や愚痴が多い

なにかの縁で相互フォローになって、最初こそ心配や同情のイイネをすることがあっても、タイムラインにネガティブ発言を垂れ流す人をフォローしておかないのが普通だろう。


失踪する人のタイムラインには、忙しくてブログ書けない〜系のツイートも多い。


「つぶやく時間があったら100文字でも記事を書き進めればいいのに」とは思ってても決して口にはしません。


喜怒哀楽が激しかったり一喜一憂が多いと、見ている人は疲れる。

フォローしたての人や仲良しさんは優しいリプをしてくれるかもしれないが、そうでない人は黙ってサヨナラである

フォロワーを増やしたいのか、小さな内輪のコミュニティを作りたいのか、目的を見失っています。


とはいえ感情のジェットコースターは、本人が一番疲れるものです。

日常で溜めたメンタルの疲労は、Twitterで承認されることもなく…。

最後は病んでしまうのだろう。


おはようツイートばかり

「おはようツイート」というのは、Twitter界隈ではやっている朝のあいさつ運動のこと。

ハッシュタグ(#おはよう戦隊 など)をつけて、フォロワーと世界へ向けて本日の行動目標を発信するのがTwitter界の朝のマナーです。(嘘)


挨拶は大切。それはみんなが共有する常識。

一方で、タイムラインにおはようツイートだけが並んでいる人はどうでしょうか?


おはようをいうためにtwitterを更新し、おはようを返すためにtwitterをみる。

代わり映えのない毎日に嫌気がさすことはないのでしょうか?

(連続投稿は9で終わっていました)


いや、間違いなく虚無を感じるときがくるはずです。

「何のためにそんなことをやっているのだろうか?」と途方にくれることもあるでしょう。


なぜわかるかって? 私も過去にやっていた経験があるからですよ(笑)


人間は目的やゴールの見えない行為が一番ストレスがたまるらしい。

ドストエフスキーは究極の拷問とは「朝掘った穴を午後に埋める行為」と語ったそうです。(引用


無目的に「おはようツイート」をしている人たちは、やはりその拷問に耐えられず失踪していくのだろうか?


一方で、おはようツイートを継続して成功していく超大物もいるので、完全な悪手とはいえないのかもしれない。


あいさつを続ければ、いつか毎朝何百件ものリプとコメントがくることもあるのです。

大物の手法をパクっていくのは、基本ですよね!!!!

(誰がベランダに塩カルを撒くんだよ。バカかよ)


需要のない意識高いツイートを乱立する

こうした「成功のためには」系の、意識高い『ポエム』をするのも避けたいことです。


「成功者でない人」が「成功」を語ったところで、それは誰かに響くのでしょうか?


ハッシュタグも付けずに独り言を言い続けて、誰かが返事をしてくれるのを待つ。

あわよくば「あの人こんなこといってる〜」と広めてもらうことを期待するのは、無謀に思えます。

こんなのを何ヶ月も続けられるとしたら、それは鋼を超えたメンタル以外の何ものでもないでしょう。やはりこの人もいなくなってしまった。儚い。


TwitterアンケートやRT企画などは地獄への入り口です

最低10件くらいは来るだろう〜と自分のアカウントを過大評価していると、痛いしっぺ返しをくらいます。

したり顔で何かを語る前に『成果を上げるための行動』にリソースを振るべきなのは言うまでもないです。

(このツイートの1週間後にはブログもツイッターも止まった)


ブログの更新通知オンリー

ブログの更新をツイッターで発信することは悪いことでもなんでもありません。

むしろ活動を継続している証だし、新たな読者を獲得することにもつながる建設的な行為だと言えます。


でもそれしかないとなると、話が変わってきます。


ここで紹介するのは日常ツイートも挨拶もせず、ただひたすらにブログ更新をツイートしているみなさん


ブログの更新通知をしているだけのツイッターを、フォローする人がいるだろうか?(反語)


ツイッターを更新したからといって、たくさんの人が読みに来てくれるわけではない。

ブログの更新通知からブログへの流入が増えるのは、フォロワーが多い人や魅力的な記事とアイキャッチが作れる人だけです。


このタイプのさらに怖いところは、ブログを更新しないとツイッターを更新できなくなる呪いが発生することです


ブログの更新が止まる=Twitterでつぶやくことがなくなる


活動停止がいもずる式に連鎖していくのは怖い。

以下はどちらも
「更新通知の最後が、ブログとツイッターの最後になった」例


同じ投稿をひたすら繰り返すタイプには様々な亜種がいます。

この人はオリジナルグッズを販売してて、新製品のツイートばかりをする人。

とても熱意を感じていたし商品も面白かったから個人的に好きでした。けど残念ながら止まってしまいました。

なかには目的が謎なものもある。これは病み(闇)アカなのかもしれない。


久しぶりツイート

久しぶりツイートとは・・・説明する前に見てもらったほうがわかりやすいと思う。

これをツイートしはじめたらもう黄色信号です。

更新頻度が下がっていることを自覚できるレベルにまで達してる状態です。

この久しぶりツイートをした時点でたぶん満足してるし、1,2週間は復帰できてもまたいなくなってしまう未来が見えています。(私も何回もやったことがあります)


サボっていたことを謎の理屈で正当化してしまったら、もうゴールでいいと思います。

(このツイートを最後に彼は姿を消した)


読みづらいツイート


読みづらい文章は、人は読まない。

以上。


書いてて気づく自分のTwitter運用のヤバさ

書いてて思ったけど、私のプロフも大概ヤバイと思います。

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PV数や収益額、記事数、Google検索1位ヒットキーワード数とかでことごとくイキっているあたり、消えていく人と大差ないですね


この記事を執筆する過程では、こういうイキり方はしたくないなという反面教師ともたくさん出会えました。

今回調査し人たちをみると、決してフォロワーが少ない人ばかりではないのが興味深いところです。

フォロワー3,000人いたり、リプやイイネも盛り上がっている人もいました。

そうした方々が、ある日突然消えてしまうのはなぜなのでしょうか・・・?


単純に飽きがきたのか、唐突な虚無感に襲われたのか、収益化のハードルに絶望したのか。

本当のところは本人にしかわかりませんが、これは他人ごとではないということは明らかです


ある日消えてしまう日が、私にもあるかもしれません。

できることならそうはならないよう日々努力を重ねていきたい、とこの記事を執筆している今は思います。そんな気持ちを新たにした企画記事でした。


死体蹴りもいいところの胸糞悪い記事だったかもしれません。

それにも関わらずここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

私の運営するブログ「デクマガ」にも、ぜひ遊びに来てくださいね。

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ここまでお読みいただきありがとうございました!

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