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#思い出の夜

「#書いてつながろう」

外出自粛でなかなか外に出られず、たくさんの暗い情報で頭がいっぱいいっぱい。

こんな状況だけど、みんなで「書く」ことでつながったり、楽しい習慣になったらいいな。

そんな企画に賛同したメンバーで、毎週テーマに沿って投稿しています。
参加したい方がいましたらコメント欄にてご連絡ください。

今週のテーマは「#思い出の夜」です。

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 20代のころ、とりわけ大学を卒業した22歳から地元を出るまでの28歳あたりまでは週に2〜3回は飲みに出ていた。酒と仕事のために市内中心部に引っ越した24歳からの4年間はほとんどの時間は酒を飲んで過ごしていた気がする。
 いろんな夜があった。いろんな色恋沙汰があった。フラれてヤケになって路上で寝て、起きたら体のあちこちにガムがついていて、路上ってこんなにガムが落ちているのかと思った。外国人とライブバーで踊り狂って、転んでジャンベに頭突きをして、奏者の黒人たちに怒られたこともあった。クラブで可愛い女の子と仲良くなって、追いかけてるうちに転んで薪ストーブに激突し、腕にアディダスのジャージような三本線の焼印を入れたこともある。

 半分はどうしようもなく面白い夜で、半分はどうしようもなくつまらない夜だった。
 その中でも、僕が青春時代を共に過ごした人々…通称「七条界隈」の人々に、後に「どうしようもナイト」と呼ばれたエピソードがある。いろんな夜のことを書きたいが、今日はとりわけ僕にとって人生が変わった一夜を紹介しようと思う。

※登場する人物名・地名は仮名です。

◆  ◆  ◆

 その日は地元が一年で一番盛り上がる、8月の夏祭りの日だった。僕は小さな新聞社で記者として働いていた。夜8時に祭りの写真を撮影する仕事の予定があったが、仕事を早上がりで終えたのは4時で、あと3時間もある。誰とも約束はしていなかった。とりあえず、祭り会場からも近い街の中心部「七条」にあるアパートに帰り、斜向かいのカフェに行った。
 カフェは僕の大学の先輩が一人でやっている小さな店である。近隣にはライブハウスやイベントスペース、絵本専門の書店やギャラリーが軒を連ねている。中心部にある歩行者天国とポプラ並木のある「緑道」と呼ばれる通りの交差点にあたるこの場所は、地元で活動する作家や画家や漫画家、ヒッピーにバンドマンにDJ、そんな雰囲気に惹かれた僕のような物好きなど、要するにちょっと独特な人々が多く住んでいる。
 あのカフェに行けば誰かしら知り合いがいる。その日もやはり「七条界隈」の人々が集まっていた。戸田先輩の隣にいつも居るのがノッペ。戸田先輩と同じく僕の4つ年上で、小太りで背が高く、東京・港区生まれのシティボーイだが頻繁に恋したりフラれたりを繰り返している。そのまた隣はクニ、僕の3歳年下の大学の後輩で、デザイン事務所で働いている。いかつい体格の背の低く、ちょっと目立ちたがりで直情型。今日は早く店を閉めるから、みんなで祭りに行こうか、という先輩の一声でみんなは外に出た。店には他にも女性陣がいたが、あっさりと断られ、他の男たちも加えて結局いつものメンバーで祭りへ行くことになった。
 しばらくして、慌てた様子で走ってきたのがソフィア。オーストリア人の美しい女の子で、歳は20歳あたりで、1ヶ月ほど前から七条をウロウロしていた。ニセコあたりで男に口説かれてやって来たらしいのだが、日本語は全く喋れず英語も片言。困った末によく行くようになったのが戸田先輩の店らしく、男からはDVを受けているという噂だった。先輩の店にはなぜかこうした困った人が集まることが多い。
 見ると右頬に殴られたような赤い痕がある。パニック状態でほとんど何を言っているかわからないソフィアを、かろうじて英語を話せる戸田先輩がなだめる。どうゆう話の流れかわからないが、なぜか一緒に祭りに行くことになった。

◆  ◆  ◆

 五条の通称「千鳥足通り」のあたりで声をかけてきたのはマーコ。つい5ヶ月ほど前まで僕と半同棲していたが、「世界一周に出るから」という理由でフラれた。僕の前に長く付き合っていた男が束縛魔だったらしく、どこにも行かずつまらないOLとして働いているうちに200万円も貯金が貯まったそうで、人生を変えたかったらしい。
 マーコはちょうど英語を勉強中だったので、ソフィアを見かけるなり話しかけはじめた。通訳してくれたところによると、やはり彼氏に殴られて家を出てきた。で、今はおそらく自分を探して追いかけてきているという。DVの典型だが暴力の後にはとても優しくなるらしく「彼はきっと謝って仲直りしたいと言うと思う、けどまた暴力を振るあの人が怖いから今は一緒にいたくない。一緒に逃げて欲しい」。ソフィアは愛想が良く同性であるマーコに心を開いたのか、英語で喋り続けている。
 「このままにもしていけないし、今はできるだけ七条から離れたほうがいいと思う」とマーコ。とりあえず、追いかけて来なさそうな所まで逃げると決めた。他人の恋愛になど口を出すべきではない、というのが僕の経験上の真理なので僕は乗り気じゃなかったが、こうなってはどうしようもない。

◆  ◆  ◆

 そうこうしているうちに撮影開始の8時となった。僕はみんなと別れて撮影に行くことにした。
 繁華街の真ん中を、大きな太鼓を載せた山車がノロノロと進んでいる。僕の仕事は、地元で有名な企業の社長やら役員やら、お偉いさんたちが叫んだり太鼓を叩いたりしている写真を撮影し、それらしく記事にして、後で写真を売ったり恩を売ったりする。
 撮影を終えて、なぜか知人の経営するメイドカフェが出している露店の片付けを手伝うことになった。テントと調理器具を店舗のあるビルの入り口まで文句を言いまくってるメイドと共に運び続ける。知人だからと引き受けた以上、どうしようもない。
 帰り際、お礼として貰ったのはコーラ一本だった。あんな重労働に見合うお礼と思えず腹が立った。メイドカフェの倉庫から出ると、女性2人組とすれ違った。見るからにチャラチャラした男2人組と歩いている。
 今のは、今のはカオルコさんではないか。僕はあまりの混乱に何を思ったのか、とっさに幅10センチにも満たない街路樹の幹に隠れた。

◆  ◆  ◆

 カオルコさんとはその年の5月に知り合った。僕が一晩ぶっ通しで選挙の取材を終え、夕方の5時に仕事を切り上げて、疲れたので贅沢しようとデパ地下で惣菜とビールを買った日だった。その帰りにたまたま大学の先輩である奥山先輩と出会い、たまたまビールを持っていたものだから先輩と2人で歩行者天国のカメラ屋の前のベンチで飲んでいた。
 飲み始めて2時間ほど経って先輩が呼んだのがカオルコさんだった。6歳年上、英会話学校の講師だった。僕はすぐに親しくなった。あまり年上らしくなく、母親の地元が一緒だったり、笑いのツボがあったりと、どことなく話が合った。
 その後の僕らはGWにデートを重ね、僕は彼女の家に居候するようになった。しかし真面目に付き合う気もなかったので、6月の末になって「もう32歳だから遊んでいられない」という理由で僕は追い出された。
 奥山先輩はカオルコさんが好きだったらしい。僕は別れた後になって、人の女に手を出しておいて何やってんだ、と、こっぴどく怒られた。「人の女」ではないし、なぜ怒られたのかよくわからなかった。

◆  ◆  ◆

 女は忘れるのが早い。切り替えるのが早い。僕はそれを身に染みるほど知っている。僕も忘れるのだ。無性に、やるせない感情が生まれた。家の近くまで歩き、コンビニへ行ってストロングゼロを買った。コンビニを出て一気飲みした。要するに僕はヤケを起こしたのだ。
 今日もどうしようもない夜に終わった。そう思っているところに、携帯が鳴った。ノッペだ。
「今、四条のバーにいるんだけどさ、隣でクニがソフィアを助けようとして、たぶん口説いてるつもりなんだろうけど、英語が下手すぎて通じてない」
「はあ、それで…」
「どうにかなんない?大学の先輩でしょ?」
「いや、ならないっす。帰ります」
「あ、カオルコさん斜め向かいの席にいるよ」

僕は駆け足でバーに向かった。

◆  ◆  ◆

 バーに着くなり、ソフィアは既にいなかった。事態を見かねたマーコが家まで連れ帰ったらしい。視界の奥にカオルコさんがちらと見える。
 どうやら口論しているノッペとクニ。「他人の恋愛に口を出すな、だいたい今知り合ったばかりだろ。あいつの彼氏は危ない奴だから関わらないほうがいい」「目の前の人を助けるのは当たり前じゃないですか」。そのうち2人の口論聞いていられないと戸田先輩が帰って行った。
 ノッペはうんざりした表情で僕を見た後に、思い出したかのようにマスターに、僕に聞こえないようなひそひそ声で注文を入れた。
 カオルコさんの元にハイボールを差し出すマスター。「あちらのお客様からです」とマスターが手を向けたその先は、僕だった。

◆  ◆  ◆

 その後はカオルコさんと、その友達と朝までカラオケに行き、もう日も高くなった時間に家まで行って、僕が「婚期を逃すぞ」と言ったことをきっかけに、僕らは付き合うことになった。歩いていた時に一緒にいた男2人は単なるナンパに追いかけて来ただけだったらしい。

 後日、戸田先輩の言うところによると、ソフィアはあの時既にビザが切れる寸前だったらしく、3日後には皆の心配もよそに人知れず母国に帰っていたらしい。
 さんざん振り回された挙句のオチに戸田先輩はあの日の夜を「どうしようもナイト」と名付けた。僕はカオルコさんと付き合ったことがバレるといろいろと面倒なので数ヶ月間は黙っていた。本当は言いたかった。僕にとってはどうしようもなく良い夜だった。

◆  ◆  ◆

 あれから5年。
 クニはその後、東京へ行き、去年知り合ったオーストリア人と結婚した。最初から言葉は通じなかったらしい。やはり東欧の女が好きらしい。あの時の経験が役に立っているのかはわからない。
 マーコはその後宣言通り世界一周の旅に出て、オーストリアでソフィアと会ったと写真を送ってくれた。今は関西のどこかにいるそうだ。
 戸田先輩とノッペは今でも七条のカフェで、困ってやってきた誰かの相手を面倒臭がりながら続けている。
 僕はと言えばカオルコさんと結婚したのだった。街路樹の幹に隠れたことは今でもからかわれている。
 「どうしようもない」には、いい意味と悪い意味がある。どうしようもない出会いとか、どうしようもない恋は、どこかに優しさが含まれるいい意味だろう。

 いろんな人が今、「どうしようもなさ」をかかえながら、ちょっとでもいい意味にしようと思ってもがいている。あの夜のように、どうしようもなくても、後々ちょっと役立つかもしれないし、人生を変えるかもしれない。

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