映画『ミナリ』黒人奴隷から韓国移民へ〜マイノリティに目を向けるアカデミー賞の変遷〜
―全てのおばあちゃんに捧ぐ―
作品概要・あらすじ
韓国からアメリカに渡り、農地の開拓で一発逆転のアメリカンドリームを目指す移民の家族を描いた作品。タイトルの『ミナリ』とは韓国語で“芹(セリ)”のこと。雑草のようにどこでもたやすく育ち、2度目の旬が一番美味しいことから、親世代の苦労が子供たちの明るい未来につながるとの思いが込められる。A24やブラットピットのPLAN Bと気鋭の制作会社とタッグを組んだことでも注目され、アカデミー賞6部門でノミネートと話題をさらっている。監督はハリウッド実写版『君の名は』にも抜擢されている。
かなり高い前評判からするとパラサイトのようなセンセーショナルな映画を想像するが、本作は家族の中に起こるさざなみや、葛藤、相容れない価値観が少しずつ解きほぐされていく様が丁寧に描かれる。悪い言い方をすれば、“いたって地味”な作品。この作品がアカデミー賞というアメリカが誇る華やかな賞に取りざたされているというのが少々以外だった。
映画と世相の関係
しかし思えば、同じくPLAN Bが手掛けた1800年代の黒人奴隷を題材にした『それでも夜が明ける』が2013年のアカデミー賞作品賞を受賞している。私たちの世代ではアメリカのことを“人種のるつぼ”とグローバリゼーション(この言葉にも時代を感じる)のお手本のような国と習ったが、前任のトランプ大統領の台頭に象徴されるように、アメリカは今、人種間の分断が目に見える形で進行する。そして映画界ではアメリカの黒歴史と言える黒人奴隷の作品がスポットを浴びるようになり、今日では韓国移民というマイノリティが丁寧にすくい上げられる。映画と世相は見えない糸のように密接にからみあう。パラサイトが話題になったのも決して偶然ではない。
作品の感想
本作の話に戻ると、韓国系移民2世の監督の半自伝的作品となっている。体よりも大きな十字架を引きずって歩くアメリカ人は子供の頃の実際の思い出という。なるほど登場人物やストーリーのちょっとした突飛さは、事実は小説よりも奇なりという言葉に説得力をもたせる。家族にとどまらず、大地と人間、信仰と無信仰、異国と祖国、分断と融合というテーマが気負い過ぎることなく並存し、バランス感覚のよさを感じる。水辺に生えるミナリから、循環というテーマさえ彷彿させるなどさりげない構成力も巧み。
韓国語の発音がかわいい
話は少し変わるが、母親役のハン・イェリの声が好き。“ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ”などの半濁音と、枕元で子供にそっと語り掛ける時の少ししか息を吐きださない声の出し方との相性がとてもいい。実は韓国語には「子音」+「母音」+「子音」構成されるパターンがある。最後にくる子音は11音と限られておりそこには“P”の子音もある。例えば“ビビンバ”の最後のバは実は“パップ=P+A+P”というこのタイプの発音となる。弱く息を吐くときのこの“P”の柔らかさのせいか、とげとげしさではなく、しなやかな意思の強さが印象的だった。
まとめ
生きていれば明日がくる、明日がくるから生きていく。そんな単調で苦難に満ちた毎日を余計な脚色をすることなく力強く描く。家族がいる人にこそ見てほしい映画だ。個人的に予告編はネタバレ感が強く、観ないで鑑賞するのがおすすめだ。