【連作短編集】東雲塔子の事件簿 木島香の困惑(5)
お昼休みのひと時、私は友人、東雲塔子と机をくっつけて一緒に昼食をとった後、向いの彼女に話かけた。
「ねえ、ちょっとさ。話聞いてもらいたんだけど」
「あによ、改まって。そんな事気にするガラじゃないじゃん」
怪訝な顔をしてそう返すトーコに私自身もどう返していいか一瞬悩みながら言った。
「うん。ちょっと、込み入った話っちゅうか……」
「なに? 何か誰かとトラブってんの? 誰とよ」
彼女は一転、今度は心配顔で尋ねながら辺りをきょろりと見回した。その様子には彼女生来のお節介気質が感じ取れたし、学級委員長としての責任感も滲み出ていた。
「違う違う。別にクラスメイトとじゃないし、トラブルっていう程でもないんだけど、ちょっとすっきりしないことがあってさ。委員会での事なの」
正直言えば、図書委員会での出来事なんていうのは彼女にとって部外の事だ。だから、この場で話すべきことじゃないのかもしれない。でも、他に話せる当ても特にない。
「委員会って、図書委員会だよね。何があったの?」
ああいう言い方をすれば彼女が親身になってくれるは分かっていた。それに甘えてしまうのはどうかと思いつつ、でも、友達ってそういうもんだよね。と誰に対してか分からない言い訳をしつつ、「うん。あのね……」と、私は起きた出来事を振り返りつつ話をした。
トーコは途中余計な言葉を挟まず、適度にうなずいたり相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
「ふーむ。その本が入れ替わっているって事がそんなに気になる訳だ」
「まあね。大したことじゃないって想うかもしれないけど、一度気になると気にしないでいられないんだよ。それに……先輩の様子もおかしいし」
あの事を指摘した後のあまね先輩は明らかにおかしかった。そして、あの後、ノッコ先輩の他何人かの図書委員にも確認したが「わからない」という返答だったのだ。
「皆に嘘つかれているって感じてる、と?」
「いや、図書委員だってさ全部の本に目を通している訳じゃないから元の本がどうだったか知らない人もいるんだろうし、それは仕方がないんだけど。でも、だからこそ覚えている私の記憶の方が正しいってことじゃない?」
「それはちょいと苦しい理屈に思えるけどな~。人の記憶は当てにならないもんだしね」
トーコのいう事はもっともだった。私の言っている事に理屈などないことは百も承知。でも、私はこの友人にそれを否定してほしくなかった。だから、強い言葉が出てしまう。
そもそも、こんな事取るに足らない出来事として処理すればいいじゃないかと想うかもしれない。でも、気づいてしまった限りは無理なのだ。だって、もし勘違いしていたとしたら私は私の記憶を信じられないことになる。その事が何よりも不安だった。
「な、何? じゃあ、私が嘘ついているとか、記憶違いだとかってトーコも想う訳?」
でも、トーコはそれに対して笑みを浮かべながらも静かに答えた。
「いや、私は信じるよ」
「え……。そう、ど、どうして?」
「……友達だから」
それこそ理屈も何もあったもんじゃないまっすぐな返答。それに私は一瞬答えに窮した後「う……。ありがと」と言葉を返す。
「まあ、それに記憶の捏造をするにしては、内容がピンポイント過ぎる。その本だったことは間違いないんだよね」
「うん。それに、図書室のデータベースを調べたら該当の本は一冊だけだったの」
「という事は、貸出件数が多くて人気があるから在庫を増やしたって線も無い訳ね」
「と、想うんだよね」
「例えば何らかの理由で元あった本を入れ替えるって事例はあるのかな」
「ああ、汚れて読めなくなっちゃったりした場合は買い替える事もあるよ」
例のページが貼りついてる本に関しては現在も市販されて手に入る本だったので買い替えるという対応をした筈だ。これが既に品切れや絶版になっていたらそれも難しいだろうが。
「っていう事は、通常考えられるのはその本も同じように入れ替え対応がされたって事じゃない?」
「で、でも。それなら記録に残る筈だし、他の委員が知らない筈ないと思うけど」
「逆に考えると、それを誤魔化せるのも図書委員だけって事になるよね」
「じゃ、じゃあ。やっぱり皆で私の事を騙してるって事?」
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