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デイゴの話

もう随分前の話。
僕は猫を飼っていて、そいつは「デイゴ」と言うロシアンブルーでした。
もうずうっとロシアンブルーばかりを飼い続けていて、デイゴは3代目のロシアンなのでした。

ロシアンブルーの性格はひたすらに穏やかで、とても人間に懐きやすい不思議な性格の猫で、純血種のロシアンブルーはその素晴らしい性格も固定されていて、飼い主として選ばれた者はその猫の素晴らしさの虜になってしまうのです。

急な来客を家に招き入れても、デイゴはその初対面の人間の前で「へそ天」をしてゴロゴロと甘えた声で転がり、その人が自分を受け入れてくれる気配を感じ取ると、すっと膝に乗りその胸にスリスリをするみたいな・・・。
猫嫌いの友人達も、デイゴだけは「別格」扱いで、誰からも愛される、私にとってまるで神様のような猫なのでした。

当時、僕はまだ学生で生活の余裕が全然なかったにも関わらず、猫だけは飼い続けいて、まさに「ノーキャットノーライフ」な人生・・。月末の一番苦しい時に、自分は「パンの耳」を齧っていても、デイゴの猫缶だけはしっかりと確保されているという・・。笑

その頃の僕の彼女もやはり猫好きで、彼女の実家のスコティッシュフォールド自慢と僕のロシアンブルー自慢合戦が付き合い始める切っ掛けになったくらいでした。

やがて僕たちは同棲を始めました。

同棲を始めるともう、デイゴは大喜びで僕と彼女の間を行ったり来たりで甘えまくっていたものです。

私のデイゴ愛はちょっと深くて、その彼女と同棲を始める一年も前から焼成粘土を使ったデイゴのミニチュアフィギアを作り始めていたのですが、それはかなりの上出来で、心を込めた渾身の作品なのでした。
まさに私の分身とも言うべきもので、同棲を始めて一月が過ぎたころに僕はそれを彼女にプレゼントしたのでした。

彼女もそれをとても気に入ってくれて大切にしてくれていたのですが・・。

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それから10日も経ったろうか、彼女は突然に私の前から姿を消しました。
何故なのか・・今でも分かりません。
僅かな期間の恋愛でしたが、心と心がしっかりとシンクロした素晴らしい恋愛でした。それ以前、そして今僕の人生を振り返ってもその時の恋愛を超えるものには出会えていません。
そして何よりも辛かったことは、
もうすっかり懐いていたデイゴの「後追い鳴き」が止まらなかったことです。
ロシアンブルーはアメリカでは通称「ボイスレスキャット」と呼ばれているくらい鳴かない猫なのですが、彼女が消えたストレスで鳴き続けていたのだと思います。

それから暫くして、友人を介して彼女から連絡があり、大学の近くのマクドナルドで少しだけ会うことに・・。
僕はアパートから自転車を飛ばして行きました。

それはちょうど今頃の時期。
まさにあちこちの神社が節分祭で賑わっている時で、出店を横目で見ながら彼女と歩きながらみたらし団子を食べたいね・・なんて言ってたっけ。
みたいなことを思い出しながらペダルを踏んでいると、なんだか熱い涙が溢れ出して来て、冷たい風に晒されたそれはあっという間に頬っぺたの体温を奪って痛いくらいになるのでした。

マクドナルドについて暫くすると、彼女がやって来ました。そして無言で小さな紙包みを黙ってテーブルに置くと、僕と目も合わせずに走り去って行ってしまった。
一言も話そうともせずに・・。

紙包みの中にはあのデイゴのフィギアがぽつんと収められていました。

この時の僕の気持ちは、自分が振られた悲しさより、このデイゴのフィギアの気持ちが伝わって来て、何ともやるせなく辛かった・・。

フィギアなのにこいつは僕にこう語り掛けてくるのです。

「うちに帰りたくないよ!」
「彼女の傍に居たいよ!」

ってね。

折角あんなに懐いて彼女の事が大好きになって、フィギアになっても傍にいたかったのに、離れたくないデイゴを無理やりに・・。
僕にはそう受け取れてしまって、無性に悲しかった。

帰り道、同じ道を通っていたのに、節分の出店の賑わいなんかもうまるで目に入っていなくて、家に着いてすぐに冷え切った体でデイゴを抱きしめて号泣してしまう。

デイゴは僕の頬っぺたがきっと涙で塩味だったのか、いつまでもずっと舐め続けてくれたっけ。








節分の頃になるといつも思い出す事・・。



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