佐々木先生 「Plus+」
前回の佐々木先生のお話には、実は続きがあって、
サトーが高校を卒業した後のエピソードを少し。
それは中々にドラマチック。
それは現在進行的なドラマではなく、過去に完結している出来事が現在を駆け抜けると言う・・もう自分でも
「何言ってるか分からない」
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卒業後のサトー。
何度も言っているが、在学中のサトーの素行は良くなかった。
二度の停学と、いくつかの教科の単位不足が問題となり、職員会議の議題に何度も登場していたらしい。
留年するかも知れない・・
一応受験勉強など微塵も必要の無い三流大学をいくつか受けていたが、卒業出来なければ何の意味も無いので退学する覚悟は出来ていた。
その年の2月、教諭達はサトーに試練を与えた。
それは単位不足の教科それぞれに、有り得ない程の大量の課題を短期間で
クリアさせると言うえげつないもので、明らかにサトーにとって過剰で強烈な嫌がらせ的仕打ちだった。
与えられた期間は2週間。
そこから逃げるのは簡単だった。
実際自暴自棄になり、先の人生の事など考えていなかったのだが・・・。
その課題は、
文字の総数では平均的な単行本5冊分は超えていたと思う。
何故、その課題をやる気になったのかはうまく説明出来ないが、
心の奥に熱く灯る小さな炎を感じていたのは確かだった。
生まれて初めてペンだこが出来、瞬く間に潰れて血がレポート用紙を汚す・・。もはや「たこ」では無く挫傷。ケアする時間など無いから治るわけがない。
PCもワープロもまともに普及していない時代だから、図解も全て手書き。
もう何の修業かと思いながら書いていた。
何度放り出そうと思った事か・・・。
二週間後、サトーは担任にレポートを提出した。
もうボロボロだった・・。
担任は、「よし、頑張ったな」と一言。
それ以外何も話さなかったし、必死で書き上げたレポートに一切目を通す事も無かった。
実はサトーはこの担任には前々からまるで仇のように嫌われていて、
いつもサトーに対して「排除の原理」を働かせていたようだ。
実際、そう思われても仕方が無い存在だったのだが・・。
しかし、結局サトーは無事に卒業する。
さて、そんな訳でここからが本題。
卒業後、入った大学は巷では「レジャーランド」と呼ばれるような、親の脛齧りのバカ野郎達がゴッソリ徒党を成すどうしようもない大学だった。
相変わらず節操のない連中とつるみ、目標も無くいい加減な学生生活を送っていたサトーだったが、三年の夏休みに高校の同窓会の案内状が届く。
一緒に入学した小僧仲間が、皆で行ったら楽しくね?なんて言うもんだからノリで参加する事になった。
さて、同窓会当日。
会場のホテルで小僧仲間とたむろっていると、あの慇懃な担任と鉢合わせしてしまう。
在学中とはまるで違って別人のように明るく話し掛けて来る。
「おうサトー、探したよ・・。会えてよかった。お前だけは絶対来ないと思っていたから本当に良かった。」
「実はお前に話しておきたい事があってな・・。高校の卒業式の日に伝えようと思っていたんだが、お前卒業証書を貰った途端に学校から消えたろ?」
担任はそう言って苦笑した。
「え?話って何ですか?」
担任は一瞬、遠くを見るような目をしてから、真っすぐサトーの目を見据えて話し出した。
「サトー、お前佐々木先生の事を覚えているだろ?」
「あ、はい、もちろん。」
「俺が今日お前に伝えたかった事はな・・・。」
「サトー、実はお前は本来卒業出来なかったんだ。今のお前があるのは佐々木先生がお前を救ってくれたからなんだよ!」
担任は少し涙目になって続けた。
「佐々木先生はな、全職員から信頼される人格者だ、それはお前も良く知っているだろう?」
「お前が問題を起し、職員会議に掛かるとな、ほぼ全ての教職員がお前を悪く言ったよ。勿論俺もな。」
「でもな、あの佐々木先生だけが何故かお前を庇ったんだよ。あの人格者がなぜバカクソ野郎のお前を庇うのかみんな不思議に思っていたんだ・・。」
「佐々木先生は、もの凄く情熱的にお前を擁護していて、お前が何度もリコーダー同好会の危機を救った事、真面目な生徒からも、下級生からも慕われている事などを、涙ながらに訴えてな、もう体を張って訴えていたんだよ・・・。」
「佐々木先生が居なかったら、お前のそんな一面を知る教員は誰一人いなかっただろう。」
ええっ・・嘘だろ!!
あぁなんて事・・サトーの涙腺は崩壊した。
後から後から涙が溢れて止まらない!
サトーの脳裏には、あの音楽室での偶然の出会いから、最後の学際までの出来事が津波のように押し寄せ、猛烈に涙腺を圧迫する・・。
二人とも泣いていた。
そしてどちらかともなくハグして嗚咽した。
あぁなんて事だ・・あの担任とハグしている自分が居る!
3年の年月を超えた暖かく優しいハグだった。
その後、しこたまに酔っぱらった二人は、深夜遅くまで肩を組み、ネオン街を徘徊して歩くのだった。